秋葉原ダンジョン:10層「スクラップ・ヤード」
ゆるゆると書いてます。
変なところがあれば都度ストーリーに関わらない程度に直しております。
秋葉原ダンジョン、10層。
9層の無機質ながらも整然とした管理区画とは打って変わり、そこは巨大な埋立地、あるいは忘れ去られたコンテナヤードの成れの果てだった。
天井は見えず、常に重く曇ったような暗がりに支配されている。
上空から頼りなく降り注ぐのは、月明かりにも似た淡く青白い魔光だけだ。
積み上げられた錆びたコンテナ。
解体途中で放置された巨大機械。用途不明の魔導装置。
鉄骨と配線が、まるで巨大な生物の血管のように絡み合ったゴミの山。
一見、整理など微塵もされていないカオスな空間だが、どこか「誰かに管理されている」ような底冷えのする違和感が、探索者の肌を刺す。
「……なんか、寂しい雰囲気の場所だね」
ひよりが肩をすくめ、周囲を見渡した。
「廃棄材の山だからな。まだ使えそうに見えるものも多いが……ここは死んだ情報の行き着く先、といったところか」
志乃が静かに応じる。
彼女の横では、涼と鉄が常に周囲を警戒し、志乃を守るように位置取っていた。
「ひよりん、この層はどうするんだい? 9層と同じ布陣で行くのかい?」
透が背負った巨大な魔銃を指先で叩きながら問いかける。
ひよりは少し考え、志乃に笑いかけた。
「9層でしーちゃんにいいところ見せてもらったし……今度は俺が出るよ。涼、テツ、二人はしーちゃんをお願い。……ライくん、おいで」
ひよりが指に輝く『主従の指輪』に意識を集中させる。
次の瞬間、空気が激しく震え、紫電の煌めきと共に、巨躯を誇るライが姿を現した。
「しーちゃんが3人(志乃・涼・鉄)だったからね。フウくんには申し訳ないけど、透の護衛にはライくんが必要だしね」
「今回も頼むよ。私はライがいないと、裸を晒しているようなものだからね」
透が親愛を込めて、ライの太い右腕をツンツンと突つく。
ライは「ウガァァ」と喉を鳴らすと、大きな手で透の頭を優しく、慈しむように撫でた。
「師匠は透ちゃんに甘いんすよ! 俺には厳しいのに、ずるいっすわ!」
鉄がわざとらしく肩を落とすと、ひよりが不思議そうに首を傾げる。
「今の、なんて言ってたの?」
「『可愛い娘を守るのは当たり前だ』って言ってるんすよ。……あと、俺らは家族だって。ボスは家長、アニキは息子だってさ」
それを聞いた涼は、ふっと表情を崩した。無言のままライに拳を向けると、ライもまた無骨な拳を合わせる。
「……ありがとな、ライ」
「ちょ、師匠! 俺は!? 俺はどうなんすか!?」
「ウガッ」
「……なんでだよぉぉぉぉぉ!! 『バカ弟子』ってなんだよ! 扱いひどくない!?」
鉄の叫びが静かなフロアに響き、ひよりたちから笑いが漏れる。
その様子を隣で見ていた志乃は、胸の奥が温かくなるのを感じていた。
「……お前たちは、いいチーム……いや、いい家族だな。ここが推奨レベル50を超える死地であることを忘れさせてくれる」
(私も……いつかこの輪の中に、家族として入りたい……!)
志乃の心の声を見透かしたように、鉄が笑う。
「もう志乃さんも家族っすよ! ね、ボス?」
「テツ、失礼だよっ。……でも、しーちゃんがそう思ってくれたら、俺はすごく嬉しいです」
「も、も、もちろんだ!!! 私も嬉しい!!」
志乃が思わず声を張り上げた、その時だった。
透の表情が、軍師のそれへと一変する。
「……今ので反応しちゃったかな。いい雰囲気なのに、空気の読めない奴だ。――3体くるよ。ひよりん、ライ、やるよ」
広い道の奥から、カシャカシャという異質な駆動音が響く。
現れたのは《スクラップガードナー・警戒体》。細身の人型だが、頭部はカメラとセンサーの集合体であり、首が360度不自然な角度で回転し続けている。
ビーーーッ!! ビーーーッ!!
けたたましい警告音が鳴り響き、周囲の廃棄材の山が呼応するように震え始める。
「透、撃っちゃって!」
「了解。――ライ、頼むよ」
ライが巨大な盾を地面に突き立て、自らの体をバイポッド(二脚)代わりにして透を支える。透は慣れた手つきで、対物ライフルを彷彿とさせる巨大な魔銃『Alligator』を構えた。
ドガァァァァンッ!!
耳を劈く爆音と共に、銃口から魔力弾が火を噴く。放たれた極大の魔力弾は、直線上の一体を粉砕し、そのまま後ろの個体をも巻き込んで鉄屑へと変えた。
「なっ……!?」
志乃が目を見開く。その一撃の威力もさることながら、それを涼しい顔で制御しきった透の技量に驚愕したのだ。
「こんな武器、存在したのか……? いや、マエストロの能力か。知能だけの百傑ではないということか」
「透、ありがと。じゃあ、俺も。……しーちゃん、剣技とは言えないただの攻撃だけど、見てて」
ひよりが腰の『名刀:鬼灯【焔】』に手をかける。
志乃が「えっ」と声を漏らした瞬間、ひよりの姿が視界から完全に消えた。
ザンッ。
遅れて響いた切断音。
残った警戒体のセンサーが縦に割れ、燃えながら崩れ落ちる。
ひよりは既に元の位置に戻り、何事もなかったかのように刀を納めていた。
「ごめんね、しーちゃん。しーちゃんや涼みたいな綺麗な剣技ができたらいいんだけど。……じゃあ、進もっか」
「……い、いや。ひよちゃん、今のは……」
志乃は戦慄していた。
(器用値が高い私でも、確認できなかった……!)
志乃は隣の涼に、震える声で尋ねる。
「涼くん。……ひよちゃんは、いつもあんな感じなのか?」
「あんな感じ……といえばそうですが。今のはただの攻撃です。本気でスキルを使えば、ボスはもっと『速い』ですよ」
「冗談だろう……。今見た動きだけでも、私が知る百傑の誰よりも速いぞ」
「速さだけで言うなら、うちのフウの方が上ですがね。……機会があれば、本人に言ってやってください。喜びますよ」
「……ああ、ここまでの攻略を見ていて確信した。あの緑の鬼は、ただ速いだけではない。敏捷と器用の極地、その塊のような存在だ。……まさに『風神』の名を冠するに相応しいな」
志乃は無言で、前を歩く小さな背中を見つめた。
(フウという鬼は確かに速かったよ、だけどひよちゃんには速さ以外にも「ナニカ」があったんだ。君は一体、どこまで底知れないんだ……)
………
一行は10層の深部へと足を進める。
道中、数回にわたり警戒体との遭遇はあったものの、それらは全て透の狙撃とひよりの強襲によって瞬時に排除された。
だが、進めば進むほど、違和感は強くなっていく。
「また凄い山だな。崩れたら危ないよ」
鉄がコンテナと機械パーツが積み上がった、高さ10メートルを超える山を見上げる。
「どうしよう、あまりいいところが見せられてないよ……。警戒体ばっかりで」
「ひよりん、油断しないで。違和感しかない。……私の探知には、明らかにおかしい数のモンスターの反応があるんだ。だけど、姿を現さない」
透の『念波展開』が示すマップ上には、無数の赤点が密集していた。
しかし、目の前にあるのはただの廃棄材の山だ。
その時だった。
ガラガラッ……と、鉄の目の前にあった巨大な山が、意志を持っているかのように崩れ始めた。
――ギギッ……ギ……。
山だと思っていた鉄屑そのものが、人型に近い異形の塊へと再構築されていく。
《スクラップガードナー・未完成体》。
数十、百……いや、それ以上の数が、前後左右からひよりたちを包囲するように湧き出してきた。
「全部モンスターだったのか……!」
鉄がトンファーを構えるが、数は絶望的だ。
だが、ひよりの瞳には静かな炎が宿っていた。
「涼!テツ!しーちゃんを頼む!ここは俺らがやる!!……スキル『韋駄天』。ライくん、絶対に透を守って!」
ドォォォォンッ!!
爆風のような風圧を残し、ひよりが地を蹴った。
志乃の目にも、もはや残像すら見えない。
ただ、フロア中に赤い閃光が幾重にも走り抜ける。
ザンッ! ザンザンザンッ!!
ひよりが『鬼灯【焔】』を振るうたび、未完成体のボディは両断されるだけでなく、その熱傷によって切り口から熔解し、爆発的に燃え上がる。
再生を許さない、文字通りの殲滅。
一方で、後衛に迫る敵はライがその巨躯を活かした大盾で押し潰し、大棍棒で一網打尽にすり潰していく。
凄まじい殲滅速度。
だが、透の表情は晴れない。
「……おかしい。ひよりんがこれだけ倒しているのに、魔素の吸収効率が悪すぎる。それに、倒したパーツが消えない……!?」
透の視線の先。
ひよりが斬り伏せたゴーレムの残骸を、影から現れた《スクラップガードナー・運搬体》が、キャタピラを回してせっせと闇の中へ運び去っていた。
それは透の探知スキルすら遮断する特殊なステルスを纏い、倒された仲間の「部品」を、さらなる深部へと供給し続けている。
「ひよりん、注意して! 誰かが後ろで、戦場をコントロールしている!」
10層の「管理されている違和感」。
その正体が、暗がりの奥からゆっくりと姿を現そうとしていた。
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