上野ダンジョンと姫
ゆるゆると書いてます。
変なところがあれば都度ストーリーに関わらない程度に直しております。
12月某日。
冬の柔らかな日差しが降り注ぐ中、ひよりたちは上野の地に立っていた。
恩賜公園内に位置する『探索庁台東支所・上野ダンジョン』。
近隣の美術館や博物館にも引けを取らない立派な石造りの建物は、探索者だけでなく、動物園や公園を楽しむ家族連れやカップルで賑わい、独特の活気を帯びている。
「すごい人の数っすね……。俺も動物園に行きたいっす、ボス!」
「バカ。鉄、お前は今から仕事だろう。集中しろ」
はしゃぐ鉄を涼がたしなめるが、ひよりはいつものように優しく微笑んだ。
「まあまあ。俺も動物園は好きだし、また今度みんなでゆっくり来ようよ」
「ありがとうございます! さすがボスっす!」
その横では、珍しく透が上機嫌そうに鼻歌を漏らしていた。
「なんか、今日は一段と楽しそうだね」
ひよりが声をかけると、透は少し照れくさそうに、しかし嬉しさを隠せない様子で答えた。
「いや、すまない。柄にもなく、新しい装備が嬉しくてね」
「似合っていたもんな。……どこに出しても恥ずかしくない、自慢の妹だ。喋らなければな」
涼の言葉に、透は即座にジト目を向けた。
「涼兄は一言余計なんだよ。まったく……」
そんな冗談を交わしながらロビーに入ると、空気が一変した。
ひよりと透はシンプルな私服姿だが、背後に控える涼と鉄は、威圧感を放ついつもの黒スーツ。
百傑『闇王』率いる「ひより組」の登場に、ロビーにいた探索者たちの視線が一斉に突き刺さる。
(……来た……本物だ……!)
そんな熱狂と畏怖が混ざった視線の中に、一点、異常なほど重く、執拗な「熱」が混ざっていることに、ひよりはまだ気づいていなかった。
受付で『Quest Style』のカメック亀井とのアポイントを確認したひよりと透は、先に準備へ向かう。
残された涼と鉄がロビーで待機していると、一人の少女が音もなく近づいてきた。
黒のゴスロリ衣装に、見事な縦巻きロールのツインテール。
手には大きな熊のぬいぐるみを抱え、その瞳にはどんよりとした「くま」が張り付いている。
「あ、あの……ひより組の方……ですよね?」
「はい。ボスか透のお知り合いでしょうか」
涼が丁寧な笑顔で応対する。
「い、い、いや……そういうわけではないんですけど。Currentの投稿を見て、待ってたんです」
「あぁ、ボスか透ちゃんのファンっすか? ありがとうっす!」
鉄が明るく返すが、周囲の探索者たちが「おい、あれ……」「自分から喋ってるぞ」とざわつき始めた。
「あ、ありがとうございます……あなたも、金髪のお兄さんも、似た匂いがします。ね、熊太郎」
少女――枢木寧々が呟くと、抱えられた熊の人形の腕が、滑らかに動いた。
『そうだぜ、兄ちゃんたちはなんか俺らと似てるんだよな!』
「あはは……」
その雰囲気に困惑する二人のもとに、新装備を纏ったひよりが戻ってきた。
「お待たせ! あれ、涼。知り合い?」
「い、いえ。ボスをお待ちだったようで……」
ひよりの姿を認めた瞬間、寧々は目に見えて動揺し、俯きながら消え入るような声を出した。
「は、は、初めまして……枢木寧々っていいます……いつも、Currentのキャスト見てます……」
「見ていただいてありがとうございます! 枢木さんですね、今後ともよろしくお願いします!」
ひよりが眩しいほどの笑顔を向けると、寧々はさらに縮こまった。
「あ、あ、はい。こ、こんな、友達もいない暗くてダメな人間ですが……」
「そんなことないと思いますよ? だって、こんなに可愛くて、涼たちともお話してたじゃないですか。そうだ、よかったら俺とお友達になってくれませんか? ね、涼も鉄も! 透も入れたら今日で4人も増えますよ!」
その瞬間、寧々の顔が林檎のように真っ赤に染まった。
「か……可愛くなんてないです……ひ、ひよたんに、そんなこと言ってもらえて……あぁ……っ」
天を仰ぎ、焦点の定まらない目でどこか遠い未来を見つめ始める寧々。
あまりの心酔ぶりに、涼は無意識に警戒を強め、鉄は「友達! 友達っす!」と純粋にはしゃいでいる。
「ひ、ひよたん? まあ、友達ならあだ名でいいか」
「ごめんなさい……いつもの癖で……。熊太郎も挨拶して」
『よろしくな! 寧々のこと、大事にしろよ!』
寧々の口から発せられる、熊太郎の声。
その腹話術に、目を輝かせた。
「あだ名でいいよ! 熊太郎くんだね、よろしく! 寧々さん、お友達はここにもいたんだね」
「そ、そうでしたね……」
幸せの絶頂にいた寧々だったが、ロビーの空気が再び沸いた。
新装備――『黒曜鳥のケープコート』を翻し、圧倒的な美貌を湛えた透が戻ってきたのだ。
「すごい綺麗……」「あれが『マエストロ』か……」
周囲のどよめきを余所に、透が歩み寄る。
「お待たせ。……おや?」
透と寧々の視線がぶつかった。
その瞬間、寧々の瞳からハイライトが完全に消え、ひよりに向けていた潤んだ瞳は、数千本の刃を突き立てるような憎悪のオーラへと変貌した。
「ッ……!」
涼と鉄が反射的に透の前に躍り出る。
それほどまでに、寧々の放つ嫉妬とも殺意とも呼べる圧が凄まじかった。
「寧々さん? ……寧々ちゃん?」
ひよりが不安げに呼ぶと、寧々はフッと憑き物が落ちたような顔でひよりに向き直った。
「どうしたの? この人は、うちの参謀をしてくれている透だよ」
「……白鷺透だ。お会いできて光栄だよ、『人形姫』」
透が静かに名乗ると、寧々は人形の後ろに隠れるようにして呟いた。
「あ、ひよたんの仲間……ごめんなさい、勘違いして……」
「人形姫? え?」
「あぁ、ひよりん。彼女は上野ダンジョンの百傑、枢木寧々さんだよ」
透の教えに、ひよりは「ええぇぇ!?」と素っ頓狂な声を上げた。
「ごめんなさい……ねね、バカだから、ちゃんと自己紹介できてなかった……」
「大丈夫だよ! というか百傑だなんて……こちらこそ、知らなくてごめんね」
「ひよたんは、いいの。ねねが、こんなだから……」
噛み合っているようでどこか危うい、奇妙な対話。
それを見守っていた透は、寧々の指先に微かに絡みつく魔力の糸を見逃さなかった。
(上野の人形姫。噂以上の……。ひよりんに近づけさせるのは危険かな……)
透は内心で警戒を最大級に引き上げながらも、完璧な淑女の笑みを浮かべて流れを切った。
「まあ、これから交流もさせてもらいたいし、よろしく。……さて、そろそろカメックさんが来る頃かな?」
その言葉を合図にするかのように、ロビーの入り口から、仕立ての良いスーツを纏った一人の男性が、急いで駆け寄ってくる姿が見えた――。
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