まもなく死にそうな貴族ですが、息子たちに「三本の矢」の教えを説いてやろうと思います
ファーデル・ブレシュという伯爵がいた。
白い髭を蓄えた貫禄ある紳士だが、近年病を患ってしまっていた。
ベッドにいることが多くなり、「死」について考える時間も増えた。
そんな彼の懸念といえば――
(三人の息子たち……あやつらが協力し合ってくれれば、ブレシュ家は安泰なのだが……)
ファーデルには三人の息子がいた。
まず長男アトロス。三兄弟の中で最も背が高く、筋骨隆々とした肉体を誇る。
その圧巻のパワーは、素手で熊を倒してしまうほど。
性格も豪快で、彼の溢れんばかりの男らしさは大勢の人間を魅了する。
規格外のパワーとカリスマ性を高水準で兼ね備えた貴族といえるだろう。
続いて次男デュアル。長男に似ず細長い体つきだ。
頭脳は明晰で、数々の道具を開発し、領地を助けてきた発明家としての側面を持つ。
兄と違って皆を引っぱるようなパワーはないものの、ブレシュ家に欠かせない人材であることは間違いない。
三男ライトは、中肉中背で優しい顔立ちをした青年である。
普段着にはローブを愛用しており、その衣装が示す通り魔法使いである。
その魔法の腕前は一流といってよく、剛力の長兄、頭脳の次兄とはまた一味違う領地経営を期待されている。
さて、この三人なのだが――非常に仲が悪い。
アトロスは他二人を「軟弱者」と見下し、デュアルは他二人を「知恵なき者」呼ばわりし、ライトは魔法を使えない兄たちに「興味はない」としている。
顔を合わせても、だいたいいがみ合うか、あるいは殆ど会話をしないかのどちらか。
自分が死ぬ前に、あの三人が協力し合うようにしたい……ファーデルはそう考えていた。
そして、ふと部屋に飾ってある自身の弓が目についた。
ファーデルは健康だった頃はよく狩りを楽しんでいた。その弓である。
しばらく弓を眺めていたファーデルだが、彼の脳裏にある妙案が浮かび上がる。
「こ、これだ……!」
ファーデルは妻ダリアを呼んで――
「すまんが、ダリア。アトロスたちを全員、ここへ呼んでくれんか」
「分かりました」
穏やかな貴婦人であるダリアはニッコリと応じた。
***
ファーデルの寝室に三兄弟と、末妹のスージーがやってきた。
スージーは長い金髪の美しい娘である。陽気で活発な性格で、彼女がいれば場が和み、説得の効力も上がるだろうと父に呼ばれていた。
ファーデルは彼らに言う。
「お前たち三人はいずれも優秀な息子だ。しかし、もう少し仲良くできんのか?」
アトロスは首を横に振る。
「俺がこの軟弱者どもと仲良く? ご冗談でしょう、父上」
デュアルも肩をすくめる。
「私も同意見です。この二人とは知能の程度が違いすぎて、会話になりませんし」
ライトも答える。
「別に僕は仲良くしてあげてもいいんだけどね。ただし二人が少しは魔法を勉強してくれればの話だけど」
三人が睨み合う。
スージーは「お兄様たちったら!」と呆れた様子だ。
ファーデルはため息をつく。
「全くしょうがない息子たちだ。だが、今日はお前たちのためにこんなものを用意した」
布団の中から大量の矢を取り出した。
三兄弟はギョッとする。
「よいか、ブレシュ家発展のためにはお前たち三人の協力が不可欠だ。これを見るがいい」
ファーデルは矢を一本だけ持った。
「一本の矢はこの通り、簡単に折れてしまう」
そのまま両腕でへし折る。
「しかし、これが三本となると……」
ファーデルは束ねた三本の矢を折ろうとするが、上手くいかない。
「このように決して折れぬほど強固になるのだ! お前たちもこの矢のように束なって、ブレシュ家をより強固な家にしてくれ!」
得意げに笑むファーデル。
ファーデルは弓を見つめている時にこの説教を思いつき、披露したのである。
内心「決まった……完璧すぎだろ!」と自画自賛さえしていた。
ところが――
「三本の矢?」
アトロスは三本の矢を取って、自ら束ねる。
「おい、何をする気だ」
「こんなもの……俺にかかればこの通りだぜ!」
そのまま三本の矢を怪力でへし折ってしまった。
「な……!?」
「矢を三本束ねたって意味ねえよ。結局折れちまう」
デュアルが続く。
「私も兄上に同意見ですね」
デュアルは部屋を出ると、自らの発明品を持ってきた。
「これはテコの原理を利用した、角材折りマシンです。これに矢を三本セットすると……」
発明品によって、三本の矢はこれまたあっさり折れてしまった。
「私にかかればこの通りですよ」
ライトも笑う。
「僕にとっても、同じことさ」
矢を三本束ね、
「風の刃!」
と唱える。
小さな風の刃が、三本の矢を丸ごと切断してしまった。
しかも、スージーまで――
「あたしもやりたーい!」
実はスージーは剣術をたしなんでおり、その実力は折り紙つき。
剣を抜いて、三本の矢をバッサリ斬ってしまった。
アトロスが笑う。
「さすがはスージーだぜ! 見たか、父上? 俺たちは三本の矢すら容易く折っちまう! 協力の必要なんかねえんだ! ハッハッハ!」
デュアルも微笑む。
「珍しく意見が合いますね。父上は矢のたとえで私たちを説得したかったのでしょうが、残念ながら的外れだったようです」
ライトもうなずく。
「矢なんて一本でも三本でも変わらないってことさ。僕も好きにやらせてもらうよ」
スージーはマイペースだ。
「あたしの剣、また上達したのよ! すごいでしょ!」
大笑いする三兄弟プラス妹に、ファーデルの顔がみるみる紅潮していく。
「うぬ……うぬぬぬぬ……!」
そして――
「ウガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!」
子供たちが全員驚く。
「なんという親不孝者たちだ! 私が考えた名説教を無にしやがって!」
「自分で名説教って……」とライト。
「黙れ! こうなったら私も……!」
ファーデルが矢を10本ほど鷲掴みにする。
子供たちは「一体何をするんだ」とそれを見守る。
「お前たち、全員なっとらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!!」
次の瞬間、掴んでいた矢が全て折れた。
「き、気迫だけで……!?」アトロスが目を丸くする。
「なんと非科学的な……」デュアルは愕然とする。
「魔力は感じなかった……本当にただの気迫だ」ライトも呆れる。
「お父様、すっごーい!」スージーはこの通りである。
ファーデルは四人を睨みつけた。
「まだまだお前たちにこの家は任せられん! この程度の病、我が気迫で吹き飛ばしてくれるわ! うおおおおおおおおおおおおおっ!」
ファーデルはベッドから起き上がり、雄叫びを上げ続ける。
「こうなった父上は止まらねえ! 逃げるぞ!」
アトロスに言われ、全員が部屋から逃げる。
「フハハハハ、みなぎってきた、みなぎってきたぞぉ! お前たち、今日は全員まとめて説教だぁぁぁぁぁ!!!!!」
子供たちは見事に回り込まれ、泣く子も号泣する地獄の説教フルコースを叩き込まれたことは言うまでもない。
***
後日、ブレシュ家邸宅の中庭にて――
三兄弟とスージーが集まっていた。
アトロスが言う。
「どうやら上手くいったなぁ」
デュアルがうなずく。
「ええ、医者の診察を受けたら全快していたそうですよ」
ライトもニコリとする。
「いずれ僕たちが家を背負うことになるけど、父上にはまだまだ元気でいてもらいたいもんね」
「その通りだぜ」
スージーはニコニコしている。
「お兄様たちってホントは仲いいもんね。こういう時のチームワークは特に凄いし」
アトロスが笑う。
「俺らがきっちり束なってるとこ見せちまうと、父上はすぐ安心して、“後を託すモード”になっちまうからな。長生きしてもらうためには仲悪く見せるしかねえんだよな」
「我が父ながら困ったものです」デュアルは苦笑する。
「これからも僕たち、仲悪い兄弟ということでやっていこうね!」
ライトの言葉に、アトロスは力強くうなずく。
「そうだな!」
これを物陰から見ていた彼らの母ダリアは、優しく微笑む。
(あの子たちのおかげで、あの人はまだまだ元気でいられそうね)
そして何も知らないファーデルは弓を手に、勢いよく家を飛び出す。
「全快記念に、久々に狩りに出向くとするかぁ! 伯爵ファーデル・ブレシュはまだまだ不滅だぁ!!!」
おわり
お読み下さいましてありがとうございました。




