選別される運命と、地獄のピクニック
ゆるゆると書いてます。
変なところがあれば都度ストーリーに関わらない程度に直しております。
世田谷ダンジョン2層。
ここはコボルトやオークが徘徊し、初心者にとって1層とは比較にならない緊張感が漂うエリアだ。
だが、その入り口でひよりが放った言葉は、その場の空気を一変させた。
「透、申し訳ないけど、構成員を1名連れて受付に行ってきて。今からこの2層は、ひより組が『制圧』するから、迷惑をかけるって謝罪してきてほしいんだ。俺が行くべきなんだけど……ごめんね」
「いやいや、喜んで。……すぐに戻るよ」
ひよりと透の、あまりに不穏なやり取り。
だが、何も知らない田崎は「じゃあ三上、トップの力とやらを見せてくれよ」と促し、吉川は「三上先輩、頑張れー!」と茶化すような野次を飛ばす。
「(……どうせ大したことない。さっきのは、ただのまぐれだったんだ……)」
栞は自分に言い聞かせるように、内心で毒づいていた。
「……じゃあ見せるけど。これを誰かに"しっかり"と見せたことは、まだ1度もないんだ。……口外しないって誓ってくれるかな? もし破った場合は……まぁ、その時に分かってもらうよ」
「なんだよそれ! 脅しかよ!」
吉川が笑い飛ばした、その直後だった。
「みんな、おいで」
ひよりの静かな声が響いた瞬間、影と指輪から溢れ出した魔素が、漆黒の渦を巻いた。
紫電を纏うフウ、突風を背負うライ。
殺気を隠そうともしない涼、そして額に青筋を立て、般若のような形相をした鉄。
その後ろには、軍隊のように整列した100名の構成員――巷で「死神」と称される黒衣の集団が、音もなく姿を現した。
総勢106名。ひより組の全戦力が、2層のエントランスフロアを埋め尽くす。
「な、な、なんだ……これ……っ」
田崎も吉川も、栞も。
サークルメンバーたちは、もはや言葉を紡ぐことすらできなかった。
いや、言葉を発した瞬間に、この場にいる全員の首が飛ぶ。本能がそう警告していた。
「ボス、お待ちしておりました。……如何様にもいたします」
「命令をお願いします、ボス。……いつでも行けます」
涼と鉄がひよりの前に跪き、忠誠を誓う。
その異様な光景に、吉川が引き攣った声を上げた。
「な、なんなんだよ、あんたら……っ!!」
「……おい、ガキ。今からボスの『ご命令』が下されるところなんだよ。……消されてぇのか? あ?」
鉄が低く唸るような声で威圧すると、吉川は「ヒッ」と情けない悲鳴を上げてその場にへたり込んだ。
「とりあえず、幹部1名を透につけて受付に行ってもらう。ここを占領しちゃうからね。透、よろしく」
「はい、ボス」
透が幹部を連れて立ち去ると、ひよりは真っ青な顔の田崎に視線を戻した。
「田崎くん。とりあえず、『見たい』んだよね? 俺らなりのやり方でいいかな?」
「お、おう……よ、よろしく頼むよ……」
田崎がそう答えた瞬間、背後に控える103名の凄まじい圧が、彼1人に集中した。
「口の利き方に気をつけろよ? ボスの同期だかなんだか知らねぇけどな……次、舐めた口叩いたら、この場で消すぞ」
涼の冷徹な言葉に、田崎は酸欠の金魚のように口をパクパクと動かす。
女子部員の中には、恐怖のあまり泣き出す者まで現れた。
「おい、お前。聞いてんのか? 返事は? ……この聞こえない耳いらねぇだろ。邪魔なら斬り落としてやろうか?」
鉄が吉川の耳元で囁くと、田崎は弾かれたように叫んだ。
「ハ、ハイッ!! ごめんなさい!!!」
「テツ、そんないじめちゃダメだよ。……田崎くん、ごめんね。じゃあ、俺らの攻略を始めるから、参加できるならして、無理なら後ろから見ててね。……各隊に分かれて探索するよ。綺麗に掃除して、ボスフロア前で集合。……いいね?」
『ハイッ!!!!!』
101名の怒号のような返辞が、2層全体を震わせた。
………
100名を超える構成員が静まり返る中、ひよりは涼を呼び寄せて確認を取った。
「涼、サークルメンバーは分けたほうがいいと思うんだけど、どう思う?」
「はい、その方がよろしいかと。各隊によって戦闘スタイルが違いますからね。効率よく『教育』を行いましょう」
「そうだよね。じゃあ班分けをしよう。俺の班と、涼の班に分けるよ」
その一言に、田崎はごくりと喉を鳴らした。
先ほどの涼の冷徹な一喝を浴びたメンバーたちにとって、涼の班に配属されることは「死」と同義だと思われていたからだ。
「……先ほどボスに熱心にアドバイスを求めていた者がいましたよね。その者たち7名を、私が預かります」
「それがいいね。涼のアドバイスなら確実に勉強になるから」
その言葉を聞いた瞬間、田崎や吉川、栞たちは内心で激しく安堵した。
自分たちは「ひより側」だ。
あんな恐ろしい男のそばに行かなくて済む。
ひよりなら、まだなんとかなる。
……そんな甘い考えが、彼らの顔に透けて見えていた。
「ボス、ご友人と剣姫のご家族も含まれますが、どうしますか?」
「浅野、穂乃ちゃん。二人はどうしたい?」
ひよりが問いかけると、空気の重圧に呑まれていた二人が一歩前へ出た。
「俺は、三上の近くでもっと学びたい。……今まで飲み会目当てでサークルにいただけだったけどさ、三上のアドバイスを聞いて探索してたら、初めて楽しさがわかったんだ」
浅野の言葉には、田崎たちのような打算や恐怖ではなく、真剣な「熱」があった。
ひよりの指導により、彼は短期間でそれなりに動けるよう成長していたのだ。
「三上先輩、私も先輩と一緒がいいです! ……その、ファンですから!」
穂乃の真っ直ぐな言葉に、ひよりだけでなく涼までもが、ふっと口角を上げた。
「ありがとう。じゃあ涼につくメンバーはあちらへ。俺の班のメンバーは装備の確認をしていて」
涼の班に指名された5名が、死刑台に向かうような青い顔で集まってくる。
ひよりは彼らに歩み寄り、小声で語りかけた。
「みんな、安心して。涼はさっきはあんな感じだったけど、本当は教え上手で、すごく優しいから。……ほら、顔はちょっと怖いかもしれないけど、よく見て。……ね? 可愛い目をしてるでしょ?」
「ボスッ!? ……何を仰って……」
涼が珍しく狼狽する姿を見て、5名の緊張がわずかに解けた。
「……コホン。お前たちが道中、真剣に取り組んでいたのは知っている。安心してついてこい。答えられることなら何でも答える。……よろしくな」
涼が向けた「本物の笑顔」に、メンバーたちは「よろしくお願いします!!」と、今度は自発的に、力強く声を上げた。
「あと、ライくん。涼の部隊と合同でお願いね。タンクの子は、間違いなくライくんから学ぶのが1番だから」
ライが笑顔で力強く頷くと、先ほどまでの堅苦しい空気は消え、メンバーたちは「お願いします!」とライにも声を上げた。
ライは嬉しそうに、大きな拳を突き出してそれに応える。
「よし、いい声だ。ではボス、ボスフロア前で合流しましょう。……失礼します」
涼の班が整然と出発していくのを見送り、ひよりは残ったメンバーに向き直った。
「じゃあ、俺の班は集まって」
田崎、吉川、栞。そしてその取り巻きたちが、ヘラヘラとした、あるいは卑屈な笑みを浮かべて寄ってくる。
対照的に、浅野と穂乃はそんな彼らを冷ややかな目で見つめていた。
「俺の班は、テツとフウくん。それから、後で透が合流するからこのチームでやっていくよ。わからないことは何でも聞いてね」
ニコッと笑うひより。
しかし、安堵していた田崎たちの前に鉄が立った瞬間、彼らの脳裏には先ほどの恫喝がフラッシュバックした。
「……フウくんは遊撃隊長だよ。喋れないけど、テツが通訳してくれるから、斥候やアタッカーは色々聞いてみて。いいかな?」
「はいっ!」
即座に答える浅野と穂乃。だが、残りのメンバーは腰が引けている。
「……おい、なんか足らねぇな?」
鉄が低く唸ると、田崎たちは慌てて「は、はいっ!」と裏返った声を上げた。
「テツ、そんないじめちゃダメだよ? 怖がらせたらアドバイスが頭に入らないでしょ」
「うっす……。すいません、ボス……」
「でも、ありがとう。俺とみんなのために言ってくれてるのはわかってるよ。……みんな、このテツは前衛の部隊長をしてるんだ。ちょっとヤンチャだけど、みんなと歳も近いから、気軽に質問してみてね」
鉄は能面のような無表情で「鉄だ。よろしくっす」とだけ言ったが、ふと表情を和らげ、浅野の方を向いた。
「ボス、1ついいっすか。……あんた、前衛のセンスあるよ。何でも教えるから、しっかり付いてきな」
「俺が、前衛のセンス……!? ありがとうございます! 勉強させてもらいます!」
「あと、剣姫さんの従姉妹ちゃん。あんたのスタイルなら、フウさんかボスから学ぶといいよ。フウさんに聞きたいときは俺が通訳するから、いつでも言えよ」
鉄が見せたヘラッとした柔らかい笑顔に、浅野と穂乃は感激して頭を下げた。鉄は浅野に拳を突き出し、二人は力強くタッチを交わす。
「他のメンバーも筋がいいからね! 特に田崎くんは、さすが部長だよ」
「あ、ありがとう……三上、くん……」
ひよりの無邪気な賞賛に、田崎は引き攣った笑いを返すしかなかった。
「じゃあ、行こうか!」
こうして、二つの班が動き出した。
ひよりという「絶対的な聖域」の中にいれば安全だと信じ込んでいた田崎たち。
だが、その聖域を支えているのが、彼らが最も恐れる「死神」たちであることを、彼らはまだ理解していなかった。
………
先に出発した涼の班は、ひより組の精鋭たちと5名のサークルメンバーで構成されていた。
メンバーの内訳は、男子のタンク2名にアタッカー1名、そして女子の支援魔法職2名。
「タンクの2名はライに付かせろ。お前、しっかり『教育』してやってくれ」
「はい、カシラ。承知しました」
涼の指示に、ライ隊の幹部構成員が力強く応じ、若きタンクたちを連れて行く。
「残りの3名は俺の隊で学んでもらう。いいな?」
「ハイッ!!」
先ほどまでの恐怖はどこへやら、彼らは今の自分たちに足りない「何か」を掴もうと、必死に食らいついていた。
少し進むと、通路の先にコボルトの群れが現れた。
だが、そこでサークルメンバーたちが目撃したのは、これまでの探索経験で1度も見ることのなかった異様な光景だった。
「……怯えて、動けない……?」
モンスターたちが、逃げることすら忘れてその場に蹲り、尻尾を丸めて震えている。
ひより組が放つ圧倒的な威圧感とステータス差を、本能で察知してしまったのだ。
「これではこいつらの勉強にならんな。ライ、威圧を抑えろ。挑発で無理やりにでも引きずり出せ」
ライが「ウガッ」と短く吠えると、ライ隊の構成員たちが一斉に『挑発』のスキルを展開した。
「よし、兄ちゃんたち。あいつらが来るぞ! 俺らがサポートするから、しっかり踏ん張れよ!
」
構成員たちが最低限の数で壁を作り、サークルメンバーのタンクたちを前線へと導く。
ガギンッ!
逆上したコボルトたちの短剣が、タンクたちのバックラーを襲う。
「よし、いいぞ! 耐えろ!」
幹部構成員が鼓舞し、ライは若きタンクたちの背中に大きな手を添え、どっしりと支えていた。
そして、攻撃が当たる絶妙なタイミングで、ポン、と軽く背中を押す。
その瞬間、勢いで突き出されたバックラーがコボルトの短剣を強烈に押し返し、その体勢を大きく崩させた。
「これが『パリィ』だ。俺たちタンクがそのまま反撃してもいいし、アタッカーに繋いでもいい。わかったか?」
「ハイッ! アニキ!!」
興奮気味に答える二人の姿に、ライと幹部構成員は「可愛いやつだ」と快活に笑った。
「よし、アタッカーのお前。名前は?」
「土屋翔太です!」
「翔太、今お前の仲間のタンクが踏ん張っている。お前がすべきことはなんだ?」
「……敵が崩れたタイミングでのアタック。もしくは、仲間の反撃に合わせた連撃です!」
「正解だ。後ろに付いて、呼吸を合わせろ」
「ハイッ!」
涼の指示通りに翔太が鋭く踏み込む。
続いて、涼は後方の女子二人へと視線を向けた。
「女子2名。名前を」
「岡田瑠奈です」
「平井萌華です」
「瑠奈はタンクに耐久のバフを。萌華は翔太に筋力のバフをかけろ」
「涼さん! 私、敏捷のバフも重ねられます!」
「いいぞ、萌華。できることをすべてやってみろ」
二人の詠唱が響き、前衛の身体に力が宿る。
タイミングを完璧に掴んだタンク2名が、ガンッ! と盾を叩きつけ、コボルト2体の体勢を同時に崩した。
「1人はアタッカーとチェンジ! 残りの1人はそのまま反撃しろ!」
「うぉぉぉぉ!」
気合を込めた1人が反撃の盾打を叩き込み、入れ替わった翔太が、バフの乗った筋力でコボルトの首筋を一閃。
そのままもう1体への追撃へと繋げ、見事に討伐を完遂させた。
残ったコボルトたちも、周囲の構成員が瞬く間に処理していく。
「はぁ……はぁ……っ!」
激しく肩で息をする前衛の3名。涼は彼らを見つめ、静かに頷いた。
「よくやった。これが組織の『連携』だ。……分かったか?」
「ハイッ!!!」
5名の歓喜の声が通路に響く。
ライはその大きな手のひらで、若きタンクたちの頭をごしごしと力任せに撫で回した。
「いいぞ兄ちゃんたち! ライ隊長も褒めてくださっているぞ。……そうだ、名前は何ていうんだ?」
「中岡陽平です!」
「東小太郎です!」
「陽平と小太郎だな、覚えたぞ。 お前ら、筋がいいな!」
「ありがとうございます! ライさん、アニキ!!」
4人はライ隊の伝統である、力強いグータッチを交わした。
その様子を羨ましそうに見ていた翔太が、恐る恐る涼に尋ねる。
「涼さん……俺、どうでしたか……?」
「スムーズに動けていた。問題ない。……よくやったな」
「ありがとうございます!!」
翔太は感極まったように深く頭を下げた。
「瑠奈、萌華。お前たちのバフも安定していた。その力が前線を支えるんだ。これからも仲間を助けてやれ」
「……涼さん。私、萌華ちゃんみたいに2種類のバフをかけられなくて……」
瑠奈が俯くと、横から萌華が「瑠奈ちゃんは回復の方が得意でしょ?」とフォローを入れた。
「……充分だ。瑠奈、お前のような回復役がいなければ、助かる命も助からない。戦場の要だぞ。胸を張れ」
「ありがとうございます……っ!」
瑠奈は目に涙を浮かべながら、力強く返事をした。
「よし! この調子で合流地点まで向かう。……行くぞ!」
合同隊の雄叫びが2層の静寂を切り裂く。
去っていくサークルメンバーの後ろ姿には、出発前にはなかった確かな「熱気」と、探索者としての「希望」が満ち溢れていた。
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よろしくお願いいたします。




