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第90話 憂きもの(前編)

第90話 憂きもの(前編)


 複数体が重なり合った大浮き球の中身が岸に近づくにつれ、徐々にあらわになっていくのが分かった。複数体というのはつまり、数えられなかったからだ。何か中核のものに引き寄せられるように髪の長い、人型の妖怪が何体も巻き付いていた。それが蠢きつつ、苦悶の声を発していた。幸いだったのは、全てがこちら側に現れていないことだった。見聞きできる人にしかわからない。


 やがて大浮き球が近づいて、中身がどんどんとむき出しになっていった。藍風さんが支部と連絡をとってこちらの状況を伝えると、応援は割と早く到着しそうと返事が返ってきた。



 「そろそろ、試しに石を投げてみます」

 そういえば、札や私(が持っているもの)は実体があるがこちら側に現れていない怪奇にも接触することができるが、手から離れたらどうなるのだろうか。今度試すとして、今はそれどころではない。札の着いている石を構えて、投げる。コントロールに自信はないが、的が大きいから容易だ。


 コン


 札の当たった所の怪奇が反応してうねうね動き、しだいに静かになる。少しの間大浮き球の動きは止まったが、すぐに元の進行速度になった。


 「藍風さん、あまり効いていないようです。どうしましょうか」


 「中心に何かしないと変わらないようです。申し訳ないですのですが、石は投げていてもらっても良いですか。私には届かないので…」


 「大丈夫ですよ。気にしないでください」

 藍風さんには頼ってばかりだから、これくらいどうってことない。



 それから札付きの石を投げて動きを止め、大浮き球が動き出したら再び石を投げることを繰り返した。傍から見たら私達の一連の行動は不審者そのものだっただろう。この地区自体が閑散としているのに加えて、一応、人影のない所を選んではいたが。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 普段、物を何度も投げることなどないから肩が痛くなって来たころだった。大浮き球の表面の、髪の長い妖怪が苦悶の表情を浮かべながら剥がれ落ちてうつ伏せに海に浮かんだ。札が与えたダメージが蓄積しているようだった。


 (上手く行ったか…)

 しかし、すぐに内側から同じモノが現れて表面を覆い始めた。体積が小さくなった分、速度が増しているように見える。それに、臭いもより濃くなっている。


 「どうしたものでしょうか…」

 これ以上札をぶつければ、表面が剥がれて速度が上がる。札が切れればおしまいだ。ぶつけなければ、止まらない。どちらが早いか。計算している時間もない。応援はいつ来るのだろうか…。藍風さんに尋ねてしまう。


 「あ、はい。剥がれた方は対応できます。後は、何とかしますので、上野さんは石を投げ続けてもらってよいでしょうか」

 藍風さんは頼りになる。踏んでいる場数が私とは違う。直感も能力も信用している。


 「はい。分かりました」



 再び動き出した大浮き球に向かって石を投げる。隣で藍風さんが細い流木を小さな手で折っている。大浮き球の動きが止まり、表面が剥がれる。


 「上野さん、ライター貸してください」

 何をするのだろうか。懐から出して渡すと、藍風さんが折った流木を砂に突き刺した。その内の1本に火を点けて、海水をかけて消すと…浮いていたモノは、消えた。やはり訳がわからない、すごい。


 藍風さんの方ばかり見ているわけにはいかない。自分の役割を果たさなくてはならない。蠢きだした大浮き球に石を投げつける。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 辺りはだんだん薄暗くなり始めている。最後の石を投げて、札のストックが尽きた。予備はあるが、これは切り札だ。これも使うか、いや、持っておくべきだ。大浮き球は少し小さくなっているが、依然として表面を髪の長い妖怪が包んでいる。


 (まだ来ないのか…)

 もう、すぐ近くに迫っている。どうする?逃げるか?次に動いたときにはどうなる?そのときだった。車の音が近づいて来た。聞いたことのある声が聞こえる。嶽さんだ。


 「藍風さん、応援が来ました!撤退しましょう!」


 「はい!」

 最後とばかりに流木に点けた火を消して、海を背にして走り出した。車はすぐ近くまで来ている。やることはやった。後は任せた。


 「待たせた!」

 嶽さんが車を海岸のすぐ近くに停めて、飛び出してきた。助手席にいたのは、桾崎さんだ。支部越しに連絡をとっていたのは彼女だろう。

 「話は聞いている!」


 嶽さんは手に弓と矢筒を持っていた。砂浜に飛び降りると、巨体に似合わず、優雅で繊細に弓を構え、そして、大浮き球目掛けて矢を放った。


 ドスッ


 矢は見事に中心に当たった。中核は消滅したようだ。その証拠に、大浮き球を取り巻いていた髪の長い妖怪は散り散りになって海に漂った。しかし、ダメージの少なかったであろうその内の数体がこちらに向かって近づいてきている。像がぼやける。姿を現した。


 それは大浮き球にへばりついていた時とは比べ物にならない速度で近づいて来た。呻き声も大きく響いている。周りに人がいないのが幸いだ。


 (藍風さんが言っていたのはこれか…)

 気分が悪い。急に落ち込んで、心に靄がかかる。やっとわかった。


「これ使え!自分たちのことは何とかしろ!」

 嶽さんが放り投げた杖を慌てて受け取る。藍風さんを背後にして、杖を構える。ここまでは来ないだろうと思いたい。嶽さんと桾崎さんは手を胸元に構えている。もう岸に上がってくる。

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