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シャイアンはこの世に生まれ落ちた瞬間から美しい男児であった。
周囲の期待どおり色褪せることなく完璧なまま成長した彼は、多くの秋波を受けながら脇目も振らず職務に邁進することになる。王太子の筆頭近衛騎士という絶対的な肩書きだ。
王太子に常に従う美しい近衛騎士。この完璧な絵面は周囲の人間をも納得させ、かつ満足させた。
現実問題として王補は凡庸で、その息子である王太子も凡庸だ。ひどく悪くもなく、しかしひどくよくもない。
とはいえこの王太子に、造作がよく家柄もよく何より腕も立つシャイアンが従っているということは重い事実であった。王太子ビヨルワは王太子という地位を与えられてなお盤石な立場ではなかったからだ。
ロワライナ興国は国王をおおよその場合王補と呼ぶ。過去の王が決めた法律で〈王〉として立てるのは『リシルファーノ』たる女だけ、それ以外は〈王補〉と定められているのだ。その当代王補夫妻が継承権を与えたのは長子で男児のビヨルワである。対して、宰相府が正当な継承権を持つと主張したのが次子の王女であった。
何が問題かといえば、件の王女が『リシルファーノ』たる特徴全てを兼ね備えて生まれていたという一点である。その法律自体は国家法並びに昔語りとしても公になっているので、つまり王女に正当性があることは国民の誰もが知っていた。
誰もが知っていることに、しかし王補夫妻だけが拒否を示したのだ。寵愛した息子に王位を与えたい親心、そして娘が自分達に似ていないというそれだけで。
王室と宰相府は後継問題で対立した。表面上は内乱を起こすまでもなく淡々と、しかし水面下ではいつでも対立しどおしであった。まるで薄氷を踏むような年月であったとひとは言う。
そんな最中でもシャイアンはビヨルワの傍に侍っていた。
筆頭近衛騎士の宗家ライジャリー家の嫡男で、文武を兼ね備えたシャイアン。その彼がビヨルワに侍っていることが王補夫妻とビヨルワの精神的正当性を支えていたのである。
(あのシャイアンが離れないのだから大丈夫だ)
それほどまでにシャイアンは圧倒的な信頼を得ていた。後年、ビヨルワが王都を離れていた王女に対し敵対宣言と廃嫡宣言をしても、シャイアンはひたすらビヨルワに侍っていた。
「大丈夫だ、私は唯一の王だ!」
ビヨルワは側近達と恋人を横に、勝利の美酒に酔っていた。壁際に侍る美しいシャイアンを、まるで王権への絶対的な飾りのように誇りながら。
──それから、さほども経たず。
大雨の日であった。
王都のすぐ横、辺境伯別邸を当座の住まいとしていた王女の元に、恐慌にまみれた知らせが入る。
その夜、王都から悪天候をものともせず馬を飛ばして単騎やってきた男は泥にまみれ雨に打たれ、それでも楽しそうに歌を歌って別邸まで続く悪路を登ってきた。担がれた一本の得物は確かに彼がいつでも使っていた物で、その穂先に四つもの首が刺さっている。
「ひ、ひぃ」
別邸に集う全ての人間の恐れを一身に受けてなお美麗なかんばせを崩さぬ男が四つの首を乱雑に投げ、更に差し出す革袋の中身を見た王女は静かに頷いた。
「成る程、お前がわたくしの犬か」
男の名はシャイアン。シャイアン・ライジャリー。
犬より猟犬にして、狂犬よりしかし狼であり、何よりも悪魔。
麗しのシャイアンという羨望はいつしか消え、歴史上最悪の『リシルファーノの犬』として名を残す男は内乱を機にこう呼ばれることになる。
──〈悪魔のシャイアン〉と。