第二百六十三話 最終兵器リリー
「アリス!」
意外に常識人だったシャルル様になんだか感動を覚えていると、突然ドアがけたたましい音を立てて開いた。音のなる方に視線を向けると。
「……ジーク。ノックは?」
此処は乙女の居る場所だぞ!! ノックも無しに入って来るとは何事か!! 見習え! シャルル様を見習いなさい!!
「あ、ああ、すまな――ではなく! 大丈夫なのか!!」
「いや、『ではなく!』じゃなくて。どうすんのよ、私達が着替えとかしてたら」
ゲーム内ならラッキースケベで済むだろうが、この世界でそんな事したら幾ら王太子と言えども風評被害は半端ないぞ? そう思う私に、ジークが気まずそうに視線を逸らした。
「……済まない。だが、アリスの乗る馬車が暴漢に襲われたと聞いて……その、つい」
「……はぁ」
……まあ、なんだ。心配してくれたのか。それなら……
「……でも、ノックは絶対にしなさいよ?」
「……はい」
うん、宜しい。それじゃ許してあげましょうか。そう思いにっこり笑うと、ジークも神妙な顔を笑顔に変え――ず、焦ったような顔に戻る。
「そ、それで! アリス、怪我はないのか?」
「あー……うん、まあ。怪我は無いよ」
「暴漢に襲われたと聞いて心配したが……まあ、リリーが居る以上、アリスには怪我の一つも無かろうと思ってはいたが、それでも心配でな? それで? 下手人はリリーが返り討ちにしたのか?」
「……おい」
ナチュラルにリリーを人間兵器扱いするなよ。いやまあ、そう言われても仕方ない所はあるけどさ?
「アリス! 大丈夫か!! 聞いたぞ!? 馬車が暴漢に襲われたって!! どうせリリーが倒したんだろうけど、怪我は無いか!!」
「アリス! 無事か!? リリーが居れば心配は無いだろうが、少しでも怪我があれば言え! 直ぐに王城の救護所に連れて行く!」
「……おまえら」
ラインハルト、エディと部屋に飛び込んで来るなりそう言って見せる。そんな三人の言動に、リリーが不満そうに頬をふくらませて見せた。
「……失礼過ぎませんかね、皆さん?」
「……まあ、日ごろの行いじゃない?」
ちょっと可哀想だとは思うし、私の為にしてくれているんだから庇っても上げたい所だけど……なんだろう、微妙に正論くさいんだよね。
「ジーク、ラインハルト、エディ。レディの部屋に入るならノックをしないと。アリス様が心配なのは分かるけど……大丈夫に決まってるでしょ?」
開けっ放しの扉をトントントンと三度ノックしながら、ドアに凭れ掛かったクリフトはあきれ顔でそう言って見せる。そんなクリフトに気まずそうな顔をしながら、ジークが口を開いた。
「……なんだ? それではクリフトは心配しなかったと言うのか?」
「心配したに決まってるよ。でもまあ、アリス様の心配はさしてしてないかな? アリス様の側にリリーが付いているなら、アリス様に怪我を負わせる様な事は無いし」
「……それでは誰の心配をしたと言うのだ」
ジークの質問に、『何を言っているんだい?』と言わんばかりにきょとんとした表情を浮かべて。
「――そんなの、決まってるじゃないか。リリーの心配だよ」
「……え?」
リリーの頬に薄く紅が走る。おや? おやおやおや? こ、これは……?
「……君が居るんだ。アリス様に怪我を負わせる様な事はないのは分かっていたさ。アリス様が怪我なんかした日には、君はきっと自害せんばかりに取り乱すだろうしね」
視線をリリーに向けてそういうクリフト。そんなクリフトに、ふんっとそっぽを向くリリー。おいおい、リリー? リリーさん? ほっぺ、赤いけど?
「あ、当たり前でしょう? 私が側にいて、アリス様に指一本触れさせるワケ、ないじゃない!」
「ああ、勿論分かっている。だから、アリス様の心配はしていないんだけど……どうせリリーの事だ。アリス様を守る為に無茶をしたんじゃないかって、そっちの心配をしたんだよ」
リリーの頬がむにゅむにゅと動く。笑い出しそうで、それでもそれを我慢する様な……まあ、アレだ。嬉しくて口角が上がりそうなのを一生懸命戻す仕草だ。なんだ、それ。可愛いじゃないか。
「ふ、ふんだ。クリフトに心配なんかして貰わなくても大丈夫だもん! わ、私がそんな怪我をしたりするようなヘマをする訳ないじゃない。クリフトじゃあるまい――」
「――怪我?」
「――し……って、え?」
リリー、きょとん。そんなリリーに、クリフトは首を傾げて。
「リリーが暴漢風情に怪我をするなんてこれっぽっちも思って無いよ? そこまでリリーの評価は低く無いから。安心して、リリーは最強兵器リリーだよ?」
「……それで褒めてるつもりかしら?」
あ……リリーの顔からドンドン表情が抜け落ちて行ってる。や、やば!!
「じゃ、じゃあクリフトは何の心配したのさ! わざわざ此処まで来るって事はやっぱりリリーが心配だったんじゃないの!?」
頑張れ、私! 此処で軌道修正だ! そう思う私の言葉に、クリフトはにっこり笑って。
「勿論、リリーの心配ですよ、アリス様? リリーの事だから、『アリス様を襲うとはけしからん! 死ぬよりも苦しい目に合わせます!』って、過剰防衛をしていないか心配で……」
「「…………」」
「いえ、貴族令嬢の乗る馬車に襲撃なんて良くて終身、普通に考えて死罪が妥当でしょうから別に過剰防衛では無いでしょうが……結果はともかく、どんな輩が、どんな目的で襲ったかの裏取りは必要ですからね。だから、リリーがやり過ぎて無いか心配で……」
……おうふ。
「でも、大丈夫だよリリー! どれだけリリーがやり過ぎだと注意を受けても私が守ってあげるから!! 君に罪を負わせる様な事はしないからね!!」
そう言っていい笑顔を向けるクリフトと、チベットスナギツネみたいな『無』の表情を浮かべるリリー。おい……わく学、マジでこういう所だぞ?




