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第91話 憂きもの(中編)

第91話 憂きもの(中編)


 先兵を切ったのは修験者の嶽さんだ。九字を切って岸から上がってきた妖怪を吹き飛ばすと、腰元にある柄が独特な剣を抜きながら走り寄り、それに覆いかぶさるようにして突き刺した。


 「ギャアッ!」

 呻き声が断末魔に変わって、妖怪は動かなくなった。


 桾崎さんも妖怪に九字を切っていたが、少し動きを止めただけで効いていないようだった。歯を食いしばり、錫杖を使って動きを押しとどめている。何発か殴っているが、効いているのか、効いていないのか。その間にも嶽さんは妖怪に蹴りを入れ、剣で額を突き刺している。


 「ヴ…アー…」「オ゛オ…」

 他の妖怪は岸に上がって動きが遅くなっているようだ。徘徊している。


 (助かった…のだろうか)

 嶽さんの鬼気迫る立ち回りに妖怪は次、また次と倒れていく。桾崎さんの方が放っておかれているのは、訓練も兼ねようとしているのか、周りが見えていないのか。そう考えたときだ。妖怪が1匹、屈んで…。


 「ヴォウ!」

 叫んで跳びかかってきた。


 それは土手を越えて私達のところまで、腕が伸びている、髪がゆれる、臭いが濃くなって…。


 思い切り吹っ飛ばされた。想像をはるかに逸した強さだ。それより藍風さんは…!視線を先ほどまでいた所に向けると、こちらを心配そうに見ている彼女と目が合った。寸でで軌道を逸らすことができたようだ。藍風さんは、無事だ。良かった…。こちらを見ていないで、早く逃げてくれよ。痛みが遅れてやってくる。車に轢かれたときはこんなものだろうか。思考がぐちゃぐちゃになる。


 そして、すぐ地面に叩きつけられた。これもまた、痛い。我慢して立ち上がり、藍風さんの元に駆け寄る。藍風さんの声が聞こえる。


 「大丈夫ですか!」

 滅多に聞かない声だ。それでも、綺麗な声だ。


 「はい。何とか」


 先ほどの妖怪は藍風さんを標的にしたようで、再び近寄ってくる。つまり、逃げても変わらない。


 「アー…」

 呻くそれを杖でなんとか押さえつける。髪で隠れていた顔があらわになる。何もない。顔が、ない。ついでに知性もないようだ。進行方向に立っていれば動きを止められている。いや、押されている。持って数秒、体のあちこちが痛い。


 ドスッ


 力が抜ける。妖怪のだ。後ろから嶽さんが刺した。そんなことに気づけないほど集中してこれしか時間が持たなかったのか。


 「大丈夫だな!」

 剣を抜いて汚れを払うと私の返事を待たずに嶽さんは次の妖怪に向かっていく。


 「無事ですか」

 今度は藍風さんだ。ハンカチを出していつの間にか出血していた腕に当ててくれている。桃のような香りがする。


 「一応、ですが…」

 息が切れている。妖怪は嶽さんと桾崎さんが相手をしているので終わりだ。ほっとした途端、痛みが何倍にも膨れ上がる。特に腕が痛い。懐に持っていた札は全てダメになっている。これのおかげで何とか保ったのか。


 (それよりも…藍風さんが無事でよかった…)

 それも嶽さんのおかげだ。自分には何もできていなかった。そちらの方が辛い。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 最後の妖怪は桾崎さんが錫杖でとどめを刺した。桾崎さんはフッと一息つくと、こちらの様子に気づいたようで、焦った顔で走り寄ってきた。


 「大丈夫ですか!」

 持っている道具が音を立てている。森の香りが近づいて来る。


 「まあ、一応ですが」

 腕の出血ももう止まった。体は痛むが1週間もすれば治るだろう。運がよかった。だからそんなに心配しなくてもよい。しかし嶽さんは違ったようだ。


 「桾崎。よくやった。だが、周りを見るんだ。彼だからこれくらいで済んだ。それに、俺がいなかったらどうなっていた?」

 ぶっきらぼうだ。


 「すみません…」

 桾崎さんはしゅんとしている。錫杖を握りしめる手がギュッと固くなっている。


 「済んだものは仕方ない。満とも話したが、お前はもう少し余所に出た方がいいな。それは後だ。片付けて、撤収しよう。上出来だ」

 桾崎さんは弦間さんと嶽さん2人に師事しているから、評価のやり取りもされているのだろう。それに、叱ることは叱り、きちんと褒めている。



 私は一応怪我人だからと言うことで、安静にしているように勧められた。車の中でシートを斜めにして、3人が後片付けをするのを見ていた。荒らした場所を整え、壊した物の応急修理をして、前後の写真も撮っていた。協会に報告しなくてはならないためだ。後に協会が手配してきちんと戻される。妖怪の死体?はいつの間にか霞のように消えてしまっていた。


 私の傷は嶽さんと桾崎さんに診てもらったが、シンプルな切傷で、地面に落ちたときに何かにぶつけたことが原因だった。妖怪によるものなら呪いや後遺症を考える必要があるが、その心配はなかった。


 桾崎さんは嶽さんが言ったことを気にしていたのだろう。穴が空くくらい必死に診てくれていた。


 「気にしなくていいですよ。大丈夫だったから」


 「でも…」

 それでもなお、あちこちを見ようとしている。


 「桾崎さんが来てくれて、助かりました。ありがとうございます」

 そう言って、頭をなでるとようやく、少しだけ笑みを浮かべた。なで終わるとやっと私の元から離れた。

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