第三十一話 差別も区別もする女
「……」
「……おい、ジーク」
「……なんだ?」
「……俺よりお前の方が仲が良いだろ? 声、掛けて来いよ」
「……仲が良いというか……というか、それならお前の方が仲が良いだろ、ラインハルト。よく話をしていたじゃないか」
「……あれは話じゃねーよ。言い争いだ」
「……」
勉強会が始まってしばし。メアリによる算術の授業を受けていた私達なのだが……やっぱり、群れからはぐれたオオカミの様に私たちに背を向けて読書に勤しんでいるエディが気になるのか、ラインハルトとジークがこそこそと話をする。そんな姿を見つめながら、メアリがため息を吐いた。
「ジーク様、ラインハルト様。お二人とも、授業に集中して下さい」
「す、すまないメアリ嬢」
「あ、ああ。わりぃ、メアリ姉さん。でもよ? 姉さんだって『アレ』、良いと思ってる訳じゃねーんだろ?」
そう言って親指でエディを指すラインハルト。そんなラインハルトの姿に、メアリは首を傾げて見せた。
「いえ……別に、構いませんよ?」
そんなメアリの言葉に、ジークとラインハルトが驚いた様な顔をして見せる。うん、私もだ。メアリ、良いの?
「……良いの、メアリ?」
「……驚きだ。メアリ嬢は、この授業に対して熱意をもって接していると思っていたのだが……」
「俺も。姉さん、宿題忘れてくると怒るじゃん。なんだ? 差別かよ?」
三者三様、驚きを口にする。違う口で言ってはいるが、意味自体は一緒だ。メアリの授業、厳しいし。
「……勘違いをしておられるかも知れませんが、私は別に授業に熱意を持っている訳ではありませんよ? 私の仕事はアリス様の侍女であり、アリス様のお世話をさせて頂くのが仕事に御座います。この『教師役』は……言い方は悪いでしょうが、仕事ではありませんので」
……おお。そ、そう言われればそうだ! 当たり前の様にメアリに教師役お願いしたけど、よく考えたら何処の乙女ゲームでもメイドと家庭教師は別のキャラが担当してたわ!
「ご、ごめんなさい、メアリ!! 私、何にも考えずに『教師役して!』とか言ってた!! その、給金もちゃんと支払ってないし……」
「……そう言えばそうだな。当たり前の様にメアリ嬢に教えて頂いているが……」
「わ、わりぃ、姉さん!! ウチの家からも支払い、させて貰う!!」
先程は驚いた私達だが、今度は三者三様で慌てて見せる。そんな私達に苦笑を浮かべながら、メアリは首を左右に振った。
「いえ。私の仕事は侍女ですので、アリス様のお世話の中に『勉強を教える』というものが含まれているだけです。ですので、『勉強を教える』という事に関しては熱意を持っておりますが、それを聞くか聞かないかは皆様の自由ですよ?」
……なるほど。職務の一環として『勉強を教える』が、別に生活態度までは知った事じゃないって感じか。学校の先生よりは大規模な予備校講師のイメージなのかな?
「……んじゃ、別に俺が宿題忘れて来ても叱る必要はないってことか?」
「……私も怒られているんだけど……」
「宿題は忘れないが……問題を間違えると叱られるな」
……そうなると、なんで私達にはあんなに厳しいのさ。
「それは先程、ラインハルト様が仰った通りです」
「俺が?」
「ええ。私は博愛主義者ではありませんので。差別もしますし、区別もしますよ」
「……嫌いなのか、俺らの事?」
心持しょんぼりした風にそう聞くラインハルト。そんなラインハルトに、珍しく驚いた様に目を見開いた後、メアリは慈愛の籠った眼差しを向ける。
「……いいえ」
「でも!」
「自身を『姉さん』と呼んでくれる幼子を、嫌いになれると思いますか?」
「……」
「……先ほど申した通り、私は別に博愛主義者ではありません。誰も彼も優秀な人材にならなければいけないとは思ってませんし、私の知る『幸せになって欲しい』人が幸せになれれば、究極他の人がどうなろうと、知った事ではありません」
「……極端すぎるでしょ、それも」
「まあ、そうですね。ですが、私自身、それがダメだとは思っていません。世界の反対側の、見ず知らずの人の死を悼めと?」
「そこまでは言わないけど……」
「ですので……ラインハルト様が宿題を忘れてくれば叱りますよ、それは。宿題は約束事です。約束事を守れない人が、立派な大人になれると思いますか?」
「……思わない」
「ジーク様もです。無論、人間である以上、間違える事はあります。ありますが、貴方はいずれ人の上に立つ人間です。ならば、間違いはない方が良い」
「……ああ。メアリ嬢の言う通りだ」
「ああ、今間違えるな、と言ってる訳ではありませんよ? 今は沢山、問題を間違っても良い。ただ、『間違える』ことに慣れない事と、『間違えた事』を叱られないと勘違いしてはいけません。貴方が王になれば、貴方に苦言を呈せる人間は少なくなります。貴方は貴方自身で、自己を律しなければならない。その為の訓練だと思って貰えれば」
「……肝に銘じる。そして……感謝する、メアリ嬢」
「いえ……」
一息。
「不敬を承知で宜しいでしょうか?」
「……構わない。そもそも、この集まりに『不敬』など、ない」
「では」
そうしてメアリは私、ジーク、ラインハルトを見渡して。
「――私は皆様を弟と、妹と思っております。貴方がたには幸せになって欲しい。なので、これからも厳しく接する時はあるかと思いますが……それは、私の中での明確な『差別』です。それが嫌なら申し上げて下さいませ? 寂しいですが……その時は、潔く身を引きますので」
……イヤな訳、無いじゃん。
「ありがと、メアリ」
「その……なんだ、俺も。サンキュな、姉さん」
「……私も、その……なんだ? 年上の兄弟姉妹はいなかったので……メアリ嬢の事は、あ、姉の様に……思っている」
……うわー……すげー、物凄く、照れ臭い。でもまあ、嫌なワケじゃないし、良いんだけど……
「……」
……なんだろう? これ、メアリが完全にメインヒロインのカンジ、ない? 散々クソガキ、クソガキ言ってた癖に……まあ、良いんだけどね? 良いんだけど、若干もにょる。そんな事を考えながら、それでもなんだか胸の奥がほっこりする感覚を覚えていると。
「――ふん。仲良しごっこか? おめでたいな?」
そんな声が、背後から聞こえて来た。
『面白かった!』『続きが気になる!』『アリスちゃん、がんば!』という方がおられましたらブクマ&評価の方を宜しくお願いします……励みになりますので、何卒!




