第十一話 殿下じゃなくて……
「……お世話になった、アリス」
一頻り二人して抱き合って泣いた後、エカテリーナ様の呼び出しを受けて部屋に入った私の前で、エカテリーナ様が深々と頭を下げる。その姿に、メアリが息を呑んだのが分かり……そして私は、物凄く焦る。
「あ、頭を上げてください、エカテリーナ様!!」
私の言葉に頭を上げて、少しだけ不満そうな顔を向けるエカテリーナ様。あれ? 意外に表情豊かだな、エカテリーナ様。
「なんで?」
「なんでって……その、王妃様ともあろうお方が、軽々しく下のものに頭を下げては……」
まあ、正直現代日本で生きていた私からしてみれば『アホらしいな~』と思わんではないが……郷に入っては郷に従え、そういう世界なら仕方ない。
「分かってる。私だって王族の端くれ。簡単に頭を下げてはいけない事ぐらいは」
「でしたら」
「だから、これは簡単に下げる頭じゃない」
そう言って、もう一度エカテリーナ様は頭を下げる。
「――本当にありがとう、アリス。貴方のお陰で……私は、『ジーク』と親子になれた」
「で、ですから――」
「……受け取ってやってくれ、アリス」
「――……殿下」
「その……エカテリーナ『母上』は、本当にアリスに感謝している。そして、それは俺もだ」
そう言って、今度は殿下が頭を下げる。
「……ありがとう、アリス。本当に……本当に、ありがとう」
だ、だからぁ! 二人のつむじを見ながら、それでもオロオロと視線を右へ、左へ。と、私の視線の先で立っていたメアリの手が動いた。
「……いや、サムズアップじゃないから」
『受け取っておけ』と言わんばかりのメアリの行動に思わず呆れてため息が漏れる。はぁ……もう良いや。
「……勿体ないお言葉です、エカテリーナ様、殿下」
……言っても聞かないんでしょ、この人たち。んじゃもう、有り難くお礼を受け取っておくよ。まあ……ぶっちゃけ、大した事はした記憶は無いんだが。
「……ん。それで良い」
「……はい」
それはそれで良いよ。それよりも、殿下の勉強はどうなるんだろう? そんな私の疑問に気付いたか、エカテリーナ様が口を開く。
「……さっき、ジークと話し合った。ジークは『勉強』がしたいって言う。強いるのは好きじゃないけど、自分から学びたいって言うなら、それは別の話だと思う」
「……そうですね」
「ん。でも……流石に、ジークが此処に住むのは具合が悪い」
「まあ、そうでしょうね」
勢い任せて連れて来たが……流石に誘拐一歩手前、それじゃなくても国内の有力貴族の家に次期国王陛下が住んでるってなったら痛くもない腹を探られるだろう。そう思って告げた私に、エカテリーナ様は首を振った。
「違う」
横に。へ?
「そんな事は別に、どうでも良い。どうせ腹の中で思っても、行動できる貴族なんていない。陰ったとは言えど王家の威光と、サルバート家の地力があれば」
「……そんなもんですかね?」
「無駄に騒動を起こす必要が無いという点では理解できる。でも、それは些末事」
「……それじゃ、一番重要な事項はなんですか?」
「決まってる」
私の問いに、エカテリーナ様は隣にいる殿下にぎゅっと抱き着いて。
「折角、親子になれた。何時かはアリスにあげるけど……まだ、私のジーク。アリスの元に住まわれたら、私が寂しい」
……おお。殿下、顏、真っ赤じゃないですか。麗しき親子愛ですな。
「……それなら仕方ないですね」
「そう。でも、アリスとジークが仲良くするのは賛成。何時かはジークのお嫁さんになるんだし、王妃教育も必要」
「……もしかして、私が王宮に出仕するカンジです?」
それはちょっと堅苦しいからイヤかも。いや、まあある程度『殿下の婚約者』として振舞う腹は決まったが……
「……アリスをずっと王宮に引き留めると、今度はサルバート公爵が寂しがる。だから、週に一回程度、城に来て欲しい。ジークも、アリスに逢いたくなったら……アリスの都合が合えば、逢いに来ればいい」
「……大丈夫なんですかね、それ?」
主に警備の面とかで。
「流石にアリスのやった様に無理矢理連れて行ったりはしないし、護衛も付ける。だから、アリスもジークが遊びに来たくなったら相手をしてあげて欲しい」
「そりゃ……まあ」
別に構いやしないんだが……ああ。でも、それはそれでアリか。
「それはそれでアリかもですね」
「なにが?」
「だって殿下、リリー……リリアーナ・スワロフ子爵令嬢の事を良い女って言っておりましたので。我が家はスワロフ子爵家の寄親ですし、リリーに逢う機会も増えますし」
婚約者として振舞う腹は決まったが……微妙な『ママ心』的に、殿下にも幸せになって貰いたい。リリーと仲睦まじく暮らしてくれるのであれば、私も悪役令嬢らしく、華々しく散って見せよう。まあ、破滅はイヤだが。
「……ジーク?」
「い、いや!? そ、それは違うんです、エカテリーナ母上!?」
じとーっとした目を向けるエカテリーナ様に、慌てて手を振りながら『なんで喋りやがった!?』という目を向けて来る殿下。残念、殿下。殿下の事を可愛がる気満々ですが、甘やかしてばかりでいるつもりはありません。
「……その……済まなかった。私が失礼だった。謝罪する」
「いえいえ~」
そう言ってもう一度頭を下げる殿下。なんかもう慣れちゃった。
「でも……殿下? 今回の事で反省して下さいね? そんな事、女の子に言ったらダメですよ? 悲しみますから」
「……お前も、悲しむのか?」
「私? 私はどっちかって言うと腹が立ちますけど」
最初、ドロップキックかましたし。そんな私の言葉に、殿下は苦笑を浮かべて。
「……それは怖いな。なら、もう言わないようにしよう」
「いや、私以外は怖くないですよ? でもまあ、言わない方が良いですよ!!」
「……」
「あれ? どうしました?」
「いや……だから、お前以外の話は今はしてなくて、俺がそういう事を言ったらお前が腹を……ああ、もういい」
なんだか疲れた様な顔で肩を竦める殿下。な、なんだよ、そのちょっと小馬鹿にした様な顔は!
「殿下? 一体、どうし――」
「――ジークだ」
「――へ?」
「殿下など他人行儀に呼ぶな。俺の名前はジークだ。今後はそう呼べ」
分かったか、『アリス』と。
「あ……はい」
私の言葉に満足そうに頷いて、殿下は――ジーク様はにこやかに笑んで見せた。
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