孤独なる暁光の蹂躙と美食の解体場
ゆるゆると書いてます。
変なところがあれば都度ストーリーに関わらない程度に直しております。
眩い転移の光が収まると、ひよりは神楽坂ダンジョン10層のエントランスフロアに立っていた。
先ほどまでの賑やかな空気を振り切るようにしてここまで来たが、独りになった途端、静寂が耳に痛い。
「……そういえば、一人で攻略なんて世田谷の1層以来か」
ふと、そんなことを思い出す。
あの時はゴブリンたちを手なずけてしまったから、実質的なソロ攻略らしいことは駆け出しの1層まで。
2層以降は常にフウやライが傍にいた。
本格的な「ソロでの攻略」は久しぶりであり、2層以降では初めてという異例なことだった。
「……なんか、心細いな」
ぽつりと独りごちるが、今のひよりはかつての無力な若者ではない。
レベルは65。
ジョブ『若頭』がもたらす成長補正は、一般の探索者とは一線を画す凶悪なステータスへと彼を押し上げていた。
日本の守護神・九条蓮を除けば、百傑といえども深部をソロで歩く者などはいないとされる。
それほどまでに10層以降の難易度は跳ね上がるのだ。
だが、今のひよりにとって、12層までの道程は散歩道に等しかった。
理不尽なまでのステータス。
視線を合わせるだけで魔物を硬直させる「覇気」や「メンチを切る」デバフ。
そして、近・遠距離を問わず敵を粉砕する魔銃とスキルの数々。
何より大きいのは、新調された名刀・鬼灯【暁】の存在だった。
そして――あの13層。
かつてひより組の仲間たちと、一人の欠員も出さないよう慎重に足を踏み入れた、あの異様な温室空間へとたどり着いた。
「……一人だと、この匂いもより鼻につくな」
ひよりは独り、一際巨大な天蓋の下へ歩を進める。
かつては鉄の怒号が響き、透の冷静な警告が飛んでいたこの空間も、今は不気味なほどの静寂が支配している。
ひよりは腰に差した鬼灯【暁】の柄に、そっと指をかけた。
通路を埋め尽くすように、蔦と花弁を全身に纏った『妖花兵』の群れが、列を成して這い寄ってくる。
かつては影の軍団100名がかりで押し返した敵の波だ。
ひよりは、音もなく【暁】を抜き放った。
シャァァァァン!
薄暗い温室を、透き通った「夜明けの光」が支配する。
かつての【焔】が焼き尽くす紅蓮なら、この【暁】は闇を切り裂く黎明の輝き。
ひよりが軽く一閃を放つ。
拡大された火属性の攻撃範囲が、通路を埋め尽くしていた妖花兵たちを瞬時に呑み込んだ。
焼き尽くすのではない。
概念ごと浄化するような光の刃が、魔物の存在そのものを霧散させていく。
(……軽いね。いや、力が整っているのを感じるな)
【暁】の補正が、ひよりの筋力値と器用値を引き上げ、一振りごとに意識が研ぎ澄まされていく。
戦闘の制御力が、自分でも恐ろしいほどに向上していた。
そして、天蓋の下。そこに、それは鎮座していた。
【捕食花妃】。
女性の形を模した、知性なき美しき化身。
花妃が震えるような高い音を空気に響かせ、濃密な桃色の霧を部屋中に充満させる。
かつてひよりを偽りの安寧へ引きずり込み、あわや捕食寸前まで追い詰めた精神侵食の毒素だ。
「おらぁぁぁぁぁ!!!!」
――理不尽。
かつては妃那の一言でどうにか抗ったその秘術も、今のひよりの前では無意味だった。
空間そのものを押し潰す圧倒的な圧。
物理的な衝撃波となった「覇気」が、温室を満たしていた桃色の霧を蹂躙し、一瞬で消し飛ばした。
「ギィィィィッ!!」
獲物を逃した花妃が絶叫を上げ、無数の蔦を鞭のように振るい、四方八方から同時に襲いかかる。
ひよりは「韋駄天」を起動。
かつてはフウが風で霧を散らし、涼が触手を断ち切り、鉄がその身を呈して防いだ波状攻撃。
それを今、ひよりはたった一人の手数だけで圧倒し返す。
光の残像が空中で交差し、全ての蔦を斬り裂いていく。
逃げ場を失い、身を震わせる花妃に対し、ひよりは静かに刃を構えた。
「……仕上げだよ。【散華ノ太刀】」
放たれたのは、激しい紅蓮の炎ではなく、闇を完全に葬り去る光柱だった。
温室全体を白く染め上げるほどの閃光。
【暁】が放つ浄化の波動と、極限まで高められた器用値による精密な一撃が、花妃の核を寸分違わず貫いた。
華のような鮮血が舞い踊る中、ボスの断末魔が天蓋まで響き、そして静かに消えた。
巨大な化身は一瞬で崩れ、膨大な魔素の粒子へと還っていく。
静寂が戻った温室。
ひよりはゆっくりと刀を鞘に収め、誰もいない空間を覗き込んだ。
かつて、105名全員の力を合わせ、勝ち取った勝利。
それを今、ひよりはたった一人で、無傷で、しかも圧倒的な速度で完遂したのだ。
「……ふぅ。もう怒られるのが確定してるなら、覗いてもいいよね」
ひよりは少しだけ困ったように、けれどどこか楽しそうに笑う。
神楽坂13層、ソロ踏破。
参謀である透からは、たっぷりお説教を食らう未来が待っているが――闇王は歩みを止めない。
「……よし、ちょっとだけ、先を覗いてみよう」
ひよりは再び刀の感触を確かめると、まだ見ぬ14層への階段へと、吸い込まれるように姿を消した。
………
14層、上層からの階段を下りた先。
そこは、石造りの広大な地下通路だったが、ただの通路ではない。
天井からは無数の巨大な錆びた鎖が垂れ下がり、レールの上を「キィ……キィ……」と耳障りな音を立てて鉄のフックが揺れている。
フックに吊るされているのは、中身を抜かれた魔物の亡骸や、正体不明の「皮」だ。
それらが肉のカーテンのように視界を遮っている。
壁の魔導灯は壊れかけているのか、不規則に明滅を繰り返している。
――チカッ、チカッ、と光が消えるたび、通路の奥に巨大な包丁を担いだ影が一瞬だけ浮かび上がり、再び光が灯ると消えている。
通路の両脇にある溝からは「ゴボッ……」という不気味な泡立ちと共に、まだ死にきっていない何かの呻き声が響く。
足元は魔物の脂と血でぬめり、一歩踏み出すごとに「ヌチャッ」という嫌な音が返ってくる。
さらに、食べ散らかされた「骨の瓦礫」が山を成しており、慎重に歩いても「バキ、ボキ」と高い音が静寂を壊す。
「……ドォン、……ドォン」
奥から響くのは、肉を叩き切る重い振動。
「ここは少人数のほうがいいかな。鉄は怖がりそうだな」
ひよりは独り、攻略の手順や仲間のことを思い浮かべながら慎重に進む。
かつて共に歩いた背中がない寂しさを、冷静な分析で塗りつぶしていく。
突如、通路の奥から地響きのような足音が迫った。
現れたのは、傷だらけの巨大な猪――ラージ・ボアだ。
解体場から逃げ出したのであろう、極限の恐怖で暴走したボアは、逃げ場のない狭い通路を壁ごと削りながら突進してくる。
ひよりは回避を試みるが、脂の乗った床で僅かに足が流れた。
「ちっ……!」
回避が遅れる。
ひよりは瞬時に鬼灯【暁】を抜き放ち、牙の突進を正面から受け流した。
「ガリリッ!」と火花が散り、ひよりの腕にボアの質量がズシリと乗る。
そのままボアの横腹を蹴りつけ、距離を取ると同時に魔銃を抜く。
「おらっ!」
至近距離で叩き込まれた3発の魔弾が、ボアの突進を強引に止めた。
ひよりは荒い息を吐き、脂で汚れた靴を床に擦りつけた。
度々遭遇するラージ・ボアを魔銃で対処しながら進む。
ひよりは足場の悪さや強烈な血と脂の匂いを感じながらも、焦りはなく冷静だった。
「あのボアたちが逃げてきているということは……」
その時、ボアの死骸から溢れた血の匂いに誘われるように、通路の闇から「作業員」たちが姿を現した。
巨大な出刃包丁を担いだスローター・オーガと、武装したオーガ兵の集団だ。
ひよりは囲まれる前に動く。
鬼灯を振るい、オーガ兵の槍を叩き折り、返す刀でスローター・オーガの喉元を裂く。
だが、数は暴力だ。次々と闇から溢れ出すオーガたちに、ひよりの剣筋も徐々に余裕を失い始める。
鬼灯【暁】の広範囲攻撃を放ち、強引に包囲網を焼き切って突破するが、ひよりの頬にはオーガの包丁がかすめた細い傷が刻まれていた。
………
最奥の「解体場」にたどり着いたひよりを、圧倒的な「圧」が迎えた。
【ブッチャー・オーガ】
3メートルを超える巨躯に、血に染まった革エプロン。
ラージ・ボアの面を被ったその怪物は、ひよりの姿を捉えた瞬間、重い足音を立てて肉薄してきた。
「グガァァァァァッ!!!」
振り下ろされる「断罪の包丁」。
ひよりはそれを鬼灯【暁】で受けるが――「ガゴォォォン!!」という凄まじい衝撃と共に、ひよりの足が石畳にめり込んだ。
重い。
ライの盾を正面から叩いているような、理不尽なまでの筋力値。
オーガはそのまま力任せに包丁を押し込み、ひよりを床に叩き伏せようとする。
「……っくそ、重いなっ!!」
ひよりは歯を食いしばり、強引に包丁を弾き上げた。
弾かれた衝撃を利用してオーガが横薙ぎの一撃を放つ。
ひよりはそれをバックステップでかわすが、風圧だけで身体が浮き上がる。
休む暇はない。
オーガは巨体に似合わぬ連撃を繰り出してきた。
ガキィィン! ギギィッ! ガキン!
狭い解体場に、硬質な金属音が絶え間なく反響する。
ひよりは手数を増やして応戦するが、相手の耐久値が高すぎて、こちらの斬撃が骨まで届かない。
(こいつ、硬すぎる……! 表面の脂肪が邪魔なのか?)
オーガの包丁がひよりの肩口を掠め、スーツが裂ける。
ひよりの脳裏に、心細さがよぎる。
……これが一人で戦うということ。
誰も背中を守ってくれない、たった1度のミスが死に直結する緊張感。
「おらぁぁぁぁぁ!!!!」
恐怖を塗り潰すように、ひよりは咆哮と共に「覇気」を全開にした。
衝撃波がオーガの巨躯を揺らす。
その一瞬の硬直。ひよりは死地へ自ら踏み込んだ。
包丁を振り下ろそうとするオーガの腕を魔銃で撃ち抜き、トップスピードで肉薄する。
至近距離。オーガの面の奥にある、濁った眼と目が合う。
ひよりは全力の魔素を刀身に注ぎ込み、オーガの面のすぐ下にある喉元へ一閃。
「……これで、終わりだっ!!」
【散華ノ太刀】
至近距離から放たれた一閃が、オーガの脂肪より更に奥まで引き裂く。
ガァァァァァッ、と苦しみの声をあげるブッチャー・オーガ。
動けば動くほど吹き出る血が舞い散り、床の血や脂と混じり赤いカーペットを広げる。
膝をつき、ついに動きが止まり、濁った目をひよりに向ける。
「じゃあね……影刺し」
ひよりは足元の影に鬼灯を突き刺した。
刹那、ブッチャー・オーガの足元の影から伸びた刃が、顎下から頭の先までを貫いた。
光が収まった時、そこにはオーガの姿も、あの忌々しい解体場の道具も、何一つ残っていなかった。
静寂。
ひよりは膝をつき、激しく肩で息を吐いた。
右腕は痺れ、全身が脂と返り血で汚れている。ソロ攻略の、これが現実。
「……はは、……これ、透に更に怒られちゃうな……」
ひよりは震える手で刀を鞘に収めた。
『レベルが上がりました』と、システムが教えてくれる。
レベル66。
一歩間違えれば終わっていた死闘。
それでも、14層という難易度をソロ踏破という快挙をあげたひよりだった。
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