第百四十八話 たとえ、その道を断たれたとしても
「……甘えって……」
「『甘え』でしょう? それ以外の何がありますか?」
リリーの言葉にきょとんとした様にそう口を開いたリゼに、リリーは一刀両断。呆気に取られたような顔も一瞬、キッとした視線をリリーに向ける。
「……貴方に……何が分かるって言うのよ……?」
「分かりません。まあ、分かることと言えば、慕ってくれている妹分の前で良い恰好をしたいだけの、哀れで惨めな女性だ、という事ぐらいでしょうか?」
「リリアーナ様っ!!」
「そうではありませんか、シャルロッテ様? 結局、リゼ様の仰っていることと言うのは、自分が『役立たず』になったから、それでも優しくして貰うのが……そうですね、『怖い』から逃げて来た。それだけの事でしょう?」
「ち、違うわよ!! 私はただ、お嬢様の迷惑に成りたくなかっただけで――」
「――迷惑?」
「――え? ……え、ええ! そうよっ!! 迷惑に成りたくなかっただけなのよ!!」
「……なるほど。つまり、何の取柄もない貴方がシャルロッテ様の元にいると迷惑になると……そういう事ですか?」
「……そうよ」
「……話は変わりますが、リゼ様? 私は今、アリス様の侍女になる為に鋭意修行の身です。まだまだ時間は掛かるでしょうか……それでも、必ずアリス様を支える侍女になりたいと思っています」
「……そう。良いわね、そんな『夢』があって!」
「ええ。ですが……これからの長い生涯、何処かで私に『事故』があるかも知れません。侍女として相応しくない……そうですね、片腕を捥がれたり、片足を失ったりする可能性もゼロではないです」
「……は? じ、侍女になりたいんでしょ? 手足が無くなるって……な、なんでそんな事になるのよっ!」
「侍女、と言っても護衛も兼ねてですので。なので、アリス様の身に危険が迫れば、私は自身の命を持ってしてでもアリス様をお守りいたします」
「……それは止めて。リリーにそんな事があったら私は嫌だ」
「私だってアリス様と共に居たいと思っていますから、無茶はしません」
「……絶対よ」
「はい。と、話が逸れましたね? まあ、そんな事態に陥り、仮に手足が無くなって侍女の仕事が全う出来なかったとしても」
――私はアリス様のお側を離れようとは思いません、と。
「……アリス様はそんな事で私を放り出したりしませんので」
「そ、それは……アリス様を庇ったからでしょ!?」
「……馬鹿にしないで、リゼさん。私はもし、リリーが不慮の事故にあって手足が無くなっても放り出したりなんかしない。私に取って、リリーはそれだけ大事な存在なんだ」
私を守ってとか、私の為にとか関係ない。どんなリリーだって、リリーなんだから。片手や片足の一本や二本、無くなっても全然構わない。
「……ありがとうございます、アリス様。そうなったら、よろしくお願いしますね?」
「任せなさい!」
トンっと胸をたたく私に、リリーは優しく微笑む。そんな私とリリーを見て、リゼはつまらなそうに鼻を鳴らした。
「……はいはい。お美しい事で。それで? リリアーナ様はアリス様の同情に縋って生きていくって――」
「まさか」
「――こと……え?」
「アリス様の同情に縋って行くなど、まっぴら御免です。アリス様の足を引っ張るような行為をしたいとは思いません。そうなれば、私は舌を噛んで死にます」
「じゃ、じゃあ!!」
言いかけるリゼを、手で制して。
「――私は、私の出来ることを見つけます。アリス様の側に、侍女として、護衛として侍ることが出来ないのであれば、何か他の事でアリス様のお役に立って見せます」
「――っ!」
「……貴方は自身の価値が無いと申されましたが……貴方が『シャルロッテ様の側』に居る価値を決めるのは貴方ではありません。シャルロッテ様です」
「……」
「そして、仮に貴方にその価値がなく……それでも貴方がシャルロッテ様の側に侍りたいなら相応の努力をするべきです。その努力を放棄するのは如何なものかと思いますが?」
「……」
「そして、最後。これは先日も申し上げましたが、貴方は自身の価値が無いとシャルロッテ様の側から『逃げ出し』ましたが……そのせいで、シャルロッテ様が悲しんでいるとは思わなかったのですか? 仮にも姉と慕う人間が居なくなって……どれほどシャルロッテ様が悲しんでいるか、想像が出来なかっただけでは無いですか?」
そう言って、紅茶を優雅に飲んで。
「色々言いましたが……結局のところ、貴方は自分自身が可愛かっただけです。自分を尊敬してくれている妹分からの同情に耐えることの出来ない」
――プライドの高いだけの人間です、と。
「……」
「少なくとも、私はアリス様の側に侍るための努力を欠かした事はありません。どんな輩が襲って来ようと、必ずアリス様を守るための鍛錬を欠かした事はありません」
……有難い話なんだけど……それで振り切ってクマを素手で倒せるようになるって、努力の方向性が明後日の方な気がしないでもない。
「ですから、先日お伺いした時に聞いたのです」
――シャルロッテ様の事、それ程大事じゃなかったのではないですか? と。
「……」
「……まあ、これは寄子の論理です。別にリゼ様は寄子でもなんでもない、ただの商売の繋がりだったのでしょう? ならば、そこまでシャルロッテ様に義理立てしなくても――」
「そんな事はないっ!!」
「――ほう」
「そんな事、ある訳ないっ!! そうだよ!! 確かに、私が弱かっただけかも知れない、甘えていただけかも知れないっ!! でも……それでも、『この子達』を愛した気持ちは、絶対に嘘なんかじゃないっ!!」
「……信用できませんが?」
「信用なんかしてくれなくても構わないっ!! 本当に……本当に、毎日思い返さなかった日はないっ!! シャルロッテ様はお綺麗になられただろうか、今も領民を慈しんでおられるだろうか、パティ様はいつも通り、天真爛漫に過ごしているだろうか、天真爛漫過ぎて怪我なんかしてないだろうかって!! 二人は……二人はっ!!」
――幸せ、だろうか、と。
「……思わなかった日は……ない」
リゼの瞳から一筋、涙が流れた。
「……そう思うなら、もう一度やり直せば宜しいのでは?」
「っ! だから、出来る訳ないじゃないっ!! 貴方、何聞いてる――」
「――――話は変わりますが、結婚式はドレスだけあれば良いのですか?」
「――……え?」
「こう見えて私も貴族令嬢の端くれ、ある程度覚悟はありますが……それでも、まあ、憧れますよね?」
花嫁のブーケトス、と。
「……聞いたところによると、この花屋は随分とアレンジメントが得意な様ですので。結婚式のブーケ、作って差し上げたら宜しいのでは? まあ、『逃げた』貴方をお二人が必要とするか、ですが……」
ちらりと視線をシャルロッテとパティに向けて。
「――その心配は無さそうですよ? どうですか? 今まで心配掛けた『お詫び』代わりに作って差し上げたら?」
そこには滂沱の涙を流して――それでも、笑顔でリゼを見つめるシャルロッテとパティの姿があった。
「……もう……もう許しません」
「……シャルロッテ様」
「……今度逃げたら、絶対に許さない。私たちが結婚するまで……結婚した後も、ずっと側に居て」
「……パティ様」
「……絶対、絶対に何処にも行かないで」
「約束して……やく……そく……」
涙を流して立ち上がり、一歩、また一歩。
「……リゼお姉さんの……ばか」
「……リゼ姉さんの……ばか」
「……は……ははは……本当だね。私、本当に……ばか……だね……」
そう言って、リゼは両手を広げて。
「っ! リゼ!!」
「リゼ姉さん!!」
そんなリゼの両手の中に飛び込んでいくシャルロッテとパティ。リゼの目にも、光るものがあった。
「……いこっか」
「……そうですね。すみません、アリス様。出過ぎた真似を」
「まさか。やっぱりリリーは最高の寄子で……お友達だよ」
「過分なご評価をありがとうございます」
「いや、本当にリリーのお陰だよ」
「……」
「リリー?」
「もし、アリス様が私を褒めて下さるのであれば……少しばかり、褒美をねだっても良いですか?」
「褒美? いいけど……なにか欲しい物があるの?」
「……あります」
そう言ってリリーはにっこり笑い。
「――アリス様のお時間を頂けませんか? まだ日は高いですし……デートにでも行きましょう?」
女性同士でデートって。でもまあ、今日のリリーは随分働いてくれたし……でも。
「だーめ」
「え!? だ、駄目ですか?」
「うん、駄目」
そう言って少しだけしょんぼりするリリーの手を取って。
「――リリーと遊びに行くのは、リリーの御褒美じゃないよ? 私にだって楽しい事だし……それを御褒美には出来ないかな?」
きょとんとしたのは、一瞬。
「……アリス様の寄子で、本当に良かったです」
繋いだ手をぎゅっと握ってきたリリーに笑顔を返して――抱き合って泣き合う三人に目だけで挨拶をし、私とリリーは部屋を後にした。




