第百十九話 悪いヤツでは無いのかも知れない、シャルロッテ。
「……」
「……」
「……」
「……どういうことですの、パティ? 説明なさいな?」
「なにが?」
「なにが、ではありません!! なぜわたくしが野菜切りなどするのですかっ!!」
「誰かが何かの仕事しなくちゃカレー、食べれないじゃん」
「だとしても他の仕事があるでしょう!!」
「他の仕事? 何があんの?」
「わたくしはゲーリング侯爵家の娘!! 高位貴族たるもの、下々と同じことは出来ませんわ!! 陣頭指揮を執り、このカレー作りを統轄するのがわたくしにぴったりの仕事だと思いますわ!! そう思いません事、パティ!! 勝利の為にも!!」
「……なにと戦うつもりよ、ロッテ。たかだかカレー作りに陣頭指揮なんていりません」
「甘いですわ、パティ!! その様な甘い考えでは、きっとこのカレー作りは失敗してしまいます!!」
「……んじゃ、私の経験値上げる為と思って統轄を私に譲ってよ? 『高位貴族』たるもの、部下の教育も仕事の一つじゃないの?」
「う……」
額に青筋を浮かべて『ゴゴゴッ』と擬音が付きそうな圧を飛ばすシャルロッテ。それに対し……慣れているのか、鈍感なのか、いつもと変わらぬ態度でシャルロッテに接するパティ。こいつ、やっぱり大物なのか?
「……ええっと、パティ? 野菜切りぐらいなら一人で出来るよ? 私、やっておこうか? シャルロッテ様は統轄で良いんじゃない?」
……なんか色々面倒くさそうだし、二人で野菜切りも。つうか、そもそも貴族令嬢が野菜を切ったりなんてしたこと無いだろうし、下手な事して手なんか切って貰っても困るしね。え? お前も貴族令嬢だろうって? 私はほら、OL時代に自炊とかしてたし、野菜切るぐらいは出来るよ。ああ、別に私が女子力高い系家庭的女子だったとかではない。純粋に、お金が無かったのよ。
「……だって、ロッテ? 野菜を切るのにロッテの力は要らないってアリス、言ってるけど?」
「なんですって!? わたくしの事を馬鹿にしているのですか、アリス・サルバート!! このわたくし、シャルロッテ・ゲーリングがたかが野菜の一つも切れないとでも!?」
「……煽んなよ、マジで」
いや、ガチで。なんで煽るのさ、パティ? おい、含み笑い、隠しきれてないぞ? つうか、大丈夫かよ? 刃物に慣れてない貴族令嬢に包丁なんて持たして。流石に面倒見きれないんだけど?
「……ふん! 腹立たしいですが、パティの口車に乗せられておきます!! パティ、包丁!! 見せてあげますわ! このシャルロッテ・ゲーリングの華麗な包丁さばきを!!」
「はいはい」
苦笑しつつ、パティはシャルロッテに包丁の柄の方を差し出す。どっかで聞いた事ある様な盛大な負けフラグを立てながら、シャルロッテはその包丁を握り――
「ちょ、大丈夫……って、え?」
――その包丁を握ったシャルロッテは手慣れた手つきで包丁を持ち、手元にあったニンジンに手を伸ばすと、そのまま椅子に座りニンジンの皮むきを……って、え?
「何をぼーっとしていますの、アリス・サルバート? わたくしはニンジンを担当しますから、貴方はジャガイモの皮むきをしなさい! パティ、ニンジンは?」
「星型に決まってるじゃん!!」
「……貴方は本当に……もう学園に通う年だといいますのに、何時までも子供っぽい」
「にゃははは。ま、そう言う事で宜しくお願いね~、二人とも~」
手をひらひらと振ってその場を後にするパティ……と、呆然とシャルロッテの手元を見つめる私。そんな私の視線に気付いたのか、シャルロッテがジト目をこちらに向けて来た。
「……何をぼさーっとしているのですか? さっさと手伝いなさい!」
「……へ? あ、ああ、はい。すみません」
シャルロッテの言葉にはっと思い出し、私も手近な椅子に腰を降ろして包丁とじゃがいもを持って皮むきを開始する。
「……なんですか、その手つきは。危なっかしい」
「そ、それは――って、シャルロッテ様!? なにそれ!?」
「クマさんですわ。パティが好きですので。ああ、ニンジンも作りますのでご心配なく」
「クマさんですわって……」
シャルロッテの手元には綺麗に飾り切りされた『クマさん』のニンジンがあった。こ、こやつ……や、やりよるっ!!
「……巧いですね、シャルロッテ様」
「これぐらい、別に珍しくも無いでしょう? 誰でも出来ますわ」
「いや、誰でもは無理でしょ……料理人になれるんじゃないかしら?」
何気なく言った私の言葉に、シャルロッテが『ギン』っとした視線をこちらに向けて来た。ヤバっ!! なんか地雷踏んだ?
「……このわたくしに、料理人になれと? 高位貴族である、このわたくしに?」
「そ、そんな事は言ってません!!」
シャルロッテの視線に慌てて両手をわちゃわちゃと振って見せる。そ、そんな怒らないでも良いじゃん……そりゃ、野菜切りの時も『下々の仕事』とか言ってたから、料理人を馬鹿にしているんだろうけど……
「……その……すみませんでした」
「……ふん」
「でも……そんなに怒らないでも……そりゃ、貴族のシャルロッテ様に料理人って失礼かも知れないけど、別に料理人を馬鹿に――」
「お待ちになって」
「――しなくても……って、へ?」
「……何か考え違いをしているかも知れませんが……わたくしは別に、料理人を馬鹿になどしておりません。美味しい料理を作って下さる、とても素晴らしい職業だと思っていますわ」
……はい?
「……そうなのですか?」
「当たり前です」
「……んじゃなんで、あんなに怒って……そもそも、それだけ包丁さばき上手なら、あんなに野菜切りを嫌わなくても良いんじゃ……」
「わたくしはゲーリング家の娘です。そして、ゲーリング家の娘には、侯爵令嬢には侯爵令嬢の『役目』がありますわ。わたくしの役目は料理を『作る事』ではありません。美味しい料理を作れる人間を雇い、その人間が働きやすい環境を整え、その人間に適正な賃金を支払うのがわたくしの仕事です。それが、『貴族』の役割ですわ。現場で料理をするのが仕事ではありません」
「……」
「それに……わたくしが『料理人』になれば『料理人』である仕事をする人間の仕事を一つ、奪う事になるでしょう? わたくし、仕事をしない人間を雇って養うつもりはさらさらありませんの」
「……んじゃなんでそんなに上手なのですか?」
「パティ、小さい頃はニンジンが食べられなかったので。食べやすいように工夫をしていたら……いつの間にか、上手になっていただけです。言ってみれば趣味程度ですわ」
「……」
……あ、あれ? シャルロッテって……
「……それじゃ、別に料理人を馬鹿にしている訳じゃない、ってこと……?」
「……何を当然のことを。料理人に限った話ではありませんが……王族、貴族がいる以上、生まれに貴賤は出るでしょうが、仕事に貴賤が出る事はありませんわ。どの仕事も人間の営みに必要な、大事なお仕事です」
……意外に物分かりの良いヤツなのか、もしかして?
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