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一章〈赤髪の儀式方術士〉1/6

 雪をちらつかせる分厚い雲に覆われた町の一角で、甲高い汽笛が到着を知らせる。煤の汚れを纏う漆黒の汽車が、ゆっくりと速度を落としながら、煉瓦造りの外装をした駅へ近づいていった。線路上を覆うアーチの中へ入り、停車すると、長旅の疲れを蒸気と共に吐き出した。

 汽車が駅に停車してからさほど時間を置かず、下車した多くの人が駅から雪崩のように出て行く。軽装の格好をしている者は少なかった。皆、大きなバッグなどの荷物を抱え、あるいは手に持って足早に歩いている。


「ここが……」


 人に半ば流されながら駅から外に出た一人の少年――イサク・カンヘルは、冷たい外気に息を白く染めながら、駅前の広い空間で足を止めた。

 生地の厚いコーチを着て、冷たい外気から身を守っている。片手には痛みの入った茶色のバックを持ち、太陽すら出ていない空の下で、少し大きめのサングラスを掛けていた。


「工場の町、ベリト」


 サングラスの奥の蒼い瞳には、鋼鉄色の光景が移っていた。

 雪が浅く積もり白く化粧づけられた町は、鋼鉄と煉瓦、そしてコンクリートで造られた建物が多くあった。町の至る所にパイプが張り巡らせており、屋根から突き出された排気口からは、湯気と煙が排出されている。

 人間の造り出した無機質で灰色の町が、イサクの前に広がっていた。


「すご、ごほっ……ごほっ……ッ!」


 感嘆の言葉が咳で消される。

 煙と、油の焦げた臭い。石炭の燃えた臭いが、ベリトの空気に充満していた。

 人類が石炭を発見して数百年。蒸気機関が発明されたから二百年が過ぎていた。時間と共に蒸気機関の技術も改良され、発展し、より良いものになっていった。

 その発展は目覚ましく、人は蒸気機関で海を渡り、空を飛ぶようにまでになった。

 現在では、蒸気機関は人の文明になくてはならず、様々な分野に活かされ、人々の生活の一部になっている。

 蒸気機関は、この町のどこでも駆動している。燃料として使われた石炭の燃えた滓は風に舞い、町に漂う。イサクの目にも見えるほどで、町全体を覆う空気が雪以外の白で濁っていた。ベリトの空気は、とても良いものとは呼べないくらい汚れていた。

 イサクは何度か咳をして、喉の違和感を慣らす。まだ残っている感じはするが、最初ほど酷いものではなくなっていた。しばらくすれば慣れてくるだろうと、気を取り直す。すぐ隣を過ぎていく男性に声をかける。


「あの、すみません。この町に何でも屋のようなことをやっている儀式方術士がいると聞いたのですが。知りませんか」

「ぎしきほうじゅつし……? ああ、噂なら聞いたことがあるな」


 生地の硬そうな厚手のコートで身を包んだ、大きなリュックを背負った男性は、忙しそうな足を止めて答えてくれた。


「確か、女の赤髪の儀式方術士が町を救ったとか、そういうのだよな?」

「はい。そうです。どこに住んでいるかは、知っていますか」


 さっそく情報を得られると思ったイサクの期待に反して、男性は首を横に振った。


「俺が知っているのは噂だけだよ」

「そうですか」

「俺もこの町に来たばかりだから。この町のことはここの住人に聞いた方が早いと思うぞ」


 はい、と答えるイサクは少しばかり気落ちしていた。


「でもよ、どうして儀式方術士に会おうとしているんだ」

「それは……」

 

イサクは答えることができなかった。言葉に詰まる。


「まあ、人それぞれってことだよな。とにかく、駅あたりは俺のように町の外から来た人たちでいっぱいだろうから、もうちょっと離れたところで聞いてみると良いんじゃないのか」

「はい。そうします」


 イサクは胸中で反省しながら、素直に答えた。

 ベリトに着くまでの汽車の中で、儀式方術士について汽車の中でも情報を得ようと、乗客に話を聞いていた。駅から出てくる人は汽車に乗ってきたのが大半だ。乗客が町の外から来たのは明白。よく考えてみれば、駅前での情報収集は、あまり意味の無いことに気づくごとができた。

 汽車の中でも、儀式方術士に関しての情報は男性が言ったような噂程度のものだった。


「じゃあ俺行くから。頑張れよ」


 ありがとうございます、とイサクは去って行く男性に礼を言った。

 男性の背中が人波に消えてから、イサクは現在の時刻を確認する。駅前に設けられた、煉瓦を敷き詰めた広場にある大時計へ視線をやった。

 蒸気機関とねじ巻きを合わせたカラクリ仕掛けのようだ。古くから語られる、人を襲うモルスとそれを退治する救世主の王子の物語をモチーフにしたものだ。定時になれば仕掛けが動き出すのを見ることができる。

 カラクリ仕掛けの大時計は、十時三十二分を指していた。まだ日暮れまでに時間は十分にある。明るいうちに儀式方術士の情報を収集し終え、安い宿を日暮れ頃には見つけておくのが理想だ。

 イサクは町へと視線を戻す。

 隙間の見えない人の流れの向こう。鋼鉄の景色の中で、一層華やかそうな繁華街が見えた。あそこなら良い情報があるかもしれない。イサクは、繁華街へ足を向けた。

三日に一回の更新でいきます。

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