第二百六十八話 こっち向いて、アリス様!!
「……アリス」
舞台袖から観客席……というのか、取り敢えず集まった皆様の中で恐らく最も目立つであろうシャルル様の姿を認めたロッテがこちらに視線を――
「って、ロッテ!?」
「……お兄様、一度殴って来ても良いですかね?」
「しっかり! 気をしっかり持って!! 傷は浅い! 傷は浅いよ、ロッテ!!」
「浅くありません! あのお兄様だけは……一度、頭の中身を見て見たいですねぇ! 国王陛下も王妃陛下もお越しのこの場所で、一体何を考えているのでしょうかねぇ!! それを抜いても、あんな格好、恥ずかしいと思わないんですかねぇ!!」
「ロッテ! え、衛生兵!! 衛生兵!!」
そしてロッテさんの眼のハイライトさん、ちゃんと仕事して!! 完全に光を失った目でにたぁーと笑うロッテ、滅茶苦茶怖いからっ!!
「……あー……まあ、予想通りと言えば予想通りか~」
ロッテの後ろからひょっこり顔を出して観客席を見たパティは小さくため息を吐いてロッテの頭を軽く叩く。
「いたっ! 何をするのですか、パティ!!」
「貴方の頭を叩いたのよ、ロッテ。はい、冷静になって。ある程度予想が付いていたことでしょ? シャルル様だよ?」
諦観の念を込めてそう呟くパティ。そんなパティに、納得が行っていないのかロッテは声を荒げた。うん……まあ、納得は行かんわな。私だったらガチで勘弁だし。
「パティは良いのですか!! 見て下さい、あのお兄様! 頭にハチマキ巻いていますよ! しかもハチマキの文言、『ろって、ぱてぃ、らぶ!』ですよ!? 恥ずかしすぎるでしょう!? 見て下さい、あの王妃様の顔! 完全に引いてしまわれている――」
一息。
「――……で、でも無いですが!」
……そうなんだよな。何が頭痛いって、エカテリーナ様、シャルル様見て羨ましそうな顔をしているんだよな。
「え! エカテリーナ様、なんですか? ……ああ、これですか!! 何処で売ってるかって? はっはっは! 愛するロッテとパティの為の手作りですよ!! え? 『私も作ればよかった』? 『アリスの為に』? はっははは! なんでしたら材料をお分けしましょうか? 『いいの』? 勿論です!! エカテリーナ様であれば勿論、御自分で作る必要は無いでしょうが……やはり、手作りの方が『愛』があると思うのですよ!!」
隣に座ったエカテリーナ様が何かしらシャルル様に話かけ、その言葉を聞いたシャルル様が会場中に響き渡る大声でそう喋る。そんなシャルル様に――おい、メアリ。お前も目を輝かせるな。
「ですから――ああ、メアリ嬢。ご無沙汰しております……え? これですか? はい、手作りです!! ああ、メアリ嬢も作られると? メアリ嬢は多才な方ですし、私より上手に作れるでしょうが……まあ、メアリ嬢のアリス嬢へ向ける愛情より、ロッテやパティへの愛は私の方が上でしょうがね? え? 『舐めないでいただきたい』? 『アリス様への私の愛は誰にも負けない』? ……ほぉ。ならば、私と勝負をしましょうか!! このファッションショーでどちらが愛する対象のショーを盛り上げられるかをね!!」
……おい、メアリ。『望むところです!』じゃないんだよ。後、お父様? 羨ましそうな顔をするな。そうだよね? 流石に良い年齢のおっさんがそんなことしたらドン引きだぞ、おい!
「……私の気持ちが分かりましたか、アリス? ああなったら例え身内でも『お説教』が必要でしょう?」
「……物理である必要は無いと思うけど……まあ」
そう言ってため息一つ。お父様に現実を直視出来る程度の理性を期待しつつ……私はロッテとパティを見やる。
「……色々と問題多そうだけど……まあ、ちょっと頑張りますか」
「……そうですわね」
「だよね~。ま、取り敢えずショーの開幕って事で私から行こうかね~」
そう言ってパティが舞台袖から中央に向けて飛び出して。
「みんな~? げんきぃー? パティだよっ!」
忘れられりてそうだが……今回のファッションショー、一応『演劇』の衣装のお披露目なのである。なもんで、折角だから『劇のキャラクター』になり切ってお披露目をしようと……まあ、そんな感じだ。なので、あれはパティの演じるキャラクター通りなのだが。
「……違和感ありませんわね」
「……同意」
多少、『おバカ』というか……元気っ子に寄せてはいるが、パティらしいと言えばパティらしい。
「……まあ、ロッテもさして変わらないけどね?」
「……そうですわね。それではわたくしも」
ひらひらと手を振り、ロッテも舞台袖から舞台の中央に歩みを進める。
「パティ、その様な大声を出したらはしたないですよ? ほら、皆様が見ていらっしゃいますから」
そう言って舞台の中央のパティの頭をコツンと叩く。そんなロッテに『えへへ』と返すパティ。いつも通りと言えばいつも通り、そんな二人にため息を吐いていると、ちょんちょんと肩を叩かれた。
「……次はアリスの番だろう?」
「……だね~」
「……嫌そうだな?」
「嫌そう? そりゃ、嫌だよ。いや、嫌というか……なんとなく、照れ臭い」
そう言って自らの着ている服装――近世ヨーロッパでありそうな『軍服』に身を包んだ自身の体を見渡す。あ、ちなみに男性用です。折角の金髪縦ロールも軍帽の中に隠しています。
「……格好いいぞ?」
「あんまり嬉しくない言葉だけどね、それ」
え? なんで軍服かって? あるんだよ、劇の中でそんなシーンが。ちなみにロッテとパティもアレだ、女性用の軍服と軍帽を被ってる。
「……んじゃまあ、行って来るよ」
ジークに手を挙げ、私も舞台の中央に歩みを進める。そんな私を見て、ロッテとパティが私の為に舞台の中央を開けてくれる。そんな二人の間に私は自分の身を入れて。
「――こら、二人とも。喧嘩したら駄目じゃないか。頼むからこれ以上、ボクを困らせないでくれないかな?」
会場中が、シーンとなった後。
「――アリス様ぁー!!! こっち向いて、アリス様ぁ!! ウインク! ウインクを!!」
「ロッテ! パティ!! 可愛い!! 綺麗!! ふっふーーー!!!
大興奮した馬鹿二人の叫び声と歓声が、会場中を包み込んだ。後、メアリ。お前は取り敢えず鼻血を拭けと言いたい。




