第百四十四話 お花屋さんと可愛い幼女
リリーと手を繋いだまま聖王通りを一路北へ。ある程度歩いた所、店先に色とりどりの花が並んだ一軒の花屋さんが見えた。その店先では年のころ二十五、六歳くらいの女性が花の陳列を行っている。ポニーテールに纏めた栗色の髪が、動くたびにフニフニと動く……まあ、るーびん先生の神イラスト通り、綺麗な女性だった。
「きっとあの人ですね、アリス様」
「……あー……うん、そうだね」
「声、掛けますか?」
「ああ、うん。そりゃ声を掛けるよ? そのために来たんだし。来たんだけど……」
……うん、ごめん。完全にノープランだわ。なんとなく、勢いで来たところもあったんだけど…実際、本人目の前にしたらどう声を掛けたらいいか……流石に『どうもー。シャルロッテが貴方を探しているから来ました~』みたいな声の掛け方はないだろうし……っていうか、それって完全に不審者だしさ。
「私が声、掛けましょうか?」
一人でうんうん唸っている私にリリーがそう声を掛けてくれる。
「……ううん。私が声を掛けるよ」
正直、有難い申し出ではあるが流石にそんなことはさせられない。そう思い、私は握っていたリリーの手を離して花屋に歩みを進める。
「あ、あの!」
「あ、いらっしゃ――あれ? この辺では見ない子だね? えらいべっぴんさんじゃないの」
「べ、べっぴん? あ、その……さ、最近王都に出てきまして……」
「そうなんだ~。それじゃ、これからこの『ノーラ花店』を御贔屓にお願いね? 私はリゼって言うから、もし誰かに花を贈りたいときは何でも相談して。アレンジメントとかも出来るから。それで? どんな花が欲しい?」
快活に笑う女性――リゼはそう言って店先に展示された花を、まるで誇るように両手で指し示して見せる。
「どう? どの花も綺麗でしょ? 色んな種類があるけど、どれも違った『味』があるよ? なんだったら好きな子に贈ってみる? 花言葉とかおねーさん、教えてあげるから!」
「あ、いえ……」
「遠慮しないでなんでも聞いてね? どれも皆、綺麗でしょ?」
「……ナンバーワンよりオンリーワンかよ」
どっかで聞いた事があるセリフに、ちっちっちと指を振って見せるリゼ。
「甘いねー。知ってる? 『お花』って結構、ロス率高いんだよね~」
「ロス率って」
「物にもよるけど、病気に弱い子とか、大きく育てさせるのが難しい子とかいろいろ居るんだよ。だから、お花農家が育てた花の全部が全部、この店先に並ぶわけじゃないんだよね~」
「……はあ」
何の話だ、これ。
「つ・ま・り! この店先に並んだ花たちは激しい生存競争を勝ち抜いた選りすぐりのエリート達ってわーけ! ナンバーワンよりオンリーワン? ノンノン! ナンバーワンでオンリーワンなんだよ!!」
そう言って親指をグッと立ててウインクをして見せるリゼ。うん……流石、シャルロッテのお気に入りだけある。この人、結構変な人だ。
「さ、それで何にする? あ、その前にどんな用途? 誰かに贈る? 部屋に飾る? 安心して? おねーさんがぴったりのお花、選んであげるから!」
「ちょ、そ、そうじゃなくて!」
ぐいぐい来るリゼに思わず一歩引く。距離感の詰め方が半端ないな、この人。陽キャか。陽キャなのか。そんな私を助ける様にリリーが私をかばう様に一歩前に出て来た。り、リリー! 助かる!!
「……失礼、距離が近いですよ?」
「お、こりゃまたべっぴんさんだね~。あはは、ごめんごめん。ちょっと興奮しちゃったね。いや~こんなかわいい子、あんまりウチに来ることなくてさ~。つい」
リリーの言動に『たはは』と頭を掻いて一歩下がるリゼ。と、同時に店の奥から一人の女の子が姿を現した。
「ママ! 見て! え、描いた!!」
「こら、マリア! ママはお仕事中です。部屋で良い子にしていなさい!」
「えー……つまんな~い」
「つまんないって……ごめんね、お嬢ちゃんたち。直ぐに家に戻すから」
店奥から出て来た女の子を注意しながら頭を下げるリゼ……なんだけど。
「…………あれって」
「……『サルバート印』……ですかね?」
リゼの娘、マリアの着ている服のデザインが『サルバート印』のものだった。いや、より正確には『サルバート印』に似てはいるが……なんだろう、どこか微妙に違う気がする。そんな私たちの会話が耳に入ったのか、リゼが少しだけ照れ臭そうに頬を掻いて見せる。
「あ、お嬢ちゃんたちも『サルバート印』、興味があるクチ? まあ、あそこの服ってデザインは可愛いんだけど、流石に庶民に手が届く値段じゃないからね~。私、昔は仕立て屋目指していた事もあるから、ちょっとお手製で作ってみたんだ」
「すごいでしょー! ママ、マリアの服、一杯作ってくれるんだ! どれも皆可愛いんだよ!!」
そう言って私たちの前でくるっと回って見せるマリアちゃん。短めのスカートが風をはらんでふんわりと揺れる。うん、可愛らしい。
「……そう。よかったわね、マリアちゃん。とっても良く似合って可愛いわよ?」
「ええ、そうですね。とっても似合ってますよ、マリアちゃん」
しゃがんで目線を合わせる様に私がそういうと、私に倣ったかリリーも同様にしゃがんでマリアちゃんに目線を合わせる。私たち二人の称賛に、マリアちゃんがはにかんで見せた。なにこれ、天使か。
「えへへ……ありがとう、お姉ちゃん!」
「どういたしまして。本当に可愛いもの」
「優しいお母さんで良いわね、マリアちゃん」
「うん! ママ、凄いんだよ!! 服も作ってくれるし、料理も美味しいし、優しいし……怒ったらちょっと怖いけど、マリア大好き!!」
両手を挙げてぴょんぴょんと飛び跳ねて見せるマリアちゃん。元気いっぱいなその姿は小さい子特有の純粋さが見て取れ、まるで天使の様で――
「ねえ、おねえちゃん達、おなまえおしえて!! なにおねえちゃんと、なにおねえちゃん?」
――……おうふ。まさか此処で来るか、そのキラーパス。
「ああ、そうだね。これから御贔屓にもして貰いたいし、名前、教えて貰っても良い?」
まさかの追撃がリゼからも。いや、流石にこの流れで名乗るのはなんだか『あのデザイン可愛いから真似してみた』って言ってくれた人の前で名乗るのは、微妙にマウント取ってるみたいでいやなんだが……でも、まあ、どうせ言わなくちゃいけないことだしな。そう思い、私は意を決して。
「えっと……アリスです。アリス・サルバートです。その……さ、『サルバート印』の」
「………………はい?」
リゼの目が点になった。




