第三百八十四話 脳が腐るかと思った
ロッテとパティがお見舞いに来てくれてしばし、三人で『ヤバい事になったかも……』と頭を抱えていると、トントントンとドアがノックされた。誰か来る予定だったっけ? と首を捻って『どうぞ』と声を返すと、ドアが開いて。
「……お邪魔する、アリス」
「エカテリーナ様? あ、どうも……あ!」
寝転んだままでは不敬、そう思い慌ててベッドから身をおこそうとした私を手で制すエカテリーナ様。
「いい。アリスは熱が出てるって聞いた。だから、お見舞い。気にせず寝てて」
座ってもイイ? と聞くエカテリーナ様に頷いてパティにお願いして椅子を持ってきてもらう。そんなパティにありがとうと声を掛けてエカテリーナ様は椅子に座ると、相変わらずの無表情――じゃない、若干困った顔をしたエカテリーナ様がこちらへ視線を向けて。
「…………ティアナに会ったんだけど」
……おうふ。
「そ、その……え、エカテリーナ様? ティアナ様にお会いになったという事ですけど……そ、その……ど、どうでしたか?」
「……」
私の言葉に、エカテリーナ様は瞑目して天を見上げる。どう言うか、悩むような仕草を見せた後。
「…………………びっくりした」
でしょうねぇ! そら、『あの』ティアナ様を見たらびっくりした以外の感想、でてこないわな~!
「ティアナがマックス殿下に好意を寄せていたのは知っている。あの子は素直じゃないし、いい話にならないかな、とは思っていた」
「……婚約話があったとか無かったとかお聞きしたのですけど……」
「逆に聞く。アリス、ジークと『政略結婚』で納得行く?」
「……行かないです」
「婚姻自体は……まあ、どうなるかはともかく、纏めるのはそんなに難しくない。あっちにはあっちの都合もあるし、こっちにはこっちの都合もある。政治的な配慮を考えるのなら、ティアナがマックス殿下に嫁ぐ事は可能。でも……そんなの、悲しすぎる」
「……はい」
「だから、ティアナにはもう少し素直に……そう、甘える。甘える事が出来ればと思っていた。そういう意味では良い変化とも言えるけど……」
がっつりと困った顔を浮かべて。
「あの子、ブレーキとか無いの?」
……言葉もねーよ。そうだよね。ティアナ様、もう完全にブレーキぶっ壊れてますもんねぇ! 困った顔を浮かべる私に、エカテリーナ様も同様の顔で首を左右に振って見せる。
「……いや、もしかたら、最初からブレーキが実装されていない可能性もある。あの子、情の深い所があるし、一度懐に入れたものを可愛がる可能性は高いとは思ってはいた」
「そうなんですか? いや、お優しい方っていうのは知ってましたけど……」
ティアナ様が下々の者にも優しく、平等に――公平に、じゃないぞ? きちんと上下の区別をつけながら、それでも差別をされない方なのは知っていた。知っていたけど……
「情が深いんですか、ティアナ様?」
「可能性の話。私たちもそうだけど、王族って、あんまり好き嫌いを出すのは良くないから」
「……ああ」
「そんなティアナが、本当にホシイモノ――マックス殿下を手に入れたら、甘えるのは甘えるとは思ってた。思ってたけど、流石にアレは……」
「……そんなにですか?」
「『あ、エカテリーナ様!! 今まで大変ご迷惑おかけしました! お蔭さまでマックスと、その……良い仲になりまして……』と、蕩けた様な表情でマックス殿下の腕に抱き着いて、胸を押し付けて甘えている姿は……」
一息。
「脳が腐るかと思った」
「……ひでぇ」
脳が腐るは言い過ぎですよ、エカテリーナ様。いえ、気持ちは分からんでも無いんですが。
「ティアナの今までの姿とあまりにも違い過ぎるのもあるけど、流石にあんな……『メス』の顔を浮かべるティアナは見たくなかった」
「……」
「……ティアナは国王家の家族である副王家の人間。ジークとも年が近いし……アリスの前で言うのもなんだけど、ジークの婚約者を考えた時期もあると聞く」
「それはまあ……はい。気にしてません」
昔の話だし。
「そう? それじゃ良かった。まあ、そういう訳で、当然、陛下とも面識があるし……と、いうか面識どころの話じゃない。ウチは男の子ばっかりだし、ティアナの事は本当の娘みたいに考えていた」
「……ああ、凄くイヤな予感がします。も、もしかしてですけど……エカテリーナ様が脳が腐ると思った時に、陛下は……」
「隣に居た」
「……」
……終わった。
「……ちなみに陛下はどうなされたのでしょうか……?」
私の言葉に、エカテリーナ様は悲しそうに眼を伏せて。
「私は『脳が腐る』かと思ったけど、陛下は『脳が破壊』されたみたい。そのまま泡を吹いて倒れて、今は……医者が診ている」
誰がうまい事を言えと。いや、そうじゃねぇ! 大事じゃないか!? ヤバい、マジでヤバいパターンだ、これ!!




