第二百八話 朝からなにしてんだ、おまいら。
「あれ? じ、ジーク? どうしたの、こんな所で?」
「おはよう、アリス」
作った料理をお弁当箱に詰め、寮を出た私は女子寮の前の壁に背中を持たれ掛けさせて文庫本を読むジークの姿を見つけた。私の声に気付いたジークは良い笑顔で片手を挙げてそう挨拶をしてくるが……え、ええっと……
「……不審者?」
「違うわ!! なんでそうなる!?」
「……いや、ジーク? 控え目に言っても結構怪しいよ?」
よく考えてくれ。ジークがイケメンで王子様だから許されるだけで、普通は女子寮の前で佇んで本を読んでる男子生徒って怪しすぎるだろう。何やってんだよ、マジで。
「……今日はアリスがお弁当を作ってくれると言っていただろう? そう考えると嬉しくなってな。一緒に学園に行きたいと思ったんだ。ご一緒しても?」
「……歩いて五分くらいの距離だよ?」
なんせ学園の寮ってくらいだから学園内にあるしな。
「それでもだ。駄目か?」
「いや、別に駄目じゃないけど……それじゃ、いこ?」
私の言葉に嬉しそうに頬を緩め、手を差し出すジーク。
「お弁当?」
「違う。期待はしているし楽しみにもしているが、そこまでがっつくつもりはない。そうじゃなく、荷物を持とうかと」
「良いよ。私、昔っから嫌いなんだよね? 『荷物は男が持つべき!』みたいな風潮」
前世で勤めていた会社が『男女平等だろ? んじゃ、お前も重い荷物持てよ』って結構力仕事をさせられたからな。その代わりと云っちゃなんだが、お茶くみや朝の掃除は男性社員がやってくれてたのでイーブンちゃイーブンだ。ちなみに男性社員のお茶は渋くて飲めたもんじゃなかったし、掃除も四角い部屋を丸く掃くの見本みたいなもんだった。まあ、私も荷物一つでぜーはー言っていたので人の事は言えないが。やっぱり大事だね、適材適所。
「……アリスは昔からそうだな。自分で出来る事は自分でする」
「普通そうでしょ?」
「我々王族、貴族では珍しいだろう? 傅かれるのが普通になるものだが……」
「お父様の教えかもね?」
「なら、サルバート公の教育の賜物だな。まあ、暴力癖はなんとかした方が良いと思うが」
「……その節は、ハイ。っていうかジーク、何年前の話してるのよ? 最近はそんな事無いでしょ?」
「ははは。なんだかこうやってアリスと二人でいる事が久しぶりだからな。いや、それは俺のせいだが……少しだけ、はしゃいでいるかも知れない」
そうやってはにかんだ様に笑うジーク。なんだよ……ちょっと可愛いじゃん。
「まあ、アリスのお弁当が楽しみ過ぎるのもあるが」
「……あんまり期待しないでよ? まあ、リリーやロッテ、パティなんかも美味しいと言ってくれたからそこまで駄目じゃないと思うけど……」
「その三人がお墨付きを出したなら大丈夫だ。うん、楽しみが深まったよ」
「……お弁当、やっぱり渡す?」
そこまで楽しみにしてくれてるんなら、今渡しておこうか? そう思い問う私に、ジークは顎に手を置いて考え込む。
「あー……重たいと言うなら持つが……出来れば、お昼の時間に渡して貰いたいかな?」
「そうなの?」
「朝貰ったら、何処かの休み時間で中身を確認してしまいそうだしな。それは……なんだか、ちょっと勿体ない気がするんだ。折角なら、昼に開けて最大限に楽しみたい」
「……いや、マジで止めて? そこまでハードル上げられると渡し難くなるんだけど?」
プレッシャーが半端ない。眉をへの字にする私の、その眉の間を親指でこしこしとジークが擦る。
「そんな顔をするな、アリス。可愛い顔が台無しだぞ? 眉の間が皺になってる。それに……正直、アリスが作ってくれたってだけで俺は嬉しいんだ。味はどうでもいい、というと失礼になるが……」
そう言ってカバンを持つ私の手の指先を見つめるジーク。
「……怪我をしてまで作ってくれたんだろう? きっと、一生懸命に」
「……どんくさいだけだよ、私が」
「普通の貴族令嬢は包丁なんて持つ事は無いから当然だ。そこまでしてくれたアリスの弁当が、嬉しく無い訳ないだろう?」
そう言って眉の間を擦っていた手で私の指先にそっと触れる。
「……痛かったか?」
「痛かったけど……それ以上に情けなかったかな? ロッテやリリーに手伝って貰ったけど、あの二人手際良いんだもん」
「そうか。リリアーナ嬢は昔から器用なのは知っていたが……シャルロッテ嬢もか」
「うん。あの二人のお弁当なら自信を持ってお勧めできるね!」
実際、お手本として作ってくれた料理は無茶苦茶美味しかったし。あ、なんかちょっと自信失って来たんだが。
「……やっぱり渡すの止めようかな?」
「なんでそうなる。仮に二人の弁当があっても俺はアリスの弁当を選ぶに決まっているだろう」
「……なに? わざわざ不味いお弁当選ぶの? 被虐趣味?」
「照れ隠しでもそれは酷いぞ? 決まってるだろう?」
――アリスを、愛しているから、と。
「~~!! 朝から何言ってるのよ!!」
「ははは! アリス、顔が真っかだぞ?」
「だ、誰のせいだと思っているのよっ!! そ、そもそも……その、そんな事を公衆の面前でいうべきじゃないでしょ! い、言うなら……」
「言うなら?」
「……ふ、二人っきりの……時に……」
顔が熱い。マジで、本気で、ガチで、顔があつ――
「……寮の前で何をしているのですか、お二人とも」
――後ろから声が聞こえて来た。慌ててそちらを振り返ると、そこには呆れた様に腰に手を当てるロッテ、面白そうにこちらを見つめるパティと。
「……もう、別にお弁当を渡さなくても良いのでは無いですか? これで充分、周知になりますから」
完全に『無』の表情でこちらを見つめるリリーの姿があった。ひ、ひぃ! 顔! リリー、顔が怖い!!




