妖怪人たらしと、賑やかな拠点
ゆるゆると書いてます。
変なところがあれば都度ストーリーに関わらない程度に直しております。
小林鍛冶店を後にしたひよりは、街灯がキラキラ光る神楽坂のメインストリートを、少し急ぎ足で歩いていた。
「鬼灯【焔】」が強化されると考えると、歩き心地がいつもより軽い。
だが、心には待たせている浅野たちのことがあった。
「あそこのケーキ、美味しいんだよなぁ……」
ふと思いついたのは、透たちもお気に入りの有名店だった。
待たせた罪滅ぼしと言ってはなんだが、甘いお土産があれば、あの「参謀」の機嫌も少しは良くなるかもしれない。
店に到着し、扉を開けると、甘い香りと共に聞き覚えのある声が届いた。
「これと……あと、これください」
ショーケースを覗き込んで注文をしていたのは、西川妃那だった。
「妃那さん?」
「ひよりさん!? あれ? お買い物ですか?」
妃那が驚いたように顔を上げ、花が咲くような笑顔を見せる。
「実は友人がパーティを結成して、今日拠点に来ているんだ。でも、俺が刀の相談日だって忘れてて……。待たせたお詫びにお土産を買おうかと思って」
ひよりが申し訳なさそうに笑うと、妃那はクスクスと喉を鳴らして笑った。
「ひよりさんは優しいですね。罪滅ぼしなんかしなくても、みんな喜んで待っていてくれますよ」
「それでも、ちゃんとしておきたいんだ。……あ、妃那さんが選んだの、美味しそう! 俺もそれにしようかな」
そう言って、ひよりは妃那と同じケーキを人数分注文した。
「あ、妃那さん。もしよかったら、この後うちに来ない? 一緒に食べようよ」
「えっ、いいんですか? お邪魔じゃないでしょうか」
「全然! ご予定があったり、お疲れなら無理にとは言わないけど……よければ、って感じで!」
「……ふふ、じゃあ、お言葉に甘えちゃおうかな!」
ひよりの真っ直ぐな誘いに、妃那は嬉しそうに頷いた。
「よかった! じゃあ、お会計は一緒でお願いします」
「えっ、いや、それはダメですよ!」
「いいの! ここは払わせて」
「……もう、ごちそうさまです。今度、何か奢らせてくださいね?」
妃那が少し拗ねたように唇を尖らせると、ひよりはいたずらっぽく笑った。
「奢らせないけど、それが次の予定の口実になるなら、喜んで受けるよ」
「っ……! もう、ひよりさんったら!」
二人はケーキの箱を手に、並んで歩き出した。神楽坂の冷たい夜風が、二人の距離をわずかに縮める。
「もう冬ですね……」
妃那が白く濁る息を吐きながら呟く。
「ね! もうすぐ探索者になって1年だ」
去年の大晦日に免許を取得してから、まだ1年も経っていない。
それなのに、ひよりはレベル65というトップ探索者の領域――「百傑」にまで上り詰めた。
異常としか言えないペースでの躍進だ。
「……とんでもないペースで駆け上がっていくひよりさんが、なんだか遠く感じちゃって。……少し、寂しいです」
妃那の声が、少しだけ震えていた。
手の届かない場所へ行ってしまうのではないか。
そんな不安が漏れた瞬間、ひよりが立ち止まった。
「なんで!? 妃那さんとの約束があるでしょ?」
「え……?」
「上を目指すけど、近くで応援してくれるって。だから、俺はどこにも行かないよ。……遠くなんて行かないから、近くにいてください」
真っ直ぐに自分を射抜く、ひよりの純粋な瞳。
「…………っ、はい」
妃那は顔を真っ赤に染め、逃げるように俯いた。その心臓の鼓動は、ケーキの甘い香りさえかき消すほどに激しく刻まれていた。
二人がひより組の拠点に辿り着いたのは、ちょうどリビングで「妖怪人たらし対策会議」が盛り上がっている、そんなタイミングだった。
………
リビングで「妖怪人たらし対策会議」という不名誉な議題が白熱していた、その時だった。
「みんな! 遅くなってごめん!」
玄関から響いたひよりの声に、透がメガネを指先で押し上げ、不敵な笑みを漏らした。
「ククク。さぁ、噂をすれば……妖怪人たらしのお出ましだよ」
「透ちゃん、言い方!」
鉄が笑いながら突っ込む中、リビングのドアが勢いよく開かれた。
「みんなごめんね! お土産でケーキを買ってきたから食べてよ。……あ、あとこちら……」
ひよりが後ろを振り返ると、サンフラワーのメンバーは見慣れない、だが目を引くような美貌の女性が立っていた。
「みなさん、こんばん……わ? ……あら?」
妃那がキョトンとした表情で一同を見渡す。
一瞬の静寂の後、リビングは爆笑の渦に包まれた。
「ボス……っく、申し訳ありません……!」
涼が珍しく肩を震わせて笑いを堪え、浅野は腹を抱えてテーブルを叩いている。
「なんだよ! 何があったの!?」
「いや……はっはっはっ! ごめん三上、あまりにもタイミングが良すぎて……!」
笑いが収まらない一同を前に、透が涙を拭いながら口を開いた。
「ひよりんごめんね。君がいない間、合同会議を開いていてね。ちょうど議題が君のことだったんだが……あまりにタイムリー過ぎてね」
そんな中、鉄だけが素早く立ち上がり、妃那を空いた席へと導いた。
「姐さん! いらっしゃい! お待ちしてましたよ!」
「ありがとう、鉄さん。……皆さん、ひよりさんの何の議題だったんですか?」
妃那が不思議そうに尋ねると、透がスッと彼女に歩み寄り、耳元で「妖怪人たらし」の真意について悪戯っぽく耳打ちした。
「……ふふ、なるほどね」
妃那の口から漏れた苦笑いに、ひよりは頬を膨らませた。
「みんなしてなんだよ! 悪口か? 俺の悪口を言ってたんだろ!」
「三上先輩、違いますよ!」
すかさず瑠奈がフォローを入れる。
「三上先輩は皆さんから本当に愛されているなっていう話をしていたんです。そうしたら、先輩が本当に素敵なお客様を連れて帰ってこられたので、やっぱり先輩は『愛されキャラ』だと確信したんです」
毒を完璧にマイルドな愛に変換した瑠奈に、透は表情だけで「100点だ」と伝え、瑠奈も満足げにニコッと返した。
「なんだよ……そう言ってくれたらいいのに。もう!」
ひよりが照れ隠しに唇を尖らせると、それまで黙っていた穂乃が、鋭い視線を妃那に向けた。
「……三上先輩、その方は?」
「あ、ごめんね! この人は神楽坂ダンジョンの職員さんで、西川妃那さん。君たちが世田谷の受付で会った那奈さんの妹さんだよ」
「あぁ、あの美人さんの妹さん……。姉妹でお綺麗なんですね」
栞は言葉では褒めつつも、ひよりの腕にピタッと抱きつき、「ここは私の場所」と言わんばかりの独占欲を見せる。
だが、妃那はそんな少女たちの牽制を、余裕のある微笑みで受け流した。
「ありがとうございます。姉は妹から見ても美人だと思いますけど、私はそんな……まだまだですよ」
意に介さないお姉さんの対応に、穂乃と栞は「ぐぬぬ……」と内心で呻き声を上げる。
その横で透だけが「ケッケッケッ」と楽しそうに笑っていた。
鉄が手際よくケーキを準備しながら、話を切り替えた。
「ボス! そういえば、パーティ名が決まったらしいっすよ!」
「へぇ! 何にしたの?」
「『サンフラワー』だよ」
浅野が答えると、ひよりは顔を輝かせた。
「いいね! 賑やかで元気な君たちにはぴったりだよ!」
「え、3人の花で優吾のハーレムだからじゃないの? 優吾」
鉄のニヤニヤした問いかけに、浅野が絶叫する。
「だからテッちゃん、違うって!!」
「え、浅野、そうなの? お前も隅に置けないなぁ」
「あぁぁぁ!! 三上まで違うって!! 涼さん、助けて!!」
必死に助けを求める浅野に対し、涼はニヤリと口角を上げ、静かに言い放った。
「……それは乗れない相談だな」
「なんだよひより組……怖ぇよ!!」
浅野の悲鳴に、涼と透が声を上げて笑う。
「さぁ、準備できたっすよ!」
テーブルに並べられた彩り豊かなケーキ。
「じゃあ、サンフラワーの結成と、これからの発展を祈って……いただきます!」
「「いただきます!!」」
外は本格的な冬の寒さが近づいていたが、拠点の中には「妖怪」を中心に、尽きることのない賑やかな笑い声がいつまでも響き渡っていた。
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