第百三十話 嫌いな理由
「……それで? 結局、あなたは何をしに来られたのかしら?」
「え、ええっと……シャルロッテ様が迷子になったと聞いたので……その、助けに来ました」
「……助けに?」
「……完全に、落ちに来ましたね、ハイ」
ジト目を向けてくるシャルロッテに小さくなってそう答える。ち、違うんだって! 別に悪気はないんだって、マジで!! ごめんって……
「……はぁ。まあ、良いです。それよりも……お礼がまだでしたね? わざわざ探しに来てくださってありがとうございます」
「……何の役にも立ってないけどね」
「いいえ、そんなことはありませんわ。別に、成果に対してだけお礼を述べるものではございませんもの。探しに来てくださったという過程だけで充分ですわ」
そういって綺麗にほほ笑むシャルロッテ。あー……そういって貰えるとありがたいけど……あ、そうだ!!
「しゃ、シャルロッテ様? お腹、空いてない?」
「お腹、ですか? 多少は空いていますが……」
「そう? それじゃ!」
そう言って背負ったままのリュックサックからお弁当を取り出す。蓋を開けると、そこそこ転げまわって落ちちゃったにも関わらず、中身はぐちゃぐちゃにはなっていないお弁当をシャルロッテの前に差し出した。
「はい、これ! 半分こして食べよう!!」
「……宜しいですわ。いつ、救助が来るか分かりませんのに、その様に軽々に食料を消費するのは如何なものかと思います。貴方がお食べになって」
「あー……まあ、そう言われたらそうかも知れないけど……」
でもまあ、実際私的にはそんなに心配はしていない。雪山で遭難したわけでもあるまいし、夜中はちょっと寒いけど、凍え死ぬ程じゃない。流石に日中直ぐには無理でも、たぶん明日の朝ぐらいには助けに来てくれるって踏んでる。
……え、なんでって? そりゃ、私よりも訓練された『わく学プレイヤー』であるエリサがいるのだ、こっちには。彼女ならきっとミニゲームもプレイしていただろうし……まあ、百歩譲ってそこまで遊んでなくても、『西の森が怪しい』ぐらいは気付くだろうし。
「遠慮しなくてもいいよ?」
「遠慮なんかしていませんわ。そもそも、私自身、『多少』はお腹が空いただけです。まだ全然、お腹が――」
――きゅー、っと。
かわいらしい音が鳴った。シャルロッテの、お腹から。
「~~っ!! こ、これは! これは違いますわ!?」
「……我慢は体に毒だよ、シャルロッテ様」
「が、我慢じゃありません!! そ、そもそも、多少お腹は空いていたんですよ、わたくし!! その状態で、食事を見れば余計にその……お、お腹が空くのは仕方ないのではありませんこと!!」
「……あー……そうだね。シャルロッテ様の言う通りだね?」
「貴方、絶対分かっておりませんわね!! だ、大丈夫です!! 我慢できま――」
――くぅー。
「――こ、これは!!」
――くぅー、くぅー。
「……」
「……」
「……」
「……素直になろうよ、シャルロッテ様?」
「くぅ……こ、このような屈辱……産まれてこの方、初めてですわ!!」
羞恥から顔を真っ赤にさせてそう叫ぶシャルロッテ。その間もくぅーくぅーと鳴り続けるお腹に、流石に我慢できなくなったのか、シャルロッテが小さく俯く。
「……それじゃ、こうしましょう、シャルロッテ様」
「……こう?」
「……どうしてもこのお弁当、シャルロッテ様と二人で食べたいのよ。そもそも、お腹鳴ってる子の前で一人で食事なんて拷問みたいな事、私出来ないしさ? どう? 一緒に食べない?」
「……その様な施しを……」
……くぅー、くぅー、くぅー。
「……」
「……」
「……わかった。それじゃ、交換条件でどう?」
「……交換条件?」
「そ。私も理由も分からないまんまシャルロッテ様に嫌われ続けるのも嫌だしさ? そこの所の理由、教えてくれない?」
「……」
「……」
「……さして面白い話ではありませんことよ?」
「自分の嫌われている理由が抱腹絶倒の爆笑モンなわけ無いと思ってるわよ、そりゃ」
「そういう意味ではないですが……ですが、まあ、良いでしょう。それではその交換条件で。あ、卵焼き、くださいな」
「はい」
弁当箱を差し出せば、少しばかりお行儀が悪いことに躊躇しながら、それでもシャルロッテは卵焼きに手を伸ばして手掴みで卵焼きを口に運んで顔を綻ばせて笑う。
「……おいしい」
「ま、人間安心するとお腹も空くしね」
「……そうですわね。情けない話、誰も助けに来てくれないかと思っていましたから。アリス・サルバート、貴方の顔を見て不本意ながら少しだけ『ほっ』としてしまいましたわ。非常に、ひじょーに、不本意ながら」
「……そこまで嫌われると逆に清々しいわね?」
「あら? それでは理由は宜しくて?」
「それは嫌」
「冗談ですわ。交換条件、ですものね」
卵焼きを頬張り、嚥下。そのまま口元をハンカチで拭ってシャルロッテは話し出した。
「……我がゲーリング侯爵家が治めるゲーリング領は王都に近い領地であり、領地内の伝統として……どういえばいいか……そうですね、『王都で一旗揚げる』というものがあります」
「王都で一旗揚げる、ね」
「はい。農家はまた別ですが、我が領で手習いを終えた職人や商人の子弟はそのまま王都に向かうのです。そこで修行を積んで、一人前になったら領内に戻るというのが、一般的なゲーリング領の職人、商人の習わしと言っても過言ではありません」
「……」
千葉とか埼玉で勉強してから東京に出て、故郷に錦を飾る感覚か?
「そのまま王都に住み着いたりしないの?」
「大成功を収めれば、まあそういうこともあります。ありますが……ありがたい話、我が領の領民は我が領に愛着を抱いてくださっている方が多く、引退後は領地に戻る方が多いですわね」
「……なるほど」
もしかしたら『わく学2』でゲーリング領がヌルゲーだったのはこういう背景もあるのかもしれない。でも……もしそうだとしたら、珍しく考えているじゃないか、わく学。わく学の癖に生意気な。
「……わたくしが七歳の頃、出入りの仕立て屋に弟子入りした娘がいました。名前をリゼと言って、わたくしよりも六才年上の十三歳でした。身びいきを承知で言えば、良い腕を持つ職人でしたわ」
「……」
「……気風の良い、姉御肌の人物で……用もないのに私はリゼを呼び出して色々な事を教わりました。領地経営をどうすれば良いか、民衆視点での意見はとても参考になりました。わたくしもパティもリゼの事が大好きでした。ですから、二年後、私が九歳になる年にリゼがゲーリング領を出て王都に修行に行くと聞いたときは本当に辛くて……泣き明かしましたわ」
「……まさか」
「……『お嬢様、きっと私は一流の仕立て屋になって帰って来るからさ? そんなに泣かないで。その時はお嬢様のドレス、私に作らせてね?』と……その言葉を信じて、わたくしは笑顔でリゼを見送って」
一息。
「その後、リゼから連絡はありませんでしたが……風の噂で聞きました。リゼが元々デザインする予定だった、とある貴族筋のお方が依頼先を変えたそうで。その収益を見込んでいたリゼは、売上も上がらず、家賃も払えず……何処かに逃げたそうです。そして、その貴族が変えた依頼先が……アリス・サルバート」
こちらを、じっと見つめて。
「――『サルバート印』。貴方の会社ですわ、アリス・サルバート」
面白くなそうに、シャルロッテはそう言って見せた。
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