第二十四話 教えて、アリス先生!
翌週、我が家に来たラインハルトはなんだか憑き物が取れた様な、清々しい表情をしていた。お父さんとちゃんと話せたのかな?
「ラインハルト様」
「……王子であるジークですら、『様』付けしてない、ってこないだ言わなかったか? 俺の事はラインハルトで良い。後、変な敬語を使うな。なんかお前に敬語を使われると……なんだ、気持ち悪い」
……気持ち悪いって。
「……はいはい。分かったわよ、ラインハルト。コレで良い?」
「……ああ、それで良い」
なんだよ、にっこり笑いやがって。可愛らしいじゃないか。
「それで? 今日はラインハルト、どうするの? また庭で木剣振りでもするの?」
「いや……今日の『勉強』は何をするんだ?」
「算術かな? 計算は出来た方が良いしね」
「メアリ嬢が教師役か?」
「うん。あ、もし勉強する気になったんだったら、別室、用意しようか?」
「別室?」
「バッテル伯爵家の教えにあるんでしょ? 男女七歳にして~ってのが」
「……ああ」
私の言葉に苦笑を浮かべ、ラインハルトが頭を掻く。ん? どったの?
「……身内の恥を晒す様で恥ずかしいんだけど……俺の曾祖父の弟ってのが随分とまあ……遊び人というか……浮名を流した人らしくて」
「……ああ。同じ轍を踏まない様にって配慮でそういうルールが出来たって事?」
「そうだ。だが、そこまで厳格じゃねーらしい。親が見て、『こいつなら大丈夫』って思ったら、別に隣同士で勉強しても良いってさ」
……まあ、そりゃそうか。十五歳で入学する事になる学園は男女共学だ。ラインハルトの家の教えを守ってたら学園に入れないからな。
「それじゃあ、一緒に勉強する?」
「そうだな。ただ……メアリ嬢か」
「メアリはイヤなの?」
「嫌じゃないけど……なんだ? こう……あの人、俺の事嫌いだろ?」
「あー……」
……確かに。でもまあ、それって別にメアリに限った話じゃなくて。
「……リリーもラインハルトの事、嫌いだと思う」
「……流石に完全に落ちた後で殴る蹴るされたご令嬢相手に好かれてるって思う程おめでたい考え方はしてねーよ。完全に嫌われてるよな、俺……」
心なしか肩を落とすラインハルト。まあ……うん。ウチの侍女衆は私の事、好きすぎるからな。私に敵意を向けた人間には結構冷たかったりするんだよな~。
「……まあ、心配しないで? ジークもだから」
「……あんまり慰められた気がしないんだが?」
……慰めてないからな。事実を言っただけだし。
「……それじゃ、私が教えて上げようか、算術」
「……お前が?」
「うん。算術はそこそこ得意だし」
『算術』っと、仰々しく言っては見たが、簡単な四則演算、要は算数だ。流石に大学まで出た私なら、算数ぐらいは教えて上げられる……筈。教えるのはあんまり巧く無いけど。
「……なる程。お前に教えて貰う、か。それは……メアリ嬢よりはマシだろうな」
「マシってなによ、マシって」
「……一応、俺はお前がまだ猛獣使いの可能性も疑っているからな」
そう言ってくっくっと喉奥を鳴らすラインハルト。楽しそうで何よりだが……猛獣使いって。
「嫌なら教えて上げないんだけどな~?」
「すまんすまん、冗談だ」
手を合わせて頭を下げるラインハルトに少しばかり溜飲を下げる。と、そこにジークがやって来た。
「アリス! ……ラインハルトも。どうした、二人して?」
「ジーク! ラインハルトも今日から一緒に勉強するって!」
「ラインハルトが?」
少しだけ驚いた様な表情でラインハルトを見やるジーク。そんなジークの視線に、少しだけ照れ臭そうにそっぽを向くラインハルト。
「……なんだよ? ダメなのかよ?」
「……いや……ああ、そうだな。『いいや』だ。よろしく頼む、ラインハルト」
「……お前が敬語も敬称もいらねーって言ったから、俺は付けねーぞ?」
「それで良い。まあ、公式の場所では――」
「馬鹿にすんな。俺だって近衛の息子だぞ? それぐらいの礼節はわきまえている」
「――だな。申し訳なかった」
「いいさ。今までの俺の言動を見てればそうなるだろうし」
そう言ってラインハルトはジークに手を差し出す。
「――改めて、ラインハルト・バッテルだ。よろしく頼む」
「――ジーク・スモルだ。こちらこそ、な」
ガシっと繋がれる二人の手。やだ……尊い! タイプは違えどどちらもイケメンショタだ。私の中の腐った血が少しだけ疼く。あ、私、乙女ゲーからギャルゲー、BL、結構なんでもイケる雑食系女子でした、前世では。
「……それで? ラインハルトも今日から勉強会に参加するのか?」
「そうだ……と、言いたいところだが、メアリ嬢が講師だろ?」
「……ああ。お前、嫌われてるもんな?」
「それはお前もだろうが。という事で、アリスが教えてくれるらしいんだ」
「なっ!! あ、アリスに教えて貰うだと? それはダメだろう!?」
「なんでだ?」
「な、なんでって……あ、アリスの勉強にならんだろう、それでは!!」
「そうか? アリス、算術得意らしいぞ? なあ、アリス?」
「ええ、まあ。正直、算術なら今更教えを乞う事は無いかな~って」
さっきも言ったが、四則演算くらいなら楽勝だ。
「だ、だとしても……その……」
そう言って言い淀むジーク。ふむ……なるほど。
「良かったらジークにも教えようか、算術」
「なっ!!」
「ジークもあれでしょ? 嫌なんでしょ、メアリに教えて貰うの」
「? ……っ! そ、そうなんだ!! わ、私もメアリ嬢に嫌われてるからな!! アリスに教えて貰えるなら、光栄だ!!」
鼻息荒くそう言って見せるジーク。そんなジークに、ラインハルトが少しだけ呆れた様な視線をジークに向ける。
「……さっきと言ってることが違わないか、お前?」
「べ、勉強は人に教える事で、知識の定着にもなる!! 一概にダメだとは言えん!!」
「……そうかい」
呆れた様にため息を吐くラインハルト。と、そんなラインハルトの後ろからリリーがひょっこり顔を出した。
「アリス様が先生を為さるんですか?」
「ああ、リリー。うん。私が先生役をするよ?」
……あ、そうだ。
「リリーも来る?」
「宜しいので?」
「良いよ。リリーは殆ど手も掛からないだろうし……」
学園入学レベルだからな、リリー。
「それならば、ぜひ! ですが……メアリ様は……」
「メアリはちょっと休むべきだと思うんだ」
ブラック企業、ダメ、ゼッタイ! メアリはずっと私の側付きとして働いてくれてるのに、この上で私たちの面倒まで見させるのは忍びないと思ってはいたんだ。たまにはゆっくり休んで貰おう、うん!
「……では、私は後ろで見学でもさせて頂きましょうか」
不意に後から聞こえて来るメアリの声にそちらに視線を向ける。
「ゆっくり休んでくれても良いよ、メアリ。働き詰めでしょ?」
「勿体ないお言葉です。ですが……私としては、アリス様が立派にご成長されて、クソガ――皆様に教えておられる姿を見るのが最高の休息になります」
「……うん、はい」
クソガキは止めておきなさい、クソガキは。
「……ですが、折角のアリス様のお気遣いです。僭越ながら……一つだけ、我儘を申し上げて宜しいでしょうか?」
「我儘? そりゃ……良いけど」
いつも頑張ってくれているメアリだし、多少の我儘なら聞くけど……
「……ありがとうございます」
……後、私は後悔する。この時、『どんな我儘?』って聞いて置くべきだったと。
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