表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/29

一章〈赤髪の儀式方術士〉3/6

 地区ベリトの東寄りに位置し、ちょうど北と南の中間辺り。人の住むマンションや家などの住宅が集中して建つ、住宅区プルティ。高層マンションと高級住宅街が多く建つ高所得者の居住エリア、中間層所得者が多く住む居住エリアとの中間。

 イサクの歩く通りは、中小企業が会社を開いているテナントビルを多く見かけた。住宅区内にも店や会社、工場などを見かけないわけではなかったが、ここは他より集中していた。

 日はすっかり落ちていて、夜の闇が地表まで染み渡っていた。気温も更に下がり、時折吹く風にイサクは頬や耳に痛みを覚える。

 手袋を着けていないイサクのバッグを持つ手は、冷たい外気に晒され続けたため、指先から真っ赤に染まっていた。持ち手を変えて、空いた手をポケットの中で温めることで限界を長引かせていたが、すでにイサクのバッグを持つ手の指先は感覚がなかった。

 蒸気車の走る道路を照らす電気の街灯のおかげで、夜道の暗さに困ることはない。夜でも営業している店や会社は、自分たちの蒸気機関で発電をして、看板を明かりで照らし、自社の存在を夜の中でアピールしていた。


「本当に、ベリトはどこにでも電気が通ってるんだ」


 イサクの以前住んでいた町ですら、電気を使う設備があるのは市役所や金持ちの家程度だった。しかし、この町では銀行前や市役所前でもない道路にまで電気で点す街灯が整備されている。

 ベリトがどれほどまでに技術的に進歩した町なのか、イサクは改めて実感した。

 街灯で夜道を照らすベリト特有の夜の表情に変わった町並みを、イサクは白い息を吐きながら歩いて行く。

 自然なことだが、夜になると車も人も少なくなる。道路に整備されている信号も、夜の暗さと少なすぎる交通量のため機能しないことから、完全に停止させられていた。

 このあたりは、繁華街と比べて華やかではない。元々からして賑やかな雰囲気のあるところでもなかった。昼間の喧噪が寝静まってしまった夜の空気は、とても静かなものだった。

 イサクは歩道を行きながら、儀式方術士が人を集めている場所を探していた。現在地の近辺らしいのだが、詳しいところはわからず、見つかっていない。

 人通りも少ないため、有力な情報はこれ以上得られそうにない。夜の寒さに耐えるのも、そろそろ厳しさを感じてきている。どんなに時間と距離をかけても、進展を望めそうになかった。

 ため息混じりに言葉を吐いた。


「今日はここまでだな……」


 イサクは、踵を返す。来た道を戻りだした。ここに来るまでの道中で、見当をつけたホテルがあった。本当は今夜中にでも会えるなら会いたかったのだが、シャルロット・スフォルツァが集会を開く地区まで来られたことだけでも、十分とするしかなかった。

 真っ直ぐ行き、二つ目の交差点を右に曲がり、ほぼ車二台分しかない細い道に入る。

 大通りから離れているため、街灯もない路地は夜の闇が濃かった。

 古くからこの場所にありそうな、時代の流れを感じさせる古びた店が多く並んでいる。夜のためかほとんど閉店しているが、まだ営業している店が電気や油のランプの明かりを灯して、夜闇に沈む路地をぼんやりと照らしていた。


「あれかな」


 電灯に灯された緑色の板の看板を見つける。白い文字で「カプセルホテル寝々宿」とあった。

 三階建てのさほど大きくも小さくもない、コンクリートの建物だ。暗闇で分かり難いが、あまり装飾が施されておらず、無機質な外観をしている。

 イサクは、金具の錆びた木製のドアを押して中に入る。暖房が利いていた。発電も兼ねた蒸気機関が、建物の中の空気を暖めていた。

 入ってすぐ正面に受付のカウンターがあり、ホテルマンらしい恰好をした男性が一人立っていた。一階の受付の空間は、外から見た印象よりやや広く感じられる造りをしていた。

 淡く暖かな橙色の光を灯す電灯に照らされた一階のフロアは、備え付け程度のテーブルと椅子が設けられている。壁やテーブルなどの設備に控えめで小さな装飾がされていて、フロアを照らす光も相まって、訪れた人が落ち着ける雰囲気を作りだしていた。

 フロアのテーブルには、控えめにいっても身なりの汚い服を着た二人の男女組がいた。お世辞にも、金銭を持ってそうに見えない。室内を照らす電灯の光量が少ないためか、話をしている彼らの表情は深刻そうだった。

 受付へ歩いたイサクは、男性に部屋を尋ねた。あと一部屋で満室になるところだったらしい。

 食事やバスルームの使用などは別料金だが、トイレと寝室の使用だけなら良心的な値段だ。イサクはこのホテルで一晩過ごすことを決める。他で泊まれる可能性が低い理由もあって即決だった。


(本当に泊まる人が多いんだ……)


 最近、他の町からベリトに職を探して来る人が多く、ホテルは予約なしでは泊まれないところがほとんどらしい話を、イサクはホテルへの道を尋ねた人から聞いていた。

 イサクは部屋が取れたことを幸運に思う。次からは、まだ日のある早いうちに手続きだけでも済ませることをした。

 受付の男性がカウンターに出した受付の用紙に名前を書く。

 静かで物音の少ない室内のため、羽ペンの滑らせる音と、後ろの二人組の会話がイサクの耳に聞こえていた。

 最初は、息子を含めた三人家族がこれからどうやって生活をしていくのか、という暗い話だとイサクは思った。

 しかし、失礼だと自覚しながらも、何気ない興味から耳を傾けたイサクは、その内容が想像とは少し違うと知った。どうやら、人を探してベリトに来たようだ。そして、今夜、その人に出会えるらしい。

 女性が、テーブルを挟んで座る男性に身を乗り上げて詰め寄った。


「本当に今日なのね」

「だから、たぶんと言っているだろう」

「たぶんじゃ駄目なのよ。あの子にはもう時間が無いんだから。今度こそ本当じゃないと」


 イサクは二人の会話を盗み聞きながら、受付の男性が渡す部屋の番号札の付いた鍵を受け取る。部屋は二階にあると聞いて、階段の場所も教えてもらった。

 今夜は早めに寝て明日に備えようと、イサクは二階への階段に足を向ける。


「そんなことはわかっている! だから、願いが叶うと聞いたから、ここまで来たんじゃないか」


 男性の怒声が静かな室内に響いた。驚いたイサクは足を止めて、男女の二人組を見た。騒ぎになりそうな雰囲気に、受付の男性も二人組へ視線をやる。

 怒鳴った男性は、すぐさま自身の醜態に気づいて、激情の表情を抑えた。あたりを気にする素振りをしながら、ともかく、と話を仕切り直す。


「行ってみるだけ行ってみよう。時間が無いこともわかっているけど、行ってみないことにはわからないだろう。もう俺たちは儀式方術士に頼るしかないんだから」

「わかってるわよ! でも今回こそ本」


 儀式方術士。その単語が耳に入った途端、イサクの足は動き出していた。

 二人がどうしてベリトまで来て、何のために儀式方術士に会おうとしているのか、細かい理由なんてものをイサクは気に留める配慮すら忘れて、二人の座るテーブルの側まで歩いた。


「儀式方術士に今日会われるんですか!」


 身を乗り出す勢いで、夫婦の二人に聞く。言い争おうとしていた二人は目を丸くして、イサクを見る。驚きと戸惑いの表情を見せる二人だが、イサクは構っていられなかった。ようやくたどり着いた希望を逃すまいと、必死になった。


「僕も同行させてください。お願いしますっ」

「き、君はいったいなんだね。俺たちの話にいきなり割って入ってきて」

「すみません。でも、僕も儀式方術士に会いたいんです。もし、今日の集会の場所を知っているのなら連れて行ってください。駄目でも、場所だけでも教えてください。お願いします!」

「今は君と話してる場合じゃないんだ! どこかに行ってくれないか!」

「せめて場所だけでもお願いします!」


 男性に怒鳴られてもイサクは引かない。


「ちょっと、あなた落ち着いて。ねえ、君も」


 ヒステリック気味になりかけていた女性が、硬直から解けて、互いに引けずヒートアップしていきそうな雰囲気の男性とイサクの二人を止めようとする。騒ぎを聞きつけた受付の男性も駆けつける。


「お客様、当店での争いは困ります!」


 男性は女性に、イサクは受付の男性に止められて、睨み合うような形になる。距離を置くようイサクと男性は離される。二人の介入で、イサクと男性は、落ち着きを取り戻した。

 肩を荒げていた男性は、大きく息を吐いてイサクを改めて睨む。


「わかった。場所は教える。人から聞いたものだから本当にそこかどうかわからない。それでもいいね」

「はい。お願いします」


 イサクも幾分か高ぶった感情は冷えていた。真剣な顔で目の前の男性を見る。


「ここを出て左へ。大通りに出たら、北に歩いたところで三つ目の信号のある交差点を右に曲がる。そこに大きなテナントビルがある。一番大きなテナントビルだから、行けばわかるそうだ。わからなくても、近くの店か路地に案内人がいる。彼らを見つければ、ビルまで案内してくれる。集会の開始時間は日付が変わるころらしい。今だと約二時間後だ。俺が知っているのはこれだけだ。早くどこかへ行ってくれないか」

「ありがとうございます」


 イサクは、男性に礼を言った。受付の男性には騒ぎを起こしてしまったことを謝る。一晩泊まるはずだった部屋の鍵もついでに返した。

 半ば駆けるような足で、イサクはカプセルホテルを後にした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ