秋葉原ダンジョン:9層「魔導管理区画」
ゆるゆると書いてます。
変なところがあれば都度ストーリーに関わらない程度に直しております。
秋葉原ダンジョン9層――『魔導管理区画』。
8層までの雑多な街並みを模した風景とは一変し、そこは無機質な金属と、神経系のように張り巡らされた魔導ケーブルが支配する異質な空間だった。
天井からは巨大な通信アンテナが鍾乳石のように突き出し、壁面に埋め込まれた無数の魔導モニターが、解読不能な文字列を高速で垂れ流し続けている。
「……空気が、チリチリするな」
涼が低く呟き、腰の刀の鯉口を僅かに切った。
フロア全体に漂うのは、膨大な魔導信号が発するノイズ音。
視界を横切る魔導信号の走光は、まるでダンジョンそのものが思考しているかのような錯覚を抱かせる。
そんな静寂とノイズの境界線を、鉄を先頭とした一行が突き進んでいる。
「しーちゃん、ここから先はモンスターの密度がさらに上がるみたいです。足元、気をつけてくださいね」
ひよりが振り返り、志乃に屈託のない笑みを向ける。
志乃はその呼びかけに、百傑としての威厳を辛うじて保ちながらも、頬を微かに緩めた。
「ああ。だがひよちゃん、そろそろ私の実力も見せないと申し訳が立たないと思ってな。ここまで何もせず連れてきてもらって、ひよちゃんとお喋りしていただけだったからな。……少々、体がなまってしまいそうだ」
志乃がふふ、と不敵に笑う。その姿は「女帝」の名に相応しく、立っているだけで周囲のノイズさえも平伏させるような風格があった。
「しーちゃんの実力は、俺なんかよりずっと凄いのは分かってるんですけど……。でも、前衛とサポートだけはつけさせてください。一緒にいる以上は、俺がしーちゃんを守りたいですから」
そう言うとフウとライ、そして影の軍団は、指輪と影に戻した。
(……ま、守りたい!? 今、ひよちゃんが私を『守りたい』と言ったのか!?)
志乃の胸の内で、狂喜乱舞の嵐が吹き荒れた。表面上は「ふむ、頼もしいな」と冷静を装っているが、内心では(あぁ……ひよちゃんに守られたい。このまま一生守られていたい……!)という乙女な願望が爆発している。
「……ありがとう。ならば、その言葉に甘えさせてもらうとしよう。涼殿、鉄くん。よろしく頼む」
「「ハイッ!!」」
二人の直参が力強く応じ、志乃の左右斜め前に陣取る。
「何もないとは思うけど、俺も何かあったらすぐ出ますからね! 透、索敵をお願い」
「了解。既に展開済みだ。全方位、魔導信号の乱れを感知している。……やれやれ、私の愛銃を火に当てるのはまだ先になりそうだね」
透が魔銃を弄びながら、少しだけ不満げに口を尖らせる。ひよりはそれを見逃さず、苦笑しながら宥めた。
「透、出番はまだこれからいくらでもあるから! そんな顔しないの!」
「分かっているよ。……来るぞ。上だ」
透の警告と同時に、天井を這う光ケーブルの隙間から、赤い発光体が無数に降り注いだ。
出現したのは、小型浮遊型ゴーレム《魔導ドローン・ピンガー》。
単体の戦力は低いが、その赤いセンサーで捉えた対象の位置情報を、フロア中のモンスターと瞬時に共有する厄介な「目」だ。
チチチ、という電子音と共に、数十体のピンガーが赤いレーザーを一斉にひより達へ照射する。
「させねえよ!」
鉄が地を蹴り、ツインタクティカルトンファーを旋回させた。
ピンガーが放つ電磁波を、トンファーの重厚な面で真っ向から受け止める。
衝撃が鉄の腕を伝うが、レベル64に達した彼の耐久力からすれば、微々たるものだ。
「アニキ、左ッ!!」
「分かっている」
鉄の叫びに呼応し、涼が動く。
涼は抜刀せず、腰のホルスターから大口径魔銃マグナムを引き抜いた。
ドンッ、という重低音がフロアに響き渡る。放たれた魔弾は、逃げ惑うピンガーの「リンクコア」を正確に撃ち抜いた。
だが、ピンガーの本質は数の暴力だ。
一体を落としても、次々と影から新たな機体が現れ、死角からセンサーを焼き付けようとする。
「しーちゃん、行けますか!?」
「ああ。……不敬な『目』だな。潰させてもらおう」
志乃が一歩、前に出る。
彼女はまだ、腰の二振りを抜いてはいない。
だが、彼女が踏み出した瞬間、フロアのノイズが止まった。
志乃から放たれた無色透明のプレッシャー――スキル《威圧》。
それは生物だけでなく、魔導によって動くゴーレムたちの演算回路さえも支配する。
ジジッ、ガガガ……ッ!!
空中を舞っていた数十体のピンガーが一斉に火花を散らし、赤いセンサーを明滅させて制御不能に陥った。
あるものは壁に激突し、あるものは力なく地面に落下する。
志乃の存在そのものが、この区画の「システム」を上書きしてしまったかのようだった。
「凄い……。俺と同じ威圧系か……、俺も出来るかな?」
ひよりが感嘆の声を漏らす。だが、9層の守りはそれだけでは終わらない。
ピンガーが発した異常事態を検知し、通路の奥から重厚な駆動音が響いてきた。
壁や天井に固定されていた《魔導砲台・リンクタレット》が重々しく銃口を向け、高エネルギーの魔導ビームをチャージし始める。
「テツ、タレットの射線を切るぞ!」
「おうよ! ボス、下がっててください!」
鉄が前に出ると同時に、タレットから極太の光条が放たれた。
鉄はトンファーをクロスさせ、その身にビームを受け止める。
「ぐっ……さすがに9層、重いな……ッ!」
高熱が鉄の装備を焼くが、彼は一歩も引かない。
その僅かな「溜め」の時間を、涼は見逃さなかった。
涼は弾幕の隙間を縫うように疾走し、タレットの死角へと潜り込む。
「そこだ」
マグナムを連射し、タレットの関節部を破壊して射角を奪う。
鉄が盾となり、涼が隙を作る。完璧な連携。
「素晴らしい連携だ。ならば、私はその期待に応えねばな」
志乃が、ついに動いた。
左手に漆黒の刃『月読』。右手に深紅の刃『日向』。
二振りの名刀を抜き放ち、志乃はスキルに頼らない、純粋な身体能力と剣技のみに意識を研ぎ澄ませる。
舞うような足捌き。無駄のない太刀筋。
涼と鉄が作った僅かな「道」を、志乃は最強の「刃」として駆け抜け、行く手を阻むタレットを次々と「斬り」裂いて無力化していく。
だが、志乃の視線はその先の、さらに巨大な魔力反応……この区画の心臓部を見据えていた。
「ふぅ……。ひとまず、掃除はこんなもので良いかな。だが、ひよちゃん。どうやらここからが本番のようだぞ」
志乃が視線を向けた先。
9層の深部へと続く巨大なハッチが、重々しい警告音と共に開き始めていた。
「しーちゃん、すごいや……! でも、確かに……この奥、さらにヤバい気配がしますね。透、どう?」
「……ああ。このフロアの全システムを制御している『核』が動き出した。いよいよ、9層の主のお出ましだね」
透の言葉に、ひよりはキリリと表情を引き締める。
一行の目の前で、フロア中の魔導ケーブルから膨大なエネルギーが吸い上げられ、一つの巨大な光へと収束していった。
ブックマーク、リアクション、評価をしていただけると幸いです。
よろしくお願いいたします。




