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竜王伝説伝  作者: みずけんいち
第一章 竜到来編
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第7ページ目

 エリナの周囲にいた竜を一瞬にしてチリにしてみせたオルフェルドは、自身の体の異変に違和感を覚え始めていた。竜王としての力を使い続けること12時間がまもなく経つこの状況で、しかし、目の前にはオルフェルドの恩師であるエリナに手を出した竜神宗の輩がいる。

 エリナに手を出したということ自体、許されざる行為であり、体がたとえ不調であってもコイツだけは倒さなくてはならないとオルフェルドは思っている。


 オルフェルドは剣を握り締め、体には竜王の力の象徴たる青い靄をはおう。オルフェルドはこの青い靄がなんなのか、知らない。竜王はオルフェルドに力を譲渡しただけで力の説明などは一切していないのだ。

 そもそもの話、竜王とはなんなのかオルフェルドは分かっていなかったりする。竜王は竜を人間でありながらも倒すことができる存在。そう、エリナにオルフェルドは教わったのだが、それだけではないような気がするのである。

 それもこれも、この戦いを終わらせてから竜王に聞けば良いとオルフェルドは思い、目の前の敵に視線を当てる。


 竜神宗の幹部たる目の前のマントを羽織ったその人物はオルフェルドを一瞥し、


「やはりトゥサン一族は滅んでなどいなかった·····。これほどまでに竜王の力を使ってくるとは······。だが、剣術はまだ未熟のようだ」


 やはり気づいたようである。

 オルフェルドが【ダナスティーナ王国】に来てから一年経っておらず、剣術も最近になってやっと他の兵士と同じくらいの腕にはなった。しかし、それは戦場においては拙いと言わざるを得ないもの。

 戦場は緊張感に常に苛まれ、普段の訓練とは比べ物にならないほどに剣術の腕が落ちることがよくある。それは、オルフェルドであっても同じことで、普段より剣の振りに迷いがあった。その迷いはときには自分の命に関わることをまだオルフェルドは知らない。


「すでに脅威と言って相違ない存在ではあるが、まだ竜を倒すことに必死のようだ。先程の剣筋がそれを語っている。竜を倒すスピードは予想以上のものではあったが、それは誤差の範囲内だ。問題はない」


 マントの人物はそうつぶやくと、


「トゥサン、我々の敵となりうる竜王よ。お前に敬意を表すとして名を名乗ろう」


 オルフェルドはマントの人物がそう言うのを耳にするや少し剣を下に下ろした。オルフェルドの周囲には竜の姿は見えず、それに準ずる脅威もない。

 オルフェルドは一度、エリナの方を向き、エリナの様子を伺った。エリナはオルフェルドが自分を見ていることに気づくと笑みを浮かべた。オルフェルドはエリナのその笑みを見て、エリナは大丈夫だ、と判断し、マントの人物へと視線を戻した。


「竜神宗隊長、ダナコニア=オルグレイン」


 マントの人物、改めオルグレインはそう言うとオルフェルドを睨みつけてきた。


「私は我々の計画の邪魔をする存在を消すことが役目となっている。トゥサン。貴様に一度だけ問おう」


 オルフェルドはつばを飲み込み、オルグレインの言葉を待つ。


「我々の仲間になれ、トゥサン。そうすれば、そこにいる女もこの国も手を出さないことを誓おう」


「········」


 オルフェルドはオルグレインがまさか自分を竜神宗に勧誘してくるとは思わなかった。しかし、そんな問いに対しての答えは考えるまでもない。


「断る。お前らの仲間になどなるわけがない。お前は理解してるのか?俺の逆鱗に触れた、ということに」


 オルフェルドの恩師たるエリナに手を出しておいて仲間となればエリナから手を引く?なぜ、お前がそんなに上から目線で物を語れるというのだ。


 オルグレインは、オルフェルドが断ることを予測していた。竜王という存在は竜神宗にとって敵であり、それが仲間となりうる可能性はそもそも考えてなどいなかったのだ。オルグレインがオルフェルドにそんな可能性ゼロであることが分かっているのに聞いたのはなぜか。それは、単純に時間稼ぎであった。

 オルフェルドは剣術の腕がお粗末なものであるが、竜王の力をそれなりに使うことが出来ていた。これは、竜神宗にとってかなり痛手である。自分たちが綿密に計画したことが一気に瓦解することになりうるからだ。それは、竜神宗にとって恐怖のことであり、避けたいことである。そのための時間稼ぎ。オルフェルドはそのことに気づいていない様子。戦場での慣れがまだないことがバレバレであった。


「そうか。私としては仲間となったほうが都合がいいのだがな」


「俺が仲間になるだなんて微塵も思ってないだろ?その可能性はゼロだ。諦めてここで俺に倒されろ」


「·······」


 オルフェルドは、剣を横に振るった。それにより青い靄がオルグレインに目掛けて放たれた。オルグレインは、それを一瞥すると、


「いや、竜王の力も大して使えていないようだ。私は過大評価をし過ぎたようだな」


 オルグレインは、手でそれを受け止めると瞬時に周囲に霧散した。オルフェルドは、自分が放った渾身の一撃が一握りで消されたことにひどく驚いた。これまで竜を一瞬で倒してみせたオルフェルドであったが、ここにきてその勢いが消沈した。


 オルグレインは、マントをバサリと脱ぎ捨て、瞬時に剣を握った。


「貴様はやはりここで始末しよう。脅威となる前に、な」


「·······ッッ!」


 オルグレインが何かを呟くと、風が吹き、風が落ち着いた頃にはオルフェルドの目前にいた。オルフェルドは息を呑み、剣を横薙ぎに一線。しかし、焦りが見えた。オルフェルドの剣筋は、普段の訓練とは比べ物にならないほどに拙く、その一閃は空を切った。


「話にならんな、トゥサン!」


 オルグレインは、オルフェルド目掛けて剣を横に振った。そしてそれはオルフェルドに直撃。オルフェルドは、王宮へと吹き飛ばされた。


「ガハッッッ!」


 オルフェルドは、うめき声を上げた。エリナが悲鳴を上げている。オルフェルドは、オルグレインに切られた場所を見るが、傷はない?


(どういうことだ?俺は確か、アイツに切られた。そして、吹き飛ばされて俺はここでもがいている。なのにどうして·····)


 オルフェルドはヨロヨロと立ち上がり、この不可思議現象について思考する。しかし、それはすぐに中断しなければならなかった。それは、オルグレインが思考する間も与えることなく、オルフェルドに向けて剣を振るってきたからだ。オルフェルドは瞬時に体をねじることでそれを回避。オルグレインから距離を取った。


「どうした、トゥサン。さきほどまでの威勢はどうした?竜王という名にうぬぼれているのか?」


「はぁはぁはぁはぁ」


 オルフェルドは、息をあらあらとさせながらもオルグレインへの攻撃に対しての最善を考えていた。


「万策尽きたか、トゥサン。まぁ、いい。ここで死ぬがいい。あの世で悔やめ」


 オルグレインは、そうして青い靄が纏った剣を上から下へと振り下ろした。オルフェルドは、それを見て、諦めたかのように地面を見た。


(クソッ。エリナ先生を助けることすら俺には出来ないのか······。結局、俺は奴隷として扱われるだけの存在でしかない)


 オルフェルドはこの絶望的な状況に対して諦めを抱いた。自分にはもともと、荷が重かったのだ。人を一人救うことなんてそんなヒーローみたいなことが出来るわけがなかったのだ。

 オルフェルドは、目の前に迫るその青い靄による攻撃を見て、下を向き、


「すみませんでした、エリナ先生。僕はアイツに手も足もでなかった」


 謝ったとしても意味はない。そのことはオルフェルドとて知っている。けれど、この謝罪がオルフェルドに今できる最大限のことだったのだ。


「謝らないでください、オルフェルド様」


 聞こえるはずのない声がオルフェルドの耳に入った。オルフェルドは目の前を見ると、そこにはエリナが立ってこちらに手を伸ばしてきていた。


「どうし、て」


 途切れ途切れの言葉ではあるが、それはエリナには聞こえた。


「オルフェルド様は頑張りました。奴隷であったなんて、そう思えないくらいに」


「そんなこと、ないですよ。現にエリナ先生を救えなかった」


「ふふふっ、いえ違いますよ、オルフェルド様。オルフェルド様は私を救ってくださいました。私のピンチに駆けつけてくれました。それが救いでないなら、なんだと言うのですか」


 エリナはオルフェルドにそう言ってオルフェルドを立たせると、


「こうして最期にオルフェルド様の隣に立てていること。私にとって幸せなことです。いい、人生でした」


 エリナはそう言って涙をこぼした。オルフェルドは驚きのあまり目を見開き、息を呑んだ。


 いい人生。エリナにとってほんとうにいい人生だったのか?他にもやりたいことがあったのではないのか?


『二代目竜王という偉大な存在を育ててみせたエリナ=高橋はすごい人だって、証明してみせます!』


「はっ!」


 オルフェルドは、自身がエリナに向けて言った言葉を思い出した。エリナはオルフェルドにとって先生であり、尊敬している人だ。そんな人がこんなところで死んで良いのか?いや、言い訳がない!


(何が竜王だ。ふざけるな!俺は偉大なる存在であるエリナ先生の生徒だ!それがこんな腑抜けでどうする!こんなんで竜王になんてなれるかよ!!!!)


「があぁァァァァァァァァァァァァァァ!!!!」


 オルフェルドは雄叫びを上げるとオルグレインからの攻撃を“消し飛ばした”。


「なっ!!」


 オルグレインは、この攻撃で死ぬと思っていたオルフェルドが最後のあがきをしてきたことに驚いた。


(どういうことだ·····!それにこの力。マズい、このままでは負ける!)


 オルグレインは、青い靄を体に纏わすと左手側に歪みが生まれた。その歪みは、真ん中によるにつれて渦巻き状になっている。これは、オルグレインが今いる場から別空間へと瞬時に転移することを可能にしているものである。青い靄によって時空に歪みを擬似的に作り、オルグレインはこの場から逃げようとしているのだ、しかし、オルフェルドはそんなことを許さない。剣を一閃し、その歪みを消し飛ばした。


「クソっ!」


 オルグレインは、初めて冷静さを欠いた。オルフェルドはオルグレインへの距離を詰め、剣を振るう。オルグレインは、ギリギリ避けることができたが、焦りがある。最後の剣戟は避けきれず、左腕を切られた。切られたことにより地面に血がたれた。青い靄を纏っているのにも関わらず、オルフェルドの剣筋は切ってみせた。


 オルグレインは、オルフェルドに蹴りを入れると距離を取った。


(どういうことだ。先程までの迷いが見られない。むしろ、竜王の力を時間が経つに連れ巧みに使えるようになっている、だと?そんなことがありえるのか?)


 オルグレインは左腕を抑えながら、オルフェルドの動きを観察する。


 オルフェルドは、オルグレインを睨みつけると地面を蹴ってオルグレイン目掛けて剣を振るった。その剣筋は高速。オルグレインは視認することすら出来ずに腹を切られ、王宮から少し離れた家屋にまで吹っ飛んだ。


 ドゴーンと建物が崩れる音がした。モウモウと木くずなどが周囲に舞い、視界が少し遮られた。オルフェルドは、油断することなく周囲を見渡しながらオルグレインが吹き飛ばされた場所へと歩いていく。

 オルグレインは、体に纏わりついている木くずを手で払うと体をおこした。傷は特に見られず、もはや無傷と言ってもよいだろう。しかし、オルグレインはオルフェルドへの攻撃の手数が刻々と減っていることにイライラしてきた。やられるがままの状態から急に覚醒したかのように攻撃を仕掛け、その攻撃は時間が経つに連れ、複雑になり、そして、速くなっている。先程の剣戟もオルグレインは視認することすらできなかった。


(800年前の竜王とはまるで別物のようだ。いや、実際に別物なのかもしれないな。剣術を竜王は巧みに活用し、我々を混乱させてきていたのだから。最初のときに私は思うべきだったのだろうな。“二代目”の存在を)


 オルグレインが正面を向いたとき、オルフェルドは正面に立っていた。王宮からは少し離れ、エリナの姿は見えない。【ナガスティーナ王国】国民の混乱の悲鳴はもう聞こえず、ただオルフェルドとオルグレインの戦いだけが音として聞こえている。その戦いは竜王と竜神宗という大きな勢力同士の戦い。歴史の転換点とも言えることである。


 オルグレインは、オルフェルドが次どのように攻撃を仕掛けてくるのか、思考するが、そんなときにトランシーバーが鳴った。


「むっ、なんだ。········ふむ、なるほど。()()()()()()()()()()、か。それは、よかった。あの場には()()()()が残っていたからな、もしかすると、とは思っていたが···まぁいい。それと全員に告ぐ。―――――――――――――――――竜王は生きていた」


 オルグレインがトランシーバーにそう言い聞かせるとトランシーバーから多くの驚きの声が上がった。それは、喜びによるものか、あるいは嘆きか。それは、分からない。だが、この瞬間に竜神宗の意識は一気に変わった。それは、すなわち誰が早く現れた竜王を倒すのか、というものに。


 オルグレインはトランシーバーをしまうとオルフェルドに視線を当て、


「今回はここで引き下がろう。我々の負けだ。だが、次はトゥサン。お前を倒す」


「········」


「それまで生き抜くが良い」


「····竜神宗。俺はお前らを許さない。俺がこの手で潰す!」


「クククッ。竜王。お前は昔と変わらぬな。その意志は国民に裏切られてなお変わらぬか。実に滑稽そのものだ」


「·······」


「トゥサン。次はこれで済むと思うなよ」


 オルグレインはそう言うと姿を消した。


「オルフェルド様!」


 オルフェルドは背後を振り返るとエリナが走って来ているのが見えた。オルフェルドは、そんなエリナの姿に安堵すると、急に体に力が入らなくなった。


「あ、れ?」


 バタリとオルフェルドは倒れ込むと意識を手放した。オルフェルドが倒れ込むのを見たエリナは悲鳴を上げ、オルフェルドの元へと駆け寄ったが、オルフェルドにはもう意識はない。


 こうして、竜王と竜神宗との戦いは始まった。



 ◇



「く······って何だここ?」


 オルフェルドは体をおこすと目の前が真っ白で何も見えなかった。霧のような何かでオルフェルドの視界は制限され、周囲2、3メートルほどしか見渡すことが出来ない。


「やぁ、起きたかい?」


 そんなオルフェルドに声をかけてくる存在がいた。その存在は、急にオルフェルドの目の前に現れ、オルフェルドは肩をビクリと震わせた。


「おおっと、ごめんよ。驚かせるつもりはなかったんだ」


 悪びれもなくオルフェルドにそう言ってきた。オルフェルドは不審な目でその人物に目を向けていると、


「こうして会うのは初めてのことかな?どうも、僕は800年前、竜王なんて呼ばれていたんだ」


「お前·····まさか、竜王?生きていた、のか?」


「いやいやいやいや、僕は800年前に処刑されてね、死んでるよ?」


 竜王は、そう言ってオルフェルドのもしかすると生きてる説を大げさに否定した。


「なら、なんで俺の間の前にいるんだ?それとも、俺は死んだ、のか?」


「君は死んでなどいないよ。僕の計算があっていればだけど、君は王宮一室で2日ほど寝ているはずだ」


「そ、そうか」


 オルフェルドは安心したようにそう口にした。竜王は、そんなオルフェルドの様子を微笑まし気に見ていた。


「それで竜王。俺が寝ているということはこれは夢ってことか?」


「その認識で間違ってないとは思うよ。実際にどうかは正直、僕には分からないしね」


「······」


「ちょ、ちょっと待って。タンマタンマ。一応、僕は竜王なんだよ?だから、そんな不審な目で見ないでほしいな」


 オルフェルドは、竜王がそんなふうに狼狽え始めているのを見て、ほんとにコイツは竜王なのだろうかと疑い始めた。しかし、オルフェルドがあの日聞いた声とそして、オルフェルドが【ナガスティーナ王国】まで飛んでやってくる間に聞いた声と同じものであった。だから、コイツを残念ながら竜王と思わざるをえなさそうだ。


「何、その残念なヤツを見た、みたいな顔。僕、そろそろ泣くよ」


「竜王、こんな話はいい。現状どうなっているのかを教えてくれ」


「·····」


 竜王はオルフェルドが冷淡にそう告げるのを聞くとなんともいえない顔をした後、すぐに表情は消えた。


「取り敢えず、【ヨコスガ帝国】からの避難民は全員【ナガスティーナ王国】に到着したよ。怪我人もいないようだ」


「······そうか」


【ヨコスガ帝国】から無事【ナガスティーナ王国】についたということはオルフェルドにとって嬉しい知らせだった。それは、つまり冬花と再会できることを意味しているのだから。


「【ナガスティーナ王国】は、今、復興に励んでいるようだね。君のおかげで被害を抑えることができたしね。被害は建物の崩壊や数人の怪我人がでた程度と思われる」


 それも嬉しいことだ。自分の力で人々を救えたのだから。


 だが、


「俺は今回、エリナ先生に怪我を負わせるところだった······。大切な人に怪我を負わせるところだったんだ。竜王、なんでお前は俺に力を明け渡したんだよ」


「········」


 オルフェルドは疑問だった。なぜ、竜王は多くの人材がありながらもオルフェルドを選んだのか。竜王は、オルフェルドのその疑問に対して答えてくれた。


「僕と境遇が似ていると、そう思ったんだ。だから、君に僕の力を託した。いや、正確には僕の力ではないのだけど」


「······?」


「実を言うとね、君に渡したその力は()()()なんだ」


「·······は?」


「君の持つその力は僕のものでもましてや君のものでもないんだよ」


「えっ?は?は?!」


 オルフェルドは竜王の突然のよく分からない告白に驚くと同時に竜王に詰め寄った。


「じゃあ、この力は誰の何だよ!」


「い、いや、そのね?誰のって言われてもさあ?って答えるしかないかなぁなんて、ハハハッ」


「笑ってごまかすな!」


 オルフェルドは竜王に教えてくれるよう詰め寄るが、結局、答えは得られなかった。


「そろそろ、君が目覚める頃だね」


「······」


「おやおや?緊張しているのかい?」


「エリナ先生にどう顔合わせしたらいいのか、分からない」


「·····」


「今回は多大な迷惑をかけた。竜王っていう名前を名乗るほどの実力を俺はまだ持ち合わせちゃいなかった。力不足だ」


「嘆くなよ」


「えっ?」


 オルフェルドは竜王の急な口調の変化に戸惑った。竜王は、オルフェルドを睨みつけるようにして言う。


「竜王という名は君が名乗るものではない。人々が言うものだ。決して、君が持つその力を讃えているのではない」


「·····」


「君は今回で思い知っただろう。竜王の力にも限界がある、と。それは、君が意識を失ったことと関係がある」


「·····!」


「その説明は君が目を覚めてから話すよ。君は今、すべきことがあるだろ?エリナ先生にまずは叱られてこい。そうしたら、僕は教えてあげよう。竜王のことを」


「····ああ、分かった。ありがとな、竜王」


「ふふふっ、それではまた」


 オルフェルドの視界が段々と白くなった。


 そして―――――――――――――――――――――――――――



 ◇


 オルフェルドはベットから体をおこした。オルフェルドの体は包帯がところどころ巻かれており、服装も病院患者のそれであった。


 オルフェルドは手を握りしめて、ベットから腰を浮かそうとすると、カランという音を耳にした。オルフェルドは音がした方を向くと、


「ただいま、エリナ先生」


「グスッグスッ、おかえり、なさい、オルフェルド様」


 エリナは走ってオルフェルドに駆け寄り抱きついてきた。




 竜王の言う通りに【ヨコスガ帝国】からの避難民たちは【ナガスティーナ王国】に到着していた。オルフェルドは起きてから数日、入院をすると、すぐに退院することができた。入院している間にダナスコスと中川が見舞いに来てくれた。二人にはこっ酷く叱られたのだが。

 エリナはというと、オルフェルドが起きてから忙しなくオルフェルドの手伝いに励んでいた。毎日の見舞いは無論、着替えやその他のお世話をしてくれていた。

 退院したときにエリナがまた再びオルフェルドに抱きついていたことはここで言っておこう。




「ええっと······エリナ先生、怒っていらっしゃいますか?」


「思い違いではないですか?オルフェルド様」


 オルフェルドは額に汗を垂らしながらエリナにそう聞く。こうなったのにも訳がある。

 オルフェルドは退院してから冬花に会いに行こうと思っていた。そして、思い立ったが吉日。行動に移そうとしたところをエリナに捕まり、事情を根掘り葉掘り聞かれた。そして、冬花という存在を知ったエリナは自分が悩み苦しんでいる間にオルフェルドが新たな女性との出合いをしていることに腹を立てた。そして、今に至る。


「ここ、か」


 オルフェルドは【ヨコスガ帝国】の避難民が過ごすテントにまで来ると冬花の姿を探した。そして、


「オルフェルドくん!」


 冬花の姿はすぐに見つかった。冬花は笑顔を浮かべながらオルフェルドの元へと走ってきた。オルフェルドも自然と笑みを浮かべている。


「久しぶりだね、冬花」


「退院、おめでとうございます!」


「お見舞いの品、ありがとね、冬花」


 冬花はオルフェルドが入院をしているという話を聞くやすぐに病院を割り出し、オルフェルドの元へと駆けつけていたのだ。そして、そこで見舞いの品を渡したのだ。なお、このときたまたまエリナはいなかった。そのため、今回がエリナとそして、冬花の初の対面となった。


「それでオルフェルドくん、隣に立っているのは」


「紹介するよ、僕の先生のエリナ=高橋先生だ」


「始めまして、冬花さん。オルフェルド様の勉強を教えています、エリナ=高橋と言います。毎日、オルフェルド様と“二人っきり”で勉強をしております」


「·····そうですか。私は冬花=ナカムラと言います。オルフェルドくんに命を救ってもらいました。その縁でぜひぜひ“名前で”呼んでください!とオルフェルドくんから言われたのでこのように呼んでます」


「「フッ!」」


 二人の牽制の仕合は熱烈としたものであった。周囲にいた兵士たちがその場を離れるくらいには。


「ええっと·····それで冬花。まだこの国を観光できていないだろうから、僕で良ければガイドするけど」


「本当ですか!ぜひぜひお願いします!」


「ちょ、ちょっと待って!オルフェルド様はお忙しいの!だから、ガイドは私がやります。それにオルフェルド様は病み上がりです。今日はお休みになるべきです」


 エリナはそう言ってオルフェルドと冬花の間に割って入った。冬花はエリナを睨みつけ、オルフェルドはやべっそうだった、と思っていた。


「ご、ごめん、冬花。後日でいいかな?」


「えっ?」


「はい、もちろん!」


 エリナはオルフェルドが冬花をガイドすることを諦めていないことに驚いた。自分がやると言っているのにオルフェルドは頑なに冬花とこの国を一緒に行きたいのだろうか。

 

(それとも、私が知らない間にオルフェルド様とこの女は結ばれていた!)


 エリナはオルフェルドに詰め寄るようにして聞いてみた。


「オルフェルド様はこの冬花さんとお付き合いしているのですか?」


「え?」


(どこかで聞いたワードだ。いや、前は冬花にきかれたのだっけ?)


「いえ、冬花とは友達、ですかね」


「と、友達!」


「········友達、ですか······」


 エリナはオルフェルドの友達宣言に喜び、はたや冬花はオルフェルドの友達宣言に少し傷ついた。


「それに冬花とお付き合いなんて僕には無理なことですよ」


「そんなことないです!」


 冬花はそう言ってオルフェルドに近づいて言う。


「オルフェルドくんの過去の話、ダナスコスさんと中川さんからお聞きしました」


「えっ?それはどういう·····?」


「聞いたときは驚きました。私はそんな経験がないですからわからないけど、オルフェルドくんはすごく苦しい思いをした上でここにいるということは分かってます。それに、オルフェルドくんはオルフェルドくんですから!」


 冬花はそう言ってニコリと笑ってみせた。オルフェルドは冬花のその笑みにドギマギされながらも言う。


「ありがとう、冬花。俺にそう言ってくれたのは冬花で二人目だ」


「······むむむっ、二番目ですか」


 頬を膨らませながら冬花はそう呟いた。


「ふふふっ、これが冬花さんと私の“差”ですよ!」


「むむっ!それなら私だってエリナさんと違ってオルフェルド“くん”って呼んでます!仲の良さならエリナさんに負けません!」


「ええっと、ちょっと、二人共!喧嘩はダメだって!周りの兵士たちが見てるから!」


 オルフェルドの悲鳴の声は二人には届かず、


「オルフェルド様はどちらの味方なんですか!」

「オルフェルドくんはどちらの味方なんですか!」


「えっ?そ、それは二人の味方、です、よ?」


「「·······」」


(もう無理だ!逃げろ!)


 オルフェルドは走り出した。エリナと冬花はまさかオルフェルドが逃げ出すとは思っていなかったのだろう。驚き、そして、


「なぜ、逃げるのですか、オルフェルド様!」

「ちょ、オルフェルドくん、待って!」


 病み上がり関係なしにオルフェルドは二人に追いかけられることになった。なんでこうなる!



 ◇


「はぁはぁはぁ、ここまでくれば大丈夫なはず」


 オルフェルドは膝に手を当ててそうつぶやくと座り込んだ。やはり病み上がりということもあり、すぐに疲れてしまう。


『モテモテだね、君は』


「······竜王、見てたんなら、助けてって、なんだ、それは!」


 オルフェルドは飛び上がるようにして竜王から離れた。それは、オルフェルドの目の前には夢の中で見た竜王の姿があったからだ。


『ん?ああ、これか。どういうわけか、実体化できるようになってね、いやぁ、人は成長するもんだね』


「どうなってんだ、ほんとに」


 オルフェルドは再び座り込むと、


「それで竜王。あのときの続き、話してくれるのか?」


『······ああ、そのために僕はここにきたのだから、ね』


「······」


『君がなぜ、寝込むことになったのか。それから話そうと思う。

 それは、竜王の力を使()()()()たからだ。竜王の力はもともと人間のものではないから、僕ら人間には相当な疲労感を伴う。君も戦闘中に体に違和感を覚えたはずだ。それは、これが理由』


 竜王の言うとおり、オルフェルドは体に違和感を覚えていた。しかし、エリナを救うためにそんな体の不調に気を使っている暇がなかった。それほどまでに相手が手強かった。


『そして、竜王の力は()()()()()()()()()()()()()()()()だ』


「竜と、契約?」


『ああ、君が持つその力は竜と契約を交わしたがゆえに使うことが出来る。そして、その契約の内容は―――――――――――本当の平和を手にすること』


「·······!」


『竜神宗たちも同じ条件で契約を交わしている。だから、向こうも向こうで本当の平和を手にするべく奔走しているわけだ』


「だけど、アイツらは国を滅ぼそうとしてるじゃないか!本末転倒もいいところだ!」


 竜神宗によって【ヨコスガ帝国】は滅びの危機に陥った。【ダナスティーナ王国】に関しては滅んでしまっている。それのどこが本当の平和だ。


『竜神宗の考えは人間を滅ぼすことで人との争いを消そうとしているんだ。争いがなければ、平和になる。その平和を竜神宗は本当の平和と呼んでいる』


「そんなのただの仮初の平和、じゃないか」


『そうだね。だから、僕は竜神宗とは別の方法を模索して、誰もが平等に暮らせる世界を作ろうと思った。けど、失敗した』


「······」


『君はこの話を聞いてどうする?』


「お前が成し遂げなかった誰もが平等の世界を俺が作るよ」


『それは、不可能だ』


「·······何が言いたい」


『世の中は不平等にできている。それは変えることはできないし、変わることもない。これが不平等の世界だ。君は何度も見てきただろ』


「·······」


 確かにオルフェルドは見てきた。奴隷として扱われ、必要がなくなれば捨てられ。不平等。竜王の言うとおりだ。だけど、


「勝手に決めるな」


 オルフェルドは言う。


『···············』


「竜王、それはお前が生きてきた時代の話だろ?世の中が不平等だとか、不平等であることが変わらないとか」


『···············そうだけど』


「これからはわからないはずだ。お前自身にもわからないように。それに800年も経っているんだ。お前のいた時代とは違う」


 オルフェルドは息を吸って、


「人間は生まれながらに不平等だ。平等であるなら奴隷なんてものはない。俺自身それで苦しめられてきたから」




「だけど」




「俺はそんな世界を変えて見せたい」


『·······························!』


「見てろよ、竜王。お前が出来ないと思っていた世界を俺が作り出してみせる。この力を使って」


 人間には不可能なことはないと。そんなことを証明するために。


 竜王は、


『·····························クククッ。ハハハハッ。君には驚かされてばかりだ。ほんとに君を“選んで”よかったよ』


「そうかよ」


『でも、現実的ではないね』


「········」


『それは、君の願望だ。僕もそれを考えて行動して失敗した。今のままでは君は僕と同じ結果の繰り返しだ。それでは本当の平和なんて手に入りやしない』


「·····だったら、どうしろと」


『僕も協力しよう』


「力はないんじゃないのか?」


 かつて無力な人間だったオルフェルドはそれでどれだけ苦しんできたことか。無力ということがどれだけ罪なのか、オルフェルドは今回の件で思い知った。だから、素直に受け取ることはできない。

 竜王もそんなオルフェルドの思いを知っている。オルフェルドとオルグレインの戦いを見ていたから。だが、竜王とて譲れないものがある。こんな姿になろうとも、譲れないものが。800年前に守れなかったものを今度こそ守るために。


『ないよ。見ての通り僕は“実体化”できるだけで無力な存在だ。······けど、君に役立つ情報を教えることはできるよ。こう見えて僕は名門校の講師をしたことがあるんだ」


「······」


 そう言えば、エリナ先生がそんなこと言ってたな。


『君は“武力”でもって世界を救う。そして、僕は“知力”をもって君を救う。それが()()()竜王だ』


「········!」


 二代目竜王。それは、オルフェルド一人ではなく、一代目竜王と“二”人合わせて二代目竜王。

 俺が武力で、竜王は知力で。

 これならできるかもしれない。いや、できる!


「よろしく頼むぜ、竜王」


『こちらこそ。竜神宗を打倒し、本当の平和、手に入れよう』
































 日向の中、二人の少年と少女がいた。少年は、少女に語りかけるようにして話していた。



「こうして、二代目竜王が誕生したんだよ!」


「知らなかったわ。二代目というのは竜王として“二”代目であるだけでなくて、“二”人で助け合いながら竜王となることから付いていたなんて」


「オルフェルドひいひいじいちゃんも頭いいと思うけど、初代竜王も頭がいいと思うんだ」


 少年はそう言うと、


「本当の平和。それを手にするまでに多くの困難を乗り越えてきている、そんなオルフェルドひいひいじいちゃんには尊敬だよ、ほんと」


 少年は立ち上がると、


「姉さん、帰るよ。お父さんに怒られちゃう」


「いけない、そうだった!早く帰るわよ、ナル」


「姉さん、急がなくてもお昼は逃げないよ」


「うるさい!もう先行くからね!」









 竜到来。それにより人々は恐怖した。だが、それはすぐに消えた。それは、竜王が現れたから。人は恐れる必要はない。


 竜王の伝説。それは、まだ終わらない。




 第1章竜到来編完

これにて再掲載終了です。今後の更新に関しては現状未定です。


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