聖域と、逃げ場なき「過保護」の洗礼
ゆるゆると書いてます。
変なところがあれば都度ストーリーに関わらない程度に直しております。
涼たちの班が別ルートへ出発した後、ひよりたちもまた、探索へ歩を進めようとしていた。
ひよりの班に残ったサークルメンバーは、浅野と山岸がタンク、田崎、吉川、穂乃の3名がアタッカー、そして栞と竹本の2名が攻撃魔法職という構成だった。
「テツ、浅野たちタンクの指導をお願い。フウくんと俺で、残りのメンバーを教えるね」
「了解っす。……よし、こっち来い」
鉄の呼びかけに、浅野と山岸が駆け足で歩み寄る。
「まずは名前を教えろ」
「浅野優吾です!」
「山岸……圭太です……っ」
「優吾と圭太な。いいか、俺の部隊はひより組で1番きつい。それだけは覚悟してもらう。無理だと思うなら、最初から後ろで指くわえて見てろ。……どうする?」
鉄の鋭い視線に、浅野は迷わず「やらせてください!」と叫んで鉄隊の列に混ざった。
「……ごめんなさい。俺は、後ろで見学させてください……」
山岸が震える声でこぼすと、鉄は意外にもあっさりと頷いた。
「構わねぇよ。足引っ張って怪我されても寝覚めが悪ぃからな。……行け」
促された山岸は、逃げるように後衛へと下がっていった。
「こっちのメンバーで、体調が悪かったり見学を希望する人はいるかな? 勉強も大事だけど、無理はしてほしくないんだ。遠慮せずに言ってね」
ひよりが聖母のような微笑みで問いかける。
「私は、やらせてください!」
即座に答えたのは穂乃だった。
その瞳には、ひよりの背中を追いたいという純粋な憧れが宿っている。
一方で、他のメンバーは「どうする……?」と顔を見合わせていた。
魔法職の竹本香織は、隣の栞に「私無理……プレッシャーで吐きそう」と縋り付く。
だが、そこで栞が静かに、だがはっきりと言い放った。
「……栞は、やります」
その言葉には、鉄とフウも「ほう……」と意外そうな表情を浮かべた。
「嬉しいよ! ありがとう、寺本さん!」
ひよりが手放しで喜ぶ。
栞の顔は強張っていたが、その目には意地と、本物を直視しようとする執念が入り混じっていた。
さて、残るは田崎と吉川だ。
二人は互いに顔を見合わせ、何とか逃げ出そうと言葉を紡ぐ。
「お、俺は部長として、見学に回る竹本や山岸を保護しないといけないし……」
「そうそう、俺もちょっと、急に体調が……」
二人が言いかけた、その時だった。
――ドォォォォンッ!
ひより以外の「ひより組」全員から、心臓を直接掴まれるような、凄まじいプレッシャーが放たれた。
その一つひとつに、『お前らだけは絶対に許さない』という、殺意に近い猛烈な念が込められている。
「みんな! ダメだよ!!」
ひよりが慌てて制すると、その圧力は霧散するようにスッと消えた。
「ごめんね、みんな。……田崎くん、吉川くん。無理しなくていいから、今日は休んでいようか?」
ひよりは心底二人を心配して言った。
だが、田崎と吉川は悟った。
ここで「休む」を選べば、ひよりの目が届かないところで、この「死神」たちに何をされるか分からない。
やらなければ、この地獄からは一生逃げられないのだと。
「い、いや……やらせてください……ッ!」
「俺も……お願いします! やらせてください……!!」
「えっ、でも、無理しな……」
「お願いします!! やらせてください!!!」
叫ぶように懇願する二人。
ひよりは「……じゃあ、途中でもいいから、遠慮なく見学に回ってね」と困ったように微笑んだ。
「おぉ、やる気になったか。そこの嬢ちゃん(栞)の方がよっぽど根性あると思ったけど、大したもんっすね、部長さん?」
鉄がヘラヘラと笑う。
だが、その目は一切笑っていなかった。
普段の鉄は、ひより組のムードメーカーであり、明るいいじられキャラだ。
だが、こと敬愛するボスの尊厳を汚す者に対しては、執念深く相手を追い詰める「狂犬」へと変貌する。
「テツ、もう……。じゃあとりあえず、進もうか!」
ひよりの号令で、一行は配置に付き、2層の闇へと足を踏み入れた。
それは、田崎と吉川にとっての、終わりの見えない時間の始まりだった。
………
世田谷ダンジョン2層、湿り気を帯びた石造りの通路を、ひよりの班は静かに、だが確実な足取りで進んでいた。
先導するのは、黒いスーツに身を包んだ鉄隊の構成員たち。
その後ろでは、鉄と浅野が並んで歩きながら、低い声で言葉を交わしていた。
「テツさん。腰に下げてるその武器、トンファーですよね?」
「お、優吾。敬語じゃなくていいって。あそこの場面はあんな感じだったけどさ、ボスの友人なら俺にとっても大事な人なんだ。……んで、これは確かにトンファーだよ。特殊な魔鋼製だけどな」
「……なら、テッちゃんって呼ばせてもらうね。俺、さっきテッちゃんに『センスがある』って言われてから、考えてたんだ。まだまだ初心者だけど、今のうちに、これから先に繋がる武器を本気で極めたいんだ」
鉄は足を止めず、隣を歩く少年の横顔をじっと見つめた。
「ふーん……。一応、優吾の動きはちゃんと見てたんだぜ。センスってのはな、ポジション取りと受け流しの型のことだ。初心者のくせに、めちゃくちゃ安定してる。正直、その辺に転がってる両手剣を振り回させておくのはもったいねぇよ」
「俺、ステータスを確認したら器用値と筋力が意外と高かったんだ。だから、もっとテクニカルな戦い方に挑戦してみたい」
「……いい向上心だ。なぁ優吾、俺にいい考えがあるんだけどよ。聞いてみるか?」
鉄がニヤリと不敵に笑ったその時、前方の暗がりから複数の低い咆哮が響いた。屈強な肉体を持つオークの群れだ。
「敵だ! お前ら守りを固めろ! 優吾、あいつらに混ざってみろ。レベルなんて関係ねぇ、お前なら今の型だけで充分通用する。……行け!」
「よし……。行ってくる!」
浅野は迷いなく、死神と称される構成員たちの最前線へと飛び出していった。それを見届け、鉄はひよりの方を振り返る。
「ボス。優吾のやつ、俺が付きっきりで見ていいっすか? あいつ、化ける可能性があるっす。俺の直感がそう言ってる」
「テツ、助かるよ! 浅野もやる気になってくれたし、俺もすごく嬉しいんだよ。……お願いしていいかな?」
「うっす。……で、田崎と吉川なんですが。あいつらは、うちの前線の連中に任せたいっす。動き方の勉強にもなりますし、うちのやつらは『盾』にもなりますからね」
「本当に大丈夫? 二人とも、さっきから顔色が悪いみたいだけど……」
「安心してください。俺が責任を持って、キッチリ『教育』させますんで」
「わかった。……じゃあ、二人のことも任せるね」
ひよりが笑顔で許可を出した瞬間、鉄は無言で背後の構成員たちに合図を送った。
田崎と吉川が、有無を言わさぬ圧力で鉄壁の布陣へと連行されていく。
「穂乃ちゃん! 穂乃ちゃんはフウくんの動きをよく見ていて。今の君には、あの無駄のない身のこなしが必要だと思うんだ。凛さんは圧倒的な火力特化だけど、穂乃ちゃんはタイプ的に、俺とかフウくんに似てるからね。フウくんの技をモノにすれば、いつか凛さんに追いつけるかもしれないよ」
「わかりました! 私、フウさんのところに行ってきます!」
期待に胸を膨らませた穂乃が駆け寄ると、言葉を発さないフウに代わり、彼の部隊の構成員たちが「嬢ちゃん、足元に気をつけな」と手厚くサポートを開始した。
そしてひよりは、一人ぽつんと残っていた栞に向き直った。
「よし、寺本さん。君は、『ファイヤーボール』が使えたよね」
「はい……っ。……あの、ごめんなさい……栞、さっきあんなひどいことしたり言ったのに……」
俯く栞に、ひよりは優しく歩み寄り、その肩にそっと手を置いた。
「謝らなくていいよ。気をつけてくれれば、それでいいんだ。……今、浅野や穂乃ちゃんが必死に頑張ってるよね。君には、今何ができるかな?」
「栞は……どうしたらいいんだろ……。みんなの足手まといに……」
「そんなことないよ。俺には魔力がないから、魔法は使えないんだ。だから、その素晴らしい魔法を使える寺本さんが、俺は羨ましいんだよ。君の魔法は威力があるし、複数の敵を巻き込むこともできる。前衛だけじゃ補えないところを埋めてくれる、攻略の『キーマン』は君なんだよ」
「私が……キーマン……? でも、狙いが安定しなくて、いつも外してばかりで……」
「大丈夫。俺がついてるから」
ひよりは栞の背後に立ち、彼女を包むようにして肩に手を添えた。
「ゆっくり集中して、遠くの的に照準を合わせるようにイメージして……。――みんな! どいて!! 寺本さん、今だ!」
ドンッ!!
放たれた巨大な火球が、オークの群れの中央に直撃した。爆炎が吹き荒れ、衝撃で周囲のオークたちも次々と転倒していく。
「穂乃ちゃん! ラッシュだ!」
「ハイッ!!」
ひよりの指示に合わせ、穂乃が目にも止まらぬ連撃でオークを仕留めた。
「寺本さん、完璧だったよ! 上手くいったね。これが連携だし、今の君がみんなを助けたんだ」
「……はい。……ありがとうございます。……うっ、ぐすっ……本当に、ごめんなさい……っ」
感極まって涙をこぼす栞。
ひよりは「泣かないで」と微笑み、彼女を近くに寄せた。
「よし、じゃあ特別に見せよう。こっちにおいで」
ひよりは再び栞の背後に立つと、流れるような動作で魔銃『銀月【朔】』を抜き放ち、構えた。
「これって……魔銃……ですよね?」
「そうだよ。魔法が使えない代わりに、俺にとっての魔法みたいなもの。……ほら、照準が見えるかな? 自分が撃つ感覚で、じっと見ててね」
「……はい」
ひよりの体温と、銃身から伝わる冷たい緊張感。
ダァァァァンッ!!
鼓膜を劈くような爆音。
放たれた魔弾は、残っていたオークの胸部を粉砕し、そのまま後方の壁まで吹き飛ばして塵に帰した。
「すごい……っ。これが、三上先輩の力……」
「そう。だけど、君はこれと同じ、それ以上の魔法が使えるんだ。魔銃だって持てる。君は何でもできるんだよ。一緒に頑張ろうね」
「ハイッ!!」
ひよりに対する負い目が、確かな尊敬と自信に変わった瞬間だった。
ひよりが「あ、ごめん、癖で」と栞の頭を撫でると、彼女は頬を染めて「もうっ!」と少女らしく照れ笑いを浮かべた。
(……出たよ、これが天然の『妖怪人たらし』だ。後で透ちゃんに報告しねぇと……)
そんな二人の様子を遠目で見守りながら、鉄は呆れたように息を吐いた。
だがその後、温かな聖域から切り離された場所では、真の地獄が展開される。
屈強なオークが咆哮を上げ、巨大な棍棒を振り下ろす。
田崎と吉川が恐怖に顔を引き攣らせ、後ずさりしようとした瞬間、その背中に「鉄の壁」が立ち塞がった。
「……あ、れ?」
田崎が振り返ると、そこには黒い装備に身を包んだ構成員たちが、逃げ道を一寸の隙もなく塞ぐように超至近距離で円陣を組んでいた。
「危ねぇからよ、俺たちが『完璧に』守ってやるよ。……安心して、前だけ見てろ」
一見すれば手厚いサポートの声。
だが、田崎の背中には、構成員が構えた短刀の鋭利な先端が、皮一枚を隔ててチリリと触れていた。
(……後ろに下がったら、刺される……っ!?)
一歩でも引けば、その刃は躊躇なく肉を裂くだろう。
前方には猛り狂うオークの暴力。
背後には、声を出すことすら許さない死神たちの静かな殺意。
田崎と吉川は、文字通り「死の境界線」に縫い付けられていた。
「おい。ボスの顔を潰すような真似すんじゃねぇぞ。……行けよ」
耳元で囁かれる、氷のように冷たい脅迫。
吉川はガチガチと歯を鳴らし、震える手で剣を握り直すしかなかった。
涙目でオークへと突進していく二人の姿を、ひよりは少し離れた場所から、感銘を受けたように見守っていた。
「わぁ……! 田崎くん、吉川くん、すごいよ! みんながしっかり周りを守ってくれているから、二人とも安心して全力で戦えているんだね。あんなに大きなオークを前にしても、一歩も引かないなんて……やっぱり、部長の鑑だよ! かっこいいなぁ!」
ひよりの純粋無垢な称賛。
それが、地獄の底で喘ぐ二人には、逃げ道を完全に断つ「残酷な呪い」となって降り注ぐ。
ひよりが褒めれば褒めるほど、背後の構成員たちの武器にこもる力が増していくのだ。
(……三上! 助けてくれ! 違うんだ、ただ下がれないだけなんだ……!!)
田崎は心の中で血を吐くように叫ぶが、その悲鳴が聖域に届くことはない。
「あはは、本当っすね、ボス! 二人とも、まるで死を恐れない戦士みたいっすよ。……おい、お前ら。二人を『傷一つ』負わせるなよ? 万が一にもボスの期待を裏切るような真似……させるんじゃねぇぞ?」
鉄が愉快そうに笑いながら追い打ちをかけると、円陣の密度はさらに増し、田崎たちの肌には冷たい刃の感触がくっきりと刻み込まれた。
「ひよりん。彼らのあんなに必死な顔、初めて見たよ。……よっぽど、君に良いところを見せたいんだろうね」
いつの間にか合流していた透が、全てを察した上で、愉悦に満ちた声を重ねる。
泣きそうな顔で、死物狂いでオークに縋り付く田崎と吉川。
それを「友情と信頼の光景」として、眩しそうに、優しく見守り続けるひより。
地獄のピクニックは、いよいよその残酷な完成へと近づいていく。
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