第二百四十一話 ちいさな嫉妬と破壊力
ティアナ様との話し合い――というか、悪巧みを終えた私は教室に鞄を置いたままだった事を思い出して一人で教室に戻る。ガラガラと扉を開けて教室内を一瞥した私の視界におさまった、いる筈の無い人間の姿に首を捻る。
「ロッテ?」
ロッテだ。私の声に本に落としていた視線を上げると、ロッテは薄く微笑んで見せた。
「アリス。ティアナ様とのお話は終わりましたか?」
「終わったけど……え? なんでいんの、ロッテ? 寮に帰って無かったの? 私、言ってなかったっけ? 先に帰っていてって」
毎日毎日、しかも全員一緒という訳では無いがそこそこの頻度で私達は一緒に寮に帰っている。私とロッテとリリーとか、私とロッテとパティとか組み合わせの違いはあれど。なので、『今日はティアナ様との話し合いがあるから先に帰っていて』と言って居た筈なのだが……
「いえ、仰っていましたよ。いましたが、アリスと少し話もしたかったので待っていました。鞄を置いていったのは知っていましたので、此処に帰って来るだろうと」
「……」
「……なんですか、その嫌そうな顔。嫌なんですか、わたくしと一緒に帰るの」
表情に出たのだろう、私の顔の変化に不満そうなロッテ。いや、別にロッテと帰るのが嫌って訳じゃないんだけど……
「……最近、ちょっと小難しい話が多かったじゃん? 今日、なんとなく一段落した感があるから……あんまり難しい話はお腹いっぱいかも。知恵熱が出る」
「赤子ですか、貴方は。なんですか、知恵熱って」
「自分で言うのもなんだけど、私ってこう『頭脳派!!』ってタイプじゃないじゃん?」
まあ、肉体派というタイプでも無いんだが、少なくとも机に座って考え込んだり智謀を張り巡らせたり出来るタイプではない。思いついたら即行動のタイプだし。
「本当に自分で言う事ではありませんわね。まあ、アリスらしいと言えばアリスらしいですが」
「どうも」
「ですが、それほど難しい話をするつもりはありませんので気楽に考えて下さい。そもそも」
待っていた友達に、そんな顔するの、ひどく無いですか? と。
「……ごめん」
少しだけ頬を膨らませてじろりと睨むロッテに、頭を下げる。そりゃそうだよな。確かにそれは失礼だ。
「わかればよろしい。それでは帰りましょうか? 本来はもう少し畏まってしたい所ですが……まあ、アリスが嫌がりますし、歩きながらで」
「その方が助かる。んじゃ、帰ろうか」
机に掛けてあった鞄を手に取ると、同時にロッテが文庫本を鞄に仕舞いこんで立ち上がった。
「なんの本読んでたの?」
「『わくわく! 聖女様、今日も自陣で奮闘中です!!』という本です」
「……うわ……凄い地雷臭のする単語だ。なにそれ?」
「なんですか、地雷臭って。エリーゼ様にお薦めされて読んでいたのですが……中々面白いですよ? 前作である通称『わく学』の傍流、言わば外伝的な作品です。略称は『わく聖』だとか」
「……外伝って」
いや、分かるよ? 流行った作品のスピンオフとか外伝作るの流行ってるし? それはそれで良いんだけど……なんだろう、一言で言えば『わく学の癖に生意気な』だ。何を一丁前に外伝なんて作ってやがんだ。それなら正伝をもうちょっとブラッシュアップしろと小一時間問い詰めたい。
「……前から思っていましたが、アリスは『わく学』に対してあたりが強くありません? 他のエリーゼ様のお薦めの作品はそこまで敵視していませんよね?」
訝し気なロッテの言葉に肩を竦めて見せる。いや、完全に『こっち』のわく学は関係ない、言わば八つ当たりなんだが……
「海よりも深くて山よりも高い理由があんのよ、そこには」
だからと言ってまあ、敵視ぐらいしても罰は当たるめぇ。それぐらい、前世からこっち酷い目に合わせられているぞ、わく学には。
「海よりも深くて山よりも高い理由?」
「……ま、それは良いじゃん」
そもそも言えないしね、『前世でクソゲーだったので』なんて。そう言って曖昧に苦笑を浮かべて見せる私に、ロッテは不満そうにもう一度頬を膨らませた。
「……」
「……なに?」
「……その理由は私には言えない事、なんですか?」
「言えない事って……そりゃ、まあ……うん」
「……ちなみに、他にその『理由』を知っている人は?」
「……エリサが知っているかな~……って、ロッテ? フグみたい。フグみたいになっているから」
ぷくーっとさらにほっぺを膨らませてみせるロッテ。基本、クール系美少女のロッテがするとギャップもあって意外に良いな、なんて考えながらロッテの頬を突くと、ぽしゅ、と空気が抜けた。
「……なに?」
「……いえ。なんとなく、面白くないな、と」
……ん?
「……えっと……も、もしかして嫉妬?」
私の言葉に、顔を真っ赤に染めて。
「……まあ、そうですね」
「……」
「……」
「……可愛いか」
え? え? 何この子? めっちゃ可愛いんですけど!! 私の秘密を知ら無くて、他の子が知っているからって嫉妬してんの? やーん! 可愛いじゃん!!
「なになに? ロッテ、そんなに私の事好きなの~?」
「……気持ち悪い顔になっていますわよ? にやにやして……締まりがありません」
「いや、ごめんごめん。でも、ちょっと嬉しくて……」
元々、ロッテとはこちらから仲良くなりたいと願った関係で、そういう意味では私に取ってはロッテは他の『友達』とは一線を画す相手でもある。リリーは生まれた時からだし、エリサはなし崩し的、パティは向こうの方が友好的だった。エリーゼはどうかと言われると難しいが……
「……ロッテと仲良くなりたいって最初に言いだしたの私でしょ? その、嫉妬させるのは申し訳ないと思うけど……うん、嫉妬するぐらい私の事を知りたいと思って貰えるのは嬉しいかも」
「……まあ、元々わたくし、独占欲というか……何と云うのでしょう、大事なモノはずっと大事にしたいタイプではありますので」
「分かる」
某仕立屋のリゼさんとかその典型だしな。
「なので、出来るだけ……その、な、『仲の良い』友達の事は知りたいと思っているんです」
そう言って耳まで真っ赤にしてそっぽを向くロッテ。うん……可愛いね。
「……ありがと。でも、こればっかりはちょっと人にはあんまり言えない事なんで……」
「勿論、分かってます。仲が良ければすべてを話さなければならないという訳でもありませんし、状況状況で言える、言えない事もあります。特に、貴族であるわたくし共は他の人よりもそれがより一層顕著です」
「……だよね」
どんなに仲良くなっても流石にお家の事情は話せんわな。
「なので、それは仕方ないですが……」
そう言ってちょっとだけ下を向いて『しゅん』として。
「それはそれとして……やはり、少し寂しいです」
そう言って、ロッテは上目遣いでこちらを見やった。
……うん、鼻血出るかと思ったわ。こやつ、可愛すぎんか?




