嵐の前
ゆるゆると書いてます。
変なところがあれば都度ストーリーに関わらない程度に直しております。
準備を終えたサークルメンバーたちが、ダンジョンゲート前のロビーに集結する。
初心者である彼らの装備は、動きやすさ重視のスポーティな服に、安価な革の鎧を重ねただけのもの。
手にする武器も、初心者武器の「鉄の剣」がメインだった。
そこへ、二人の人影が歩み寄る。
「……っ、おい。見ろよ」
「『闇王』と『マエストロ』だ……。圧がヤバすぎる」
周囲の現役探索者たちが息を呑み、道を開ける。
現れたひよりは、漆黒のスーツを纏い、腰には名刀『鬼灯【焔】』。
透は洗練された意匠のスーツに身を包み、その背には、愛魔銃のAlligatorを携えている。
「おい、三上! お前の装備、マジですげぇな。大学で会う時とは別人だよ。……白鷺さんも、その、凄く素敵です」
浅野が目を丸くして感嘆の声を漏らす。
透の圧倒的なオーラに当てられたのか、いつの間にか彼の言葉には自然と敬語が混じっていた。
「やめてよ、恥ずかしいな。でも、これは信頼できる店で買った大切な装備なんだ。見た目も機能も最高に気に入ってるよ」
ひよりがはにかむように笑うと、横で見ていた吉川が「ぷっ……」と吹き出した。
「(なんだよあのスーツ……。ダンジョンに何しに来てんだよ、ありえねーわw)」
小声で嘲笑う吉川。その横では、穂乃が組んだ手を胸の前で震わせていた。
「あぁ……近くで、本物のひより様のお姿を拝見できるなんて……」
「これからは穂乃も一緒に行動できるじゃないか。うちに来れば、いつでも見せてあげるよ?」
「ヒャァァッ!? は、はい! 喜んで!!」
透に頭を撫でられ、穂乃は幸せのあまり奇声を上げて悶絶している。
「……ねぇ、二人とも。それってなんかのコスプレですか? そんなヒラヒラした服で攻撃受けて、死なない自信あるんですかぁ?」
寺本栞が、小馬鹿にしたような笑みを浮かべてひよりを指差した。
「栞、失礼だぞ!」と浅野がたしなめるが、ひよりは怒る風でもなく、栞を真っ直ぐに見つめて微笑んだ。
「うん、心配ありがとう。でも大丈夫だよ。これは特殊な素材でできているからね。……たぶん、君の放つ魔法をまともに受けても、僕は傷一つ負わないと思うかな」
「はぁ!? ……な、なによそれ、バカにしてんの!?」
ニコッと笑いながら事実を告げるひよりに、透は内心で(うわ、ひよりん。久しぶりに無自覚な『煽り虫』が出たね)とくすくす笑う。
その余裕の態度が、さらに栞の顔を真っ赤にさせた。
「……で、それって実際高いの? いくらくらいしたんだよ、三上」
田崎が、欲を隠しきれない目でひよりの装備をねめつける。
「お金の話なんて、無粋なことを聞くんだね、部長さん。……まぁ、君が働いても、逆立ちしても買えない程度……とだけ答えておくよ」
透の冷徹な一蹴に、ロビーの空気が一瞬で凍りついた。
「なっ……! お前、いくらなんでも……!」
「田崎くんごめんね、透も言い過ぎだよ。……さ、浅野。行こうか!」
ひよりが苦笑しながら場を収める。
「お、おう……! 行こうぜ田崎! 」
浅野に促され、田崎は毒づきながらもゲートへと歩き出した。
その背後で、透の瞳が氷のように冷たく光る。
「……さて、行こうか、ひよりん。無知な羊たちの『社会科見学』の始まりだ」
………
世田谷ダンジョン1層。
洞窟の湿った空気が漂う中、サークルメンバーたちは緊張と興奮の入り混じった表情で足を進めていた。
「よし、4人1組でパーティを作ってくれ。ある程度まとまって探索を開始する!」
田崎の指示で各々が陣形を組む中、ひよりがふと足を止めた。
「みんな、ちょっと抜けるね。透、あそこに行ってくるから見ててあげて」
「(……ビビって逃げんの? ウケるんですけど)」
栞が鼻で笑い、その言葉を終えるよりも早く――。
――ッ!
爆音すら置き去りにする踏み込み。
百傑の中でもトップクラスを誇るひよりの敏捷値が、その場に突風を巻き起こした。
次の瞬間、ひよりの姿は跡形もなく消えていた。
「……は?」
サークルメンバーたちは、口を開けたまま、ひよりが消えた先を呆然と見つめることしかできなかった。
「おい……今の見たか? 三上先輩、一瞬で……」
「やっぱり本物なんじゃねぇの? あのスピード、人間業じゃねぇぞ」
「浅野先輩、……三上先輩と友達なんですよね? マジで何者なんですか?」
ざわつくメンバーたちを余所に、浅野は透に震える声で尋ねた。
「白鷺さん……今の、三上の全力なんですか?」
「何を言っているんだい。ひよりんが本気で動くときは、あんなものじゃないよ。君たちには『消えた』ように視えただろうが、ステータスの差がありすぎるだけだ。……ひよりんに追いつけるよう、精々頑張るんだね」
透のニッコリとした、だが底冷えするような笑みに、メンバーたちはごくりと唾を呑んだ。
その頃、ひよりは1層の奥地、フロアボスの部屋の前にいた。
「フウくん、ライくん、テツ。出てきて」
呼びかけに応じ、指輪と影から3名の直参が姿を現す。
「ボス! 聞いてましたけどもう我慢ならねぇっす! あいつら一発ぶっ飛ばしてわからせてやりましょうよ!」
殺気立つ鉄の頭を、ライが大きな手で制し、フウが静かに首を振る。
「テツ、ごめんね。でも俺はまだ怒る気にはなれないんだ。彼らはこれからの探索者なんだから。そのうち分かってくれたら、それでいいんだよ」
「でも……ッ! ……あぁ、師匠。……わかったっすよ。『お前が手を出したらボスの評価が下がる』『わからせ方にも色々ある』……っすよね。へいへい、我慢しますよ」
ひよりはライに「ありがとう」と微笑むと、部屋の奥で待ち構えていたゴブリンリーダーへと歩み寄った。
「リーダーさん、久しぶり。……今日は俺の友達やその仲間が来ているんだ。俺たちは君たちに手を出さない。……だけど、彼らは違う。探索者として、君たちに挑むはずだ。……わかってくれるよね?」
ゴブリンリーダーは静かにひよりを見つめ、やがて深く頷いた。
「ありがとう。俺は君たちのことも家族だと思ってる。……心苦しいけど、ダンジョンはそういう場所だって、分かっているつもりだから」
フウとライも、かつて共に過ごしたリーダーと視線を交わし、短く言葉を交わす。
彼らにとっても、この場所はただの狩場ではないのだ。
ひよりが広場に戻ると、ちょうどサークルメンバーたちが数体のスライムを仕留めたところだった。
「ただいま」
「三上……お前、マジですげぇんだな。一瞬で消えた時、やっと理解したよ」
「えっ、何の話?」
「あはは、ひよりん。君の『移動』が彼らには魔法に見えたんだよ」
透の言葉に、ひよりは「照れるなぁ」と頭を掻いた。
「んで、……『彼』とは話してきたのかい?」
「うん。一応言っておかないとね」
「律儀だねぇ。彼らも分かっているはずなのに」
「それでも、ちゃんと会って言いたいんだ」
探索は続く。
ひよりは道中、質問をしてくる部員1人ひとりに丁寧にアドバイスを送っていた。
その姿はまさに理想的な先達だったが、それが面白くない者もいた。
「(なんだよ。見てるだけで偉そうに能書き垂れやがって)」
吉川は苛立ちを募らせ、栞に目配せをした。
「なぁ栞。さっき『自分の攻撃じゃ傷つかない』とか言ってたよな? ……やってみれば?」
「ウケる! 事故に見せかけて、一発お見舞いしちゃう?」
2人の不穏なやり取りを、部長の田崎は見て見ぬふりをした。
彼もまた、ひよりの「化け物じみた実力」を前に、プライドを削り取られていたのだ。
フロアボス目前。ゴブリン5体とスライム3体が現れた。
「みんな、気をつけて!」
ひよりが声をかけ、見守る体制に入る。
各パーティが応戦する中、ひよりの背後で栞が不敵な笑みを浮かべた。
「(消えちゃえ!)」
――『ファイヤーボール』!
至近距離から放たれた灼熱の火炎が、ひよりの背後を強襲する。
「三上! 危ないッ!」
浅野の悲鳴が響く。だが――。
――ザンッ!
抜刀の音すらさせず、ひよりの手にある『鬼灯』が鮮やかな紅い軌跡を描いた。
真っ二つに両断された火球は、衝撃波を撒き散らしながら背後の壁で爆散する。
「……寺本さん。俺だからいいけど、今の魔法、よく狙わないと仲間に危険が及ぶよ。気をつけないとダメだよ」
ひよりの声はどこまでも穏やかだった。だが、その瞳には「警告」の色が混じっている。
「ご、ごめんなさい……っ」
栞は吉川の元へ逃げるように戻ったが、その指先は震えていた。
(……なによ、何で魔法が斬れるの!? あり得ない、あいつ、やっぱり人間じゃないわ……!)
「……ひよりん。今のは完璧に君を狙っていたよ。わかるでしょ?」
隣で全てを見ていた透が、低く冷たい声で囁く。
「……うん。でも、俺は対応できるから。……ただ、これが他の人に向かないといいんだけど。……少し、考えるよ」
ひよりの表情が、初めて厳しさを帯びた。
サークルメンバーたちは、その変貌に気づかぬまま、殲滅を終えてボスの部屋へと足を踏み入れる。
………
重厚な石の扉を押し開け、一行はフロアボスの間へと足を踏み入れた。
中央に鎮座するのは、巨大な棍棒を携えたあのゴブリンリーダーだ。
「よし、全員で当たるぞ! 1人ひとりの経験値は入らないが、連携の経験にはなる。やってみよう!」
田崎の号令で、12対1の戦いが幕を開けた。
ひよりは、複雑な思いでその光景を眺めていた。
ついさっき、家族と呼び、言葉を交わした存在が、今まさに12名の探索者に蹂躙されていく。
それはこのダンジョンというシステムにおいては避けられない、絶対的な「理」だった。
「……まぁ、ひよりんにとっては、あまり気持ちのいいものではないよな」
透が隣で静かに語りかける。
「うん……。でも、彼も分かってくれているから」
「そうだな。……それに、普段のひより組だって数の暴力で敵を圧殺しているんだ。何も言えないわ」
少しでも空気を和ませようとする透の言葉に、ひよりは小さく苦笑した。
囲まれ、斬られ、容赦なく魔法を浴びせられるゴブリンリーダー。
「やっちまえ!」
「弱ってるぞ、畳み掛けろ!」
鼓舞し合うサークルメンバーたちの声が響く。
膝をつき、必死に抵抗を続けていたゴブリンリーダーが、最期にひよりをじっと見つめた。
(あぁ……。ありがとう)
ひよりが心の中で呟くと同時に、ゴブリンリーダーは断末魔の声を上げ、光の塵となって霧散した。
「やったぜ!」
「ボスの討伐だ!」
狂喜乱舞するパーティメンバーたち。
田崎が満足げに頷き、全員を見渡した。
「よくやったぞ! みんな怪我はないな? 今の動きを忘れずに、これからも連携を磨いていくぞ。いいな!」
「はいっ!」
威勢のいい返事が響く中、田崎が不遜な笑みを浮かべてひよりを振り返った。
「三上、今の討伐はどうだった?」
「うん。みんな自分の役割をしっかりこなしていたし、連携もとれていた。いい討伐だったと思うよ」
ひよりの言葉に、田崎はこれ見よがしに胸を張った。
「だそうだ! トップ探索者様に褒めてもらったぞ!」
その言葉を合図にするかのように、吉川がヘラヘラとひよりに詰め寄った。
「三上先輩! 見てるだけじゃつまらないでしょ? 俺ら、三上先輩の『本気の攻略』が見たいんで、次で見せてくださいよ!」
吉川の言葉に呼応して、サークルメンバーの数名が悪ノリするように「見せろ! 見せろ!」とコールを始めた。
だが、道中でひよりから真摯なアドバイスを受けていた者や、浅野、そして穂乃たちは、その光景を冷ややかな、あるいは恐れを孕んだ目で見つめ、制止の声を上げた。
「おい、やめろよ吉川!」
「失礼だぞ!」
「……どうする? もうそろそろ、引き際(分からせ時)だと思うけど」
透が問いかけると、ひよりは静かに頷いた。
「わかった。……みんな。勉強になるかどうかは分からないけど、2層で僕の力を見せるよ。……怪我はさせないから、安心してね」
ひよりは、いつものようにニッコリと微笑んだ。
だが、その背負った圧倒的な実力を知る透だけは、その笑顔の裏にある冷徹な「判定」を感じ取っていた。
「よし! みんな、百傑の攻略を間近で見られるチャンスだ! しっかり目に焼き付けておくように。……じゃあ三上、行こうか」
田崎の能天気な声を背に、一行はさらに深部へと続く階段――2層へと進んでいく。
それが自分たちのプライドが木端微塵に砕かれる、終焉の始まりだとも知らずに。
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