プロローグ 転生するならヒロイン、せめて悪役令嬢じゃない?
平成最後の年、乙女ゲーム史上に一本のゲームが生まれた。
イラストは当時大人気の神絵師るーびん先生、オープニングアニメーションは有名アニメを何本も手掛けて社会現象を起こしたサフト社、楽曲提供はアイドル事務所シャイニーズ事務所の新ユニットと話題性抜群のゲームだった。実際、テレビCMもバンバン流れており、このゲームの発売を心待ちにしたのは三十路一歩手前の私、藤堂里香だけでは無い筈だ。平成最後、そして令和最初のGWをこのゲームに捧げると意気込み、そして発売日当日にネットではなくわざわざゲームショップで購入した私は、ワクワクした気持ちを抑えきれないままにこのゲームをプレイする。ぬるぬる動くアニメーションと、それに乗せて聞こえて来る歌手の歌声、そしてるーびんさんによって描かれた数々のイケメン達に心躍らせ、スタートボタンを押して。
きっと、ネット上に『騙された!』と書き込んだのは私だけでは無い筈だ。
――操作性の驚くべき悪さ。
――『カラオケバージョン』として歌声の入ってないエンディングテーマ。
――とても考え抜かれたと思えない、ぐずぐずな世界観。
――ぬるぬる動いたのは最初だけ、明らかにショボいアニメーション。
乙女ゲーだ。操作性の悪さはまあ、良い。カラオケバージョンも納得は行かないが、我慢は出来る。世界観も、我慢すればちょっと残念程度で済むし、そこまで気にしなければ良いだろう。アニメーションに関しては……これは私もネットで見た時は驚いたが、『オープニング』アニメーションはサフトだが、それ以外は聞いた事もない制作会社に外注したらしい。流石に詐欺じゃね? と思わないでは無いが、まあこれも情弱たる私のせいという事で百歩譲る。知ってる人も居たし。
問題はシナリオだ。
欧州ヨーロッパ風のスモル王国に住む平民ヒロインが、男女共学、貴族も平民も通う『王立スモル学園』に光魔法の使い手として入学するのはまあ良い。るーびん先生によって描かれた美麗キャラクターと恋に落ちる展開は乙女ゲームの定番でもあるし、別にそれも構わない。
――ライバルたる悪役令嬢、これが壊滅的にダメだった。
ダメ、と言ってもキャラが悪いワケではない。ヒロインの邪魔をするべき悪役令嬢、リリアーナ・スワロフがとんでもない良い子なのだ。スワロフ領の一人娘で、『傾国の美女』と呼ばれた美貌の持ち主。子爵と云う、貴族社会ではさして高くない身分の為か、誰にも分け隔てなく優しく、成績も優秀。幼馴染である隣の領の子爵、クリフト・ロートリゲンと仲睦まじく学園に通っている子爵令嬢だ。ヒロインが学院で迷子になっている時に最初に手を差し伸べてくれるのがこの悪役令嬢なのである。なんだ、それ。普通、それってメイン攻略対象の仕事だろうが。
そんなリリアーナに学園に通う第一王子も、宰相の息子も、近衛騎士団長の次男も、幼い頃から淡い恋心を抱いているという設定であり、ヒロインはそのリリアーナから攻略対象を『奪う』のがゲームの内容だ。
……いや、奪うって。そうじゃないんだ。乙女ゲームはそうじゃないんだと製作者に声を大にして言いたい。小一時間、問い詰めたい。もっとこう、純愛なんだ、乙女ゲームって。タイトルが『わくわく! 恋の学園大戦争』なのに、全然ワクワクしない。むしろ、悪いことしてるドキドキしか感じないのだ。正直、ヒロインの方が悪役にしか見えない。っていうか、どう考えてもヒロインがライバルの下位互換でしかなく、王子も宰相の息子も近衛騎士団長の息子もなんでヒロインを選んだのかさっぱり理解出来ないのだ。私なら、間違いなく悪役令嬢たるリリアーナ、リリーを選ぶ。なのにも関わらず、ヒロインである主人公に全員もれなくホレて行くのだが……これがまあ、チョロい。
例えば近衛騎士団長の息子。弓の名手であるリリーに模擬戦で負け、それをヒロインに慰められている内にヒロインにホレてしまう。『私は弱い者を守りたい』とか、なんとか。いやリリーに負けた自分を責めろよ。情けなさ過ぎだろ。しかも、将来は近衛騎士団に入りたいんだって。近衛騎士が守るのは弱い者じゃなくて王様です。
宰相の息子も酷い。学園の弁論大会でリリーにぼろくそに負けた事によって可愛さ余って憎さ百倍、リリーを攻撃し続ける。さして頭が良くないヒロインに『なんだ、こんな事も知らないのか』と悦に入って教える、プライドの高い痛い人だ。
極めつけは王子。俺様系のいけ好かないヤツだが、リリーに振り向いて貰いたいが為にリリーに当てこすりをする様にヒロインと仲良くなっていくのだ。しかもコイツ、婚約者として金髪縦ロールのちょっときつめなクール系公爵令嬢、アリス・サルバートがいるくせに、だ。なにそれ。完全に当て馬じゃん、ヒロイン。
まあ、クリフトのシナリオだけはそこそこ良いのだが……リリー、クリフトに淡い恋心を抱いているからね。クリフトはクリフトでリリーにがっつり恋心抱いているから、なんというか『寝取った』感が半端ない。
つまり、まあ……総合して『クソゲー』なのだ。
ネットは荒れに荒れた。『騙された』『金返せ』『リリーメインならまだ見れる』『全然リリーが悪役令嬢じゃない。なぜアリスをモブにしたし』『っていうか王子アホすぎ』『それを言うなら近衛の息子も話にならない』『宰相の息子もな』『結論:この国は亡びる』などなど。しまいにはこのゲーム、『わくわく! 恋の学園大戦争』通称『わく学』に付いた名称は『平成最後の駄作にして、令和最大の駄作』だった……
◆◇◆
「――リス様。アリス様?」
不意に掛けられた声に目をそちらに向けると、そこには少女の姿があった。ふわふわな金髪に、パッチリとした目。欧米風の、まるで可愛らしいお人形の様なその少女は目の前で心配そうにこちらを見つめていた。
「大丈夫ですか、アリス様? 具合でも悪いのですか? 折角のおめでたい日ですが、お加減が優れないのであれば、お部屋にお戻りになられた方が」
「……リリー?」
「はい?」
「リリアーナ・スワロフ?」
「はい……そうですが?」
目の前に座る少女、リリアーナ・スワロフ、七歳を知覚し、私は急速に過去の知識が頭の中に流れ込んで来るのが分かる。ああ、そうだ。私は。
「――アリス・サルバート」
「はい?」
「ねえ、リリー、私の名前って」
「え、ええっと……アリス・サルバート様、ですが……本当に大丈夫ですか、アリス様?」
そう言って再び心配そうな顔をするリリーを見つめ……そして、テーブルの上に置かれたパスタを見つめる。
「……ははは」
アリス・サルバート。『悪役令嬢』リリアーナ・スワロフの寄親、サルバート公爵家の一人娘にして、現王太子ジーク様の婚約者であり。
「……モブキャラじゃん、完全に」
『わく学』のモブキャラに転生、していました。
「……はははははははは」
「あ、アリス様!? 大丈夫ですか!?」
……にしてもパスタ食べてる時に思い出すって。普通、頭打ったり高熱出した時じゃね? こういう所が残念なんだよね~、『わく学』って。『わく学』のせいじゃないかも知れないけど。