第二百八十一話 これだけ大声で話せばそりゃ、バレるよね?
「……どういう意味よ、ラインハルト?」
じとーっとした目を向ける私に、ラインハルトが慌てた様に両手をブンブンと顔の前で振って見せる。
「い、いや、どういう意味って……そ、そりゃ……な、なあ、エディ!?」
「お、俺に振るのか!? そ、それは狡いだろう、ラインハルト!!」
ラインハルトに急に話を振られたエディが慌てた様に声を上げる……んだけど、エディ? 私、知ってるんだ。私の言葉を聞いて、エディが一番ビックリした顔をしていた事を!! なんだよ、アンタら! なんか文句あんのか!! 抗議の意味を込めた私の視線に、『うっ』と言葉を詰まらせたエディがチラチラと視線を左右に振って、諦めた様に口を開いた。
「い、いや……アリスがな? こう、なんというか……天下国家を論じていただろう? その姿がまあ……い、今まで見たことが無かった……とは言わないが、まあ珍しいからびっくりしたというか……」
「……『なんか悪い物でも食ったか?』 って云うのは?」
「そ、それは俺の台詞じゃない!!」
視線を私から切ってラインハルトに送るエディ。そんなエディの視線に諦めた様にラインハルトがため息を吐いた。
「いや……だってさ? アリスだぞ? アリス・サルバートだぞ? 口より手の方が早いアリスが、いきなりそんな小難しい事言い出すなんて……」
……悪い物でも食ったとしか、思えないだろう、と。
「……ほう。良い度胸だね、ラインハルト」
「やめろ! ラインハルト、謝れ!! アリス、駄目だ!!」
「そ、そうだぞアリス!! 折角の学園祭だ!! 暴力は! 暴力は駄目だ!!」
一歩、足を踏み出した私を焦った様に後ろからジークが抱き留め、ラインハルトの前ではエディが両手を広げて通せんぼ。いや、あんたらな?
「……離してよ、ジーク。流石にいきなり暴力行為に出る訳ないでしょ?」
「……」
「……あれ?」
「いや……前科が」
「……」
何年前の話をしてるんだ、おい。流石に今は私だってやらないぞ!
「……あのね? ジーク、私がそんなに直ぐに暴力を……まあ、振るうと思ってるんでしょうけど! 流石に今はしないわよ!!」
「……」
「……あ、あれ?」
「いや……つい先日、見事な連携攻撃をシャルルにお見舞いしたと聞いたが……」
あ、あれは違うだろう!! 緊急避難だ、緊急避難!!
「……ともかく、別にいきなりラインハルトにドロップキックなんかしないわよ、はしたない」
「……本当か?」
懐疑的な顔でこちらを見やるジーク。その端正な顔立ちに、少しだけ胸が高鳴り、頬が紅潮するのが分かる。
「ええ。そ、その……そ、それより……」
……という訳ではなく。
「……そ、その……じ、ジーク? だ、抱き留めてまで止めるのは良いんだけど……そ、その……て、手が……あ、当たってて……」
……私を抱き留めたその手が、がっつりと私の胸部に当たっていた。うん、緊張とかじゃなくて、羞恥によるアレだ、紅潮だ。
「……? ……!! す、すまん!!」
私の指摘にジークは視線を私の胸に向け、そこに自身の右手がある事に気付いて慌てて私から距離を取って頭を下げる。
「す、すまない!! わ、わざとじゃないんだ、アリス!!」
「あー……う、うん。別に怒っているわけじゃ無いよ?」
そりゃ、びっくりはしたけど。でもまあ、別に悪気があってした訳じゃ無いんだろうしね。必死に止めようとしての事故って事で、それは許してあげ――
「き、気付かなかったんだ!! さ、触ってもそこが胸だと気付かなかったから、は、離すのが遅れて!! 別に、その、へ、変な意図があってしたわけじゃ無くて!!」
――――ほう。
「……それは……何か? 私の胸が余りにも慎ましすぎて、胸だと気付かなかったとでも言う事か?」
「……へ?」
「……事と次第によってはタダでは済まさないわよ?」
距離を取ったジークに一歩、また一歩歩み寄る。指をポキポキと鳴らしながら近づく私に、ジークが同じように一歩、また一歩と下がっていく。ふふふ……逃げるなよ、ジーク。
「ち、違う!! そ、そういう意味ではなく!! そ、その……じゅ、純粋に! 純粋に間違っただけだ!!」
「なにと? 何と間違ったの、ジーク? あばら? 背中? そういう『硬いモノ』と間違ったのかなー?」
「こわっ!! アリス、笑顔が怖い!! ち、違う!! そ、そうではなく……そ、そう! あ、慌てていて! 慌てていて気付かなかっただけで!! な、なにとも間違ってない!」
「……ふーん」
そこでピタリと足を止めてジークににっこりとした笑顔を向ける……おい、ジーク? なんでそんなに怯えた顔をする?
「……怒らないから言いなさい、ジーク?」
「……それ、絶対、怒るやつ」
「うるさい!! さあ、怒らないから言いなさい!! 乙女の胸を鷲掴みにしておいて、その言い草はなんだ!! さあ、キリキリ吐け!! 何と勘違いしたんだ!!」
「……」
言い難そうに視線を上下にあわただしく動かし、『あー』だとか『うー』だとか言って見せるジーク。そんな仕草もしばし、諦めた様にジークは深くため息を吐く。
「その……触った事は謝るし、本当に何処を触っているか分からなかったんだ。そ、その……焦っていたので、感触とかもわからなかったし……」
「……小さいから?」
「そ、そうではない! お、大きくても気付かなかったんだろうとは思う。思うんだが……その、不快にさせたのなら謝る」
そう言って、頭をさげるジーク。そんなジークにため息を一つ。
「……まあ、そう言う事なら許してあげる」
「すまない」
「……別にジークが悪いわけじゃないもんね。でもね? 流石に、乙女の胸を鷲掴みにしておいて、『分からなかった』は失礼じゃない?」
「……」
「……なに?」
「いや……柔らかかったとか、役得だったとか、結構なお手前で、とか言った日には軽蔑されないか、と」
「……言い方があるでしょうが」
「……そうだな。慌てていたのもあるが……確かにデリカシーのない発言だった。すまない、アリス」
「……いいよ。私もごめんね?」
……まあ、別にそんなに怒って……はいるんだけど。そりゃ、私は発育悪いけどさ? 流石にそれは失礼というか――
「……鷲掴み、鷲掴み言ってるけど……あれ、鷲掴む程のボリューム、あるか?」
「黙ってろ、ラインハルト!!」
……ほう? ラインハルトさん? まだ暴言が吐き足りないと? そう思い、額に青筋立てて振り返った私の眼の前で。
「……ぐふぅ!!」
「……アリス様への暴言……万死に値します」
……霊長類最強系侍女候補のリリーが良い笑顔でラインハルトの鳩尾に拳を叩き込んでいました。あー……まあ、これだけ騒げばそりゃ、バレるよね?




