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舞浜駅の、じゃない方に降りたらツンデレラ!?に出会った話

作者: 守下恵介

(こ、この改札を出れば、夢がかなう……!)


 俺は、(ぐん)道也(みちや)

 都内の大学に通う、ごく普通の大学生。

 今日は二月十五日。

 俺の二十歳の誕生日なのだが、俺は今、人生の岐路に立たされていた。

 いま俺がいるのは、JR舞浜駅の構内。

 目の前には、「南口」と書かれた看板がある。

 

「お父さん、早く早くぅ!」

「やべっ! エントランスの開園、間に合わねぇんじゃねーか!?」

「みゆきぃーー! おっ待たせぇ〜っ!」


 俺の横を、京葉線から降り立った乗客たちが、続々と通り過ぎていく。

 彼らのお目当ては、もちろん、南口の外……

 言わずと知れた日本一のテーマパークが、そこにあるのだ。


(さあ、外に出るんだ……ずっとずっと、決めてたことじゃないか!)


 俺は心の中で、何度もそう叫んだが、足は一向に動いてくれなかった


(なんで……なんでだよ、俺っ!? 二十歳までに行くんだって、ずっと決めてたじゃないか!? そりゃ、もう一つの願いはかなわなかったよ? だけど、夢の国は、あの改札さえ通れば行けるんだ! 大好きなキャラクターたちが、お前を待ってるんだぞっ!?)


 俺の夢の一つ、それは言わずもがな、あのテーマパークに行くことだ。

 北海道の出身の俺は、大学で上京するまで、東京に来たことが無かった。

 いや、もちろんここは千葉なのだが、俺の中では「東京・オブ・東京」だ。

 異論は認めない!


 物心ついた頃から、俺は夢の国の魔法にかけられていた。

 親に何度もお願いしたが、道内でもかなり辺鄙な土地にいた我が家に、東京のテーマパークは縁遠かった。





「はいっ! それでは、修学旅行はグアムに決定しましたーーっ!」

「やったーーーーっ!!」

「やべぇ、海外だ! 俺、初めてだよ! うわーー、今から興奮するわぁ」

「あれ? 道也くん、何泣いてるの?」


 クラスの多数決で旅行先がグアムになった時、ワンチャン東京行きを狙ってた俺は、一人泣いていた。




「……道也。一浪ぐらいで、そんなに落ち込むな。父さんなんて、二浪もしてんだぞ」

「お父さんの言う通りよ。予備校のお金は出してあげるから、そんなに泣かないで……お母さんまで、悲しく……ううぅ……」


 母は俺につられて泣いていたが、別に俺は、大学に落ちて悲しんでいたのではない。

 憧れのテーマパーク行きが一年延びた……その絶望的な事実に、俺は涙したのだ。





(……そうだ。お前は、何度も涙を飲んだんだ! さあ、あの改札を抜けようっ! いざ、夢の国へ!!)


 だが、俺は動けなかった。

 

(『二十歳までに素敵な彼女を作る(もう一つの夢)』が、叶ってないじゃないか……)


 予備校に通っている時、そんな願いを星に願った。


 『夢の国に行く』という夢にも、『二十歳までに』という期限をつけた。

 そうしないと、父親みたいに、二浪してしまうと思ったからだ。

 そして、この二つの夢はいつしか、『二十歳までに』+『素敵な彼女と』+『夢の国に行く』に統合された。


 チケットだって、事前予約が必要だから、いざという時のために二人分購入したんだ。


 でも……

 結局、今日の今日まで素敵な彼女は現れず、誕生日の俺は一人で舞浜駅にいるというワケである。


(彼女がいないのは仕方ないさ。いい人が見つからなかったんだ。一人パークがなんだってんだ! 絶対、いい誕生日にするんだ!)


 俺は意を決し、夢への第一歩を踏み出そうとした。


 その時、茶髪の男が、俺の横を駆け足で通り過ぎた。

 その男は、改札の外にいた彼女の元へと駆け寄っていく。


「悪りぃ悪りぃ! 待たせちゃったなぁ」

「もーっ! 海斗ったら遅いよぉ〜」

「はははっ、寝坊しちまってな」

「はい、これっ!」

「なんだぁ!? こんなデッカい耳のカチューシャを、俺に付けろってか?」

「へへへーーっ、私とお揃いだよ? 今日は、私と海斗との『大切な記念日』なんだからぁ。これ付けて盛り上がろ、ね?」

「ったく、しょうがねぇなぁ……そういやさっき、同じカチューシャ付けてる男を見たけど……」


 その二人は、こんな会話を交わしながら、パークの方へと歩いて行った。


 彼らが付けていたのは、俺と同じ、特大の耳付きカチューシャだ。

 俺はと言えば、カチューシャはもちろん、これまた大きな四本指の手袋、両耳付きのサングラス、キャラクタープリント入りぶかぶかパーカーというフル装備。

 おまけに、にっこり笑ったキャラクターの口元が描かれた布マスクで、感染症対策もバッチリである。


(大切な……記念日……)


 俺は、上げた片足を元に戻した。





「うわっ……思ってたんと違う……」


 結局、夢の国への改札を出ることが出来なかった俺は、しかし、反対の北口改札を通り抜けていた。

 そのまま電車に乗って、東京駅方面へと戻ろうかとも思ったが、さすがにここまで来たのだ。

 せめて、同じ舞浜の空気ぐらいは吸って帰ろうと、北口へと来たわけである。


 だが、その光景は、さっき改札越しに見た南口の様子とは全く違うものだった。


 いやまあ、ペデストリアンデッキというのであろうか、駅前は何となく、綺麗に整備されている。

 それでも、デッキを越えた先には、自転車置き場や高速道路以外に、目ぼしいものは見当たらない。


「そっか。舞浜は、埋立地だもんなぁ……」


 俺のおぼろげな記憶では、舞浜駅周辺は、かつて海だか川だかの場所だったはずだ。

 そこを()()()()()と埋め立てて、夢の国を誘致したのだ。

 『舞浜』という名前も、アメリカの「マイアミ」を文字って付けたとかいないとか……


「うーん、どこに行くかなぁ……」


 スマホで地図を見た俺は、とりあえず近場にある「舞浜公園」を目指して歩くことに決めた。

 高速上に架けられた長い歩道橋を抜けると、辺りは急に住宅街になった。


「おおぉ……なんか、みんな高そうな家ばっかだな。ここの人たちって、やっぱり以前は、全員年パスとか持ってたのかな?」


 そう言えば昔、この辺りは県内でも有数の高級住宅地と聞いたことがある。


(ここからだと、花火が毎日見れるんだろうなぁ……)


 そんな事を考えながら歩いていると、不意に低木郡が目の前に見えてきた。

 

「あ、ここだ」


 そこは、今風の青いプラスチックの滑り台や、ちょっとした東屋がある、ごく普通の公園だった。

 すぐ隣には旧江戸川が流れており、埋立地の公園らしい、全体的に見通しの場所だ。


「ふうっ……」


 俺は、とりあえず東屋にあるベンチに腰をかけ、一息ついた。


(2月だから、やっぱ寒いや……ここまで来たけど、さてどうするかな……)


 そんな事を考えながらボーッとしていた時だ。


「ねえ、そこのアンタ!」

「はっ、はいっ!?」


 突然、女性の強い口調で、背後から声をかけられた。

 振り返って見ると、年齢は俺とそう変わらない女の子が一人、こっちを睨みつけている。


 切長の目、肩まで伸ばしたツヤツヤの髪、整った顔立ち……

 パッと見、けっこう美人なその彼女は、しかし続けてこう言った。


「そんなカッコで鬱陶しいから、どっか行ってくんない!?」

「え? あぁ、この格好のことですか? ま、確かに、派手っちゃ派手ですけど……」


 確かに今の服装は、こんな普通の公園には似つかわしくないだろう。

 これが許されるのは夢の国だけ。

 それかギリギリ、京葉線の東京〜舞浜間の車内ぐらいかもしれない。


 でも……


「まあ舞浜だったら、これぐらいの人はいるんじゃないですか?」

「あのねぇ、ここは舞浜の()()よ? みんな、フツーに暮らしてんの。たまに、アンタみたいなのが紛れ込んでくることがあるけど、せいぜいが駅前のデッキぐらいまでよ」

「あ……まあ、そうですよね。ごめんなさい、こんな所まで入ってきちゃって……はい、帰りますね」


(何やってんだろう、俺……)


 何だか不法侵入でもしているような気分になった俺は、そそくさと腰を上げた。

 彼女の方は、まだ俺をジロリと睨みつけている。

 そんな目の敵にしなくったって……(涙)


「じゃ、失礼します」

「……ねえ、これ、ベンチに忘れてるわよ」

「え?」


 振り返ると、手袋をした彼女の手に、折りたたまれた紙切れが握られている。


「あっ、やべっ……!」

「うーん、開きづらいわねぇ……手袋取ってと……あ、これって eチケットを印刷したやつじゃない? スマホ見せれば普通に入れるのに、面倒なことするのねぇ」


 今のチケットはオンラインで購入し、スマホの画面をエントランスでピッ! として入園するのが基本なのだが、一応まだプリントアウトもできるようになっているのだ。


「今日誕生日なんで、記念になればなぁとか思って……ははは……」

「ふーん。ま、私の知ったこっちゃないわ。はい、これ返すわね。早く行かないと、お目当てのパスが全部無くなっちゃうわよ?」


(パス……?)


 ああ、スタンバイなんとかってやつか。

 人気のアトラクションは、それ取らなきゃ、乗ることも出来ないんだっけ。


(でも、どうせもう行かないんだ。せっかく、オンライン予約の争奪戦も頑張ったのにな……俺の、俺の夢だったのに……)


「ちょっ!? ちょっと、何泣いてんのよ!? 大丈夫よ。まだダッシュして行けば、一つぐらいパス取れるわよ!」

「いや……実は……」

「ちゃんと公式アプリはインストールしてる? インパ(入園)したら、すぐアプリでSP(スタンバイパス)を発券するのよ? あと、ショーとキャラ(キャラクター)グリ(グリーディング)の抽選も忘れずにエントリーしてね? ショーは、たまに自由席が出る場合があるから、それもアプリでチェック! だけど、早目に行かないとラインカットされる(自由席がうまる)から要注意よ!」

「あ……えっと……」


 ポカンとする俺をよそに、彼女は早口で、夢の国の効率的な回り方を教えてくれた。


「後は、そうねぇ……あ、誕生日なんだっけ!? キャストからバースデーシール貰っときなさい。それ貼っとけば、みんなお祝いしてくれるからっ!」

「ず、随分とお詳しいんですね。さすが、舞浜に住んでる人は違うなぁ……やっぱり、あなたもあそこ大好きなんでしょ?」


 俺が、遠く夢の国の方を指差し、そう言った時だった。

 それまでもキツめだった彼女の目線が、さらに氷のような冷たさになったのだ。


「あ、あれ? ごご、ごめんなさい。俺、何か変なこと言いました?」

「……いいわよ別に。もう、さっさと行きなさいよ」

「いや……俺は……俺は行かないんです」

「は? だってチケット持ってるんでしょ? そこの日付、今日じゃない」

「もちろん行くつもりで買ったんですけど……実は……」


 そう口を開いた俺は、ここまで来た経緯を簡単に説明した。


「ぷ……ぷぷ……ぷはははははっ!! わざわざ二人分のチケット買って、全身で夢の国大好きアピールしておきながら、結局、改札も通過できなかったっての!?」

「ちょっと! そんなに笑わないでくださいよ! 俺は、いたって真剣なんですから!」

「ははははっ……ゴメンゴメン。いやーっ、面白いわアンタ。でも、そんなに好きなんだったら、一人でも行けばいいのに」

「ど田舎出身の俺にとって、舞浜に来ること自体が夢だったんですよ。だからその夢を、不完全なままで実現させたくないんです!」

「そこまで思い詰めちゃうと、体に良くないわよ?」

「そりゃ、あなたみたいに舞浜住まいで、毎日のように行けるプラチナチケット持ちの人に分かりませんよ」 

「プラチナチケットねぇ……私、最近は全然行かなくなっちゃったわよ?」

「ええっ!? そ、そうなんですか? すごい裏技的なことまで知ってるし、てっきり相当なファンなのかと……」

「……私ね、両親が二人とも、めっちゃマニアなのよ。舞浜に越したのだって、もちろん、すぐに行けるため。七人の小人のオブジェを庭先に置いたり、()()()でダルメシアン飼ったり……ま、そんな感じの親なの。だから、小さい時なんて、毎日のように連れて行かれたわ」

「う、うらやましすぎる……」

「前は共通……あ、2パーク年パスのことね。それも買ってたしねぇ……でも、私もそろそろお年頃だし。家族で行くのもいいんだけど、周りのカップル見てると……分かるでしょ? だから、自然と行かなく……ってか、行けなくなっちゃったなぁ」


 ん?

 てことは、彼女は、今フリーってことか?


 俺が見たところ、彼女なら普通に彼氏がいてもおかしくない。

 まあ、ちょっとキツい性格をしてるけど、容姿はめっちゃ可愛い部類に入ると思われる。


 俺はあらためて、彼女をマジマジと見てしまった。

 

「……なにジロジロ見てんのよ」

「あっ! す、すいません。つい……でも、そうですよね。家族や友達と一緒も素晴らしいんでしょうけど、恋人と二人でってのは、また特別な時間が過ごせるんだろうなぁ」

「そうねぇ……うちの両親も、やっぱ最初のデートの場所だったんだって。お互い、そこで恋の魔法にかかって、今でも解けないんだなんて言ってるわ」

「うわー、理想的だなぁ。もしかして、結婚式もあそこで?」

「えっ? いや、さすがに式は、普通のホテルでやってるわよ」

「そうですか……実は俺、もう一つ夢があって……」

「まぁた別の夢? アンタ、夢ばっか持ってんのね」

「……僕が夢見ることは、誰にも止められませんよ……」

「ふふっ、いい事言うじゃない」


 この時、どこからともなく、キーン コーン カーン コーン〜♪ という、誰もが知ってるあのメロディが聞こえてきた。


「あ、防災無線。もう、正午ですね」

「いっけない。お婆ちゃんが、お昼作ってくれてるんだった」

「それじゃ、この辺で……」

「うーん、まあいいわよ? 最後まで聞いてあげるからその夢っての、言ってみなさいよ」

「はぁ……こんなん話すの、すげぇ恥ずかしいんですけど……結婚式を挙げるなら、絶対あそこのお城で! って夢があるんですよね」

「え、ええぇーーっ!? ま、マジで!?」

「はい……男なのに、こんなこと言うの変ですよね。分かってます。でも、あのお城って、ちゃんと結婚式できるんですよ?」

「し、知ってるわよ」

「って言う俺も、まだ動画でしか見たことないんですけどね。でも、新郎新婦を乗せたオープンカーがお城まで走るのを見た時は、衝撃的だったなぁ。だって、普通に開園してて、パーク内にたくさんゲストがいるんですよ? 来園してるお客さんみんなに祝福してもらえるなんて、最高じゃないですか!?」

「そ、そ、そうねぇ……」


 あ、いかん、引いてる。

 まあ、確かに普通の結婚式とはだいぶ違うし、女性の方にだって、自分の理想の結婚式像があるだろうしな……


「なんか、すいません。ちょっと興奮しちゃって、話し過ぎちゃいましたね」

「……」


 ブーッ ブーッ


 女の持っているバッグの中から、バイブ音が響く。


「……うん、アタシ。分かってる、もう帰るわ」


 女がスマホをしまい、こちらに向く。


「ごめん、もう行かないと」

「はい。色々話聞いてくれて、ありがとうございました」

「……ねえ、ミチヤくん」

「はい…………って、え? ええっ!? な、何で俺の名前を!?」

「だって、さっきのeチケットに、フルネームが書いてあったもの」

「あ……」


 確かに、印刷したチケットには入園日や料金のほかにも、購入者氏名が記載されているのだ。


「ふふっ、個人情報は、簡単に漏らしちゃあダメよ」

「はぁ……」

「でね、ミチヤくん。あなたの夢、とっても素敵だと思うわ」

「……」

「あなたが夢見ることは、誰にも止められないわ。今は悲しくても、信じてれば夢は必ず叶うわよ」

「……ありがとうございます。なんか、元気出ました」


 ブーッ ブーッ


「……まったく。またお婆ちゃんからだわ。それじゃ、私行くわね」


 そう言い残して、彼女は公園から走り去って行った。





◇ ◇ ◇ ◇


「ただいまぁーー」

「あらまあ、絵里花(えりか)ちゃんったら遅かったじゃないの。お昼ごはん、すっかり冷めちゃったわよ。すぐ食べるなら、温め直すけど?」

「うーん、ちょっと休んでからにするわ」


 そう言うと、私は二階の自分の部屋へ上がっていった。

 



「ふーっ」


 ベッドに倒れ込み、少し深呼吸をする。


(ミチヤくんねぇ……)


 なんか、とっても気になる男の子だったなぁ……


 彼には言わなかったけど、私も同じ二十歳。

 いわゆるタメだ。


「あんな男の子、いるんだ……」


 そう呟くと、私は枕を顔に当て、これまでの事を思い出した。


 彼にも言ったけど、パークにはしばらく行ってなかった。

 本当は、すごくすっごく行きたい! ……のに。

 

 別に、家族と行きたくないわけじゃない。

 事実、高校生までは毎週両親と一緒に行ってたし、周りにカップルがいても、全然気にならなかった。

 それまでも、何人かの男子から告られてはいたけれど、家族と一緒にいる方が楽しいと思ってたらから、全部断っていた。


 だけど……

 ある日、あのお城の前で結婚式をしているのを見て、全てが変わった。


 たくさんのプリンセスがいるけれど、私にとっての一番は、ガラスの靴を履いた()()だった。

 そのお城で、愛する人と結婚できるなんて……


 その時の私の目は、確実にハートマークになっていたと思う。

 その日以来、『私も絶対、あそこで式を挙げて幸せになるんだ!』って、強く思うようになった。



 それから急に、彼氏が欲しくなった。

 イチャコラするカップルを見て、焦り始めた。

 そのあと、最初に告ってきた相手と、とりあえず付き合ってみることにした。

 もしかしたら、この人が私の王子様なんじゃないかと期待して……


 でもそいつに、お城で結婚式が出来るんだってと話をしたら、『ええっ!? 俺はマジ無理! みんなに見られてとか、ありえんわ〜』とか言われた。

 いや、ありえんのはお前だわっ!

 その瞬間に恋は冷め、お付き合いは、一ヶ月も持たずに終わった。


 んで結局、次の相手も、そのまた次の相手も、みんな反応は同じだった。


 ()()()()()そうだ。


 バイト先の先輩があんまりにもしつこいから、まあいいかと一回デートに応じてやった。

 私が相手を試す時は、いつも(ランド)だ。

 もちろん付き合ってないから、チケットは割り勘。

 でもやっぱり、この男も同じ反応だった。


 舞浜駅からゲートに行くまでの会話ですぐ分かったから、私はパークにすら入らず、回れ右してそのまま帰宅したのだ。


「ったく……どいつもこいつも、全然分かってないわ!」


 結局イライラが収まらなかった私は、頭を冷やすため近くの公園に行った。

 そこで、あんな目立つ格好をした彼に出会ったのだ。


(……何、アイツ?)


 普通はスルーの対象だけど、なぜか無性に気になった私は、なんだかドギマギしながら、それでも気丈に話しかけてみた。


『ねえ、そこのアンタ! そんなカッコで鬱陶しいから、どっか行ってくんない!?』

 

 『鬱陶しい』は、半分ウソで、半分ホントだ。

 あんなに全力で好きをアピールできる彼の姿は、私にはとてもキラキラ見えた。

 そして同時に、何でこんな彼氏が出来ないのかって、鬱陶しくもあった。


『結婚式を挙げるなら、絶対あそこのお城で! って夢があるんですよね』


 あの言葉に、私は人生で最高にドキッ! とした。

 まさか、私と同じ思考の持ち主と、あんな場所で出会えるなんて……

 夢を叶えようと頑張る姿も、素敵だなと思った。


「あーあぁ。LINEの交換ぐらい、しとけばよかったかなぁ……」

 

 いや、でもねぇ……

 さっき出会ったばかりで、素性も知らない人よ?

 いくら同じ考え方だからって、一見さんに……連絡先を教えるほど……私も馬鹿じゃ……ない……わ……






 キーンコーンカーンコーン



 スヤスヤ……スヤスヤ……グウッ!


 ……あれ?

 いつの間にか、寝ちゃったのかしら……


 ふと時計を見ると、時刻は一七時になっていた。


「もうこんな時間かぁ」


 そういえば、ミチヤくんと別れた時も、防災無線が鳴ってたわね。


「ふふふ……まさかあれが、運命の鐘の音だったりしてね……」


 私は一人そんな妄想を膨らませながら、まだ着ていたコートを脱いだ。

 いつもの習慣で、ポケットの中から手袋を取ろうとする。


「あれ?」


 片方ない。


「あれあれあれーーっ!? やっば! どっかで落としたかしら?」


 あの白銀の手袋は、私の大のお気に入りなのだ。


「えっと、えっとぉ……」


 手袋なんてあるはずもないコートのポケットを、再び探っている時だ。


 バウッ! バウッ!


 と、外から犬が吠える声が聞こえた。


「ねぇ、絵里花ちゃん? ……絵里花ちゃんったら!」


 一階から、お婆ちゃんが呼びかけてくる。


「ごめん、ごめん! ご飯、すぐ食べに行くわっ!」

「違うのよぉ。なんか玄関に、変な格好した男の人がいるの。ポンちゃんたちが吠えてくれてるけど、お婆ちゃん怖くって……」


 ……変な格好?


 私は恐る恐る、窓から外の様子を伺った。


「ああっ!? ええっと……お婆ちゃん、大丈夫! 私の友達だからっ!!」


 脱兎の如く階段を降りた私は、そのまま勢いよく玄関を開けた。


「ちょっと、ミチヤくん! 何で私の家知ってんの!? まさか、尾けてきたんじゃないでしょうね!? 犯罪よ、それ!」

「い、いや……違うんです! あの、手袋が片方、ベンチに置かれたままで……」

「……うん? あ、それ私のやつ! 良かったぁ、探してたのよ……だけど、なんでウチが分かったの?」

「さっき、七人の小人のオブジェが庭にあるとか、ダルメシアンを二匹飼ってるとか言ってたんで……スマホでマップを見たら、この付近だと数百軒ぐらいしかないし、まあ暇だし探してみようかななんて」


 なんてこと。

 個人情報がウンタラ言ってたけど、私の方こそ、自分から漏らしてたってわけね。


「……あ、ありがとう」

「いえ、とんでもないです。はい、これどう……あっ」


 ミチヤくんの手から、手袋がポロッと落ちた。


「いけねっ、ご、ごめんなさい」


 道也くんがかがみ込んで手袋を拾い、パッパッと埃を払うと、そのまま私に手袋を差し出した。


「もーっ、本当に鈍いわ……」


 そう言いかけた時、ラメ入りの白銀の手袋が、玄関のライトに照らされてキラキラと光を放った。


(……あっ!?)


 片膝をついて、私に()()()()()()()を差し出すミチヤくんの格好……

 その姿はまるで、まるで……


(こ、ここ、ここここ、こ、これってぇぇええ……!????)



 その瞬間、私の頬が真っ赤に燃えた。

 いや、萌えた。


 ミチヤくんの姿は、かしずいた体勢でガラスの靴を差し出す、王子様のそれそのままだった。


 「……っん? あ、あの、大丈夫ですか? はい、今度こそ、これどうぞ」

 「……はい(………お、王子さま)」


 私はそっと、左手を差し出した。


 「えっ?」

 「さぁ、どうぞ」

 「ええっ?」

 「ささ、お早く……」

 「……あのぉ、手袋、はめた方がいいですか……?」

 「はい……」

 「はぁ……じゃあ、まあ……」


 そう言うと、ミチヤくんはスッと立ち上がり、私に手袋をはめようとした。


 ……って、違うっ!


 「ちぃーがぁーうーでぇーしょぉぉぉ!!!」

 「ええっ!?」

 「ちゃんと、(ひざまず)いて履かせないとっ! 一番の名シーンでしょ!!」

 「は、履かせる!? 一体、なんの話をしてるんですかっ!?」


 ハッとした。

 わ、私ったら、何て事を……


 「違うわよっ! 手にはめるって事よ! もういいわよ、返しなさいっ!!」


 ミチヤくんから、ひったくるように手袋を奪い、棚の上に置いた。


 「なんか、よく分からないですけど、まあ返せて良かったです。それじゃ、僕はこれで」


 えっ……


 「ご、ごめん……わざわざ届けてくれて、本当にありがとう」 

 「とんでもないです。では」

 

 ちょっと……待って……


 「こ、この後はどうするのっ!? チケットあるんだし、こんな時間だけど、ちゃんと行くんでしょ?」

 「うーん……いや。やっぱり僕は、夢を諦められないんで今日はやめときます。また、次回にします」

 「何言ってるの!? せっかく高いチケットを()()()買ったんだから、絶対、ぜったい行くべきよっ!!」

 「いいんですって。今回は、いい勉強になりました。おかげさまで、別の意味で舞浜を堪能できましたし」

 「何それっ!? だってこっちは、ぜんっぜん反対側じゃない!」

 「ま、まあソレはそうなんですけど……これはこれでよかったかなって。次はちゃんと、相手が見つかってからチケット買うようにしますね」

 「でもさぁ……に・ま・い・も、買ったんでしょぉ?」

 「これは……額縁にでも入れて、飾っておきます。次まで、自分を頑張らせるための(いまし)めとして」


 そう言うと、ミチヤくんはニコッと微笑んだ。


 意外と、可愛い笑い方するじゃない……

 って違うわ!!


 ミチヤくんたら、わざとやってんの?


 私、これまで男の人に声をかけられたのだって、両手でも数え切れないぐらいなのよ?

 そんな私が、『誘っても、よろしくってよ?』ってオーラを出しまくってるのに!


 これじゃ……


 何かがプツンと切れた私は、早口でまくしたてて言った。


 「これじゃぁまるで、舞踏会で王子さまに無視された、その他大勢のモブキャラみたいじゃない!? 私は意地悪な義妹たちでも、落ち目になって一発逆転、玉の輿を狙う没落貴族の娘でもないのよっ!? 本当の王子さまは、ちゃんと沢山の女性の中から、青いドレスを着た彼女を見つけ出して『Shall we dance ?』って誘ったじゃないっ! あ、原作はグリム童話だからドイツ語か? ってそんな事どうでもいいわっ! あんたも王子さま……じゃなくて、男なら『僕と一緒に行ってくれませんか?』ぐらい、言ってみなさいよぉぉ!!!」


 そこまで言うと、怒りなんだか恥ずかしさなんだかよく分からない感情で頭がパニックになり、くるりと後ろを向いて、ミチヤくんから顔を背けた。


 はあ、はあ……

 い、言ってしまった……


 いつまで経っても鈍感なミチヤくんに痺れを切らし、とうとうこっちから、誘って欲しいと口に出してしまった。

 もう恥ずかしくって、まともにミチヤくんの顔が見られない……



「あ……ああ……あ、あの……いや、その……」


 ミチヤくんの、これまたパニクった声が、背中越しに聞こえてきた。


「ぼ、僕も、その……チケットが無駄になるぐらいなら……いや、別に、お金のことはいいんですけど……せっかくここまで来たのに……違う、そうじゃなくて……」

「……もう、何なのよ」

「だ、だから、えっと……この二枚を、その……もし、僕なんかと行ってくれるなら……」

「……何で私のこと誘うのよ……」

「君とだったら、一緒に……一緒に夢を叶えられそうだから」

 

 夢……ミチヤくんの夢と、私の夢……

 あのお城で結婚式を挙げる夢……



 いや……

 結婚式なんて、正直どこで挙げたって別に構わない。


 一番大事なのは、素敵な王子さまと、いつまでもいつまでも、幸せに暮らすこと。

 ミチヤくんだったら、本当にその夢を叶えてくれるかもしれない……


 私は、再びミチヤくんの方に顔を向けた。


「あーあ。ミチヤくん、今日誕生日なんでしょ? せっかくの記念日なんだし、仕方がないから、私が夢の一つをかなえさせてあげるわよ」

「ほ、本当ですかっ!? ありがとうございます! あぁ、舞浜まで来た甲斐がありました!」

「ふふふ。こっちは、『じゃない方』の舞浜だけどね」

「いや、こっちはこっちでなかなか……」

「無理しなくていいわよ。それじゃ、行きましょうか」

「あ……あの……」

「ん、何?」

「いや、まだちゃんと、自己紹介してなかったなって……」

「やだ、私ったら! それもそうねぇ」

「えっと、僕は、群衆の群に道路の道に(なり)と書いて、群道也と言います」

「私は……あ、表札見て、苗字は分かってるんでしょ?」

「……すいません。伊武原(いぶはら)、ですよね」

「そっ。名前は、絵画の絵に里に花で、絵里花よ」

「絵里花さんか、素敵な名前ですね」

「……ありがと。ああっ、もう! いつまでも玄関でこんな事やってても、仕方ないから早く行きましょう! あ、コート取ってくるから、ちょっと待ってて!」


 慌てて二階に駆け上がった私は、ベッドに放り投げていたコートを掴むと、再び玄関までダッシュした。


「お待たせっ! じゃ、今度こそ出発ね」

「よろしくお願いします」

「ちょっと友達と出かけてくるわねー!」


 リビングにいるお婆ちゃんに声をかけ、玄関を出ようとした時、いつもの癖でポケットから手袋を出そうとした。

 ……あれ? 道也くんが届けてくれた左の手袋はどこ?


「あ、手袋ならここですよ」


 道也くんが、棚の上に置いてあった私の手袋をひょいと手に取る。


「おっと、それそれ。ありがと」


 私がそう言って手袋を受け取ろうとした、その時。


 道也くんが不意に片膝をついてかがみ込み、私に手袋を差し出した。


「ここ……これを、どうぞ……」


 強張った表情で、緊張した声を発しながら、道也くんがそう言った。


「ちょっ……」 


 不意をつかれて、私も一瞬面食らってしまった。

 でも……


「まったく、頼りない王子さまねぇ……ま、仕方ないか。はい、どうぞ」


 そう言うと、私も自分の左手を前に出した。


「て……て、て、手袋を、はめさせて頂きますね」

「だからぁ、どうぞぉ」


 やや震えた手つきで、道也くんが私に手袋をはめようとする。

 気丈に振る舞ってはいるが、実は、私も少し緊張していた。


 スッ


「……ぴったりですね」

「……そりゃぁ、もともと私の手袋だから……でも、ぴったりはぴったりね」

「はい。ぴったりで、よかった」


 うん……

 ちゃんとぴったりのサイズで……良かったよ


「……ったく、小っ恥ずかしいわね! もう、早く行くわよ!」

「は、はいっ!」


 勢いよく玄関を出た私たちは、もう暗くなった道を小走りになって駆け出した。

 舞浜駅の、()()()()を目指して。

 


お読み頂き誠にありがとうございました。

原作にちなんだ小ネタも散りばめていますので、その辺も楽しんで頂けたら嬉しいです。


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