幸せの予感
「いまなんて言った?」
顔を上げると、マークス様がブルートパーズ色の瞳を見開いていた。
「喜んでお受けいたしますと、申し上げました」
びっくりした様子のマークス様にこちらがぎょっとした。
えっ、もしかして……
「ご冗談でしたか? 本気にしちゃって…」
「いや違う、そうじゃない。待て、勝手に誤解するな」
マークス様が右手を挙げて、手のひらをこちらに向けて制止した。
「てっきり断わられるものと思ってたから、反応を間違えた」
目を逸らしたままマークス様はそう仰って、数秒何かと格闘したような間を置いてから、ぱっとこちらに視線を戻した。
いつもの冷ややかな瞳だが、少しも怖くなく、それよりも気になったことを咄嗟に訊き返していた。
「どうして断わられるとお思いに……普通に考えて、断わるはずがございません」
「普通はな」とマークス様は忌々しそうに小さく息を吐いた。
「だがお前は、ちょっと普通とは違うだろう?
いや、以前のお前なら一も二も無く、提案するなり飛び付いただろう。大きな胸をこれ見よがしに揺らして、他の娘たちを突き飛ばしていた頃のお前なら。まあ、その頃のお前には良い印象が無かったがな」
また昔のことを蒸し返されて、こちらもそう良い気分はしない。
あの頃の言動は若気の至りだったと前にも反省の弁を述べたのに、再々蒸し返さなくても。
はあ、と少し不満気味に相槌を打った。
「しかし今のお前は、俺たちにまったく執着していない。気にしているのは増産計画の苺と、警ら隊の幼なじみのことだけだ。スティーブンのことが好きなんだろう? しかしスティーブンはただの警ら隊員で平民ゆえ、婿には相応しくないと家族に反対された。だから俺と結婚する? 俺なら申し分ない身分だからな。お前は、それで本当に良いのか?」
批判がましい口調と視線に、失礼ながらイラッとした。
求婚しておいて、承諾したら説教されるって一体何なんですか?
「良いも悪いも!」と思わず大きな声が出た。
「振られたんですもん! スティーブンには。お兄ちゃまにはずっと前からの想い人がいて、めでたく両想いになって、2人は婚約するんですもん。幸せを願って身を引くしかないでしょう。パーシーはパーシーで、どうせ結婚しても浮気するのは確定だし、それなら運命の人に譲ったほうがいいじゃないですか! 私モテないんですもん。それを責められたって困ります。仕方ないじゃないですか」
どうせどうせ私は、胸の大きさだけが取り柄の性格の悪い、意地悪顔の女ですよだ。
うまい話に馬鹿みたいに飛びついて、馬鹿にされて情けない。
私のやけっぱちの叫びを受けて、マークス様は意表を突かれたような顔をした。
さすがにこの場で喚き散らされるとは思ってなかったのだろう。
領主様のご令息相手にこのなりふりの構わなさ、お母様と血は争えない。
などと頭の片隅では冷静なのに収拾がつけられず、ポロポロと涙が零れ落ちた。
「泣くな」とマークス様が仰った。
女に泣かれると弱るのは、男性の性らしい。
「俺の言い方が悪かった。お前はモテないと悲しんでいるようだが、俺にとっては幸いだ。その幸運に大人しく感謝すべきだと分かっているが、性分的につい意地の悪いことを言ってしまったな」
「私がモテなくて、マークス様は幸せなんですか? ひどい、」
だらだらと泣きながら訴えると、マークス様の手が伸びてきた。
「ああ。他の男になぞモテなくて良い。お前が失恋して良かった。そんな酷い男だが、一生大事にするから許せ。誰よりも俺が愛するから、それで満足しろ」
気づけば両腕でぎゅっと抱き締められていて、まるで夢の中にいるような心地で、マークス様のお言葉を聞いた。
嗚咽が漏れて上手く返事ができず、代わりにぎゅっと抱きしめ返した。
ひどく安心すると同時に、言いようのない甘酸っぱい気持ちが胸の中に広がった。
どうしよう、この瞬間に恋に落ちるなんて、神様私はやっぱりチョロいんでしょうか。
だけど正直いって、とても嬉しくてたまらなかった。
一生大事にするとか、誰よりも愛するなんて言葉を自分が言われるなんて、一生あり得ないと思っていた。
それも、もっとも言いそうにない相手から。
まるで夢みたいだけれど、マークス様から伝わってくる胸の鼓動はリアルだ。
はっとした。
もしかしたらマークス様とは仮面夫婦ではなく、政略結婚上でなく、本心から愛し愛される夫婦になれるのでは?
きっとそうなる、と強く予感した。
マークス様推し様に贈るIfストーリーいかがでしたでしょうか。