第二百八十九話 アリスちゃんの憧れ
「それで……これから、どうするの?」
「どうする、とは?」
お互いの――と言うより、私の気持ちを伝えた後、私達は芝生の上に並んで座っていた。いや、仮にも王太子と公爵令嬢が地べたでって行儀が良くないとも思うが。
「まあ……今は取り敢えず『これ』を継続だな」
そんな事が気にならないほど、私、動揺してます!! だ、だってさ! 今、私、ジークの膝の上に座って頭撫でられてるんだもん!! ど、動揺するに決まってんだろ!!
「そ、そろそろ止めてくれない?」
「……アリスは嫌か?」
「い、イヤじゃ――って、それは反則!」
なんで泣きそうな顔してんだよ!! ちょ、これ、あんまきつく言えないじゃん!!
「冗談だ。少しだけ、拗ねたフリをして見せただけだ」
「……可愛くない」
いや、マジで。昔はもうちょっとこう……ああ、うん。別に可愛げは無かったか、昔から。
「……だが、許せ。ようやく、『こういう』関係になれたんだ。無論、アリスが嫌だと言うなら止めるが……そうでないなら、もう少し継続させて欲しい」
そう言って優しく私の頭を撫でるジーク。う、うん、別に嫌ではないんだ。こう、ジークに頭を撫でられるとちょっと『ぽー』っともするし、別に嫌では無いんだよ? 嫌ではないんだけども!! 無いんだけども!!
「……重くない?」
「全然。まあ、羽の様に軽いとは言わんが……心地よい重みだ」
「心地よい重みって」
「俺が守ってやると、そう思わせてくれる重みという事だ。羽の様なら何処かに飛んで行ってしまうだろう、アリスは」
「……落ち着きが無いって言ってる?」
「行動力があると言っているんだよ」
「……騙されてあげる。って、そうじゃなくて! 私の質問に答えてよ!! っていうか、相談しようよ!!」
「相談?」
「これからの事!」
「当分、この体勢を継続」
「じゃなくて! その……これからの学園生活とか、そういう話!! こ、こう……お、お付き合いをした訳じゃない? なんか変わるというか、変えるべきというか……」
お恥ずかしながら彼氏いない歴イコール年齢の私だ。『好きだ』『私も!』と鳴った後、果たしてどうするのが正解か……正直、ちょっと分からないんですよ、エエ。いや、ゲームも漫画も好きだし、特に恋愛系大好物だったけどさ? アレって付き合うまでは丁寧だけど、付き合った後ってないでしょ、大して描写が。付き合うまでが醍醐味ってのも分かるんだけど……
「……どうすると言われても……これまで通りじゃないのか? 元々、俺たちは婚約者だし、さして変わらないと言えば変わらないだろう」
……まあね。確かに私ら婚約者だし……最近はちょっと忙しかったけど、それまではなんだかんだで一緒に居たし。二人っきりだってなかったわけじゃ無いし、お買い物だってまあ、行った事が無い訳じゃない。無い訳じゃないんだが……
「? ……! もしかしてアリス……デートとかしたい……とか?」
「っ!」
うぐっ!! そ、その、え、えっと……
「……ダメ?」
「っ! あ、アリス?」
「だって……その……ちょ、ちょっと憧れてたんだもん」
いや、その、まあ……うん、ちょっと憧れてたんだよ、私だって。こう、折角その、お、お付き合いをした訳だし? デート的というか、そういう……普通のお付き合い的な何かをしてみたいな~みたいな?
「あ、憧れていただと?」
「こう……す、好きな人と……一緒に何処かに遊びに行ったりとかさ? 美味しいモノ食べたりとか……まあ、放課後制服デートとか……ちょっと憧れがありまして……」
もうこれ、前世からの願望だよな。いや、『リア充は毎日暇なの? やれカフェだ、やれデートだってどんだけ遊び惚けてるんだよ』とか言ってたけど……まあ、正直、僻み根性丸出しです、ハイ。
「ま、まあ! 無理にとは言わないケド! ジークだって忙しいだろ――」
「分かった! それなら直ぐに行こう! 心配するな、時間はある! 無くても作る! もし無理なら公務をすっぽかしてでも!!」
「――って、食い気味に来たね、おい。っていうか駄目!! 公務をすっぽかすって何言ってるのよ、ジーク!!」
「恋人の望んだ事も出来なくて何が王太子か!!」
「その理屈はおかしい」
なんだよ、その王太子。それじゃ一気に駄目王に……ああ、だから『わく学』のジークは『2』で断罪されたのか。アレだな。きっと色ボケで国政とか放り出してたんだろうな。
「ともかく、そんなのは駄目。私の希望を聞いてくれるのは嬉しいけど、大事なお仕事放り出してまで構ってとか言えないし」
「だが……」
「だがじゃないの。嫌だよ? 私、『国政を傾かせた悪女』とか言われるの」
ある意味、私の人生で一番『悪役令嬢』っぽいかも知れないが。まあ、悪役令嬢でもないポンコツ令嬢のアリス・サルバートには似合わんけど。
「国政を傾かせた悪女……傾国の美女という訳か」
「傾国の美女って」
悪役令嬢っぽいけど。
「だが……そうか、アリスはそこまで俺に望んでくれているのか」
「……まあ、お仕事はちゃんとやってよ? やっぱり、お仕事している男の人の方が格好いいし」
うん。古い価値観かもしれないけど、やっぱり男性は仕事している方が良いよね。別に女は家を守るべきとまではいわないけど。
「……」
……まあ、うん、でも……うん。
「アリス?」
不意に周りをきょろきょろと見まわす私に、不審げな表情を浮かべるジーク。そんなジークをしり目に、私は周りに人が居ないのを確認して、ジークの耳元に唇を寄せて
。
「……お仕事頑張って欲しいけど……たまには私の事も、構ってね?」




