木刀 片目
昼下がりのお茶会。
冷めた紅茶と、2枚だけのクッキー。
最後の甘い部分が残る紅茶を、一気に飲み干した。
「いやー、やっぱ甘さこそ正義」
「貴方ね…紅茶ってのは香りを楽しむものでしょ?そんなに甘くしたら意味ないじゃない」
「なんだっていいだろ?私は、そんな立派な舌を持ってないんだ」
「はあ、何回言っても無駄みたいね。それじゃ、早じ…」
「あ?どうした?」
勢いよく、アニが立ち上がった。
「…共有が切れた。まずいかも」
「…場所は?」
「南東1キロメートルぐらい」
「わかった」
次いで、ディスも立ち上がる。
「おいおい、どういうことだ?私にもわかるように説明しろ」
「子供たちが危ない」
この上なく簡潔。その短さが私に響いた。
「…わかった」
「先に行って。私はそこまで速く動けない」
立てかけてあった杖を握りしめて、走り出す。脳裏に片目のない子供の顔が浮かんだ。
ーーー
「逃げろ!!」
「逃げるって、何処に!?」
「森の中だ!あいつが追ってこれないように!速く行け!!」
リューイがモルを引き連れて、後方の森へと駆け出した。
「お前も行け!ヘド!」
「僕も時間を稼ぎます。シュン、あいつの左側を狙って!」
木刀を構えた。
両者、一歩も退かずに睨み合う。
その静寂を破るシュンの声。肺に溜まった酸素を吐き出し、走り出す。
相手も走り出した。
舞い上がった雪が、網膜を焼く。
その巨体が触れる寸前、横に飛び、木の剣で流れを作り避ける。
小さな獲物が視界から消えた。
それに気づくと同時、眼前に迫る巨木。
振動を生み、白い塊が降り注ぐ。
師匠を苛立たせたそれも、相手にはなんてことないようだ。
再び、走り出す。
相手も何も考えていないわけがない。
今度は、体全身で突進を繰り出した。
シュンからしたら、大きな壁が迫ってきたように思えただろう。
容赦のない押し出しが、小さな体を吹き飛ばした。
「がはっ…」
木にぶつかり、意識を失った。
まずい。次は僕の番だ。
シュンが手放した木の剣を拾い上げ、握りしめた。
落ち着いて。僕の目的は、時間稼ぎ。
アニさんが、意味もなく猫を同伴させたはずがない。きっと、ディスさんやし過ぎて師匠が来てくれる。僕は、それを信じてただ。
ただ、剣を振るうだけだ。
相手の一撃は重い。
僕なんかが到底受け切れないことは明白だ。
避けろ。深追いするな。
相手は、練習用の人形じゃない。
思いもよらない動きをすることもある。
頭を使え。よく見ろ。
ただでさえ片方、見えていないんだ。
集中しろ。
「相手を見ろ。隙を探せ」
「意識を研ぎ澄ませろ」
何度も言葉が反芻する。小さな頃から言われ続けてきた、この言葉が。
突然、左側に痛みが走り、後方に大きく飛ばされた。
「…っ!!」
どうして?どこから?見落としたのか?
焦る思考。湧き出る発想。
しかし、そのどれもが違う。何故?
…違う。ああ、そうか。そういうことか。
相手の顔を見てわかった。
片方の視界がないってこういうことか。
なんてことはない。僕が相手にしたように、相手も僕の死角を突いたんだ。
見えない場所からの攻撃。なんて当たり前なんだ。
「…くっそ…」
信じる?誰を?この僕が?
親さえ信じられないこの僕が、誰かを信じようなんて、おこがましかったんだ。
右目が、大きく振りかぶる前足を見つめる。
相手の表情はわからない。苛立たしさか、はたまた何も思っていないのか。
じっと、その顔を見つめた。
刹那
一本の光が、その腕を貫き、遅れて空気を裂く音が鳴り響いた。
「遅くなった」
「よくやった。ヘド」
狭い視界がぼやける。その姿が、より輝いて見えた。
あと1話で一章終わります。すなわち、明日で一章終わり。おお




