20.はじめての友人
すべてのことが一段落して、待ち遠しく迎えたその日。
燦々と降る朝陽に満ちた客間で、私は食後のお茶をいただきながらひそやかに浮き立っていた。
食後のお茶もそこそこに女官たちを差配していたクラウディアが、捻っていた身体を戻してこちらを見た。クラウディアが目を細めて笑うと、ほのかに色づいた頬の高いところがきゅっと上がって、見ているこちらがはっとするほど幸福が滲みだす。
ディートフリートがあからさまに振る舞っているために二人の関係は周知の事実となっていたけれど、先の婚約者の服喪の期間にあたることから正式な通達は控えられていた。
早く婚約の披露目をしたいとやきもきしているディートフリートとは反対に、クラウディアは気にしておらず城での日々を楽しんでいる。
「結局、随分長いこと貴女を引き留めてしまったわ。ひと月という時間は、短いようで長いわね。……でもね、貴女がそんなにうれしそうだとちょっぴりさみしい気持ちもするのよ」
なんでもないふりをしていたつもりだったけれど、どうやら私の気持ちは傍目にも明らかであったらしい。瞬きを一つすると、クラウディアがわかるわよと唇を尖らせる。
「しばらく一緒にいたのに、こんなにうきうきしている貴女は初めて見るもの」
「それはだって、ずっと待ち遠しくてならなかったものだから」
ディートフリートに引き留められて城に滞在し続けているクラウディアと私は、おのずと一緒に過ごす時間が増えた。ひと月という時間を経て、クラウディアとは色々なことを話せる仲になったと思う。
クラウディアの同年代の友人は既に結婚して子どもを産んでいるそうで、彼女は話し相手に飢えていたし、私は私で必要以上に親しい人を作らないできた。短い時間ではあるものの王族として過ごした私とこれから王族に加わるクラウディアは、少しずつ異なる部分はありながらも、話題が合ったのだ。
恋を手に入れたクラウディアは、今度は私の番だと言って私のドレス選びに熱心だ。
目を細めて女官たちが掲げてみせるドレスを吟味するクラウディアの横顔があまりに真剣で、私は唇を緩める。このひと月の間、クラウディアと女官たちは私があまりにも装いへの関心を寄せないと言って嘆いていてやまない。庶民に戻ることがわかっているものの、気に掛けてもらえるのはうれしいもので、私はクラウディアや女官たちに世話を焼かれているとこそばゆい気持ちになった。
「今日は家に帰るだけだから、ここに来たときに着ていた普段着にしようと思って」
きっとこちらを向いたクラウディアは眉を吊り上げて、とんでもない! と叫んだ。女官たちも、うんうんと頷いてみせる。
「貴女の騎士に綺麗に装った姿を見せてやらずにどうするのよ!」
「ドレス姿なら、もう何度も見せているけれど……」
私とクラウディアが親しくなると、ディートフリートは恋人同士の時間が減ると主張するようになった。それでやきもち焼きのディートフリートがどうしたかといえば、テオを客間に呼び寄せて私の相手をさせることにしたのである。クラウディアは呆れていたけれど、ディートフリートから言い含められていたのか、テオが来るときは女官も騎士も扉の外へ出てくれていたのはうれしかった。
人目を憚ることなくテオと話せる時間があったから、この一月を乗り越えられたのだと思う。
何かと理由を付けてクラウディアと過ごしたがるディートフリートに巻き込まれるかたちで、私とテオはしばしば未来の王太子夫妻と一緒にお茶をいただくようになった。
私はディートフリートが訓練中のテオを連れ出したり、訓練中に呼び出したりするのが気がかりだったけれど、王太子殿下の威光は凄まじい。聞く話によると、テオは王立騎士団の騎士たちから王太子に気に入られてこいと送り出されていたそうだ。
王立騎士団の期待通りというべきか、ディートフリートはすっかりテオを気に入ってしまった。テオはお茶の時間だけでなく夕食にも頻繁に招かれることになり、最近では四人で過ごすのが当たり前のようになっていた。
そんなものだから、テオは女官たちとも顔なじみになっていて、私の片想いはすっかり女官たちの知るところとなってしまった。とりたてて何も言っていないというのに、女官たちは念入りに私の顔に化粧を施してくれながら、恋の手管や駆け引きを教えてくれもする。
クラウディアは貴女も幸せにならなくてはと口癖のように言っては、いつ告白するのかとせっついてくる。ディートフリートなどは、みんなで食後のデザートをいただいていたときに、突然「婚姻届の証人欄には自分がサインをしてやってもいい」と言い出して、私をひどく焦らせた。
咳き込む私の背をさするテオはディートフリートを軽く諫めたものの、いつものように何くれとなく世話を焼いてくれる横顔には何ら動揺の色はなく。ため息を噛み殺した私は、ディートフリートがにやにやとした笑みを浮かべているのを恨みがましく思ったものだった……。
ぼんやりとつい先頃の思い出から醒めた私とクラウディアとの間で視線を行き来させていた女官たちは、ふむと顔を見合わせる。
「セシル様は遠慮しておいでですが、ドレス一枚では対価として安すぎるのではないでしょうか?」
「ねえ。ひと月も逗留を強いられていたのですもの。ドレスは報酬としてお受け取りになって、お飽きになったら売ればよろしいのです」
「石がたくさん付いているものでしたら、街でも売りやすいのでは?」
女官たちはうなずき合い、うち一人が光に当たるとひそやかに艶を帯びる生地で仕立てられた濃紺のドレスを手にして進み出る。
「クラウディア様、こちらはいかがでしょう?」
「良いドレスだけど、少し簡素じゃなくて? もちろん、セシルなら装飾がなくてもさみしくは見えないけれど」
「こちらは背に沿って上等な真珠が連ねられたドレスです。派手すぎないですし、真珠を取った後も釦を付け替えれば上等なよそ行きになるかと」
くるりと返されたドレスを見てもなお不満そうなクラウディアは、ひそひそと女官から耳打ちされてきゅっと唇を引き結ぶ。そうして、小机を回ってやって来ると私の隣に腰を下ろした。ディートフリートからの贈り物だという馥郁とした薔薇の香りに包まれた私は、膝の上に置いていた手をすくい取って握られる。
「……もっと良いドレスにだってできるんですからね」
「ありがとう。クラウディアにはもう十分良くしてもらったと思っているのよ」
このひと月の間、私は未来の王太子夫妻の友人として遇されていた。てっきりヒルデガルトの存在が葬られた後は移民として扱われると思っていたものだから、内心驚いたものだ。
偽りとはいえ葬儀も挙げてもらったことで、今後はヒルデガルトとして故国のいざこざに巻き込まれる心配もない。王命によって気がかりだった職場の勤めも保障されたし、商家の主も戻ってきて良いと言ってくれている。申請した七日間の有給以外は無給になったけれど、その間の給与に十分すぎるほどの色を付けた補償金も出た。私の要望は叶いすぎるほどに叶っている。
クラウディアとは何度もこの話をしているのだけれど、彼女はいつだって首を振って頷かない。
「いいえ、まだ全然足りていなくてよ。あなたたちがいなかったら、わたくしとディートのは婚約はもっと先だったわ」
確かに、婚約をめぐって膠着状態だった状況を動かしたきっかけは私の存在だったのだろう。
クラウディアとディートフリートが婚前交渉に至ったことで、宰相も折れざると得なかったと聞く。
とはいえ、それは私とテオが直接した行動によるものではない。
私がテオを経由してヘルヴェス王に渡したあるものも、幾許か後押しはしただろうけれど……私の要望が通り、十分すぎる保障が与えられたことには、ディートフリートとクラウディアの厚意がある。
迷っていると、クラウディアの手にそっと力が込められる。
「あなたたちを巻き込んだお詫びと、御礼をさせて頂戴。ね? ほんとうなら、もっとたくさん差し上げても足りないほどなのよ」
「ええ。何から何までありがとう」
頷くと、クラウディアは私の気が変わらないうちにと女官たちに目配せする。
女官たちてきぱきと動き始める中、私とクラウディアはしばしの間黙って寄り添っていた。もしかしたら、友達とはこんな関係を指すことばなのではないかしらと思いながら。




