嫉妬、憎悪
ゆるゆると書いてます。
変なところがあれば都度ストーリーに関わらない程度に直しております。
上野ダンジョン、1層。
転送陣を抜けた先に広がるのは、ひび割れたアスファルトと錆びついた鉄骨が剥き出しになった、廃れた市街地エリアだ。
「今日は撮影もあったし、5層くらいがちょうどいいかな? 寧々ちゃん、危ないから後ろで見ててね」
ひよりが気遣わしげに声をかけると、寧々は大きな熊のぬいぐるみを抱き締め、独占欲の滲む瞳で彼を見つめ返した。
「あ、あのね……上野は、ねねの場所だから。ひよたんは、ねねが守ってあげる……」
「いや、俺らがついてますから。ボスの護衛は我々の役目です」
涼が淡々と、しかし毅然とした態度で割って入るが、寧々は「いいの!!」と声を荒らげた。
「ねねが守るから! ひよたんは、ねねのそばにいて……!」
刹那、寧々の指先がピアノを弾くように微かに躍った。
彼女が背負っていたマジックバッグから、大小様々で不気味な人形たちが次々と這い出してくる。
「魂の糸……」
寧々が呟くと、虚空に黒い亀裂が走り、禍々しいオーラを放つ「何か」が、人形たちの依代へと吸い込まれていった。
先程までの綿が詰まっただけのぎこちなさは消え、人形たちは生物のようにスムーズな動きで立ち上がり、ひよりの前へ整列する。
「これは……凄いな。込められた魂の強さが、見た目では考えられないレベルだよ」
透の驚愕の声に、寧々は無機質な視線を向けた。
「マエストロはわかるんだね……。熊太郎、たけし、ガルド……前へ。ピョン吉、コン……周りをお願い。リク、リカ……遊んでいいよ。セバスチャンは私の横に来て」
熊、戦士、騎士、兎、狐、双子の子供たち、そして老執事。
指示に従い、一糸乱れぬ動きで展開した軍団から放たれるプレッシャーに、周囲の空気が凍りついた。
「なるほど……単なる物量ではないね。完璧に統制されている」
透が戦慄し、涼もまた刀の柄に手をかけたまま、険しい表情で呟く。
「……ボスの召喚とはまた違う、異質な軍団だ」
だが、そんな光景を目の当たりにしても、ひよりだけはキラキラとした純粋な憧憬を瞳に宿していた。
「わあ、みんな一斉に動いててすごいね! 寧々ちゃん、まるでパレードの指揮者みたいだ!」
「……え?」
寧々は耳を疑ったように、まじまじとひよりを見た。
「み、みんな気持ち悪がったり、怯えたり、酷いことを言うの。で、でも、ひよたんはやっぱり、優しいことを言ってくれるんだね」
「そんなのは、寧々ちゃんのこの素敵な力に嫉妬した人たちの言葉だよ。気にしちゃだめだ」
「ひよたん……。あ、ありがとう。……じゃあ行こう」
先導する3体の人形に従い、一行は廃市を進み始める。
通常なら魔物の奇襲が絶えないエリアだが、影からこちらを覗くモンスターたちは、人形たちの放つ異常な気配に怯えるように、一切手を出してこない。
「私たちも同じようなことが多々あるが、あの人形たちもか。……人形姫、質問してもいいかい?」
並んで歩く透が問いかけると、寧々は「……なに?」と冷たく、短い言葉を返した。
「失礼な質問かとは思うけれど、あの中に入っている『魂』の正体が気になってね」
寧々は答える代わりに、ひよりを上目遣いで見た。
「ひ、ひよたんも気になる……?」
「そうだね。でも、言えなかったらいいんだよ。嫌な思いはさせたくないから」
「ひよたんが気になるなら、お、教えてあげる」
ひよりの一言で、寧々の口は滑らかになった。
「熊太郎はブラッディキラーベア。ピョン吉はシャドウラビット。たけしはデュラハン。リクとリカの双子はツインレイス。セバスチャンはシャドウアサシン。ガルドはアビスガーディアン。コンはナイトフォックス……」
「深層のモンスターの魂が宿ってるんだね! 寧々ちゃんは凄いな!」
ひよりが手放しで褒めると、寧々は「えへ、えへへ……」と頬を染めて照れ笑いを浮かべた。
だが、隣でその解析を聞いていた透の表情は、一転して深刻なものへと変わっていた。
「ちなみに、まだ他にもいるのかい?」
「……うん。全部で30体いるよ」
透への返答は、やはり素っ気ない。
(これは異常だ。ボス級ではないにせよ、1体が強敵とされる種族が30体……。彼女一人で、これほどの戦力を持っているというのか)
涼もまた、その異常な軍事力に言葉を失っている。
「寧々さん! 俺も凄いと思うっすよ! ボスも言ってたっすけど、本当にかっこいいパレードだ!」
鉄が純粋な賞賛を送ると、寧々は少しだけ表情を和らげた。
「金髪のお兄さんは、わかってくれるのね。ありがとう」
不気味なはずの人形たちが、ひよりの言葉一つで「素敵なパレード」へと姿を変える。
寧々の中に宿る歪な孤独が、ひよりの天然な光に照らされ、静かに、しかし確実にその形を変え始めていた。
………
上野ダンジョン、5層。
これまでの道中は、他の探索者が見れば「異常」としか形容できない光景だった。
フロアに巣食う強力な魔物たちが、前線を突き進む「人形たち」によって文字通り粉砕され、後方を歩く一行は、まるで散歩でも楽しむかのように談笑している。
転移石の登録を済ませたひよりは、充足感に満ちた顔で寧々に向き直った。
「寧々ちゃん、ここまで案内ありがとうね。今日の目標は5層だったから、このフロアのボスを倒して帰ろうか」
「え……え? もう、帰っちゃうの……? 寧々とは、やっぱり居たくないんだね。そうだよね、ねねなんて……」
寧々の瞳からスッと光が消え、その場に蹲りそうなほどに肩を落とす。
(……噂は噂だったが、まさかの地雷だ。ひよりんに悪影響が出る前に、なんとか距離を置く方向で……)
透が冷徹に思考を巡らせた瞬間、ひよりの「人たらし」が発動した。
「違うよ、寧々ちゃん! こんないい子とお友達になれたんだ。また一緒に探索したいし、今度はうちの拠点にも遊びに来てよ! いいでしょ、透?」
(ノォォォォォォォォオッ!!!!)
透の心の中で絶叫が響き渡る。
だが、ひよりの純粋な瞳に見つめられ、彼女は引き攣った笑みを浮かべるしかなかった。
「あ、あぁ。……もちろん歓迎するよ、人形姫」
「ひ、ひよたん……。ねね、嬉しい。ずっと一緒にいてね……」
もはや睨むことしかできない透を余所に、ひよりは優しく微笑んだ。
「ここまで寧々ちゃんが頑張ってくれたんだ。今度は、俺のお返しを見せるよ。――みんな、おいで」
ひよりの指輪が眩く光り、足元の影が荒れ狂う波のようにのたうつ。
目の前には直参であるフウとライ。
そして、漆黒のスーツに身を包み、全員が幹部級へと成長を遂げた100名の影の構成員たちだった。
「わ、わぁ……凄い……。やっぱり、ひよたんとねねは、似てるんだね。大きいお兄さんたちと同じ匂いがする……」
「そうだね。俺たちは、似たもの同士かもしれないね!」
(能力だけで、中身は正反対だよ!(ですよ!))
透と涼の心のツッコミがシンクロしたが、二人はそれをグッと堪えた。
だが、透の懸念は止まらない。
(うちの拠点に彼女が来て、もし妃那嬢や凛たちと鉢合わせたら……あそこが事件現場(処刑場)になりかねないわ)
「人形姫。ひよりんは友人が多いんだ。もし、君が彼の他の友人と会ったら……仲良くしてくれるかい?」
涼が反射的に刀の柄に手をかける。
一転して静まり返った空気の中、寧々が透を凝視した。
「……マエストロ、どういうこと?」
その瞬間、ロビーで感じたあの「圧」が、明確な憎悪を孕んで透を襲う。
「言葉通りの意味さ。君はひよりんの友人。ならば、彼の家族である私たちや友人たちとも仲良くしてほしい。それが希望だよ」
「マエストロ、違うよね? 何が言いたいの? ……ねねとひよたんの邪魔を、するの?」
寧々の指先から伸びた魔力の糸が、蛇のように透の喉元へと迫る。
感情の抜け落ちた、真っ黒な眼差しを向ける。
「寧々ちゃん! 待って!! それはダメだ!!」
ひよりが鬼灯を抜こうとするが、透がそれを制した。
「待て、ひよりん。……人形姫、これは私の本心だ。ひよりんはボスであり、家族なんだよ。心配をするのは当たり前だろう? 君も、彼を守りたいと言ってここまで守ってくれた。……その気持ちは、君にもわかるはずだ」
突き刺さるような言葉に、寧々の魔力の糸が霧散した。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……っ!」
パニックを起こし、自らの髪をかきむしる寧々を、ひよりは迷わず抱きしめた。
「大丈夫だよ……大丈夫だから」
背中を優しくさすりながら、ひよりは透の無事を確認する。
「透、大丈夫か?」
「あぁ、問題ないよ」
「よかった……。寧々ちゃん、俺は君の友達であり続ける。だけど、ここにいるみんなは俺の家族なんだ。お友達なら、俺の大切な家族も同じように大切にしてほしい。わかってくれるよね?」
妹をあやすような、慈愛に満ちた声と仕草。
「マエストロ……ごめんなさい。ひよたんも、みんなも……。ねね、こうなったら、どうにもならなくなっちゃうの。ダメな子なの……」
(ここでやりあうのは得策ではないね。ひとまず収めるか。後で説教だね)
「大丈夫だよ、人形姫。思いのすれ違いはあったけれど、これから私たちは友人としてやっていける。安心してくれ」
透の寛大な言葉に、寧々は「あ、ありがとう……マエストロ」と小さく頷いた。
「よし、仲直りだ! じゃあ、ここからはひより組が引っ張っていくからね。寧々ちゃんは俺と一緒に後ろにいて。涼、お願い!」
「承知いたしました。各隊、戦闘準備! 目標、フロアボス!」
涼の号令一下、100名の影の軍団と、11体の人形たちが動き出す。
もはや、この大軍勢を前に立ちはだかる愚かな魔物は存在しなかった。
5層のボスである、呪いの箱を模したミミック『コトリバコ』。
本来であれば凄惨な呪詛を撒き散らす凶悪な個体だが、声を上げる暇すら与えられない。
影の軍団の組織的で無慈悲な蹂躙によって、ボスは一瞬ですり潰され、塵へと帰したのだった。
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