第八話 湧き上がる、この感情の名前は……
殿下をイジリ倒し、殿下が完全にキレるまで続いた私の『揶揄い』だが、流石にこれ以上やると拗ねてしまうだろうという事で終わらせることに。ちょっと勿体ないが……まあ、あんまりイジると可哀想だしね。
「……ですが……困りましたね?」
「なにがだ?」
「いえ、今日……というかこれからしばらくはコレで歴史の勉強をしようかと思っていたんですよ」
史学、というのは結構実りのある学問だ。勿論、歴史に学ぶという側面もあるにはあるが、何よりも王族・貴族として国家を代表して交渉をする立場である以上、ある程度自国と他国の歴史は知っておくべきである。じゃないと、何処に地雷があるか分かんないし。
「……別に良いだろう。歴史の勉強をすれば」
「え? でも、全部読んだんでしょ、これ。暗記もしてるんだったら……」
「確かに覚えているが……何ページの何行目に何が書いてある? と問われると、答える事は難しい。ある程度は行けると思うが」
「……いや、別にそこまでのレベルを求めてはいないんですが」
それはもう、趣味の領域だろう。少なくとも、学問の本質ではない。っていうかある程度は行けるのか。スゲーな、殿下。
「……そうだろうが……なんだ? これから新しい教科を探すのは難しいだろう?」
「そうですね……少なくとも、今日一日は棒に振りそうです」
「それは時間がもったいないし……なにより、お前も一緒に勉強するのであれば、歴史学をするのはやぶさかではない。新たな発見もあるやも知れんしな」
「いや……ない気もしますが」
私、この本読んでないし。一緒にお勉強をしようかって思って持って来ただけだし。
「反対に俺が教えてやろうか?」
「それ、本末転倒じゃないですか?」
「そうか? 人に教える事で知識が定着するともいう。特に史学は『事実』を羅列してあるが、そこに行きつくまでの過程は人によって考え方もあろう」
「……まあ……確かに」
事実はいつも一つしかないが、真実は人の想いの、願いの数だけある。だから、世の中から戦争はなくならないのだ。いいかえれば、あるのは何時だって『戦争になった』という事実だけで、人の数だけ正義はある。
「それを学ぶだけでも充分、勉強になるのではないのか? そもそもお前、俺にそれを教えたいんじゃないのか? 色々な人の考えを学べと……そういう事では無いのか?」
「……なんでそう思うんですか?」
確かにそう思ってはいたが……殿下には言って無い筈なんですが、それ。訝し気な表情を浮かべる私に、殿下は呆れた様にため息を吐いて。
「アホか、お前は。お前自身が言っていたんだろう? 『人の気持ちが分からない王に、民は付いてこない』と……『民は宝』だと。ならば、民の営みを学ぶ上で、史学など視点を変えて学んだ方が良いだろう? 正しい歴史の学び方では無いかも知れんが、王としての学び方としては及第点だと思うが?」
「……」
なんというか……本当にこの殿下、話せば話すほど『実は賢いんじゃないか?』説が私の中で大きくなる。と、同時に『やっぱり『わく学』は近年稀に見るクソゲー』説も。この王子のキャラを前面に押し出せば、もうちょっとシナリオに深みが出来たと思うが……残念で仕方ない。
「……それに」
そう言って、少しだけ照れ臭そうに殿下は顔を背けて。
「……誰かと勉強をするなどと云う事は無かったからな。少しだけ……まあ、憧れてはいたんだ。だから……その、お前が一緒に学んでくれるのなら……その、少し、嬉しい」
そっぽを向いたまま、そんな事を宣う殿下。にも拘わらず、ちら、ちらっとこちらを見やるその姿が。
「……」
……なんだろう。なんだか、胸が『きゅん』と来る。
「……ああ」
ああ、そうか。分かった、やっと分かった。最初から殿下に感じていた、なんとも言えないこの感情。そう、この感情の正体は。
「……殿下」
――母性愛、だ。
「……ま、まあ、嫌ならいい。嫌なら良いさ!」
そう言いながら、期待と恐れが詰まった目を向ける殿下に優しく微笑んで。
「……喜んで、殿下。一緒にお勉強、しましょう?」
……まあ、考えて見れば私だって来年三十になる女だったのだ。大学卒業して直ぐに結婚してれば、丁度殿下くらいの年の子が居てもおかしくない。そうか。なんだか無性に殿下にイライラしたのはアレか。自分の子供が言う事を聞かない事に腹を立てる感情と一緒か。
「……なんだかその目がそこはかとなく馬鹿にされている様な気がするが?」
「そんな事ありませんよ。『微笑ましいな~』と思って見ております」
「それが馬鹿にしていないか!?」
あー……もう、そう思うとなんだか凄く殿下が可愛くなって来た。任して、殿下!! 私が殿下を、一丁前の王子様にしてあげるから!! 私、立派なママになるからっ!!
「……失礼します」
心の中で拳を握りしめてそう誓う私の耳に、コンコンコンと扉がノックされる音が入った。どうぞ、と声を掛けると扉がゆっくりと開き、私付きの専属メイドであるメアリが顔を覗かせた。
「どうしたの、メアリ?」
「お嬢様にお客様です」
「お客様?」
あれ? 今日、なんか予定が入っていたっけ? そう思い、首を捻る私にメアリは淡々と。
「より正確にはお嬢様というより、殿下のお客様ですが」
「俺?」
「エカテリーナ様がご来訪です」
「エカテリーナ? 何処のエカテリーナ様?」
私の言葉に、メアリは淡々と。
「――王妃エカテリーナ様です。お通ししても宜しいですか?」
…………ゑ?
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