第百八十四話 トロフィーワイフ
散々弄ばれた――というか、なんというか、ともかく羞恥プレイを喰らってフラフラになりなった翌日、なんとなーく、ジークと顔を合わせづらいな~と気まずさを感じつつ教室の扉をくぐる私。と、後ろから誰かにポンと肩を叩かれて思わず体がびくっとなる。
「……そんなにびっくりするなよ。っていうか、なんだよ? びくびくしやがって。なんかあったのか?」
慌てて後ろを振り返ると、そこには呆れた様な表情を浮かべてこちらを見やるラインハルトの姿が。
「あ、あはは……おはよ」
「おはよ。んで? 何をそんなにびくびくしてんだよ? なんかあったのか?」
「あー……いや、別に何にも無いけど……そ、そういえば、ジークは?」
いつもでは無いが、たまにラインハルトはジークと一緒に来ていたはず。そう思い問いかける私に、ラインハルトの顔が渋いものになった。な、なに?
「……安心しろ。ジークはエディと一緒に今日、一日王城でお仕事だよ。公休だよ、公休」
「そ、そっか。公休か」
エディは普通に王城の仕事をしているし、王太子としてジークにも王城内で仕事がある。大変だな~とは思うが、公休扱いで堂々と学校をサボれるのはちょっと羨ましい。いや、遊んでいる訳じゃ無いのは重々承知しているが、なんとなく良くない? こう、本来勉強をしている時間に――
「……ん? 『安心』?」
――なんでラインハルト、『安心』なんて言葉を使ったの? 首を傾げる私に、ラインハルトがはーっとため息を吐いて。
「……でこにキスされたんだろ、ジークに? だから顔を合わせ辛いのかなって思ってな」
「っ~~!! ちょ、な、なんで!? なんでラインハルトが知ってるのよ!! まさか、ジークが喋って……」
一気に顔が真っ赤になるのが分かる。じ、ジーク! まさかアンタ、喋ったの!? 恥ずかしいじゃないか!!
「ジーク、サイッテー!!」
私の言葉に、ラインハルトが小さくため息を吐いて見せる。なにさ!
「……まあ、そう言ってやるな。俺らが若干煽った所もあるし……自慢もしたかったんじゃないか? アリスにでこキスかましたって。羨ましいだろうってな。あいつ、結構ガキな所もあるし」
「そんな自慢のされ方イヤすぎるんですけど! 私、言っておくけどトロフィーワイフになるつもりは無いからね!」
「なんだよ、トロフィーワイフって」
「男のステータスの為に連れまわされる女って事よ!!」
あるだろ? 地位も名誉もお金も持ってる男が、『自慢』をするために、自らのステータスの為に女侍らせるの。あんなのイヤだからな、私は!!
「……」
「な、なによ? そんな目して」
ジトーっとした目を向けるラインハルトに少しだけ怯む。そんな私をジト目のまま見つめて、ラインハルトは口を開く。
「……お前さ? ジークがそんな風にお前の事思っていると本気で思っているのか?」
「うっ……いや、そ、それは……」
「……流石にそれは可哀想すぎるぞ、ジークが。単純に嬉しかったんだよ、アイツは。別にあいつのフォローをしてやる義理はねーけどよ? 流石にそれはジークが哀れ過ぎるぞ? 小さい頃からお前の事ばっかり見てたのに、見栄の為にとか思われてると知ったら絶望するぞ、あいつ」
「うっ……その……」
……うん、ごめん。確かに今のはちょっと軽率だった。
「……ごめん。そうだね、今のは私が悪かったよ。そんな事、ジークは思うはず無いもんね」
心持しょぼんとする私。怒られるかな、呆れられるかなって気持ちで上目遣いでラインハルトを見ると、そこには優しい笑顔を浮かべるラインハルトの姿があった。
「よし。それじゃまあ、この事はジークには黙って置いてやるよ」
「……そうして頂けると助かります。その……言い訳するつもりは無いんだけど……ちょっと情報過多で……ここ数日で、色んな事があったから……」
ジークの事をどう思っているかを聞かれたり、ティアナ様が訪ねて来たり、その……ジークにき、キスされたりで、ちょっとこう、気持ちの整理がいまいち追い付いていなかったというか……うん、ごめん。完全に言い訳ですね、ハイ。
「……何があったかは知らんから適当な事は言えんけど、少なくともジークはお前の事をその『トロフィーワイフ』にしようとは思ってないぞ」
「……はい」
「まあ、お前がそう思って『ジークなんてもういらない』って言うんなら俺は大歓迎だけどな」
そう言ってニシシと笑って見せた後、真剣な表情になるラインハルト。
「……っていうか、トロフィーワイフね」
「……ごめんって。もう言わないから」
「ああ、いや、別に責める訳じゃなくてだな? そうじゃなくて……」
一息。
「……すげーな、アリス。お前、自分が連れ歩いたら『ステータス』になると思ってたのか……って。面の皮が厚すぎないか?」
「…………おい」
「いや、マジで一瞬何言ってるのか分からなくてさ? アリスと結婚しても、少なくとも『ステータス』的には全然、自慢出来ねーんじゃねえかと思ったんだよ。いや、これがリリーとかなら分かるよ? シャルロッテ嬢とかでも。だけど……アリスだったら、サルバート公にじゃじゃ馬押し付けられたぐらいにしか思われないんじゃないかって」
「酷くない!?」
いや、確かにリリーは外面完璧だし、シャルロッテはちゃんと貴族令嬢って感じだけどさ! わ、私だって……わ、私だって!!
「淑女じゃん! 私だって、淑女じゃん!!」
「第一王子にドロップキックかまして、第二王子にリバーブローする様な淑女はいねーよ」
「い、何時までその話を!!」
っていうか、それを言うならリリーだってラインハルトにラリアットしたじゃん! なんでその罪は無かった事になって私の悪評ばっかり独り歩きしてるのよっ!!
「ま、そういう点で考えても、ジークがお前を『トロフィー』だって思ってる事はありえねーよ。な? 安心したろ?」
にこやかに笑って私の肩をポンっと叩くラインハルト。う、嬉しくね~……




