第六話 任せて、お父様!!
「……貴族社会は複雑怪奇だ。驚くことは沢山あるが……此処まで驚かされる事があるとは……」
「……すまん、サルバート公。急にお邪魔をしてしまって」
「いえ……どう考えてもウチの娘の暴走ですので……それに関しては良いのですが……」
そう言って私にジロッとした視線を向ける我が父、リンド・サルバート。端正な顔立ちで、シュッとしたイケメンである。イケメンであるが……なんというか、流石私の父、こう、クール系というか、冷徹系というか……まあ、アレだ。インテリヤクザみたいな風貌だ。
「……なにを考えているんだ、アリス。これは立派な誘拐だぞ?」
「いいえ。合意の上です」
「殿下?」
「いや、あれを合意というのか? 無理矢理引っ張られたんだが……」
「合意の上です。だって殿下、私の手ぐらい簡単に引きはがせるでしょう? 力なら殿下の方が強いですし。それでも黙って引っ張られてきた以上、それは合意の上では無いですか?」
「……屁理屈を言いおってからに……」
そう言って呆れた様にはぁと息を吐くお父様。屁理屈も理屈の上です!
「……陛下には私の方から一報入れておこう。それで? 殿下はこちらで暮らされるのですか?」
「そ、それは……」
「はい!」
「おい! なんでお前が答える!!」
「だって私、殿下にお勉強を教えますから!! このままでは殿下、ポンコツ王子になってしまいます!!」
「ぽ、ポンコツ!? 不敬だろう、流石に!!」
「陛下からお許しは頂いております! これからは私がビシバシと殿下を鍛えますので、そのつもりで!!」
「き、鍛えるって……」
「……はぁ。アリス、もうよい。取り敢えず殿下、今日の所は客間でお休みください。ご案内します。ジム」
「はい」
「殿下を客間にお連れしろ」
「分かりました」
そう言って殿下に頭を下げて、『ご案内させていただきます』と殿下を促す執事のジム。そんなジムの背中を見送った後、お父様が視線をこちらに向けた。
「……なぜ、この様な事をした、アリス?」
射貫くような瞳に思わず体が震える。これは、アレだ。私がミスした時に笑いながらめっちゃ怒った上司と同じ目だ!!
「そ、その……」
「殿下は婚約者と言えど、我が王国の第一王子、王太子だ。その王太子が、臣下である公爵家に拉致されるなど大問題になるぞ? それでなくても、殿下への風当たりは強い」
「……それです」
「なに?」
「その……殿下が余りにもお可哀想でしたので。家庭教師も付けて貰えず……王妃様にも、その……」
私の言葉に『はぁ』とため息を吐くお父様。
「……そこまで喋ったか、殿下は。まあ、お前の言う通りだ」
「その……やっぱり、王妃様は殿下を、その……」
「……それは私が喋っても良い事ではない」
「……」
「……ただ、そうだな。お前にはまだ難しくて分からないだろうが、私にも色々考えがあって、お前を殿下の婚約者へ推挙した」
「メアリから、陛下から打診があったとお聞きしましたが」
「……」
「お父様?」
「……『打診』などという言葉を知っているのか? あまり使わぬ言葉だが」
「え、えっと……ほ、本で! 本で覚えました!!」
「……」
「……」
「……まあ良い。いいか、アリス? 確かに王室から話はあった。その理由の一つに、ジーク殿下のお立場が弱い事もあった。我が家は王国でも有数の貴族だし、後ろ盾になる意図も充分あった。お前がジーク殿下との間に子を為せば、国母様だ。その打算も当然あった」
「政略結婚ですもの。当然ですわ」
「だが……なにより、お前が殿下を好いていたからな。殿下は愛に飢えておられる。七歳、当然と言えば当然だ。だから、お前が殿下を愛せば、殿下も寂しさを紛らわせるかと思ったが……」
そう言って、ため息。
「……まさか連れ帰るとは思わなかったぞ?」
「……てへぺろ」
「なんだ、それは。まあ、良い。ともかく連れて帰ってしまったものは仕方ない。殿下にとってもあの王宮で暮らすのは精神衛生上、よろしく無いだろうしな」
そう言ってお父様は席を立つ。
「私はもう寝る。お前も夜更かしせずに寝ろ。それと、殿下の面倒をよく見て差し上げろ」
「いや、お父様。そんな犬猫拾って来た訳じゃないんだから」
「犬猫の方がマシだ。私の大事な娘を取り上げに来たんだからな、殿下は」
「……ツンデレですか、お父様」
「なんだ、それは?」
「あ、いえ。なんでもないです。それでは、おやすみなさいませ!」
「ああ、おや――そうだ。肝心な事を聞いていなかった」
「なんでしょう?」
「お前は殿下に勉強を教えると言っていたが……教える、という事はお前自身が学問を修めていないといけまい」
「ええっと……そりゃ、まあ」
「だが、お前自身、まだ七歳だ。修めている学問などなかろう。そんなお前が、殿下に何を教えるつもりだ?」
「……」
……おうふ。そうだ。私、今は七歳児だった。どうしよう……『実は転生者なんです。お父様と同年齢くらいっす! ガキの勉強とか、余裕っす!!』とか言っても良いんだろうか? なんか『わく学』の緩い世界観なら許される気もするんだが……
「……所謂、『学問』を教える事は出来ません」
でもまあ、此処は無難に。
「ほう。では、何を教える?」
「『王』としての在り方を、それを教えて差し上げます」
「……それは学問以上に難しいのではないのか? そんな事を教えられるのは、陛下だけだろう?」
『王』に道を説けるのは、他ならぬ『王』だけ。でもね、お父様?
「私がお教え出来るのは、『民が望む王』です。こんな王だったら嬉しい、こんな王だったら楽しい、こんな王だったら……悲しい。そんな、王としての在り方を殿下に教授させて頂きます」
「……王が民の意見ばかり聞いていては国は回らないぞ?」
「聞き入れるか、聞き入れないかはその時の選択ですが……『知らない』では話にならないかと」
「……」
「……」
「……変わったな、アリス。お前は本当に七歳児か? まるで大人の様な……誰かが乗り移ったかのようだが?」
訝し気な目でこちらを見つめるお父様。や、やべ!
「……殿下の婚約者になりましたので。こう……め、目覚めたと申しましょうか」
嘘は言ってない。前世の知識に『目覚めた』のだ。
「……ふむ。ならばそういう事にしておこうか」
「……私が言うのもなんですが……良いんですか?」
「殿下とお前が一緒にいて、少しでも殿下が癒されればと思っての婚約だからな。学問は別の人間が教えればよい。お前は殿下に、『民の望む王』の道を説け」
「……はい!」
任せて下さい。乙女ゲーを何本もプレイして来た私、『王子様道』を説くのは得意中の得意です!!
「……なんだか今、寒気がしたが……まあ良い。アリス」
頼んだぞ、と。
「はい!」
そう言うお父様に、私は元気よく答えた。
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