第93話 よんだ人は
第93話 よんだ人は
とりあえず蹴りを入れたみたが当然破れるはずもない。やはり、大元の怪奇をどうにかしなくてはならない。駐車場にはあまり車は止まっていない。わずかに車中泊をしているであろう大型車が専用の場所に停車している。結界の中にあるのは自販機、ベンチとお手洗い、売店、後は柵の向こうの森だ。
怪奇がやってくるのはその森の方からだ。藍風さんに言われてすぐ集中したが、音は聞こえてこない。何か使えそうなものはないか辺りを見渡し、できるだけ重そうな大きな石をベンチの上に置く。後できれいにしよう。それから怪奇が来るのをわずかの間待った。藍風さんは結界を見ながらも森の方を気にしていた。
不意に近くの茂みからガサガサと音がした。爬虫類のような強い臭いがする。他にも何か混ざっている。急にこちら側に姿を現したようだ。
「来ました」
現れたのは、30代くらいの長髪の女性の姿だった。上半身が裸だ。一瞬目を反らしそうになるが、これは怪奇だ。その証拠に下半身は大蛇だ。
(ラミア、ナーガやエキドナ、もしかしたらメデューサのようなことをしてくるか…)
見た目で似ているモノを思い出す。詳しくはないが、石にされるのだけは避けなくてはならない。目を反らして不意打ちをしようと石に手をかけたときだった。
「オマエタチカ?」
枯れた喉から無理やり出したような声で半人半蛇の怪奇が喋った。話したのは日本語のようだ。お前たちか?違うと思う。何が、かは知らない。藍風さんの方を見ると口を開くところだった。
「違います」
凛としたはっきりとした声で答えた。
「オマエタチデナイノカ?チガウノカ?」
会話が成り立っているらしい。藍風さんの前に立ちながら半人半蛇の様子を観察する。威厳をもって怒っている様子ではない。どちらかと言えば、何か楽しみを探しているようだ。
「何を探していますか」
話が通じるなら、目的を尋ねて関係ないことを伝えれば結界も解いてくれるだろうか。試すだけ試そう。
「ヨンダヒト…ソノアイテヲ…クウ」
呼んだ人、あるいは何かを読んだ人だろうか。そちらは関係ない。後の方だ。その相手を食うと言った。こんな危ないモノとはさっさと離れるに限る。
「私達は関係ないので、ここから出してもらえますか」
「…」
半人半蛇は返事をすることなく、私達を一瞥するとお手洗いの方に向かった。少し期待して道路の方を向くと、結界は解かれていなかった。
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「どうしましょうか」
去っていく怪奇の姿を横目にしながら藍風さんに尋ねる。
「そうですね、今のやりとりでこの結界は解けるようになりました」
藍風さんはさっぱりとした様子で言った。
「それなら、帰りますか」
誰がよんだのか知らないが、それは関係ない。巻き込まれないうちに帰りたい。
「上野さんがそういうなら、そうします」
藍風さんは自販機に近づくと、お金を入れずに色々なボタンを順々に押していった。傍から見たらランダムにやっているように見えるし、よくわからないが、正しい手順があるのだろう。エニグマのような暗号機の解読をしているのと同じだと思う。ただ、どうして自販機のボタンを押すと結界が解けるのかは訳がわからないが。
藍風さんが最後に炭酸飲料のボタンを押すと結界は溶けるように消えた。
(帰るか…)
石を元の場所に戻して、ベンチの上をきれいにしようとした時だった。お手洗いのある方へ向かったはずの半人半蛇がこちらの方へ動き出した。ずっと音を拾っていたからすぐに分かった。そこに人間はいないはずだったのに、つい先ほどまではやけに執拗に探している音がしていた。
「藍風さん、あの怪奇が来ます。逃げましょう」
結界を解いたことが良くなかったのだろう。
「あ、あの怪奇も封印しておきます。できます」
それなら逃げるよりもより安全だ。藍風さんは再び自販機を操作し始める。怒りを露わにした怪奇の姿が見える。それに向かって石を放り投げるがあっけなくはじかれて森の中へ飛んでいった。
(札を貼りつけるか)
効くか分からないが。走って近づく。こちらに気づいて向きを変えて襲ってくる。しかし、あとわずかといったところで急に半人半蛇の動きが止まった。何が起こったのか分からないがともかく、札を貼りつけて距離をとる。そのまま警戒していると後ろから藍風さんの声がした。
「もう大丈夫です」
振り向くと、ペットボトルのお茶を自販機から取り出すところだった。藍風さんはそのままこちらに近づくとお茶の蓋を取った。
「少し勿体ないですが、こうします」
中身を怪奇の周りに撒いて、お茶がなくなった時には怪奇の姿は消えていた。藍風さんはふたを閉め直してからペットボトルに札を貼った。終わったようだ。
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その後、後片付けをして車に戻った。まだ少し暖かかった。これくらいの時間のロスなら十分許容範囲だから、再び家に向かって車を走らせた。
藍風さんの家に着いたのはまだ何とか明るくなる前だった。学校には十分間に合わせられそうだと安心した。薄い肩をつついて起こし、家に入っていくのを見送った。
その後、自宅に戻って簡単に荷を解き、少し早いが朝食を食べて、みーさんからのス○ブラの新キャラについての感想に返事をして(予想外で、さらに追加キャラが増えるから、今から待ち遠しくて仕方ないらしい)、布団に飛び込んで目を閉じると睡魔と今まで我慢していたのであろう痛みが襲ってきた。睡魔が勝った。