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辺りは炎に包まれていた。どこを見ても炎の海があり、人々は絶望に満ちていた。パチパチと音がなり、中にはその炎によって肌を焼かれ、のたれ苦しんでいる人もいた。業火に焼かれて死ぬ。最悪の末路そのものだ。
【ヨコスガ帝国】に住む冬花=ナカムラは家の端で体を丸めて自分の中の恐怖と戦っていた。その少女は顔立ちが整っており、美人と言って相違ないだろう。容姿も出るところは出て腰回りは細い。服装も白をベースにしたワンピースを着ている。歳は16、7といったところか。身長はそこまで高くなく、150前半。【ヨコスガ帝国】で多くの男を惚れさせてみせた男にとっては女神に等しい存在である。
そんな冬花が、家の端で身を丸くしているのにも理由がある。冬花は先程までお使いをしていたのだ。母親に買い物をしてきてほしいと言われ、繁華街に来ていた。そして買い物自体は問題なくクリアし家に帰宅しているところ、竜の襲撃を受けた。冬花は最初に竜を見たとき、頭が真っ白になり、なすすべなく崩れ落ちた。周囲から悲鳴が上がるのにも目もくれず、ただ呆然と竜の姿を見つめていた。それからしばらくしたのち、冬花はけむ臭い匂いがするのに気づくと辺りが炎に包まれていることに気づいた。冬花はすばやく身を上げるとどこに行くわけもなく走り出した。そして、誰の家かもわからないところで身を小さくして助けが来るのを待っていたのだ。
(誰か助けて···········!!)
冬花の悲鳴は誰にも届かない。冬花は、涙を流しながら、自分の不幸を呪うのだった。
◇
【ヨコスガ帝国】は、竜の襲撃を受けていた。【ナガスティナ王国】のように人々が抵抗しなければ、滅びることとなるだろう。
しかし、人々が何も抵抗せず、やられっぱなしではなかった。兵士を中心として防壁を構築。幾人もの兵士が竜に向けて拳銃を発泡する。しかし、それらは効果はない。防壁はすぐに崩壊し、拳銃は竜に直撃したところで大した殺傷能力もないのか、竜は今もなお無傷だ。兵士たちも時間が経つに連れ、竜と戦う気力は削がれていく。それに追い打ちをかけるかのように武器は壊れ、
「隊長、武器が完全になくなりました·······」
一人の兵士がそう言った。その兵士から言われた隊長であるタクラマカン=デザートは悩むことすらせずに
「最後まで突き合わせてしまってすまなかったな。此度の戦いで奮闘したということは生涯受け継がれていくことだろう」
「はい」
「救援を呼んではいるが我々が助かるということはまずないだろう。申し訳ない」
「そんなことないですよ。わたしたちはあなたにこれまでついてきたのですから。最後まで付き合いますよ。そうだろ、お前ら!」
その兵士は周囲にいた兵士たちに声をかけた。すると、
「当たりめぇだ!誰が逃げるか、コンチクショー!」
「僕が逃げる?ふっ、ありえねぇ」
「俺様は兵士最強になる男だ!ここで逃げたら恥。一生後悔しやすね!」
タクラマカンはそれを聞くと苦笑した。普段のトレーニングから癖が強いと感じてはいたのだが、戦場においてまでそれが続くとは。ほんとに呆れたことである。それと同時に亡くしたくない存在だ。ほんとに、残念でならない。
「··········ほんとにお前らは最後までバカヤローだ。お前ら!最後の戦いだ!命果てるそのときまで兵士としての責務を果たせ!行くぞ!」
「「「「オオオッッッッッッ!!」」」」
兵士たちは走り出した。武器も持たずに。彼らは知っている。自分たちが助からないということを。しかし、彼らは恐れない。なぜなら、兵士という己の職業に魅せられているからだ。
兵士故に人を助けられる。
兵士故に誰にも負けぬ強靭な力を持つ。
兵士故に恐怖に抗う術を持つ。
だから、彼らは恐れない。竜という恐怖の象徴そのものであったとしても。彼らは逃げたりしない。人々を救える存在は自分たちだけなのだと思い、行動に移している自分たちを誇りに思っているから。
そんな熱意に溢れる兵士たちに突如光が見えた。それは、竜のブレスである。兵士たちはそれを見たとしても怖気づかない。むしろ、走るスピードを上げ始めた。
「ボォォォォォォォォォォ!!!!!!!」
竜は口から炎のブレスを吐いた。そのブレスは直進しながら地面は割れ、場所によっては溶け始めた。地面を抉るようにして進むそれは兵士たちへと襲いかかっていく。
兵士たちの一人が遂に立ち止まってしまった。
「お、おい!お前、逃げろ!」
ブレスは目前に迫っている。しかし、その兵士はすでに戦意喪失していた。ブレスはどんどん近づいてくる。ブレスが近づいてくるということは、その兵士が助からないということを意味する。
(············おれは··········死ぬ、のか?)
その兵士は諦めたかのように目をつぶった。世の中の残酷さに、己の生涯の短さに不満と後悔をいだきながら。
ドガーーーーーーーーーーーーーーーーン
竜によるブレスは辺り周辺の建物をなぎ倒し、地面を大きくえぐった。えぐられた地面はまるで火山が噴火したことでできたカルデラのようだ。地面から煙が上がり、シュゥという音がする。真ん中の方では黒くなっており、先程のブレスは危険という言葉では足りないほどの威力を持っていたことを意味していた。
ブレスが当たる直前に声をかけた兵士は顔面蒼白であった。それもそのはずだ。先程まで談笑を共にしていた一人の兵士の命が一瞬にして奪われたのだから。
その兵士は今もなお煙を上げている地面へと向かっていく。周りにいた兵士たちはそれを抑えようとするが、しかし、それは意味をなさない。
そして、その兵士は見た。竜のブレスが直撃したことが分かるほどに焼け焦げた死体がそこにはあった。
「うそ、だろ·······?どうしてこうなったんだ?俺たちは誇り高き兵士じゃなかったのか?」
その兵士は崩れ落ちるように地面に膝をつけた。その地面は熱く、兵士は苦い表情を浮かべるが、すぐに元の表情に戻った。
世界は不平等にできていて人はすぐに死ぬ。いずれ死ぬことは知っていてもこんなふうに命が奪われるなんて誰が考えた?
兵士という職業には命が懸かる。人を助けるためには犠牲を伴う可能性がある。兵士はそれを知った上で人命救助をしている。けど、こんな呆気なく人の命はなくなるものなのか?
「お、おい!すぐに俺たちも避難するぞ!」
周囲にいた兵士にその兵士は声をかけられた。しかし、
「もう、うんざりだ」
「何いってんだ!早く行くぞ!」
「行くってどこにだよ?」
虚ろな目でその兵士は尋ねた。それは絶望に染まった目であった。
自分たちが助かることはなく、死ぬ運命であることを悟っているかのような。
「ふざけたこと言ってんな!俺たちは兵士だ。誇り高き兵士だ!人々を救えるのは俺たちだけなんだぞ!座ってる場合じゃねぇだろ!」
時間が経てば経つほどに状況は急激に最悪へと進んでいる。それは、人が竜に対抗する術を持たないがゆえに。他の兵士たちは竜を倒せないことを知っている。救援が来たところで竜を倒せないことを知っている。だが、自分たちは兵士だ。兵士は、人々を助けなくてはならない。だから、俺たちが逃げるわけには行かないのだ。この兵士はそう言いたいのだ。
だが、
「何が誇り高き兵士だ?人が一人死んでんだぞ!ふざけたことぬかしてんのはテメェだろうが!俺は兵士じゃねぇ!兵士なんて辞めてやる!」
その兵士はそう言うと走ってどこかへと走っていった。そして、その兵士の行方は不明となった。
◇
オルフェルドたちは、【ヨコスガ帝国】に到着すると辺りの状況に唖然とした。建物は崩壊し、死体がゴロゴロ転がっている。すでに数千人の人々は死んでいるのだろう。
「········」
こういうときどう思えば良いのだろうか。後悔?それは違う。やりきれなさ?それも違う。
もっと早く来ていればきっと救えたはずだ。なぜなら、オルフェルドには竜を倒すことができる力を持っているのだから。きっと、死んでいった人たちもオルフェルドなら救えた。けど、時間という大きな壁がそれを妨げた。
「オルフェルドさん、人命救助を始めますよ」
「………はい」
オルフェルドは、力なくただ中川の返事を返すことしか出来なかった。
人命救助は順調に行われていた。【ダナスティーナ王国】兵士は、避難所を作るべく、大きな広場を確保。その広場は、建物がズラリと並ぶ通りを抜けた先にあった。多くの人が集まることにも不便がないほどに広く、人命救助をしていく上で最適な場所であった。
広場を確保した後に、ホテルを立て、広場周辺の建物を捜索し、人がいれば救助。それの繰り返しをしていた。すでに100人ほどの保護は完了している。その間、竜の襲撃は一度もなく、安全に事は進んでいる。
オルフェルドは、竜襲撃に備え、避難所周辺の見回りを担当していた。竜に対抗できるのが現状、オルフェルドしかいなく、仕方のないことではある。中川とダナスコスはオルフェルド一人に任せてしまうことに歯噛みしていたが。
「ダナスコス隊長、広場から半径100メートル圏内の保護が完了しました。今後はどのようにしていく予定でしょうか?」
今回の【ヨコスガ帝国】での人命救助は、ダナスコスの指示の下、行われている。ダナスコスの指示に従い、手分けして人命救助に当たっている。
ダナスコスは、まずはじめに広場から半径100メートル圏内の保護を優先するように指示を出していた。これにも無論、理由がある。
竜襲撃がいつあるのか分からないためにあまり遠くへ兵士たちを行かせるのは危険であるということもそうだが、救助した後の保護にはオルフェルドという存在が必要だ。【ヨコスガ帝国】の国民は、竜に突然、襲撃を受けたことで不安と恐怖の中にいる。人命救助はされたもののそれは変わることなく国民たちにはあるのだ。ここでまた竜からの襲撃を受けたとあっては保護をされた意味がなくなってしまう。ダナスコスはそれを忌避していたのだ。
半径100メートル圏内に全ての国民がいるわけではない。そんなことはダナスコスとて知っている。しかし、安全性を考えると慎重に事を進めなくてはならないのだ。
「範囲を150メートルにまで伸ばす。先程も言ったが、竜と遭遇した際は、すぐにトランシーバーにて連絡をしろ。オルフェルドがすぐに向かう」
「了解しました」
その兵士は、そういうやすぐに行動に移した。その兵士の姿が見えなくなるとまた、新しい兵士がダナスコスの元まで走ってきた。
「ダナスコス隊長、【ヨコスガ帝国】兵士と合流が果たせたとの報告があります」
「ッッ!!それは真か!」
「はい。今、この広場に向かっているとのことです」
「了解した。おい、そこのお前たち!テントの組み立てを急げ!場所が足りないのだ!すぐに作業を始めろ!」
一人の兵士からの報告を受け、ダナスコスは周辺にいた兵士に指示を下す。ダナスコス自身も指示を出した後、自らも作業を進めていく。
【ヨコスガ帝国】兵士と合流が完了した。【ヨコスガ帝国】の兵士たちは、体中に傷があり、人によっては命に関わるものまでいた。すぐに手当に当たっていく。
(ここまで状況が最悪なのは初めてだ。だとすると、範囲を早く広げねばならない、か。しかし、オルフェルドだけが竜に対応できる。同時に竜の襲撃があったのではどうしようもないではないか!クソッ、どうすれば·····)
ダナスコスは悩みに悩む。そこに【ヨコスガ帝国】の兵士の一人が、
「我々がここで保護をします。ですから、あなた方は人命救助に当たってください」
「そういうわけには行かない」
「人の命の重さを考えてください!1秒たりとも早く助けたいと考えているのなら、我々にも協力させてください」
その兵士はそう言ってダナスコスに頭を下げてきた。ダナスコスは息をのんだ。自分が悩みに悩んでいたことがこの兵士によってふっ飛ばされたからだ。
「分かりました。人命救助に当たります」
ダナスコスはそう言うや、兵士たちを集めた。兵士たちはバラバラとダナスコスを囲うように集まり、
「人命救助の範囲を500メートルにまで伸ばす!」
ダナスコスの言葉に兵士たちは驚きの声を上げた。なぜなら、今までの範囲の約5倍ほどにまでダナスコスが突然、範囲を広げたからだ。
「先程、【ヨコスガ帝国】の一人の兵士から保護は我々がするとの申し出を受けた。お前らが驚くのも分かる。だが、このままでは死体が増える一方だ。ここらで終止符を打つぞ。クソ竜どもに好き勝手させるな!」
竜を打倒する。それが我々人間にとって大きな目的であり、共通して考えていることだ。
人の命は尊く重いものだ。それが竜ごときに奪われてたまるものか。
「オルフェルド、お前は俺と中川とともに人命救助に当たってもらう」
「了解しました」
オルフェルドはそう言ってダナスコスに頭を下げた。
さぁ、ここから竜への逆襲を始めよう。
◇
ポタン。ポタン。光がない暗闇の中、天井に溜まっていた水がたれていた。天井には、鋭いトゲのようなものがくっついている。それは、光が当たれば白くきらめく美しい結晶なのだが、今は暗闇の中であるため、それが見えることはない。
そんな暗闇の中をコツンコツンという音がしていた。それはまさしく人の足音であった。誰かがその暗闇の中を歩いているのだ。
しかし、洞の中の暗闇はよく目を凝らさなければ前が全く見えないほどに暗い。普通の人であれば壁にぶつかったりするかもしれない。壁にも先程の鋭いトゲのようなものがあるため、死ぬこと必須だが。
ここは、【ヨコスガ帝国】にある“スラットニアの洞”と呼ばれる場所である。由来は、なんでもスラットニアと呼ばれる人物によって見つけられたことからきているそうだ。深くは未だに分かっていない。スラットニアと呼ばれる人物に発見されたことでその洞の存在が明らかとなったのだが、いつからそこにあるのかは今も不明で、研究の題材としてよく使われていたりする。
スラットニアの洞には、マントを羽織った人物が歩いている。そのマントは光があれば“竜神宗”と書かれているがそれもまた見えない。
その人物は暗い洞の中であるのにも関わらず、スムーズに歩いていた。それもそのはずだ。その人物がまとっている青い靄によって周囲が見えるようになっているのだから。
「なるほど、なるほど。これは確かに竜神宗にぜひとも入ってもらいたいものだ」
その人物はそう言った。
その人物の前には石像があった。何百年も前のものなのであろう、苔のようなものがその石像についている。石像自体も変色しており、見栄えはかなり悪いと言える。しかし、この人物にとってこの石像は大きな意味を持っていた。
それは、
「ここにおりましたか、竜神様」
その人物はそう言ってニヤリと笑ってみせた。
◇
人命救助が本格化してからすでに2時間以上経過した。その間に5万にも及ぶ人々が救助された。竜による襲撃もあったが、オルフェルドが駆けつけ、即座に撃退。怪我人も出ることなく今のところ、進んでいる。
「おい!あそこに人がいないか?」
ダナスコスがそう言った。オルフェルドはダナスコスが指差す方を見た。確かに人がいた。その人は女子であった。歳はオルフェルドと同じくらいであろうか。可愛らしい顔をしている。
(エリナ先生と同じくらい可愛いかもな·····)
オルフェルドは思わずそんなことを考えてしまった。しかし、すぐにそんなことは消え失せた。
「オルフェルドさん!あの子に竜が襲撃しようとしてます!」
中川からそう警告を受け、オルフェルドは走り出した。竜王の力も開放していく。オルフェルドの体には青い靄がまとわりつき、オルフェルドの身体能力を急上昇させた。オルフェルドの走る速さが高速の域に達した。
その少女は竜が自分に近づきつつあるのに気がついたのだろう。顔面蒼白になり、涙を流し始めている。
(泣いている女の子がいるんだ!助けないで何が竜王だ!)
オルフェルドはその少女の元まで走っていた。
◇
冬花は、どれだけ時間が経っても助けにきてもらえず、絶望していた。
(どうして誰も助けてくれないの·····?私のこと、それとも忘れてるの?)
竜の襲撃は辺りで起こっていることは冬花もしっている。建物が崩壊する音がしているし(実際は、オルフェルドが竜を吹き飛ばした音)、悲鳴じみた声が聞こえたし(実際は、オルフェルドが竜を倒したことで雄叫びを上げている声)。
もしかすると冬花以外の人たち皆死んでしまっているかも知れないとすら冬花は考えていた。
それから数分たち、冬花は涙した。自分の境遇の悪さ、運の悪さ。呪ったところでどうにもならないことは知っているが、呪わずにはいられないのだ。目元を冬花はゴシゴシとこするが、涙は止まらない。
(こんなことなら····外に出るんじゃなかった····誰か助けてよ)
冬花の叫びは誰にも聞こえない。
助けをどれだけ呼んでも冬花には手を差し伸べてくれる人がいない。
その不安に追い打ちをかけるかのように竜が遂に冬花を狙ってきた。冬花が空を見上げたとき、運悪く竜と目があってしまったがゆえに。
(うそでしょ!!!)
冬花は竜が近づきつつあるのを知るや顔は絶望に染まった。そして、
「うううううううっっっっっっっっっっっ!!!」
冬花には泣くことしかできなかった。
もう自分は助からない。
自分を助けてくれる人などいなかった。どれだけ叫んでも冬花に手を差し出してくれるような人はいなかった。
(死にたく、ない)
冬花はそう思った。願いが届かないことを知っていても。そして、
「助けて」
冬花の口から小さくそれが飛び出た。
(自分の行いがこれまで悪かったのだとするなら、それは絶対に直すから。自分のオドオドした性格がダメだと言うのなら直すから。だから、一生のお願いです。私を助けて!!)
ギュッと冬花は目を閉じた。
「ガァァァァァァァァ!!!!!!!!!!!」
竜の咆哮が聞こえた。けど、冬花は諦めない。絶対に誰かが助けに来てくれると固く信じているから。
そしてその願いは―――――――――
強い風が吹いた。それは、とても温かく心が安らぐ風だった。
冬花は体が浮いているような錯覚に囚われた。しかし、冬花は目を開けるとそれはただの錯覚であることに気がついた。
「今までよく耐えたね。もう大丈夫。だって僕が、竜王が来たから」
そう冬花に向けてオルフェルドは言った。刹那、竜の姿は消え失せた。そして、建物が崩壊していく音がした。
冬花は竜を一瞬で倒してみせたオルフェルドを見ていた。ドキドキと心臓の音がする。その音は時間が経つごとに早くなっていく。
オルフェルドは冬花に向けて何かを言っていた。けど、冬花には聞こえなかった。心臓の音がうるさすぎて。
◇
「えーっと、冬花=ナカムラさん、であってるかな?」
無事、救出を終えたオルフェルドたちは冬花に事情聴取をしていた。それは、【ヨコスガ帝国】在住のものであるかの確認をするとともに子供の場合、保護者が今、避難所にいるのか確認するためであった。
冬花の保護者は中川はササッと資料に目を通して避難所にいることが分かると、
「冬花さん、君のお父さん、お母さんは避難所にいるよ。取り敢えず、僕と行こうか。無事な顔を早く見せてあげないとね」
そう言ってキラリンと中川は冬花に笑顔を向けた。向けられたとうの本人は冷たい目を中川に向けていたが。
その間、オルフェルドとダナスコスは冬花以外に人がいないか確認をしていた。オルフェルドが崩壊させた建物には人がいないことが分かっている(崩壊させた場所は冬花がいた場所から少なくとも1000メートルほど離れており、そこは他の兵士たちによって保護が完了している)。
ダナスコスから竜をふっとばす場所はここかここにしろと指示を受けおり、オルフェルドはそれを実行していたのだ。それは、かなり難しい技で力加減や方向が微妙にずれることすら許されない神経をすり減らすような技術なのだ。しかし、オルフェルドにとっては竜王の力に慣れるためのトレーニングになっているのだが。
「中川、冬花さんを無事に届け次第、連絡をしてくれ。いる場所をすぐに言うからな」
「了解です。オルフェルドさん、ダナスコスさん。気をつけて」
「それは我々のセリフでもあるのだがな」
ダナスコスは苦笑いを浮かべながら中川に言う。オルフェルドも『気をつけて』と言った。
「あの!」
オルフェルドが歩き出そうとしたときに冬花に声をかけられた。オルフェルドは後ろを振り返り、冬花を見る。とうの冬花はオルフェルドに顔を真正面から見られていることに顔を真っ赤にした。
「あの、顔が真っ赤なのですけど大丈夫ですか?」
オルフェルドはそう冬花に聞いたが、冬花は首をブンブンと横にふるだけで言葉として言ってくれなかった。どういうこと?とオルフェルドは疑問に思ったが、冬花は自分を引き止めているのだから何か話したいことや言いたいことがあるのだと考えを改めた。
「それでどうかしましたか?」
「お、お名前を···········」
冬花は顔を真赤にしてオルフェルドにそう言った。しかし、声が小さくオルフェルドには聞こえなかった。
「え、えっと·······なんと言いました?」
オルフェルドは少し困ったように苦笑いを浮かべた。冬花はさらに顔を真赤にして、
「お名前を教えて下さい!!!!!」
今度はどでかい声だった。突然のこれにオルフェルドだけでなく、中川とダナスコスも驚いた。冬花は驚かせてしまったことにすみませんすみませんと平謝りをした。
オルフェルドは突然、自分の名前を教えてほしいとせがまれたことに驚いた。自分は大した人間ではないと思っているオルフェルドからすると先程の竜から助けたことは当たり前のこととしてオルフェルドの中にはあったからだ。しかし、冬花からすれば竜から救ってくれた恩人そのものである。英雄の名を知りたいと思うことは別段、不思議なことではない。
オルフェルドはむむむっと考え込みながら結局、
「オルフェルド=トゥサンと言います」
オルフェルドが名前を言うとぱあっと顔がきらめき、素敵な人を見た!みたいな表情を冬花は浮かべた。
ダナスコスと中川はなんとなく状況を察し、少しその場から離れた。修羅場にでもなれば色々と面倒だろうから。
そう言えばそうだ、と二人は思った。
エリナ=高橋は、一体どうするつもりなのだ、と。今回の人命救助を終えてからも問題は起こりそうな予感がする。それも修羅場と呼ばれるものに、だ。
それもこれもオルフェルドの問題であるので二人はああ、それが青いなぁと現実逃避することでその場を乗り切ったとだけ言っておく。
閑話休題。
オルフェルドが名前を言ったことで冬花の心は躍っていた。それはもう心の中でトリプルアクセルを決める程に。
(オルフェルド=トゥサン様。オルフェルド=トゥサン様。オルフェルド=トゥサン様オルフェルド=トゥサン様オルフェルド=トゥサン様オルフェルド=トゥサン様オルフェルド=トゥサン様)
冬花の頭の中はオルフェルドの名前でいっぱいであった。もう何かの宗教にでも入ったのかと言いたくなるほどに。
そんなことオルフェルドは知らないのだが。
「ええっと要件はそれだけですか?」
オルフェルドは気を取り直してと自分に言い聞かせて冬花にそう聞いた。
「········」
しかし、冬花は無反応。
(あれ?あれあれ?なんでか無反応?それともあれかな?お前とは話したくねぇはみたいな?だとしたら俺は傷つくんだけど)
冬花の無反応に微妙に傷ついたオルフェルド。オルフェルドは冬花の顔の近くに手をフリフリとやり、冬花はそれに気がつくと悲鳴を上げた。
オルフェルドはさすがに悲鳴を上げられるとは思っていなかったため、土下座してすみませんすみませんを早口に告げる。
オルフェルドはエリナを怒らせたことが一度あり、そこから女性を怒らせたり、泣かせたりすれば大変だということをしっている。それはもう一大事と言っていい。エリナを怒らせた場合は、一言も話を聞いてくれないということをオルフェルドは知っている。そのことがあったことからダナスコスと中川に女性が喜ぶ術その10を教わりにいったものだ。それが役にたつかはオルフェルドには分からないことだが。
その後、なんとか落ち着いたオルフェルドと冬花は互いに謝り合い、
「あの、お名前を教えてくださりありがとうございました」
「いえ、そんな大したことではないですし、自分は大した人間ではないので」
「そんなことないです!」
冬花はオルフェルドにそう言った。
「私はあなた様のおかげでこうして今、生きています!オルフェルド様は私の命の恩人なんです!」
「·····」
「このご恩は絶対に忘れません、オルフェルド様」
「······あの」
オルフェルドは少し気まずそうに冬花に言った。冬花はキョトンと首をかしげている。
(天然なのか!天然なんだよな!命の恩人とか、そんなん大げさだし、俺は当然のことしただけじゃないか!なんでこんなに大事になってんだ!)
オルフェルドはそう思うが、取り敢えずそれは置いとく。それよりも大事なことがあるからだ。
「冬花さん」
「冬花」
「へっ?」
「と、冬花と呼んでください!」
冬花は顔を真っ赤にしてオルフェルドにそう懇願した。オルフェルドはまさかこんなこと言われるとは思っておらず、ぽかんと口を開いた状態で冬花を見てしまった。
「だ、ダメでしょうか?」
冬花は上目遣いでオルフェルドにそう聞いてくる。そう言われて断れないことを知っているのか、知らないのか甚だ疑問だが。
「わ、分かりました」
「それと敬語もお止めください」
「えっ?······わかりま····分かったよ、冬花。これでいいか?」
オルフェルドはそうきくと冬花は満面の笑みで
「はい!」
そういうのだった。
「なら、俺のことはオルフェルドってそう呼んでくれればいいから」
これに便乗する形で冬花にそう提案するオルフェルド。様付けで呼ばれることになれていない上に奴隷であったころが未だに忘れられずにいることも理由に含まれている。
「そ、そういうわけにも·····」
「なら、俺は冬花さんと呼ばせてもらうよ」
「むぅぅぅぅぅ!ひどいです!」
そう言ってポカポカとオルフェルドの腹辺りを叩いてくる。オルフェルドは苦笑いを浮かべながら、
「様付けは苦手なんだよ。だから、普通に呼んでほしいんだ。俺は竜を倒せる唯一の存在だからって理由で特別扱いみたいにされるのは正直、嫌い、なんだ」
オルフェルドの嫌いというワードにビクリと冬花の体が震えていた。
「俺は特別なんかじゃない。普通の人間なんだ。だから、冬花にはそんな風に思ってほしくない」
オルフェルドは優しく冬花にそう告げた。冬花はそれを聞いて、
「分かりました、オルフェルド“くん”!」
「「ブフッッッ!!」」
後ろの方で何やら咳き込む声が聞こえた。気のせいだとオルフェルドは思うことにした。
「そ、そんな形でよろしくするよ。それじゃあ、俺は行くね」
「はい、いってらっしゃい、オルフェルドくん!」
冬花はオルフェルドに手を振ってきた。オルフェルドは笑みを浮かべ、冬花に手を振り返した。
「オルフェルド、お前は天然の女たらしなのだな」
「········なんですかそれ?とても不名誉なことなんですけど·····」
ダナスコスにそう突然言われてなんか傷つくオルフェルドであった。
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