第九話 エカテリーナ様、襲来!
「……」
「……」
「……」
目の前に居る王妃様――エカテリーナ様の冷たい視線が私と殿下に突き刺さる。年齢は二十五歳、綺麗な金髪ロングに大きな瞳、高い鼻とまるでお人形さんみたいな美しい女性だ。前王妃リリアーナ様亡き後、傷心の国王陛下をお慰めした女性と言われている。
「……え、エカテリーナ様」
言われているのだが……なんだろう? 私的にはなんとなく、気に喰わないものがある。殿下のママ役として、このポンコツだった殿下を最高の王子様にしてあげようとしている私からしてみたらこの人は殿下から教育の機会を奪った極悪人だ。実際、エカテリーナ様に声を掛ける殿下の声も震えている。震えているのだが……
「……帰ろう、ジーク殿下」
……なんとなく、気勢を削がれた感は否めない。だって、エカテリーナ様って。
「……めっちゃアニメ声」
「なにか言った、アリス?」
「い、いえ! なんでもありませんわ!」
ビビった。エカテリーナ様、そもそもイラストがあったかなかったかレベルのキャラであり、当然キャラクターボイスなんてものは実装されておらず(そういう所はさすが『わく学』というべきか)、どんなキャラかもさっぱり掴めなかったが……
「……陛下ってもしかしてロリコン?」
「こ、こら! 何を言っている!!」
「ご、ごめんなさい……で、でも……」
「……言わんとしている事は分かる。俺の姉でも通じるかも知れないからな」
小声で言った私の声に反応した殿下が隣にいる私のわき腹を肘で突きながらそんな事を言って来る。いや、だってさ……こんなロリッ子に癒されるって、絶対陛下の女の趣味、おかしいって。
「……」
改めてエカテリーナ様に視線を飛ばす。先程『お人形さんみたい』って評したが……マジでこの人、年齢不詳だ。十代前半と言っても通じるんじゃないか? 元々推しメンは陛下な私、陛下の趣味が『こんなん』なら、ワンチャンあるかも知れないが……
「……流石にマジモンのロリコンはノーサンキューだよね」
「……だから、言わんとしている事は分かる。分かるが……流石に不敬だ」
言葉数も少ない、無表情クール系ロリッ子か。こういう所に、わく学の残念さを感じる。こういうキャラをもうちょっと前面に押し出せばいいのに……
「……二人で何を話しているの?」
「な、なんでもありません!!」
「は、はい! なんでもありません!!」
エカテリーナ様の言葉に、二人で慌てて答えると、無表情の中に少しだけ訝し気な表情を浮かべるエカテリーナ様。が、それも一瞬、再び開いた口からは先ほどの焼き回しの様な言葉が紡がれた。
「……そう。それでは帰ろう、殿下。アリス、お世話になった。直ぐに支度を。外に馬車を待たせてる」
そう言って用件は終わったと言わんばかりに立ち上がり、扉に向かってぽてぽてと歩みを進めるエカテリーナ様。
「え、エカテリーナ様!!」
そんな背中に慌てて声を掛ける殿下。その声を聞いて、エカテリーナ様は殿下に視線を向ける。
「……なに?」
「そ、その……わ、私は……」
「……なに?」
「わ、私は……」
何を考えて居るか分からない、そんな無表情の中にある瞳で見つめられ、殿下が口籠る。
「……言いたい事がないなら、帰ろう。私もそんなに暇じゃない」
「……」
そう言って再び背中を向けるエカテリーナ様。ちょ、待って!!
「え、エカテリーナ様!!」
「……なに?」
「ふ、不敬を承知で申し上げます! で、殿下は……殿下は我が家で、勉学をされようとしております!」
「必要ない」
「ひ、必要ないって……」
「殿下に勉強は必要ない。っていうか、アリスのした事は立派な誘拐。公爵が詫びに来たから、今回は許してあげる。でも、二度目はない。わかった?」
そう言ってコテンと首を傾げるエカテリーナ様。その姿は、非常に愛らしい。愛らしいが……言っている事は非常に怖い。
「そ、それは……」
「エカテリーナ様! アリス嬢は悪くありません! そ、その……私が着いて来ただけです!! だから、その……」
「……だから、アリスに罰は与えない。でも、釘は刺す。二度もこんな事されたら……迷惑」
「っ!」
殿下の顔が悔しそうに、辛そうに歪む。そんな殿下の表情が、とても悲しそうなその表情が。
「……なぜ、エカテリーナ様は殿下に勉学は必要ないと仰られるのですか?」
なんだか――とても、悔しい。
「必要ないと言ったら、必要ないから」
「理由をお教えください!」
「それ以上は不敬。如何にサルバート家の令嬢と言えど……王妃に対する口のきき方じゃない」
「……ですが……」
「……そもそも、アリス。貴方にそんな事を聞く権利はない」
つまらなそうにそんな事を言って見せるエカテリーナ様。その、まるで小物を相手にした様な――私に興味がないと言わんばかりの言い草に。
「――聞く権利なら、あります」
――無性に腹が立った。
「ない」
「あります! だって――」
よく考えて見れば、聞く権利、あるに決まってるじゃん。
「――私は殿下の婚約者です!! 将来の旦那様が……継母に不当な扱いを受けているなら、それを許すわけには行きません!!」
――ああ、これはきっと首が飛ぶ。それも、物理的に飛ぶヤツだ。でも……なんだか、悲しかったのだ。だって、あの時の殿下、凄く寂しそうな顔をしていたんだ。殿下にあんな顔、させたくなかったんだ。
「なので……殿下の婚約者としてお聞きします、エカテリーナ様。なぜ……なぜ、勉学を望む殿下に勉強をさせてあげないのですか!!」
驚いた様な顔で殿下が私の顔を見ているのが視界の端に映る。大丈夫、殿下!!
「……驚いた。私にそんな口がきけるとは」
相変わらずの無表情なまま、こちらに視線を向けるエカテリーナ様――と、不安そうにこちらに視線を向ける殿下。
「……私が、殿下を守ってあげるから」
殿下にだけ聞こえる様な言葉に、今度は殿下の目が大きく見開かれた。その姿がなんだか可愛らしくて……うん、これがきっと、母性愛だ。大丈夫! ママが守ってあげるから!!
「……まあ、アリスが言う事も一理ある」
「……」
「将来的にどうなるかはともかく……『王妃』になる以上、自覚は必要。だから、教えてあげる」
そう言って、エカテリーナ様は口を開いて。
「――ジーク殿下は既に充分、賢いから」
「……はい?」
「王になる勉強は、今すぐする必要はない。そんな事をしなくてもジーク殿下は充分、王の器たる人間。今は勉強、勉強と学ぶ事ばかりを考えるのではなく、遊ぶ事も覚えて良い」
「え、ええっと……え? え、エカテリーナ様? その……」
「……どうしたの?」
「え、エカテリーナ様。そ、その……エカテリーナ様は……私の事を王の器だと、そう……思われているので?」
「当たり前。ジーク殿下は優秀で、有能で、恐らく王国史上最高の王になる器がある。そんな殿下に仕える事が出来るアレンはきっと、幸せ者。ジーク殿下には……腹違いとはいえ、弟であるアレンの事も可愛がって欲しい」
「そ、それは勿論です。勿論ですが……」
少しだけ、躊躇って。それでも、思い切って。
「……エカテリーナ様は……アレンが可愛く無いので?」
「可愛いに決まっている」
「で、では……その、アレンが王になった方が嬉しいのでは?」
「なんで?」
「な、なんでと言われても……そ、その……」
「私は、ジーク殿下が王になった方が嬉しい。ジーク殿下はお兄ちゃんだし」
「で、ですが、アレンの事が可愛いと!」
「アレンの事は可愛い。でも」
――ジーク殿下だって、同じくらい、可愛い、と。
「……」
「……どうしたの?」
いや……どうしたの? って……
「……ええっと……」
――――はい? どういう事?
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