第二百九十話 わく学の呪い(ちがう
「……」
「……」
「……な、なんか言ってよ……」
私の言葉に、バカみたいにポカンと口を開けるジーク。う、ううう……な、なんだよ、その顔!! そ、そりゃ、私のキャラじゃないだろうけどさ!! せ、折角、勇気出していったのに、その顔は失礼じゃないかなっ!!
「あ」
「あ?」
「……アリスが……デレた」
おい。
「デレたってなんだ、デレたって!!」
つうか誰だ! ジークにこんな言葉を――ああ、エリサだな。
「いや、こう、いつもツンツン……はしていないが、こう、俺の事なんて気にも掛けないアリスがそんな事を言うとは……と。これが『デレ』か、と」
「……悪かったってば」
「いや、責めている訳ではない。訳では無いんだが」
そう言って何かを噛みしめる様に目を瞑ってジークは上を向いて。
「……生きててよかった」
「大袈裟だよ!!」
なんだよ、生きててよかったって!! そ、そこまでの事じゃないだろう!!
「いや、そうは言うがな? 何年間の片想いだと思っているんだ? 七歳の頃から今まで、九年だぞ、九年? 人生の半分以上をアリス、君の事ばかりを考えて生きて来たんだぞ? 『あ、これはもう無理かも……』なんてついつい弱気な考えも浮かんだんだぞ?」
「……弱気になったの?」
「……諦めるつもりは毛頭なかったがな。だが、幾らアプローチをしても『あはは、ジークは可愛いな~』みたいな弟を見る様な目で見られると、心は折れそうになる」
うぐぅ。
「……ごめん」
「いいさ。その『かい』もあったと云う物だ。アリスから」
そう言ってジークは私の髪を一房取って唇まで持って行き、優しく口づけを落とす。
「――こんな嬉しい言葉を貰えたんだ。諦めなくて、本当に良かった……」
口付けを落とした顔を上げて、にこやかに笑うジーク。
「……ありがと」
「何がだ?」
「……そ、その……諦めずに……ず、ずっと、私を、そ、その……」
好きでいてくれて、と。
「そ、その……そのお陰で、私は今……と、とっても幸せだから」
本当に。
ジークがもし、『アリスなんてもう知らない』って言ったら――今の私は無いだろう。そう思い、精一杯の感謝を込めてジークに微笑む。
「……アリスは俺を殺すつもりか?」
そんな私の微笑みに、ジークは片手で目を覆って天を向く。
「いぃ!? こ、殺す!? そ、そんなつもりはないよ!! た、ただ、本当にそう思っているってだけで!! ほ、本音を言っただけだよ!!」
「……やめてくれ。そんな可愛い事を言われたら流石に辛抱が利かなくなるんぞ?」
「そ、それは……」
さ、流石にそれはちょ、ちょっと早いというか! え、えっと……!
「そ、そうだ!!」
「……なんだ?」
う……や、ヤバい。この状況を打破しようと思って『そうだ!』と声を上げて見たものの……の、ノープラン……! 圧倒的ノープラン……! な、なにか、わ、話題を……!
「そ、その……ジークは私のどこが好きなの?」
「……は?」
私の質問に、先ほど以上にポカンとする顔をして見せるジーク。あ、あう! 今のはミスクエスチョン!!
「ち、ちが! いや、ち、違わないけど!! だ、だってさ? 私達って出逢いは最悪じゃん!?」
「……悪かったよ」
「あ、ち、違うよ!! その、な、なんて言うか……す、好きになって貰う要素が無いというか……さ、さっきジークは七歳の頃からって言ってたけど、その……ど、どの辺りから私の事をその、す、好きになったのかな~って」
「……それを俺に言わすか、アリスは」
ジトーっとした目を向けて来るジークに『うっ』と息が詰まる。ちゃ、ちゃうねん!!
「……はぁ。まあ良い。正直、何時から、というのは難しいな。だが……少なくともサルバート公爵家に訪問させて貰う様になった時はもう、ずぶずぶだ」
「ず、ずぶずぶですか」
「ああ。ラインハルトやエディが来ると決まった時は嫉妬もしてたし、面白くなかったからな」
まあ今では良い友人だが、と笑って。
「……だから、『どこから』と聞かれると正直困る。出逢いこそ最高のものだったとは言えないどころか、考え得る限り最悪の出逢いだったが……そうだな、本当にいつの間にか、という感じだ」
「……」
「よく言うだろ? 恋はするものでは無い、落ちるものだ、と。そういう意味では俺はしっかりアリスに『落とされて』いたよ」
にっこり微笑んでそう言うジーク。なんだろう……その笑顔が、こう……
「……な、なんか」
「うん?」
「こう……む、胸が……ぽ、ポカポカする……」
だ、だってさ! 『運命的な出逢いが!』とか『こんなイベントが!』みたいな出逢いもそりゃ素敵だけど! こう、なんていうか……は、『育んできた』的な感じも良くない!? と、特に私とジークは幼馴染だしさ! そ、そりゃ、私のこの子供っぽい恋愛観のせいで随分お待たせしたけども!
「……な、なんかね、なんかね?」
「……うん」
「わ、私もジークの事、好きだよ? で、でも、ジークにこう、こうして貰った、とか、あれをして貰ったとか、そ、そういう事も、あるけど!」
「……うん」
「な、なんていうか、こう、わ、私もジークを好きになったのって、なにかきっかけとかじゃなくて、い、今までの生活の中で育ってきた感情で!」
――私達は、長い時を一緒に過ごして来た。
今までも、今でも、そして――多分、これからも。
「ひ、一目惚れとかも否定しないよ? で、でもね? なんか……私もジークも、こう、なんていうか……同じ形の好き、というか……」
巧く言語化出来ない。出来ないが……うん、なんか良いんだ。お互いに良く知って、それで仲良くなって、あ、愛し合った私達なら、きっと長続きすると、そう思えるから。
「……だ、だから……ね? そ、その……え、えへへ。私、嬉しいよ? なんか、ジークと同じ気持ちっぽくて……」
幸せだよ、と。
「……わざとやっているのか、お前は?」
不意に、ジークにぐいっと引き寄せられる。
「ふへ!? じ、ジーク!?」
「惚れた女、可愛らしい表情、いじらしい言葉……三拍子揃った状態で、お前は俺の腕の中に居るんだぞ?」
ぐいっと――それでも、優しくジークが私の顎を上向かせる。
「じ、ジーク!?」
「嫌なら目を開けていろ。嫌じゃないら、目を瞑れ」
「な、なにする気!?」
「今すぐそんな可愛い事を言う唇、塞いでやる」
「ちょ、ま、待って! ま、まだ早い!!」
「早くない。九年も待ったんだ」
そう言ってジークが私の唇に、自らの唇を近づけて来る。真剣な、熱を帯びた、それでも美しい、懇願するようなジークの瞳に、頭の何処かで冷静に『ま、まあ今まで散々待たせたし……き、キスくらい』なんて冷静な判断をし、私はぎゅっと目を瞑って――
「――やっぱり、駄目ぇーーーーー!!」
「ぐふぅ!!」
……そうはいっても体は正直。おい、なんだかエロいぞ、体が正直って。
「じ、ジークぅ!!」
「……けほ……油断させて……りばーは……酷くないか……?」
抉り込むように打つべし! とばかりに腰の回転で放った拳がジークの肝臓を打ち抜いた。ちゃ、ちゃうねん!! ぼ、暴力とかじゃなくて……わ、わく学! わく学の呪いだから!! ラブコメはさせぬ、と言わんばかりのわく学の呪いだから!!
……はい、悪いのは私ですね。なんでもかんでもわく学のせいにしてすみません……