再会
「当校の校訓は自由です。各々がその能力を活かして最大限にこの学校生活を楽しむこと、それこそがこの学校の存在意義なのです。」
私立由比ヶ浜学園。戦後、鎌倉市の海岸沿いを再開発して国道1号の混雑緩和のインフラ工事を請け負った土建屋が、『この地に若さと活気をもたらしたい』と創設した私立中高一貫校だ。
神奈川県内の私立中高一貫校は、東京に近づくにつれて偏差値が上がっていく傾向にある。が、鎌倉市内の鉄道交通の要衝である大船駅周辺には、そのヒエラルキーから外れた学校が二つある。
1つは大船観音の麓に座する観音高校。全国に名だたるトップ男子校の1つであり、最高学府たる東京大学に多数の合格者を排出すべく、県西部や湘南地区の優秀生が集まる。
そしてもう1つがこの、由比ヶ浜学園。共学の私立中高一貫校として、不動の全国トップに立つ。学校近郊に寮を完備し、学費の安さ、立地の良さ、行政と連携した支援プログラムで全国から幅広い経済界級の優秀性を集めることで、共学校として最高の偏差値を誇ることになっている。
(おいウッティ!眠いのかよ!入学式から居眠りはそこそこキツいぞ!)
隣に座る男子が無声音で耳打ちをしてくる。この小野敦という男は小学生時代の塾の同級生だ。正直こっちは眠くて敵わず、既に船を漕ぎ始めているところだ。気を遣ってくれてありがたいが、もう少し面白いことを言ってくれたら眠気が吹っ飛ぶだろう。
(これ早く終わらねえかな。帰って早く寝たいんだが、、、)
小野にそんなことを耳打ちし返していると、後ろから激しく頭を叩かれる。痛みというより、半径数メートルで響いた『バシッ』という音にビックリして後ろを振り返ると、見覚えのある女子4人が並んで座っていた。そのうち2人が手を払った状態で済ました顔をしている。こいつらは知らないふりをしているが、どうやら俺と一緒に小野まで叩かれたらしい。
寺田花音、中村麻衣子、川原井ゆず、土御門巴。こいつらも小学生時代の塾の同級生だ。小4の頃まで同じ教室で学んでいたが、5年で辞めた後もメンバーはほぼ変わらなかったそうである。当時の同級生は周辺の男子校や女子校にいったそうだが、小野も含めてこのメンバーは受験に成功した組だと言える。
(あんた、昔とちっとも変わってないわね。)
彼女たちに会うのはかなり久しぶりだ。小野とは偶にちょくちょく会っていたが、特に会う理由がなかったこともあり、女子たちとはあれ以来会っていない。実は今日がかなり久しぶりの再会なのだ。
「変わったさ。あれから変わったんだ。何もかもがな。」
理事長、市長、校長、生徒会長と長の名の付くものたちの話などどこぞの空で、激動の2年間が思い出される。
小学4年生の2月。姉の百華の中学受験成功を受け、両親がプレゼントを買いに行った。だが、その日、両親から姉に譲られたのは、形見として燃え残った結婚指輪のみだった。自動車での多重事故に巻き込まれての悲劇だった。
両親が去り保護者不在となった我々姉弟は、まずは母親の実家に引き取られることになった。
だが、いとこ3姉妹と母方の叔母夫婦が住まう家は、横浜の百華の中学とは遠すぎた。幸い、毎朝従姉妹の長女に学校へ送ってもらうことで俺の小学校は変えずに済んだが、百華は新しい学校の近くに一人暮らしを始めた。そうして、1人で叔母の家に入ることになった。
しかし、よく知らない家でいきなり始まった新生活が快適なはずもなく、早々に家を離れることを考え始めた。通常小学生や中学生で一人暮らしをすることは認められないが、寮のある学校に入るのなら別だ。
この学校の寮に本籍を置きつつ、実家を管理するというのが悠二の決断だった。
「俺は自由になった。」
同時に新入生総代が呼ばれる。スッと立ち上がり、椅子の群れを抜けて前の壇上へ歩いていく。小野達の「マジかよ!」という声を無視しながら前に歩いて行き、階段を登ってマイクを整える。原稿はない。
「自己紹介がてら、私がなぜこの由比ヶ浜学園、通称浜学に来たのかお話ししましょう。私は新入生総代、稲村悠二です。鎌倉で育ちました。だが2年前、両親が死にました。引き取られた叔母の家に馴染めずにいたところ、この学校の存在を知りました。まぁ言ってしまえば、家を出るためにここに来たということです。自由になりに来ました。ここでは勉強も部活動も、それ以外も全て全力で楽しめる環境が整っています。」
パチンと指を鳴らすと、客席の電気が消える。
「さて、同級生諸君、君たちはここに何をしにきた?俺は全てをやりに、人生を過ごしに来た。」
もう一度指を鳴らすと、壇上を含めて全ての電気が消える。
「みんなは何しにきた?」
少しの間の後、パチンという合図と共に、壇上にスポットライトが当たる。
「今思い浮かんだもの、少しでも頭によぎったもの。全てを心行くまでやろう。卒業するまでの6年間は長いようで短い。なんでもやり切ろう。ここには寮だってある。親にも邪魔されない。俺たちを邪魔できるのは先公達と試験だけだ。」
そして、明かりが灯る。
「さて、ここまで好き勝手言って来ましたが、このような素晴らしい学校を作り、俺たちが駆け抜けるための新境地を開墾してくれたのは先輩方や先生達です。我々はそれに対して最大限の敬意を払います。その敬意の証として、我々はその新境地で最大限に暴れ回りましょう。そして、新しい、各々が思い描く全てをそこで作りましょう。そうすれば、自ずと我々の名は歴史に刻まれます。以上で新入生総代、稲村悠二の答辞とさせて頂きます。みんな、遊ぼうぜ!」
壇上の机の中から巨大クラッカーを引っ張り出し、紐を引いて爆発させる。
細長いヒラヒラが体育館を舞っている間に、壇上から消える。光に反射した銀や金はとても綺麗で、みんなが見惚れているうちに席に着く。
「こういうことなんだよ。」
「何カッコつけてんのよ。変わらずただのアホじゃない。」
彼女達のお眼鏡には敵わなかったようだ。