第十七話 こんなの『わく学』じゃないやい!! ……いや、やっぱ『わく学』か。
明らかに不満そうな顔で、組んだ腕の右手の人差し指でトントントンと左腕を叩きながらこちらに険しい視線を向ける黒髪の少年。短く切った髪は活動的な印象を見るものに与え、彼の肩書――王国近衛騎士団団長の次男である事も相俟って、『ラインハルト・バッテル』という少年が運動が得意なのだろうという印象を与える。
「……父上に言われて来てみれば……なんだ? 俺はこんなしょうもない寸劇を見せられる為に連れて来られたのか?」
印象を与えるのだが……今は何より全身で『不機嫌!』をあらわすラインハルト。わく学での印象ではスポーツ得意系の気の良い兄ちゃんだったのだが……こんな不機嫌な表情は見た事がない。
「す、すまん、ラインハルト。アリス、紹介しよう。こちらがラインハルト。ラインハルト・バッテル。近衛騎士団長であるバッテル伯爵の次男だ。ラインハルト、こちらがアリス・サルバート。サルバート公爵の一人娘だ。そちらはリリアーナ嬢とメアリ嬢。サルバート家の寄子である、スワロフ子爵家とメロウェーズ男爵家の息女だ」
「……お初にお目に掛かります、ラインハルト様。ご紹介に預かりましたサルバート家が子女、アリス・サルバートです」
「リリアーナです」
「メアリに御座います」
私に倣って全員、スカートの端を摘まんでちょんと頭を下げる。そんな私たちの頭上から、『ふん』という声が聞こえて来た。
「ラインハルト・バッテルだ。父上に、お前らと勉強をして来いと言われた」
「お聞きしております、ラインハルト様」
「……正直、面倒な事だと思うが……まあ、付き合ってやる」
そう言ってそっぽを向くラインハルト。あれ? なんだ、この偉そうな態度? ちょっとカチンと来たぞ? そんなラインハルトの姿に……
「……ほう?」
……あかんって、メアリ。額に青筋浮いてますから! 一瞬で冷静になったわ!!
「……メアリ」
「はい。潰しますか?」
「どこを!? じゃなくて、ダメだって! そんな怖い顔をしたら!」
今のこの般若の様な怖い顔、ラインハルトが見たら不味いんじゃない!? そう思い、慌てて視線をラインハルトに向けると。
「そうなのですか! お強いのですね、ラインハルト様! そのお年で騎士の方と互角に渡り合えるなんて!」
「ふ、ふん。騎士の方と言っても新米の騎士だからな。大した事はない」
「その様なご謙遜を。私、一度騎士の『型』を見て見たかったのですが……お見せ、願えませんでしょうか?」
「し、仕方ないな! 特別だぞ!!」
……へ? リリー? いつの間にラインハルトの側に行ってんの? なに? 気に入ったの、ラインハルトの事?
「まさか。あれは私の殺気を隠すための演技です」
「……さらっと心を読むの、やめてくれる? っていうか、演技?」
「『可愛い』は武器です。その武器を使い、敵の奥深くに潜入し、情報を取って来るのもメイドの嗜みですので。リリー様の美貌であれば容易い事です」
「ハニートラップ!? それって絶対メイドの嗜みじゃないよね!?」
「無駄に血の雨を降らす必要も無いでしょう。まあ、アリス様があの『敵』の粛清を望むなら、ご覧にいれますが?」
「いや、『敵』って」
「敵です」
「……態度は確かに悪かったけど……」
確かに私も最初はカチンと来たが……でもまあ、言っても七歳児。来たくもない場所に無理やり連れて来られた上に、自分を無視して茶番を繰り広げられたら面白くはないだろう。そんなに怒りなさんな、メアリさんや。
「そうではありません」
「……へ?」
「普通なら、態度が悪いくらいでは警戒をしません。ですが、彼の父は現役の近衛騎士団長で……そして、アリス様の婚約者であるジーク様と敵対する派閥である、アレン派の領袖です」
「いや……そうだろうけど……」
だからって、敵って。それは飛躍しすぎじゃないだろうか?
「彼の態度を見れば丸わかりでしょう」
「いや、だから態度は……」
「どんなに機嫌が悪かろうが、彼も伯爵の子息です。未だ七歳とは言え、『そういう教育』はしっかり受けているハズです」
「『そういう教育』って?」
「愛想笑い、おべんちゃら、なんでも良いですが……嫌いなモノを、『嫌い』と表現しない方法です。処世術ですね。そもそも、自らよりも地位の高いジーク様に自身を紹介させ、自らよりも地位の高いアリス様よりも後に自己紹介をするなど考えられません」
「……」
そ、そうなの? いや、まあ確かにそうだろうけど……
「……偉いのは親であって、私達じゃないし」
「『ご学友』という立場で、若い時に対等なご関係を築かれる、というのも情操教育の観点から無しではありませんが……それを決めるのは殿下です。ラインハルト様ではありません」
「確かに」
飲み会でも部下から『無礼講ですよね!』とか言わないもんな。まあ、本当に無礼講になった飲み会なんて見た事ないけど。
「つまり、ある程度気を使う必要があるのに、彼はそれをしていないんですよ? それはつまり、私達相手にそれを使う必要を感じていない、という事です。第一王子と、国内有数の公爵家の令嬢を前にして、です。伯爵家から見れば此処は敵対派閥の総本山ですよ? 何も教え込まずに送り込むとは考えにくいにも拘わらずです」
「……そうかな~?」
ラインハルト、どっちかって言うと脳筋キャラだったしな。あんまり小難しい事考えるキャラクターじゃなかった気がするんだが……
「……そんな難しい事、考えてないんじゃない? 七歳児だし」
「賢い敵、愚かな味方、そのどちらも恐ろしいですが、最も迷惑なのは愚かな敵です」
「……一番、簡単じゃないの、それ?」
「簡単です。簡単ですが、政治も、経済も、貴族社会の外交も何も考えずに突っ込んで来る敵など恐ろしいですよ。簡単に破れるでしょうが、後先考えずに突っ込んで来られるのは迷惑ですので」
「……」
「リリー様は聡い方です。明らかにこちらを『見下している』事に気付き、自ら探りを入れに行ったのでしょう。それが分かったからこそ、私もあからさまに不機嫌な態度を取りました。不機嫌は不機嫌ですし、我慢は体に毒ですので」
「さっきと言ってる事、違くない? 『そういう教育』、メアリも受けているんじゃないの?」
「一人なら取り繕いますが……此処はリリー様のお手並み拝見、という事で。私も楽が出来て助かります」
そう言って私に一礼するメアリ。いや……え?
「……マジか」
いや、ちょっと待って? 確かにメアリの言っている事は分からないではない。貴族社会において『社交』というのは立派な戦場であり、その為に謀略の限りを尽くすのは……好き嫌いはともかく、間違ってはいない。この『お勉強会』だって、王族、公爵、伯爵と高位の貴族が集まっている以上、社交界の縮小版ともいえるのは分かるし、その為に色々戦略が必要なのも理解できる。理解できるが……
「……あれ? また私、転生した?」
『わく学』にこんな真面目なシーン、ねーから! ぺっらぺらに薄い、顏だけが良いキャラクターとイチャイチャするだけの、頭の中お花畑なクソゲーだから!! なんだよ、『貴族社会の外交』って。そういうシーンがあったら、わく学も……ああ、やっぱりクソゲーはクソゲーか。それは――
「――――ぐふぅううーーーー」
――不意に、なんだか蛙の潰れた様な声が私の後方から聞こえて来た。目の前に居るメアリが『ぐっ!』と親指を立てている姿を視認して、そんなメアリの視線の先にいる人物が誰か、私の脳内が思い出してからは一瞬、慌てて後ろを振り返ってみれば。
「――あらあら? この程度で『俺は何時か近衛騎士団長になる!』とか仰られるのですか? ふふふ、ラインハルト様? 面白いご冗談ですね?」
……目の前には、綺麗に右腕を『ラリアット』の形にしたリリーと、その下で目を回しているラインハルトの姿があった。いや、待て。待って。
「……リリー!? なにしてるの、貴方!?」
衝撃の大きさが、半端ない。何考えてんの、アンタ!!
「いえ……『女子供の一発など、痛くも痒くもない。何処でも良いから殴って見ろ』とか申されるので……一撃、入れてみました」
入れてみましたじゃねーよ!! おま、素手で猪仕留める女だろうが!! 死ぬぞ!? ラインハルト、マジで死んじゃうぞ!!
「どういう流れでそんな話になったわけ!?」
「いや……なにか、『力の証明』とか『俺は強い』とか……なんでしたっけ? こう、なんかそんな話をしてまして。その流れで」
「うろ覚えかよ!!」
全然興味ないじゃん! 流石にラインハルト、可哀想過ぎでしょう! しかもラリアットって! ああ、もうダメだ! ジークもだけど、リリー? 貴方にもちょっと教育が必要の様ね!! やっぱり『わく学』だよ、この世界はこん畜生!!
「いきなり殿方に手を出すなんて……」
私の視線が余程怖いのか、少しだけ怯えた表情をするリリー。そんなリリーをキッと見据えて。
「――そんな乱暴な事、淑女のする事じゃないでしょ!!」
「……俺は今、典型的な『お前が言うな』を見た」
……ジーク、煩い! 今、ママは教育の最中なの!!
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