世田谷の英雄と、無知なる闖入者
ゆるゆると書いてます。
変なところがあれば都度ストーリーに関わらない程度に直しております。
11月半ば。
冬の気配が混じり始めた日曜日、世田谷ダンジョン前の広場は、休日を楽しむ探索者たちでごった返していた。
その中央、待ち合わせ場所に立つ二人の男女に、周囲の視線が突き刺さる。
「……あ、あれ。もしかして『闇王』と『マエストロ』じゃねぇか?」
「マジだ、イッチだ! おいイッチ、最近スレで見ないけど元気か!?」
通りすがりの探索者たちが、親しげに、あるいは畏怖を込めて声をかけてくる。
ひよりはいつものように「あはは、お久しぶりです」と穏やかに返し、隣に立つ透は呆れたように肩をすくめた。
「ひよりん、最近は大学と遠征にかかりきりでスレを放置気味だからね。みんな寂しがってるよ。レベルも65になったことだし、落ち着いたらまたいい報告をしたいものだね」
「そうだね。……あ、浅野! こっちこっち!」
ひよりが手を振ると、スポーティな私服に身を包んだ浅野優吾が、どこか緊張した面持ちで駆けてきた。
「三上、今日は本当にありがとう……! ……んで、そっちの、めちゃくちゃ綺麗な人は……?」
「紹介するよ。ひより組の参謀、白鷺透だよ。この前の電話の」
「……ひより組直参、参謀の白鷺透だよ。君は、ひよりんの大切な友人で、情報の『選別』が苦手な子だと聞いている。だから君だけは特別だ。よろしくね」
透はニコリと微笑んだが、その瞳の奥には冷徹な光が宿っていた。
「あ、あぁ……よろしくお願いします。……三上、お前……本当に、百傑なんだよな? そっちの白鷺さんも……」
「うん、透も百傑だよ。レベルは二人とも今は65かな」
「はっ!? ろ、65……!? そんな化け物……いや、偉い方に俺はなんて口を……!」
ガタガタと震え出す浅野に、ひよりは笑ってその肩を叩いた。
「偉い方なんて言うなよ! 俺とお前は大学の同級生で友達だろ? それ以上も以下もないよ。ね、透?」
「……そうだね。ひよりんがそう言うなら、私もそれに従うよ」
透が柔らかい「素」の笑顔を向けた瞬間、浅野の心臓が大きく跳ねた。
(な、なんだこの人……。めちゃくちゃ綺麗で怖いのに、笑うと……っ……)
浅野の中に、新たな「門」が開こうとしていたが、それを遮るように賑やかな声が響いた。
「おまたせ!」
現れたのは、サークル部長の田崎誠也と、その仲間たちだ。
「おい田崎、遅ぇよ!」
「悪い悪い。……あぁ、君が三上か。話には聞いてるよ。隣の彼女は……あの『マエストロ』、白鷺透か。百傑が二人も揃うなんて、うちのサークルの格も上がるよ」
田崎はそう言いながら、ニヤニヤと品定めするようにひよりを見た。
「話は聞いてるけど、三上くんって意外と普通なんだな。……いや、いい意味でね? 俺と同級生だし、これから上手くやっていこうよ」
その傲慢な気配に、透がひよりの耳元で囁く。
「……ひよりん。やっぱり、嫌な懸念が当たったよ。この男、君をただの『利用価値のある同級生』としか見ていない。……何かあれば、私は容赦しないよ?」
「わかってるよ。……ごめんね、透。俺がこんなんだから……」
「まったく。君は、こういう時ですら自分を責めるんだから……」
透は呆れながらも、愛おしそうにひよりの肩をポンと叩いた。
だが、サークルの「無礼」は田崎だけに留まらなかった。
「部長、話長すぎっしょ! ……どうも、二年の吉川でーす。三上先輩、今日は色々教えてくださいよ。有名なんでしょ? 期待してますよ、パシ……じゃなくて、アドバイザーとしてさ!」
「栞もぉ、穂乃に聞いたんだけどぉ、闇王(笑)って言われてるってぇ。穂乃からは凄いって聞いたけど、三上先輩って優しそうだしぃ、栞って呼んでくださいねぇ」
吉川と栞の、隠そうともしない侮蔑の混じった態度。
その瞬間――。
ひよりの足元の影が、ドロリと生き物のように波打った。
(……これは、涼さんとテッちゃんも相当怒ってるな……)
透の無表情な圧気が膨れ上がる中、浅野が必死に割って入った。
「お、おい! 吉川、栞! お前ら、言葉に気をつけろよ!」
「浅野先輩、真面目すぎぃ! 飲み会のノリでいいじゃないっすか!」
アハハ、と笑うメンバーたち。彼らは気づいていない。
自分たちが今、どれほど「死」に近い場所に立っているのかを。
そんな中、一人の少女がひよりの前に震える足取りで進み出た。
「……三上先輩!」
「あ、えっと……」
「……赤城凛の従姉妹、赤城穂乃と申します。ずっと、ずっと……ファンでした……!」
ひよりは驚き、目を丸くした。
「えぇぇ!? 凛さんの従姉妹さんだったの! ごめんね、気づかなくて。凛さんの親戚なら大歓迎だよ。これからよろしくね、穂乃ちゃん」
「ひ、ひ、ひより様が……私の名前を……っ!」
穂乃は顔を真っ赤にして卒倒せんばかりに感激している。
透もまた、その「正解」を知っている少女に、少しだけ慈悲深い笑みを向けた。
「ふふ、剣姫の従姉妹なら、特別に可愛がってあげよう」
透がその頭を撫でると、穂乃は「あわわわ……」と幸せそうにパンク寸前になっていた。
「三上! あいつら先に入っちゃうぞ!」
「あ、ごめん! ……よし、二人とも行こう」
ひよりはマジックバッグから名刀『鬼灯』を確認し、ダンジョンの入り口を見つめた。
その背中を見守る透の瞳は、これからの「教育」を楽しみにして、妖しく光っていた。
………
週末の世田谷ダンジョン。
受付ロビーは、攻略を急ぐ探索者たちで長蛇の列ができていた。
「世田谷も混んでんなぁ。俺らのホームの渋谷もヤバいけど、こっちもこっちでヤバいっていうかさ」
二年の吉川が、周囲の探索者を小馬鹿にするように鼻で笑い、サークルメンバーたちも「それな」と調子を合わせる。
「あっ、やべー。ポーションとか忘れたわ。三上先輩、有名な探索者なんだから持ってるでしょ? 可愛い後輩に恵んでくださいよ。どうせ高級なやつ持ってるんでしょ?」
吉川の、あまりにナチュラルで無礼な「たかり」に、浅野が顔をしかめる。
ひよりが「あはは、探索前には確認しないとね。じゃあ今日は――」と言いかけたその時、透がひよりの前にスッと手を差し出した。
「私のでよければ恵んであげるよ。……こんなゴミみたいな者でも、死なれでもしたら寝覚めが悪いってやつも、世の中にはいるからね」
透が投げ渡したのは、何の変哲もないポーションだ。
「っ……! あ、どうも……」
吉川は、透の背後から感じる底知れない威圧感に一瞬気圧される。周囲のメンバーから「なんだよ吉川、ビビってんのかよ!」と茶化され、顔を真っ赤にして引き下がった。
「三上先輩、白鷺さん、本当に、本当に申し訳ありません! いつもあんな感じで……」
穂乃が消え入るような声で謝罪する。ひよりは困ったように笑い、「大丈夫だよ。サークルの身内ノリってあるでしょ」と宥めるが、透の瞳は笑っていなかった。
「大丈夫だよ、穂乃。……これからが『楽しみ』なんだから」
「えー、ずるい。吉川先輩だけもらってんじゃん! 栞も喉乾いたから、三上先輩なんか買ってきてくださいよ。有名人ならお金持ってんでしょ?」
一年の寺本栞が、今度はひよりにパシリを強要する。
「栞! 失礼すぎるって!!」
穂乃が声を荒らげるが、栞は「何ムキになってんのぉ? ケチな人は嫌われちゃうよぉ?」とヘラヘラと笑い飛ばす。
その時だった。
「おい、不動剣陣だ!」「剣姫! 大魔神!」「魔算師と白紋様もいるぞ!!」
ロビーがにわかに沸き立った。サークルメンバーたちも、ホームは渋谷とはいえ、世田谷の長くトップパーティとして活躍している『不動剣陣』のことは知っている。
「リーダーの龍崎さんだ……」「穂乃の従姉妹の凛さんってあの人でしょ、ヤバっ!」
「ひよりさぁぁぁんッ!!」
真っ先に駆け寄ってきたのは、赤いリボンを揺らした赤城凛だった。
「凛さん、お久しぶりです」
「もう、本当にお会いしたかったです! やっとレベル58になりました。レベリングが忙しくて会えなくて、私は寂しくて死ぬかと……!」
「レベル58……!?」
「雲の上の存在じゃん……」
吉川と寺本たちの顔がひきつる。自分たちのレベルは、せいぜい五前後。
目の前の美女は、自分たちの10倍以上の高みにいる。
「凛さん、うちにも遊びに来てほしかったです。攻略頑張ってると思って連絡しなかったんですけど……」
「剣姫、頑張ってるね。私らも不動剣陣がいるから頑張れるよ」
「凛。私もいるのを忘れないで!」
似た顔の穂乃が凛に怒る。
「穂乃!なんだ、いたの。というかひよりさんにそんなにくっつかないでよ」
「くっつけないよ!恐れ多くてこの距離が限界で…」
「充分近いの!」
とじゃれ合う従姉妹たち。
「おう三上、白鷺。遠征はどうだ?」
そこに、リーダーの龍崎が声をかけてきた。
「お疲れ様です。先週百傑の女帝、片倉志乃さんと秋葉原ダンジョンの10層を踏破してきましたよ」
「あぁ、彼女のCurrentの投稿を見たよ。もう遥か先を走ってるんだな。」
透とひよりが、世田谷の英雄と対等以上に会話する。
その様子に、吉川は苛立ちを隠せない。
(不動剣陣のリーダーと親しげにしてるけど、あいつ、なんなんだよ。弱そうなのに……)
「あっ、どうも! 三上先輩と同じ大学の、探索者サークルの寺本栞でーす! 不動剣陣って凄いですよねぇ! アカウントフォローしますね!」
寺本がいつもの「姫ムーブ」で龍崎に近づく。だが、龍崎剛は彼女に視線すら向けず、ひよりを見据えた。
「あぁ、ありがとう。で、三上。今のレベルはどれくらいだ?」
(なんなのこのおっさん。栞が話しかけてるんだから笑顔くらいみせろよ)
そう思い引き下がる栞。
「今は65ですよ。透も一緒です」
「……65だと!?」
龍崎の驚愕の声に、ロビー全体が静まり返った。
「やっぱりひより組がNo.1か」「飛ばされた佐藤の顔が見たいな」「俺はもう、三上さんに何も言わないって決めたんだ……」
周囲の探索者たちが震える。
「(65? 盛ってんだろ、絶対)」
「(嘘確定! ないない!)」
吉川と寺本だけが、現実を受け入れられずニヤニヤと笑い合う。
「あ、ごめんなさい。受付の順番が回ってきたみたいです。穂乃! くっつきすぎないでよ! あと、例のアレ、お願いね」
「アレね。わかったよ、凛」
凛は穂乃を牽制しながらも、何かを託して去っていった。
龍崎も「今度俺もお邪魔させてくれ」と言い残し、彼らは攻略へと戻っていく。
「三上、終わったか? そろそろ準備しろよ」
田崎に促され、ひよりたちは受付窓口へ向かった。
「三上くん! 白鷺さん! 13層踏破以来だね!」
那奈が窓口から身を乗り出し、ひよりの手を親しげに取る。
「13層!? あ、三上の知り合いか? すいません、俺たち大学の同期で、今日は三上に教えてもらうんです」
田崎が「身内」アピールをしながら割って入る。那奈は営業スマイルを浮かべ、「しっかり教えてもらってくださいね」と一蹴した。
「三上くん、レベル65になっちゃったから、もう敬語使ったほうがいいかな?」
「那奈さんやめてくださいよ! 俺にとって那奈さんは、姉のような人なんですから」
「出た、妖怪人たらし」
透のツッコミに、那奈が笑い声を上げる。
「三上、終わったか? 行くぞ」
田崎たちの声に、ひよりはごめんと返す。
那奈は、去っていく彼らの背中を不安げに見送る。
「……透さん。三上くんがあんな扱いをされているのは、私は嫌だな。最近は否定派も減ってきてたのに」
「大丈夫だよ、那奈嬢。涼兄たちも控えてるし、私も教育が楽しみだからね」
ひよりが透を呼ぶ。
「俺らも準備しようか」
嵐の予感を孕んだまま、一行は準備を始めた。
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