第五十一話 大切な、世界。
誕生日パーティーから一夜明けた翌日、私はエディに着いて行く形で王城に登城した。理由は簡単、王城の一室で匿われている……というか、隔離されているエリサ・ロクサーヌに逢う為だ。
「……緊張しているのか、アリス?」
「……ええ、少しね」
少しだけ震える膝を励ましながら歩く私を気に掛けてくれるエディに無理矢理笑顔を返して、私は王城の長い廊下を歩く。そんな私を心配げに見つめたまま、エディが言葉を継いだ。
「……まあ、そんなに緊張するな。光魔法の使い手に逢うのは初めてだろうが……別に取って喰われたりはしないさ。普通の少女に過ぎん」
「……そう、ね」
……ごめん、エディ。そうじゃない。そうじゃないんだ。別に『光魔法』の使い手だから緊張している訳ではないんだよ。
「……」
『わく学』のヒロイン、エリサ・ロクサーヌ。『エリサ』はデフォルト名で、一応、好きな名前に変更することが出来る。ただまあ、一応中世ヨーロッパ風な世界観、ゴリゴリの日本人名を付けると違和感しかないという事で、多くのプレイヤーがデフォルト名でプレイしたキャラクターである。ちなみにデフォルト名だとキャラクターが『エリサ』と名前で呼んでくれるので、そのままにした、というプレイヤーも多い。私もそのクチだ。
ゲーム発売当初、エリサは令和最大の恵まれたヒロインと呼ばれていた。なんせ、神絵師るーびん先生の美麗なイラストで描かれたキャラクター達と恋仲になれる、という乙女の憧れみたいなキャラクターだったし。まあ尤も、その栄光も発売日当日の夕方には『令和最大の人為的な悲劇のヒロイン』と呼ばれていたが。『わく学スタッフの唯一の功績は、ヒロインにCVを付けなかった事』と言われるぐらいだ。流石に、ヒロインが『あの』扱いを受けていたら担当した声優さんにも迷惑が掛かるからな。そこだけはグッジョブだ、わく学。
「……こんな世界はイヤだ、か」
エディが聞き間違えた可能性もゼロではない。ゼロでは無いが……仮に聞き間違えで無いのなら、『ワクガク』という単語が出ている以上、十中八九私と同じ転生者だろう。それはつまり、私が持っているアドバンテージ……『わく学』世界の知識を知っている、というアドバンテージがいきないって事になる。
「……」
泣き叫んだ、という事実は聞いた。聞いたが、『わく学』世界に転生した事実を認め、一周回って開き直って俗に言う『逆ハーレムルート』を狙っている可能性はある。私が今まで見て来た、所謂『異世界転生物』の小説では、そういうヒロインも居た。
「……そうね。もし、エリサがそう考えているのなら」
一体、どんな性格の子なのか。少なくとも、私はヒロインの逆ハーレムルートなんて望んじゃいないし……それを彼女が狙うなら、それは私に取って明確な『敵』だ。仮に敵対する事になるのであれば……私は、どういった対応を取るのが正解なのか。悪役令嬢……でもない、モブキャラの私だが、『悪役令嬢』であるリリーの寄親として、リリーを守ってあげたい気持ちもあるし、何より。
「……私が……守るから」
私の隣を歩くエディを、王城の何処かにいるジークを、近衛騎士団の訓練場で汗を流しているラインハルトを守ってあげたい、そんな気持ちもあるのだ。エリサがどんな子だろうと……彼ら、彼女らの平和は、私が守る。
……なんだかんだ言った所で……二年も暮らした世界だ。私だって……まあ、そのなんだ。楽しいんだ、この生活が。
「……どうした? 寒いか?」
「心配しないで? 武者震いよ」
ぶるりと震えた私に気付いたエディに、『むん!』と力こぶを作って見せる。私のそんな行動に、呆気にとられた様な顔をした後、エディは苦笑を浮かべて見せる。
「武者震いって……なにと戦うつもりだ、アリスは?」
何と? そんなん、決まってるじゃん、エディ。
「……無論、『世界』と」
『わく学』という世界と。そんな世界に降り立たせた、『カミサマ』とやらが居るのであれば、そんな神様と。
「戦って……勝って見せるわよ」
皆と生きる、この『楽しい』生活を守る為に。
「世界と来たか。大きく出たな?」
「あったりまえじゃん。私は、私の平和を守るよ?」
「……頼むから、いきなりエリサにドロップキックをしないでくれよ? まだ怯えてるし……君が来ると聞いて一層、怯えているんだ」
「ど、ドロップキックって! あんなの、若気の至りでしょ!! 今はしてないわよ、今は!!」
「過去にした事がある、というだけでも大概だがな。まあ、くれぐれも暴力的な事は控えてくれよ?」
そう言って一つの扉の前で立ち止まるエディ。私の身長の二倍はあるであろうその大きな扉の前に立ち、私は自分の頬をパンっと両手で叩く。負けるな、私!!
「……本当に、一人で行くのか? 俺も着いて行くが……」
「あら? 女子会に参加したいのかしら?」
「そういう訳では無いが……心配で」
「エディは話をした事、あるんでしょ? 私を害しそうな感じの子だったのかしら?」
「……」
「エディ?」
「……どちらかと言えば、エリサ嬢の方が心配なのだが」
「……おい」
「……冗談だ。彼女の身の上は充分調べたつもりではある。あるが……まあ、気を付けてくれ。扉の前にはいるから、何かあればすぐに声を上げろ」
「大丈夫。上げるとしたら……エリサの悲鳴ぐらいじゃない?」
「だから!」
「じょーだん、じょーだん。それじゃ行ってくるわね~」
ドアの前でひらひらと手を振った後、コンコンコンとノックを三度。室内から『ど、どうぞ!』という怯えた声が聞こえて来て、私はドアを開ける。
「……お、お初にお目に掛かります! あ、アリス・サルバート様!! あの、その、わ、私……」
部屋の中央で立ったままの栗色の髪の美少女が慌てて頭を下げる。そんな少女に、笑顔を浮かべて私は口を開いた。
「初めまして。アリス・サルバートと申します。本日はエディ様にお願いして、時間を作って頂きました。エリサ様、ですわね?」
「は、はい! エリサ・ロクサーヌと申します!!」
上げかけた頭を再び下げるエリサ。そんな姿に笑みを深めて、私は言葉を続ける。
「その様に緊張されずとも宜しいでは無いですか」
……さあ、此処が正念場。どんな子か知らないけど……マウント、取らせて貰うよ?
「――『仲間』でしょう、私達?」
にこりとしたつもりだが、きっとニヤリとした笑みになっているだろう。どっちかって言えば悪役顔だし、ニヤリが似合うんだ、私は。そんな悪役令嬢満載な私の顔に、エリサの頬が引き攣ったのが分かった。
「え、えっと……な、仲間って――」
「……るーびん先生の神イラスト」
「――どういう……え?」
「ぬるぬる動くサフト社製のアニメーション、シャイニーズ事務所のアイドルによるオープニング……」
「っ! そ、それって!!」
驚いた顔を浮かべるエリサに、口の端を釣り上げて。
「――『わく学』」
――さあ、どうだ? もし、『転生者』が自分だけだと思っていて――その『力』で、私の平和を壊そうとするなら……容赦はしないぞ。そんな私の視線を受け、エリサは見開いた目に大粒の涙を溜めて。
……ん? 大粒の涙? あ、あれ? ちょ、ちょっと?
「ふぇ……」
「え、エリサ様? えっと、その……」
「――ふえぇぇぇーん!! 良かったよ!! 私以外にもこのクソゲーの転生者がいたよぉおおおおおお!!!」
「ちょ、エリサ――って、眩しい!!」
いきなり、全開の光魔法で輝きだすエリサに思わず私は目を瞑った。眩し!!
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