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竜王伝説伝  作者: みずけんいち
第二章 迷宮編
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第10ページ目

 ダンジョンに行く日程はまだ決まってはいないものの、行くことそのものは決定した。まずは、兵士たちを集め、魔物との実戦経験を積む訓練を検討しているという話をする必要がある。その際に、命を落とす可能性があるということも含めて。


 オルフェルドは、兵士たちに向けた説明会に参加するために修練場に向かっていた。修練場はいつもよりピリピリとした空気を発していた。それは、おそらくダナスコスと中川からの事前に通達のあった‶緊急ミーティング〟の言葉が原因であろう。今までにも何度かミーティングを行ってきているのだが、それとは大きく異なる空気をまとっていることを兵士たちはみな感じ取ったのだ。オルフェルドが修練場に入ったとき、一斉に兵士たちの視線がオルフェルドに向いた。何の話があるのかを知っているのだろう?と言わんばかりの視線だったが、オルフェルドは何も言わずに、他の兵士たちに混ざるように座った。


 10分ほどたってから、ダナスコスと中川が修練場にやって来た。二人は今日のミーティングで使うための資料を手に持ち、メイドさんたちに資料を配るよう指示を出した。オルフェルドも配る要員に加わろうとしたが、中川が視線で『その場で待機するようにね』とアイコンタクトを送ってきたため、すぐさま座った。メイドさんたちは、資料を配り終えると、すぐさま修練場から去っていた。


「資料は行き渡っただろうか?まだ受け取っていない者は事前に言ってもらいたい。このミーティングは事前に通達したように、緊急性のある話だ。問題がなさそうなら、すぐさま始めていきたい」


 ダナスコスの言葉に兵士たちは頷くと、ダナスコスは話し始めた。話す内容は、昨日のムルモンドを交えたダンジョンでの訓練である。ダンジョンとは、そもそも何なのかの説明から始まり、ダンジョンにはこれまでの訓練とは異なり、魔物が出ること、魔物は現状、兵士たちにはかなり身が重く、まずはダンジョン周辺にいる弱い(竜王がそう言っているだけで、実際どうなのかはわからないが)魔物で実戦経験を積み、今後の竜の襲撃に備えたいという目的を話した。


 オルフェルドはすでにこの話を知っていたこともあり、衝撃はなかった。しかし、他の兵士たちはそうではない。【ダナスティーナ王国】を守りたいという思いはあるが、しかし、魔物と戦うということを目的としていたわけではなかった、というのが正直なところだろう。兵士たちの訓練が実際に生かされるのは、国内での犯罪者の逮捕のときくらいだろうから。そして、魔物と戦う中で最悪命を落とす可能性があるなどという話があれば、兵士たちからしたら絶対にやりたくないという気持ちが正直なところだろう。ダナスコスや中川は、この兵士たちの正直な気持ちに対してどのように対応するのだろうか?


「ここまでの話を聞いて、魔物との戦闘など絶対にやりたくないという者が多いであろうことは想定している。我々は、【ダナスティーナ王国】の犯罪の抑制と風紀を守ること、そして他国と戦争になった際の最低限の軍備のために、日々訓練に励んでいる。しかし、我々にはもう竜王の結界がない。今後、竜の襲撃はまたある。それに対応する力が我々、兵士にはないという現状では、どうやったってこれからの竜襲撃を乗り越えることは不可能だ!だから、この場でお願いしたい。魔物との訓練に参加し、1人でも多くの国民を守る手助けをしてほしいと」


 このダナスコスの言葉に兵士たちは顔をしかめた。説明の中にあった‶命を落とす可能性がある〟という点が原因だ。その点は、昨日の時点でもネックになる部分だった。オルフェルドの持つ竜王の力を使うことによって、全兵士の能力の底上げができればよかったのだが、現時点では2~3人が限界だろうと竜王から言われた。当然だが、2~3人では、とても足りない。オルフェルドの未熟さが兵士たちを殺すことにつながる可能性があることに自分に対する怒りが湧いてくるが、ないものねだりをしていても仕方がない。それに、竜王は言っていた。‶今の君だと〟と。つまり、今よりオルフェルドが強くなれば、多くの兵士たちを守ることにもつながるのだ。そのためにも、できれば力を貸してほしいのだが…。


「一つ質問があるのですが、いいでしょうか?」


 兵士の中から一人が手を挙げてそう言った。中川は笑みを浮かべながら、


「うん、いいよ。そのためのミーティングだからね」

「ありがとうございます。……名前を一応、名乗らせていただきます。訓練生の伊藤しずくです。ダナスコス様のお話の中でいくつか気になる点がありました。オルフェルド様の偉大なる竜王の力で、私たち兵士の能力を向上させることで命を落とすリスクを下げることは可能なのではないでしょうか?」


 伊藤しずくと名乗る女性の兵士からこのような質問が投げかけられた。伊藤のこの発言に頷く兵士もいる。


 伊藤は、その後、オルフェルド自身に答えを聞きたいと言わんばかりの視線を向けてきた。オルフェルドは少し居心地の悪さを感じつつ、しかし、この質問に答えられるのは自分しかいないのだと考え、その場に立ち上がった。


「先ほどの質問について、答えさせていただきます。私の竜王の力は先代竜王からいただいたものです。まだ、私自身が未熟であるがために、まだ十分にこの力を使いこなせる段階にないのです。竜王の話によると現時点では2~3人の兵士の方の能力向上しかできないだろうと言われています」


 オルフェルドのこの言葉に、兵士たちは顔色を変えた。それでは、全然意味がないではないかと、そう誰もが感じるとともに、竜王の力の底知れなさに衝撃が走った。竜王の力は先日の竜襲撃で知っているはずだ。あれだけの力を使いこなすのには、膨大な時間を要するであろうことも。


「私は、【ダナスティーナ王国】の皆さんを一人でも多く助けられる存在に少しでも早くなるために、これからより一層尽力します。しかし、私一人でできることなどほんの少ししかない。兵士の皆さん方の力をどうか、貸してくれませんか」


 オルフェルドはそう言って頭を下げた。【ダナスティーナ王国】に来るまで奴隷として扱われていた。1年後どころか明日も見えない日々にオルフェルドは心を折られ、諦めていた。しかし、この国の人たちと関わる中で、過去を忘れることができた。諦めるのではなく、未来を夢見ることができるようになった。今のオルフェルドにできることなど、ほんの少ししかないであろうことはわかっている。しかし、このままでは次の竜の襲撃に耐えしのぐのさえ厳しい。自分の未熟さをさらけ出すことは、兵士たちの士気を下げる結果となるかもしれないが、ここで変に見栄を張ったところで何になる。兵士たちの命がかかっているのだ。オルフェルドの見栄だと何の足しにもなりはしない。


「オルフェルド様、頭をあげてください」


 伊藤のこの言葉にオルフェルドは頭をあげると、


「オルフェルド様が未熟なわけがありません。そのことはこの場にいる兵士たちはみな知っています。知らないのは、うんこたれのクソヤロ―だけです!」

「伊藤、言葉遣いに気を付けろ。ミーティング中だぞ」

「いえ、オルフェルド様のあの美しい戦いの姿を見て、何も思わない人なんているはずがありません!私はあの姿を見て、感動したのです!この方と結婚したいとまで思いました!今もなんなら思ってます。というか、私と結婚しませんか?私は結構尽くすタイプですよ?」

「何を言っている、伊藤!!」


 オルフェルドは、途中から置いてけぼりになっていた。兵士たちが伊藤を抑え込んでいるのを見て、何かが起こったことだけが分かった。伊藤のおそらく上司の人が伊藤を強制的に座らせ、それに伊藤は抗っているようだ。ダナスコスは頭を抱え、中川は上を向いて、何も見なかったフリをしている。周囲にいる兵士たちはオルフェルドに同情の視線を向けてきた。オルフェルドは苦笑いを浮かべながら座った。


 しばしミーティングが中断された後、ダナスコスから改めてダンジョンに魔物との実戦訓練について参加してほしい旨を伝えた。空気がミーティング冒頭より緊張感がなくなってしまったが、ダナスコスの言葉に頷き、賛同してくれる兵士たちが最初より増えているようだった。オルフェルドは、そのことに強く安堵した。


 ◇


 ミーティングは終わり、オルフェルドは一旦自室に引き上げることにした。ダナスコスと中川はこのミーティングの結果をムルモンドに報告しに行くとのことだった。魔物との実戦訓練が兵士たちにある程度受け入れられたことにオルフェルドは安堵した。途中ミーティングで珍事があったが、それを除けばおおむね上手く進んだのではないだろうか。先日の竜襲撃の件がやはり大きな影響を及ぼしていたのだ。他人事ではなく、自分事として考えようとする意識が兵士たちにはあった。ミーティング後に自主的に素振りをしている兵士もいたくらいだ。


「オルフェルド様、少しいいだろうか」


 オルフェルドが自室へ向かっている途中に声をかけられた。後ろを振り返ると、先ほどミーティングの空気を破壊した伊藤とおそらくその上司が立っていた。


「何でしょうか?」

「先ほどのミーティングではしずくが迷惑をかけました。申し訳ございません」


 伊藤の上司が頭を下げ、伊藤もそれに続いてちょこんと頭を下げた。この感じだと反省はしていないようだ。


「私は、伊藤しずくの父親で、伊藤隆といいます」

「お、お父さんだったのですか」


 上司だと思ったのだが、父親だったのか。


「そうですよ、オルフェルド様。ぜひ、お義父さんと呼んであげてください」

「余計なことは言うな!首を切られたいのか!」

「オルフェルド様への想いに嘘は付けません!」

「もう黙れ!」


 親子喧嘩が始まってしまった。オルフェルドは親子喧嘩を眺めながら、今日のご飯は何だろうかと考えていた。


 ◇


 どうやら親子喧嘩に一息ついたようだ。オルフェルドの目の前で繰り広げられていた親子での怒鳴り合いは終わってはいる。お互いを睨み合ってはいるが。


「見苦しいところをお見せしました。改めて、私は伊藤隆と申します」

「オルフェルド・トゥサンといいます、初めまして」

「娘が大変無礼なことを言いました。この場で謝罪いたします。申し訳ございませんでした」

「いえいえ、私にそのように頭を下げられる必要はありませんよ。私もお二人と同じ一人の兵士に過ぎないのですから」

「オルフェルド様は大変謙虚でございますのね!私とやはりけ…」

「娘の戯言は切り捨ててください。身の程をわきまえない愚か者の声など聴くに値しませんから。

 私がオルフェルド様にお声がけさせていただいたのは、ミーティング内で話されていた竜王のお力の話です」


 オルフェルドは伊藤父の言葉にやはりかと感じた。竜王の力には謎が多く、現時点で分かっていることは自分自身の大幅な強化と兵士たちの能力を向上させることができるということ、そして国を守るために結界を張ることができるということだけだ。それ以外にも何か能力はあるのだろうが、今のオルフェルドでは使いこなすことができない。国全体を覆うような結界を作れるようになるのに一体どれだけの時間がかかるのか。オルフェルドが先代の竜王と比較して、自分が未熟だと感じる大きな理由でもある。


「竜王の能力は、兵士の能力向上のみなのでしょうか?話されていないだけで他にもあるのでは?」

「それについては、私自身もわかっていないのです。私が今使える能力が自分自身の強化と兵士数人の能力向上だけです」

「……そうですか」


 落胆させてしまっただろうか。竜王の力を授かっておきながら、それしかできないのかと。


「オルフェルド様の実力不足だというつもりは全くありません。むしろ、我々のような一兵士に過ぎない者がこうしてオルフェルド様の貴重なお時間を頂いている現状の方が身の程を知らないと責め立てられる所業でしょう」


 伊藤父はそう言い、伊藤に目をやった。


「お前は、オルフェルド様の隣に立てるほどの器か?竜王の力を先代から継承され、強い期待を【ダナスティーナ王国】の国民から寄せられているオルフェルド様と、ただの一般兵士が結婚などありえない。身分違いも甚だしい!」

「……ッ!」

「それは違いますよ」


 オルフェルドは伊藤父のその言葉にそう返す。身分。その区分が絶対であることはオルフェルド自身が理解している。なぜなら、オルフェルドはもともと奴隷であったのだから。


 身分によって、迫害を受けるということを【ダナスティーナ王国】は良しとしていない。誰もが平等であり、奴隷など存在しない。これは、かつての竜王からの言葉が強く影響しているのだろう。しかし、伊藤父のように一般兵士とダナスコスや中川などの兵士の中でも指令を出す存在やオルフェルドのような存在とは区別を付けたがる傾向が今もなお残っている。奴隷は存在しないかもしれない。しかし、このような区別を付けることもまた、オルフェルドには強い抵抗感を覚える。もちろん、ムルモンドのように【ダナスティーナ王国】の国王として国を引っ張っていく存在とは区別をする必要はあるだろう。だが、過剰に身分を気にしていてはこれからの訓練において弊害が生じるのではないか、そんな気がオルフェルドにはしていた。


 魔物との実戦では何が起こるか分からない。最悪、命を落とすこともありうる。そんな中、私の身分は低いので犠牲になる覚悟で守ります!などと言われては兵士全体で不和が生まれる。ダナスコスや中川だって、身分など気にしていないだろう。


 これからの【ダナスティーナ王国】には、そんなものいらないのだ。


「身分がどうのという話はもううんざりなんですよ」

「……オルフェルド様?」

「私はもともと奴隷です」

「……ッ!」

「それを知っていてもなお、ダナスコスさんや中川さん、エリナ先生、冬花は私を1人の人間として接してくれた。私も皆さんと同じ人間なのだと思えた」


 奴隷としての生活ではなく、1人の人間としての生活がこんなにも快適で、楽しいことを【ダナスティーナ王国】に来て初めて知った。なにより、人は一人では生きていけないのだということをこれでもかと実感した。


「これからの実戦では身分がどうのなんて言っていられないですよ。何が起こるのかわからないのだから。力を合わせて、訓練に向かう、それができないのであれば、魔物との実戦の訓練は欠席されるのが良いかと思います」

「……私が差し出がましいことを言いました。撤回いたします」

「いえ、私も熱くなり過ぎました。しかし、伊藤さんにはぜひとも力を借りたいです」

「「………」」

「……どうかされました?」


 オルフェルドが『伊藤さん』と言った瞬間、親子で顔を見合わせ、首を傾げていた。まるで、誰に言っているのかわからないとでもいいだけに。


「失礼ですが、先ほどの『伊藤さん』というのは、私に対して言ったということでお間違いないでしょうか?」

「えぇ、そ

「そんなわけありません。オルフェルド様は私に対して言ったのですよ。お父さんは出しゃばりすぎです!」

「いや、あの、私は

「お前は、ほんとに聞き分けの悪い娘だな。今日という今日は許さないからな!」

「それはこっちのセリフですよ!」


 もう、どうしろっていうんだよ。


 ◇


 伊藤親子の喧嘩はその後、15分ほど続いた。途中、通りがかった兵士たちが止めてくれなければもっと長引いたことだろう。その後、苗字呼びだとわかりにくいので、伊藤親子の娘の方(つまり、伊藤しずく)を名前で呼ぶということで決着が着いた。試しに、オルフェルドが名前で呼んだとき、しずくはうれし涙を流し、オルフェルドを大きく混乱させた。今度、お茶会をしましょうと誘われたが、しずくに対してかなりの苦手意識ができてしまったオルフェルドは丁重にお断りをした。


 オルフェルドはやっとの思いで自室にたどり着いた。自室に入ると、ポストの中に手紙が入っている。


『エリナです。ミーティング後でお疲れかと思いますが、オルフェルド様がよろしければ少し気分転換も兼ねて、どこか出かけませんか?お返事は、明日の授業で聞きたいと思います。急なことですが、最近のオルフェルド様は思い詰めているように思います。無理せず、ときには気分を変えてみるのもよいと思いますよ』


「やはり俺は、周りの人に恵まれているな」


 エリナ先生とのお出かけにはぜひとも行きたい。冬花ともどこかへ行きたいが、エリナ先生がせっかく誘ってくれたのだから、誘いを断るのは失礼だろう。


「明日なら、大丈夫だよな。実戦訓練は具体的にいつから始まるのかまだ決まっていないけど、今日明日の話じゃないはず」


 オルフェルド自身はそこまで思い詰めているつもりはなかったが、周りからは焦っているように見えていたのだろうか。確かに、先日何があったのかオルフェルドもわかっていないが、ひどい頭痛に悩まされた。体はオルフェルドが思った以上に疲れているのかもしれない。


「たまには息抜きしてみるか」


 エリナ先生の授業が終わった後にでも、どこかで羽を伸ばしてみるのもいいのかもしれない。


 ◇


 オルフェルドはエリナ先生の解説を聞きながら、ノートにメモをしていた。隣には当たり前のように冬花がいる。エリナ先生は、冬花が教室に入ってきたタイミングで般若のような顔をしていたが、オルフェルドはいつものことだとスルーして、今日の授業内容について教科書を見ることにしていた。授業が始まると、いつもと変わらない授業が進行し、時々オルフェルドや冬花から質問がエリナ先生に投げかけられ、それにエリナ先生が答えるという、ごくごく一般的な学校の風景が流れた。


「今日はここまでにしましょう」

「今日もありがとうございました、エリナ先生」

「いえ、これくらいなんてことないですよ。……それより、その……昨日の手紙は見ていただけましたか?」

「………?」


 冬花は当然、何の話をしているのかわからないため、顔を傾げていたが、オルフェルドは昨日のアレのことかとすぐに見当が付き、


「見ましたよ。エリナ先生の都合が付けばですが、このあとどうでしょうか?」

「本当ですか!それはよかったです」

「あの……何の話をしているのですか?」


 冬花はエリナ先生を睨みながら、そう聞いた。何でエリナ先生を睨みつけているのかどうかまではわからないが、オルフェルドは、特に隠すこともないだろうとそれに対して答えた。


「この後、エリナ先生と二(・)人(・)で(・)出かけるんだ」

「二人で!」

「そうなんですよ。だから、冬花さんは気を付けてお帰りください」

「~~~~~~~ッ!」


 エリナ先生の勝ち誇ったような顔に冬花は顔を真っ赤にして何かをこらえている。オルフェルドは一体何が起こっているのかわからず、ただおろおろするのみ。


「………オルフェルドくん。私ともデートしてくれますよね⁉」

「え、デート?まあ、その冬花がいいなら……」

「約束ですよ!絶対ですからね!」

「冬花さん、あまりオルフェルド様を困らせてはいけませんよ。そんな勢いで言われたら、優しいオルフェルド様は断るに断れないじゃないですか」

「………私と二人で出かけるのは嫌ですか?」

「いや、別に嫌ではないけど……、その、これから忙しくなるかもしれないから、時間を作るのは難しくなるかもしれない」

「全然いいよ。私、待てるから」


 冬花はそう言って、胸に手を当てた。オルフェルドは冬花と初めて出会ったときのことを思い出して、なぜだか嬉しくなった。あのときは、竜に襲撃を受けていたこともあり、明るい顔をなかなかすることは難しかった。しかし、一時的にとはいえ竜の襲撃が落ち着ている今、冬花の笑った顔を見れてうれしくなった。


(それにしても、冬花って、こんなかわいかったっけ?って、何を言っているんだ!そんな色恋にうつつを抜かしている場合か!)


 オルフェルドは自分に活を入れると、エリナ先生の方を向いて、


「それじゃ、行きましょう!」

「はい、オルフェルド様」

「………オルフェルドくん、また明日ね」

「……ッ!う、うん。また明日」


 オルフェルドの妙な反応にエリナ先生は顔を青ざめさせ、冬花は顔を赤らめて、


「オルフェルドくん、ちょっと待って。今の間は一体どういうことか説明してもらっても

「行きましょう、エリナ先生!」

「オルフェルドくん⁉」


 オルフェルドは教室から即座に脱出すると、エリナ先生の手を引きながら、冬花から逃げる道を選んだ。エリナ先生は、オルフェルドのそんなおろおろする姿にただ顔を青ざめるのみ。


(一体、俺は何を考えているんだ!)


 ◇


 王宮の一室。そこには、メイドさん以外に、ムルモンドとダナスコス、中川がいた。兵士たちに対して行った緊急ミーティングの報告をしているのだ。


「おおむね、兵士たちに話をすることは出来たかと思います。しかし、全員が参加するかどうかは現状何とも言えないです」

「……そうか。しかし、こればかりは仕方なかろう。場合によっては、死ぬというのだから」


 魔物との実戦訓練など【ダナスティーナ王国】ではもちろん、他国でも取り入れている国はないだろう。しかい、今後、竜の襲撃が激しくなることが想定される今、できることから対策を始めていかなければこれからの襲撃に対処できないだろうことはこの場にいる誰もが理解していた。


「魔物との実戦をするとして、武器は訓練で使っていたものでよいのか?」

「木刀では、厳しいかもしれません。そのため、他国との戦争に備えて用意していた剣の使用許可を頂きたいと思います」

「剣の許可を出すことは良いが、魔物以外には使わないことを兵士たちに徹底させることは忘れずにな」

「もちろんです」


【ダナスティーナ王国】では、他国との戦争に備えて、兵士全員分の木刀ではなく、実戦で人を殺すことができる剣を保管している。新たに兵士が増えるごとに剣は製造され、多くの兵士は、その剣を触れることなく、兵士としての生涯を終えることになるのだが、魔物との実戦では、そうもいっていられないだろう。ムルモンドは、今後の剣の使用に関して、法律を改正するべきかどうか考えていた。基本的に兵士の訓練では、木刀のみを使うことと明記されているこの法律は、今やただの足かせになるのではないかと考えている。今後の竜襲撃に備えるべく、場合によっては他国と手を取り合わなければならないかもしれない。


「魔物との訓練をするにあたり、偵察は順調に進んでいるのか?」

「……それについては、かなり微妙です。偵察隊を組んで、魔物の生息域に行ってもらっていますが、何せ、魔物と出会ったことがない者ばかりということもあり、順調とは言えないです」

「そうか………」


 ムルモンドはかなり悩んでいた。魔物との実戦について、ではなく、兵士たち個々の能力向上の必要性は理解しているが、しかし、一人たりとも死んでほしくない。オルフェルドから言われたことを思い出した。過去の兵士たちは果敢に魔物に挑み、そして、その中で多くの犠牲が出ているという事実を。しかし、その犠牲によって、今があるということもまた事実。


「魔物との訓練に参加しない者はどうするのか?」

「兵士全員を魔物との実戦に向かわせるつもりはありません。【ダナスティーナ王国】の治安維持のためにも何人かは残ってもらうつもりです。それに、中川とも話し合ったことではありますが、兵士全員が進んで参加するとは考えていません。オルフェルドの言葉に共感を覚え、参加してくれる兵士も、逆にその言葉を聞いて、参加しないと強い決意を抱いたものもきっといるでしょう。私は、兵士一人ひとりの意見を尊重したい」

「了解した。中川はどうだ?」

「私も基本は、ダナスコスさんと同じです。むりやりやらせるのではなく、兵士たちの自主性に任せたいです」

「……そうだな。兵士たちにむりやり参加させたところで、士気が下がる」


 ムルモンドはそう言って、目をつぶった。自分の決定がこの国【ダナスティーナ王国】の将来にかかっている。その責任の重みに耐えきれず、逃げ出したくなるときもあるが、ムルモンドには頼れる仲間が周りにいる。メイドさんたちもそうだが、ダナスコスと中川、そしてオルフェルド。この3人がいる限りきっと逆境も乗り越えてくれるであろう。


「魔物との実戦訓練はいつ始めるつもりだ?」

「偵察隊があと2日ほどで戻ってくる予定です。その後、必要な準備を整えて、遅くとも来週から始めたいと考えています」

「……そうだな、それが一番いい。焦って準備などをすれば間違いも起こるであろう。必要なものがあれば、言ってくれ。こちらで用意する」

「ありがとうございます」


 ムルモンドとの報告会は終了した。ダナスコスと中川は王宮を出ると、この後控えている一番の山場のことを考えて、ため息をこぼした。


「オルフェルドが説明してくれればいいのだがな……」

「……そうですね、それが一番あの二(・)人(・)にはいいかもしれませんね」


 あの二人、つまりエリナ=高橋と冬花=ナカムラに対する魔物との実戦訓練についての説明だ。すんなりいくとは全く考えていない二人は、オルフェルドが場を乱すような発言をしないことに強く期待を寄せたいところだが、きっと失言をして、修羅場になるのだろうなと今から憂鬱な気分になるダナスコスと中川だった。

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