第百九十九話 ロッテの素顔と可哀想なクリフト
クリフトに連れられて男子寮の中へ進む女子寮御一行は初めて入る――エリサを除いて、入る男子寮に興味津々……という訳でもなく、進む。まあ、男子寮と女子寮の違いはあるも同じ敷地内にある建物であり、用途も同じであれば然程変わった作りをしている道理はないので珍しい物も特段ある訳じゃないしね。
「……これが男子寮ですか」
……ロッテ以外。さっきからきょろきょろと辺りを見回して若干頬を赤くしているロッテさん、完全に不審者です。どうもありがとうございました。
「……ロッテ。きょろきょろし過ぎ」
そんなロッテに呆れた様に突っ込みを入れるパティ。その言葉に、ロッテが顔を赤くしたまま両手をわちゃわちゃと振って見せる。
「きょ、きょろきょろなんかしてません! そ、その……め、珍しいなと!」
「いや、きょろきょろしてんじゃん。完全に不審者だから止めな、それ」
はぁ、とため息を吐きながら『ほら! しゃんとする!』とロッテの背中を軽く叩くパティ。
「……何をあんなに緊張してんの、ロッテ? 男子寮に入っただけでしょ?」
もう殆ど女子高出身者が初めて男子と触れ合った時の反応なんだが。そんな私の疑問に、疲れた様にパティが口を開く。
「ロッテ、お兄さんがいるんだけど……この人がまあ、重度のシスコンでさ?」
「……ああ」
有名な次期侯爵様ね。
「ロッテの事が大好きで、大事にしてるから……『男』に対してこう……若干、歪んだ価値観というか、そういうのを押し付けてて」
「なるほど。あれ? でも学校では普通じゃない?」
「ロッテは優秀だから。そこの所の切り替えは出来る子っていうか……後、ロッテって結構恋愛小説とか好きだからさ? 最近、ちょっと過激なの読んでるし」
「……むっつりじゃん」
「むっつりだよ。経験無いだけに、逆に妄想が激しいんだよ、ロッテ。だからまあ、エリーゼ様の書いた脚本とか大興奮で読んでるよ?」
「……マジか」
劇の練習の時はそんな素振りを微塵も見せなかったのに。アレか。これが訓練された貴族令嬢か。言い方悪いが、表面取り繕うの巧いな。
「……どうでもいいけどパトリシア嬢? 私が居るのを忘れてない?」
そんなパティの言葉に、物凄く嫌そうな顔でパティを見やるクリフト。まあ、いきなり『異性のクラスメイトは実はむっつり』みたいな発言を聞かされたらそんな顔になるわな、クリフトも。
「あ、ごめんクリフト様」
「仲が良いのは宜しいですが……そういう発言は控えて頂ければ助かります」
クリフトの言葉に、ロッテは慌てた様に言葉を被せる。
「く、クリフト様!? ち、違います! わ、わたくしはその様な、その、は、はしたない事を考えていませんから!!」
そう言ってクリフトに詰め寄るロッテに、クリフトは笑顔を浮かべる。
「……大丈夫ですよ、シャルロッテ嬢?」
「クリフト様……」
浮かべた笑顔を、そっと逸らし。
「……勿論、今の話は私の心の中に留めておきますから。大丈夫、人それぞれですから」
「全然大丈夫じゃないじゃないですか!? クリフト様!? ち、違います!! 違いますから!! わたくし、そんな子じゃないんです!!」
緊張と焦りからか、涙目でクリフトの服を掴むロッテ。まあ流石に同級生にむっつり認定は辛すぎるもんな。
「……信じて、ください……」
「……言動と言葉が一致してないよ、ロッテ」
そんなロッテの仕草に、呆れたようにパティがため息を吐く。うん、『美少女の涙目上目遣いで懇願』って、結構なパワーワードだし、パワームーブだ。しかもどっちかって言うと強気系のロッテだぞ? そんなロッテのちょっと弱った様な姿は、紅潮した頬も相俟ってその、なんだ。なんかすげーえっちだ。
「……っ!」
クリフトだって健全な男の子だ。いつもからは考えられないそんなロッテの姿に息を呑んだのが分かる。
「え、えっと……シャルロッテ嬢?」
「お願いです……信じて下さい……クリフト様ぁ……」
「し、信じます!! じょ、冗談ですよね!? さっきのはパトリシア嬢の冗談ですよね!! 分かってます! 分かってますから!!」
おっかなびっくりロッテの手をそっと自身の服から外し、距離を取って焦ったように作り笑いを浮かべるクリフト。もう、なんだか逆に哀れになる様な狼狽ぶりを見せるクリフトに。
「……最低」
追い打ちをかける様にリリーの言葉が届いた。
「り、リリー!?」
「……なに女の子泣かせてるのよ、クリフト。本当に最低なんだけど?」
「ちが、これは!!」
「何が違うの? 違わないでしょ?」
「いや、だって!! 今のはパトリシア嬢が!」
「……男らしくないわね。人のせいにして……そもそも、聞かないフリをする事だって出来たでしょう? それをわざわざ……何? そんなにシャルロッテ様の泣き顔見たかったのかしら?」
「そ、そんな事はないよ!」
「どうだか。さっきだって鼻の下伸ばしていた癖に」
「の、伸ばして無いよ!!」
「どこが。顔真っ赤にして生唾飲み込んでたくせに」
「そ、それは……」
「……ふん!」
ツンとそっぽを向いてクリフトから顔を背けるリリーと、そんなリリーに絶望した様な表情を見せるクリフト。そんな二人を見ながら、パティが気まずそうにこちらを見やる。
「……これ、私のせい?」
「……微妙。でも、巻き込まれ事故なのは確か……かなぁ?」
……談話室に着く前からこれって、先が思いやられるんですけど。




