分岐点
『没落寸前の悪役令嬢に転生したので実家をどうにかしたい』本編の69話からの続きとなります。
そう気付くと居ても立っても居られなくなって、警ら隊の寮へ足が向かっていた。
スティーブンへ一言謝りたい一心だった。
しかし懐かしい建物を目前にして、はたと冷静になった。
約束もなくいきなり押しかけたところで、警ら隊員は出払っている可能性の方が高いし、居たとしても暇にしている訳ではない。
普通に迷惑だろう。
優しいお兄ちゃまはそんなことは言わないけれど。
それに今更、会って謝ったところで何がどうなるというの。
スティーブンお兄ちゃまには、もう恋人がいるのだ。
サリーと仲良くやっている、その邪魔をしてはいけない。
「……どうしたんです? クレア様……」
お供でついてきたグローリアが、警ら隊の寮の門前で立ち尽くす私の背中に声をかけた。
くるりと振り返って言った。
「用がなくなったわ。帰りましょう」
意気消沈して自宅に戻り、味のしない晩餐を食べてベッドに埋もれた。
鉛のように重く感じる体がどこまでもズブズブと底なし沼に落ちていくような錯覚を覚えた。
これからどうしよう。
なんて考えるまでもない。
年内に婿をとらなければ、お父様の爵位は剥奪され我が家は潰れてしまう。
家を存続させるため、財産を守るためには婿が必要で、かといって誰でもいい訳ではなく、誰1人当てがないのだ。
切羽詰まったお母様が逆上して、伯爵家へ乗り込んで、良い婿をあてがってほしいとマークス様へ迫った。
『俺なら良いか』
……駄目と言えるわけがない。
かつてあれほど望んだ、高望みした、領主様のご令息との結婚だ。
前世で言うところの、何だっけ……『棚からぼたもち』?
思いもよらぬ、幸運――……なのにどうしてこんなに気持ちが浮かないのか。
マークス様のことは嫌いではない。
最初は確かに嫌な人だと思っていたけれど。
あの危険なパジャマパーティーの会場から、無事に連れ出してくれたのはマークス様だ。
その後のスティーブンの処遇を配慮してくださったのも、お父様を断罪することで我が家の破産を防いでくれたのもマークス様だ。
それに……
『さすがに0票は不憫だと思ってな』
リズ姫の初恋大使を選ぶコンテストで、事前の打合せを無視して、マークス様は私にご自身の1票を入れて下さった。
私のお見合い相手のパーシーが会場に来ていることを知って、私の面子を立てるためだ。
そうだ、マークス様は本当は優しくて面倒見の良い方なのだ。
ただとても口が悪くて、愛想が悪くて、表情が冷たいために、そう見えないだけで。
弟君のトリスタン様のこともとても可愛がられているし、私と結婚したい理由として「父と兄を一生支えるため、領内の貴族の跡取りになるのも悪くない」と仰っていた。
ご家族のことを一番に、とても大切に思っておられるのだ。
結婚すれば私も家族になる。
家族を大切にしてくれる人と結婚する、これは最善だろう。
マークス様はきっと妻や子供にも優しいだろう。甘い耳障りのいい言葉は仰らなくても、文句を言いながらも大切にしてくださる。
勝手にそう信じても良いだろうか。