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竜王伝説伝  作者: みずけんいち
第一章 竜到来編
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第4ページ目

 薄暗い洞窟の中。そこにはマントを羽織った集団が集まり、何やら話し込んでいる様子であった。その集団の中でもトップ的な存在の人物が洞窟内の中心にある台の上に乗っかった。その台は薄汚れ、マントを羽織った謎の人物が乗っかったことでギシギシと音を立てている。すぐにでも壊れてしまいそうだ。


 台に乗り、謎の人物は集団を見回した。そして、


「よく集まってくれた。()()()信仰者諸君。君等の活躍により次の段階へと進むことが可能となった。【ナガスティナ王国】を滅ぼすことができ、()()は順調に進んでいる。この調子で我々の目的を果たそう!」


 謎の人物がそう言うと集団からは歓声があがった。その声はひどくいびつで、不気味で。裏社会を思わせるものだった。

 謎の人物はそれを言い終えると台から下り、集団を見た。そして、顎に手を当て、


(竜王という存在が消え、この世界は私のものになった········。だが、私の計画に少し狂いが生じている。【ダナスティーナ王国】が今もなお残っていることだ。今回で滅びるはずの国がなぜ、今もある?この中に裏切り者でもいるのか?それとも·········)


 謎の人物はそこで思考を切り、洞窟の外へと歩き出した。マントの背中には『竜神宗総隊長』と記されていた。そしてその人物の体は()()()で覆われていた。それは暗い青で気味悪さを感じさせる。その人物が歩くたびに周囲の岩石はひび割れ、やがて粉砕された。青い靄は何かの力が働いているのであろうか。


 その人物は気にせず、ポケットからトランシーバーを取り出した。


「計画通りに進んでいるか?ヨコスガ帝国の襲撃まであと数分だ。·········ふむ。なるほど。それはすばらしい。ぜひとも()()()()()となっていただきたいな。ああ、いや勧誘は良い。自主性を試したいからな。········ああ、無論、反抗してきた場合は容赦なく潰せ」


 その人物は、トランシーバーの電源を切るとポケット中に入れた。


()()()は我々の味方だ。竜神様が我々に付いている限り我々は負けることはない。さぁ、()()()()()を手に入れよう」


 そう言うとその人物の姿は洞窟内にはもうなかった。


 空は薄暗く雨が降りそうであった。何かが起こるのではないのか、そんな気を起こさせるほどに。


 そして、この瞬間を持ってオルフェルドは大きな戦場へと出陣することが決まってしまった。


 ◇


「今日はここまでです。オルフェルド様、お疲れさまでした」


 エリナはそう言ってオルフェルドに向けてお辞儀した。オルフェルドもエリナに向けてお辞儀する。


 オルフェルドは、エリナによる授業を受けていたのだ。エリナの授業はとても分かりやすくオルフェルドのような無知蒙昧な輩にも理解できる。これもエリナが竜王がかつて教壇に立ったとされる名門校を()()()卒業している故か。そこは分からないことだが。


 オルフェルドは教科書やノートを“リュック”の中に入れていた。そのリュックは黒い生地でどれだけ教科書やノートを入れたとしても壊れないほどに丈夫なもの。両サイドには飲み物や小さな小物を入れられるものが取り付けられている。

 このリュックは、つい先日、王宮の通りにあるエリナオススメの店で買ってもらい、そしてプレゼントされたものだ。なんと値段は10000円。オルフェルドはその値段を見た瞬間、目を見開いたものだ。これは、俺の手には負えないものだ、と。

 プレゼント自体、訓練を頑張っているご褒美なのだそうだ。二人で休日、出かけたいと言われてついてきたのだが、まさかプレゼントを買うためだったとは。オルフェルドは最初、エリナからのプレゼントに驚き、そして受け取れないと言ったが、エリナがオルフェルドの様子を見て泣きそうになってしまった。オルフェルドは自分の先生であるエリナを泣かせてしまったと大いに慌て、結局、リュックを頂くことになったのだ。オルフェルドはエリナからリュックをもらったときにあることを決めた。エリナの誕生日にはなにか自分からプレゼントを渡そうと。思い立ったが吉日。オルフェルドはすぐに行動に移した。まずは、さり気なくエリナの誕生日を聞く。それは、エリナに不審に思われないように最善を尽くして。そしてなんとかエリナの誕生日の情報を入手した。7月28日だそうだ。今日が7月10日なのでまだ時間はある。オルフェルドはエリナが喜ぶものは何なのだろうかと思案するのだった。


 ◇


 王宮は、騒然としていた。ムルモンドは使いから渡された資料を見て驚きの声を上げるとともに顔を青ざめていた。


『ヨコスガ帝国に竜が襲撃している』


 資料には端的にそのことが書かれていた。具体的な竜が襲撃してきた時間は分かっておらず、ただこのままでは【ヨコスガ帝国】は滅びてしまうということだけが分かっている。


「ムルモンド国王閣下、以下がなさいますか?」


「う、うむ。【ヨコスガ帝国】は我が国にとってなくてはならぬ国だ。竜襲撃があったのであれば、助けに行かねばなるまい。だが」


【ヨコスガ帝国】と【ダナスティーナ王国】は貿易を活発に行なっている。【ヨコスガ帝国】は、農業が盛んに行われており、農業国として有名である。


【ヨコスガ帝国】

 人口約500万人。国土の約半分が畑で農業が盛んである。しかし、工業面が他国と比べて遅れる傾向にあり、【ダナスティーナ王国】からの輸入に依存している。奴隷は当然のように廃止されており、階級などもまたない。平和な国である。


【ヨコスガ帝国】からは食物を、【ダナスティーナ王国】からは電子機器や車を互いに輸出入しあっている。また、【ダナスティーナ王国】は、科学技術を教え、【ヨコスガ帝国】は農業技術を教えることもしている。


 そんな【ヨコスガ帝国】が竜によって襲撃されているのであれば当然、助けに行くべきである。しかし、


「今、竜に対抗できるのはオルフェルド殿ただ一人だ」


 これが問題なのである。

【ヨコスガ帝国】を助けたい。助けるためには竜と戦わなくてはならない。

【ヨコスガ帝国】を救いたい。救うためには竜を倒さなければならない。

 しかし、これらは到底常人ではなすことが不可能だ。竜という存在は、人間にとって畏怖の存在で体躯も人間の数倍、数十倍に及ぶ。対抗手段として剣や拳銃などでは到底敵わない。無駄死にするだけである。


 だが、【ダナスティーナ王国】には唯一、竜に対抗する手段がある。それがオルフェルドだ。


「オルフェルド殿は我が【ダナスティーナ王国】に来てから日が浅い。その上、剣術は今もなお未熟。不測事態に対しての咄嗟の判断も今は不可能に近い。今出せばオルフェルド殿は命を落とすかもしれん。それは、我が国にとっても人類にとっても大きな、とんでもなく大きな損失になる。それは絶対に避けねばならん」


 だから、ムルモンドは答えを出せずにいた。オルフェルドにすべてを任せるのは無責任だ。それにオルフェルドには多大な恩がある。今もなおそれを返せずにいるというのに我が国のために力を貸せというのは図々しいというほかない。しかし、オルフェルド以外に竜に対抗できる存在はいないのが現状だ。


 時間はない。すぐに決めなくては【ヨコスガ帝国】が滅んでしまう。だが、この選択は非常に重い。間違えれば人類を危機に貶めることになるのだ。


「どうすればよいのだ············」



 ◇


 ムルモンドが頭を抱えていたその頃、オルフェルドは訓練をしていた。カンカンと音がしている。今まさに剣術の訓練をしているのだ。剣は木刀で強度としては大したことがない。素振りやイメージを掴むために作られている代物でしかなく戦場に出て使うことを一切考えられていないものだ。


 オルフェルドはそんな木刀でダナスコスと剣術の訓練をしていた。訓練をしている姿をエリナはじっと見ている。

 エリナは突然、オルフェルドの訓練している姿を見学したいと申し出た。オルフェルドはそんなことを伝えられていなく、エリナが初めてきた当初はそれはもう驚いた。それと同時に緊張した。自分に勉学を教えている先生に訓練中を見られるのだ。それは緊張するはずだ。ヘマをすれば先生からお叱りを受けるかもしれない。

 そんなふうにオルフェルドは思っていたのだが、すぐにそれは消え失せた。訓練をやりだしたら、オルフェルドの頭の中からエリナの存在はなくなり、訓練に一直線にぶつかっていったのだ。しかし、剣術ではエリナに情けない姿を見せてしまったのだが。


「ハァハァハァハァ」


 オルフェルドはあらあらと息を吐き出しながら今日の剣術の訓練の講評をいただく。


「オルフェルド、お前の剣術の腕は少しずつではあるが伸びている。もう少し経てばお前以外の兵士たちの剣術に追いつくだろう」


「·············ッ!!」


 ダナスコスの声にオルフェルドは目を見開いた。オルフェルドが剣術の訓練をやりだした頃はそれはもうというくらいにひどいものだった。他の兵士たちとは比べ物にならないほどに剣術の腕は落ちぶれていた。それがやっと追いつけそうだとダナスコスに言われた。オルフェルドはギュッと手を握りしめ、喜びを顕にする。それを見たダナスコスは、


「よく頑張ったな、オルフェルド」


「ありがとうございます、ダナスコスさん」


「これからはより厳しくやるからな。他の兵士と違い、お前が相手にするのは“竜”だ」


「···········っ!?」


 エリナが息を飲んでいた。オルフェルドは息を飲んだエリナを見る。顔を真っ青にしており心配させてしまっているのにオルフェルドは気づいた。


(剣術の訓練では、エリナ先生には見苦しい姿を見せてしまっている。心配するのも当たり前か········。それにダナスコスさんはまだ他の兵士たちと対等の剣術の術を持っているとは言ってない。まだ俺の剣術は未熟なんだ。まだ訓練が足りてない。竜がいつ攻めてくるかもわからない今、剣術で遅れがあるのはまずい状況だ。それにエリナ先生に心配されてしまうのもまずい。もっと精進しないとな)


 オルフェルドはそう覚悟を決めているとき、


「ダナスコスさん!!」


 中川が走ってやってきた。中川は顔を真っ青にしており、なにかが起きていることを伺わせた。ダナスコスは普段の中川の様子とは違うことを瞬時に悟り、話を聞く。


 中川の話はこういうことだった。

【ヨコスガ帝国】と呼ばれる【ダナスティーナ王国】と活発に貿易を交わしている国が竜に襲撃されているという。襲撃からは少なくとも1、2時間経っているらしく【ヨコスガ帝国】が滅びてしまうかもしれないとのこと。【ヨコスガ帝国】は、【ダナスティーナ王国】からしたら重要な国で切っても切れない関係なのだそうだ。


 そんな【ヨコスガ帝国】から緊急要請が【ダナスティーナ王国】にきた。使いがよこされ、事情の説明は済んでいるらしい。国王やその側近も知っているそうだ。


「ダナスコスさんとオルフェルドさんはすぐに国王の元へと言ってくださいとのことです。緊急事態です。急いでください!」


「分かった。すぐに向かう。オルフェルド、準備を急げ!」


「は、はい!」


 オルフェルドは、走って訓練場から出て部屋へと戻り、エリナからもらったリュックの中に必要な物を詰め込み、国王の元へと急いだ。国王のいる王室に入るとすでにダナスコスと中川はいてオルフェルドは走って二人の元へと駆け寄った。


「すみません、遅くなりました」


「大丈夫だ」


 ムルモンドはそう言ったが、表情は今まで見たことがないほどに暗いものだった。それはダナスコスと中川も同様だ。先程のようになにか行き急ぐような様子を見たことがなかった。いつも冷静で落ち着いている二人があれほどに慌てているのだ。オルフェルド自身も竜が攻めてきているという事実を聞いた瞬間、頭が真っ白になった。事態は急を要する。一分、一秒たりとも無駄にはできない。


「急に呼び出してしまい済まない。急を要する事態が刻一刻と進んでおるのだ。

 オルフェルド殿も知っておるだろう、【ヨコスガ帝国】で竜の襲撃があったとのことだ。これから援軍に向かうこととなり、オルフェルド殿には同行をお願いしたい」


 ムルモンドにとってこの選択は非常に重いものだった。今もオルフェルドを戦場へ向かわせることに躊躇いがある。オルフェルドの返事によっては戦場に行かせないかもしれない。


 しかし、


「分かりました。すぐに【ヨコスガ帝国】へ向かいます」


 オルフェルドの覚悟は決まっていた。ムルモンドはオルフェルドが即答したことにひどく驚いた。オルフェルドにとっては初めての戦場の経験で、もしかすると死ぬかもしれないという恐怖があるはずだ。しかし、今のオルフェルドには到底そんな迷いは見れない。


「よ、よいのか?この度の戦場に赴くことで命を落とすかもしれないというのに···········」


 ムルモンドは恐る恐るといった様子でオルフェルドにそう尋ねた。しかし、


「ムルモンド国王閣下。僕は、この国、【ダナスティーナ王国】に多大な恩があります。それは、僕が奴隷であったのにも関わらず手を差し伸べてくれたことです」


 オルフェルドは続ける。


「【ナガスティナ王国】ではそんなことはありませんでした。奴隷は人間ではない別の何か。そう言われてきたのですから。けど」


「··········」


 ムルモンドはオルフェルドを黙って見ていた。その目はオルフェルドのこれまでの思いを真摯に受け止めようとしている目であった。


「けど、この国はそんなことはありませんでした。僕のような奴隷にも分け隔てなく手を差し出してくれました。美味しい料理だって、きれいな洋服だって用意してくれました。僕は、この国に来て初めて()()を実感しました」


 オルフェルドは思い出す。これまでの日々を。奴隷としてこき使われていた日々から一変し、幸せな日々をオルフェルドは送ってこれた。これもすべてこの国に【ダナスティーナ王国】来たことで始まった。


「竜によってまた僕と同じ境遇の子が生まれてしまうことは絶対に防がなくてはならない。あんな日々を未来ある少年少女たちに送らせるなんてことは絶対に。それに僕にはどうやら竜を倒せる力があるみたいなので」


 実は、オルフェルドはダナスコスと中川に気づかれないようひそかに自称竜王からの力がどんなものか検証していたのだ。そして知った。これは本物だと。竜王の力は()()()のようなものが体を包み込み、岩石に手を近づければ岩石が砕け散り、剣を掴めば剣が強化され、どんなに硬いものでもスパッと切ることが出来る。オルフェルドはこのことを知って自分に聞こえた幻聴のようなものは本物で話しかけてきたのも本物の竜王であることが判明した。今まで胡散臭さを感じていたのにそれはオルフェルドの思い込みであることが分かったのだ。


「この力で人々を救えるのなら僕は救ってやりたい。苦しみや悲しみ、怒りそして恐怖。これらの負の感情を人々に抱かせることなく、平和な世界を僕は作っていきたい。そのための手助けになるのなら僕はあらん限りを尽くして戦いますよ」


 オルフェルドは多くの兵士たちと関わり合ってきた。その中には家族を失っている者もいた。家族を失う悲しみを抱かせないために兵士になったという者がいた。その兵士の覚悟は生半可なものではなかった。固く覚悟が固まっており、砕け散ることもない。死ぬことに対して恐怖こそ湧くものの戦場では混乱せず、冷静でいられる。


 オルフェルドはそんな人たちと関わり合ったことで覚悟が決まった。平和な世界。それを手に入れるのは生半可な覚悟では到底成し得ない。オルフェルドが相応の覚悟を決めねば。その覚悟を決めるのは今だ。今でしかない。


「オルフェルド殿の覚悟は理解した。そのうえで言う。任せた。すべてを任せてしまうようで申し訳ないが、任せた」


「はい、任されました。必ずや救ってみせますよ」


 オルフェルドはそう言い切ってみせた。


 ◇


 王宮入り口には、馬車が並んでいた。【ヨコスガ帝国】は、科学技術が他国と比べて遅れており、道沿いには不備が多くあるそうだ。【ダナスティーナ王国】には車があるのだが、道沿いがまだ整備しきれていないため、馬車で行くことになるらしい。


 オルフェルドは、体をブルブルと、震えさせながら目前で準備がスピーディーに進んでいるのを見ていた。


「オルフェルドさん」


 中川がオルフェルドに声をかけてきた。


「な、なんですか?」


「初めての戦場ですから緊張するのは分かります。ですが、オルフェルドさんなら大丈夫ですよ。だから、そんな気負いしないでください」


「は、はい」


 オルフェルドは中川の話を聞き、中川と自分には大きな差があるなと思った。中川はオルフェルドと違い、数多くの戦場を渡り歩いている。ときには死にかけたこともあるそうだが、それでも今、生きている。そして、戦場へと赴くことに逃げ出したりしていない。中川はやはり異質と呼ばれるにふさわしい存在だ。中川本人も異質と呼ばれることにまんざらな様子であったりしている。


 馬車の準備が整い、オルフェルドは馬車に乗ろうとした。


「オルフェルド様!」


 オルフェルドにエリナが声をかけてきた。オルフェルドは馬車に乗ろうとしている足を下ろし、エリナのほうを向いた。


「エリナ、先生?どうしてここに········?」


 オルフェルドはエリナの突然の登場に驚いた。だが、そんなオルフェルドも次のようなことが起こるとは想定していなかった。


「行かないでください!!!!!!!!!」


 オルフェルドは突然のことで反応できずなすすべなくエリナに抱きつかれた。エリナは目に涙をためているのにオルフェルドは気づき、息を飲んだ。


「エリナ先生。落ち着いてください。それに時間もあまりないんですよ」


「時間ならいっぱいありますよ。そうです。オルフェルド様。世界史がお好きでしたよね?私と勉強しましょう」


「そうはいきませんよ。僕はこれから【ヨコスガ帝国】へ行かなくてはならないんですから」


「そんなこと、知ってますよ·········」


 エリナはやっとオルフェルドから少し離れ、顔をうつむかせた。


「【ヨコスガ帝国】で竜の襲撃があったんですよね?」


「·········はい」


「それでオルフェルド様が【ヨコスガ帝国】に行かれるんですよね?」


「はい」


「でも、それってオルフェルド様が絶対に行かなければならない理由にはならないと思うんです」


「エリナ先生も御存知だと思いますけど僕には竜王の力があります」


「···········」


「そしてそれは竜を倒せる唯一の力なんです。【ヨコスガ帝国】を救うためにはこの力がないとダメなんですよ」


「··········」


「だから、僕は【ヨコスガ帝国】に行くんです。エリナ先生はここで待っていてください。すぐに終わらせて帰ってきますから」


 オルフェルドはそう言って後ろを向こうとした。


「だめです!!!!!!!!!!!」


 オルフェルドの腕を掴み、馬車から引き離そうとした。


「ッッッ!!エリナ先生!」


「オルフェルド様はなにも分かってません!そのセリフを言った人がどんな末路を辿ったのかを!」


「··········っ!」


「グスッ········行かないでください。一生のお願いですから」


 エリナはついに泣き出してしまった。周囲にいた兵士たちはなれているのか、無視して馬車へと乗り込んでいく。オルフェルドはエリナに大きな心配をかけてしまっていることと自分の不誠実さに嫌気がさしてきた。人は何気ない言葉で傷つくことがある。その言葉は言った本人には理解できず、聞かされた本人にしか分かり得ない。


 オルフェルドは、エリナに対してどう言うのが正解なのか。


(俺は平和な世界を手に入れたい。奴隷がなく、苦しんだり、悲しんだり、怒りを抱いたり、恐怖を覚えたり··········。そんなことがない楽しい毎日を誰もが過ごせる。そんな世界を俺は手にしたい。けど、今の俺ではエリナ先生を説得しきれない。どれだけ言葉を尽くしてもエリナ先生はきっと理解してくれない。エリナ先生には·········)



(違うだろうが!!!!!!!!!!)


 オルフェルドは心の中で己を叱咤する。


(何でもかんでもエリナ先生のせいにするな!お前自身の力不足だろうが!エリナ先生が納得できないような話をしてんのは俺自身だ!エリナ先生じゃない。俺がしたいのはそんなことじゃない。俺がエリナ先生に聞いてほしいのはそんなことじゃない。俺は俺は!)


「エリナ先生」


「··········オルフェルド様?」


「エリナ先生にとって平和とは何でしょうか?」


「へ、平和?」


「はい、平和です」


「平和は皆平等で生活に困ったりしないことです」


「はい。ですが、僕が今、【ヨコスガ帝国】を救わずそして【ヨコスガ帝国】が滅びてしまったら平和の世界から遠のいてしまいます」


「·············ッ!!」


「僕はそんな抽象的なものではなく、形のない、目に見えない平和ではなく()()の平和を手に入れたい」


「···········」


「それは今はまだ願望でしかなく、現実的ではないです。けど、僕はいつか必ずそれを成し遂げたいと思っています」


「···········」


「そのために僕は二代目竜王となって【ヨコスガ帝国】を救いたい」


「だから!それはオルフェルド様がやる必要は」


「ないと思いますよ。僕はまだ剣術は未熟ですし、他の兵士の方々と比べたらひ弱です。けど」


「···········」


「けど、それを逃げ道にしたくない。竜王は僕に言ってくれました。君に力を授けると。竜王は力をわざわざ、僕に授けてくれた。僕以外にも兵士たちがいたのに、ですよ」


「·············」


「ここで逃げれば竜王に怒られるし、力を他の人に渡されるかもしれない。そうなれば、今の境遇にもなれていなかったし、エリナ先生にも出会わなかったでしょう」


「そんなことは···········」


 エリナは涙を手で拭い、オルフェルドを見た。


「僕はこの力を授かったのだから、この力を使って人を助けたい。人を救える力を持っているのだから」


 オルフェルドは空を見上げ、


「そうして僕は誰もが認める“竜王”という存在になりたい」


「··········」


「エリナ先生。無責任なことを言ってすみませんでした。何も考えてなくてそれでエリナ先生を傷つける意図はなかったんです。ただ」


 オルフェルドは一度切って、


「ただ、エリナ先生に僕は大丈夫なんだと知ってほしかったんです」


「大丈夫なんてそんなこと·········」


「僕の周りには僕より強い兵士たちがいます。それにダナスコスさんや中川さんもいます」


「···········」


「そして後ろには―――――――――エリナ先生がいます」


「···········ッ!!」


「誰よりも優しく僕が困っているときに手を差し伸べてくれる。そんな偉大な方が僕の後ろにいるんです。竜なんて大したことがないと思わせるくらいに」


「オルフェルド様··········」


「待っていてください。必ず無事に帰ってきますから。帰ってきたとき、エリナ先生に胸を張れるくらいになってきますから。そしてそのときに」












「二代目竜王という偉大な存在を育ててみせたエリナ=高橋はすごい人だって、証明してみせます!」








 



「グスッ········オルフェルドさまぁ」


「泣かないでください、エリナ先生。あなたは僕の自慢の先生なんですから!」


「グスッ··········そう、ですね。ここで泣いていては示しが付きません。オルフェルド様が自慢できるような人にならないと」


「もうなれてると思いますよ」


「ちょっとからかわないでください!」


 ハハハッと笑い合うオルフェルドとエリナ。そんな二人を微笑まし気に兵士たちは見ていた。


「オルフェルド様も私の自慢の生徒ですよ」


「そ、そうですか?」


「優しくて、カッコよくて······」


「ちょ、ちょっとエリナ先生!?」


「オルフェルド様は二代目竜王になれると私は誰よりも信じてます!だって、オルフェルド様は“最強”なのですから!」


「ありがとうございます、エリナ先生」


 エリナからの多大なる激励を受けた。それはオルフェルドの自信に繋がるものだ。エリナはオルフェルドの先生であり、オルフェルドが尊敬している存在だ。そんな存在の方に二代目竜王になれると、そう言われたのだ。奮い立つに決まっている。

 

 オルフェルドはそう言ってエリナにお辞儀をすると馬車に近づいた。


 そして、


「エリナ先生!行ってきます!」


「はい、いってらっしゃい、オルフェルド様。お気をつけて」


 オルフェルドはエリナのいってらっしゃいを聞いてから馬車に乗り込んだ。


 中川とダナスコスはオルフェルドの様子を見て、


「先程までガチガチだったのになぁ·······。不思議なものだ」


「そうですね。戦場に初めて行くというふうには到底見れませんね。これが恩師のおかげというものですかね」


「そんなものだろうな。ふぅ。さて」


 ダナスコスは兵士たちが馬車に乗り込んだのを確認し、そして言う。


「これから【ヨコスガ帝国】へと向かう!それぞれ、覚悟を決めろ!戦場での覚悟を固めろ!」


 ダナスコスはそう言ってオルフェルドを見た。オルフェルドはもう覚悟は決まっていると目線でダナスコスに伝える。


「くくっ、ほんとにオルフェルドには驚かされてばかりだな。中川、行くぞ。【ヨコスガ帝国】へ!」


 ダナスコスの声で馬車は動き出した。馬車のスピードは早く、オルフェルドは馬車が急に動き出したことで体が傾き、馬車から落ちそうになったが、なんとかこらえる。


【ヨコスガ帝国】を救う。エリナに約束したことだ。そして、必ず無事に帰る。


(竜王見てろ、俺の初の戦場での姿を!)

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